2015年3月28日土曜日

(四)ピーちゃん、どうして? ②

 事故から1か月になるのに、ピーは後遺症が消えない。ときどき飛び上がり損ねて後ろにこけている。治るどころか、前より悪くなっているようにも見える。やはり片側の羽か足を、かなり痛めたようだ。あやさんは心配だけど、ピッピのことがあったので、ピーを病院に連れて行く気にはなれなかった。
「元気だから、大丈夫」と様子をみていた。いずれ時間が経てば、たいていの怪我は治るはず。
 けれどもピーは、ハラハラする加減しない動きをくり返して、1か月半経っても、元のようにはならなかった。暴れん坊のピーを静かにさせておくことは難しく、2か月ほどすると、換羽の時期に入った。そして羽が抜け出し、ますます飛べなくなった。
 夫がトヨタのプリウスのようだとほめていた、かつての流線型の格好いい姿勢は失われ、みすぼらしい感じさえする。
 ピーは、もう、ほとんど飛べない状態なのに、鳥かごから出ると、まだ威張っていて、床に広げた布の上でえさを食べるときなど、フーを押しのけて自分がいい場所で食べようとする。それでも、片側がおかしいから、よろよろしていて、お皿に入っているえさは食べられない。いくら威張ってみても、布の上に撒いたものを食べるしかなかった。
 あの事故で、羽だけでなく、足の付け根も痛めてしまったのだろうか。治るどころか、明らかに悪くなっている。独りにしたほうがフーのことを気にしないですむだろうと考えて、ピーを別の鳥かごに移すことにした。
 これまでいた鳥かごの隣に、それより高さのない鳥かごを並べ、えさや水を低い位置に置いて、そこにピーを入れる。
 ピーは別の鳥かごに移されても、以前のようには暴れない。換羽のときは羽毛が抜けるわけだから、それなりに調子が悪いのは想像できるけど、やはり具合が悪そうだ。
 そのうちに低い位置にある止まり木にも乗らなくなった。そこにずっと止まっていられないからだろうか。
 いよいよ夫が、ピーを病院に連れて行くといい出した。あやさんは気が進まないけれど、こうなったらそれしかないだろう。夫がインターネットで小鳥の専門病院を見つけたので、そこに連れて行くことにした。
 小鳥の病院に電話をすると、鳥かごに入れたまま連れてくるようにといわれた。そのほうが鳥も安心するらしい。指示どおりに、あやさんがピーの入った鳥かごを抱え、車の後部座席に乗り込んだ。
 ピーは車が走り出すとすぐに、鳥かご内の紙を折りたたんだ蛇腹状の簡易ベッドに横になった。それなら、車からの強い振動も和らぐから、やはりピーは頭がいい。
 途中から乗った高速道路上でも、ピーはそのまま眠り続け、夫は珍しく静かに車を走らせた。そして高速を下りてからさらに走って、家を出てから1時間半ほどしたころ、目指す小鳥の病院に着いた。
 名前を呼ばれて明るい待合室から、こじんまりした診察室に入ると、白衣の女性医師が現われた。手慣れた仕草でピーを鳥かごから出して体重を測る。18グラムで、体の大きさの割に体重が少ないという。かなり弱っているといわれたので、ショックだった。
 女性医師の診たてでは、ピーは体ではなく、脳のどこかがダメージを受けているらしい。さらに医師は、
「文鳥のような小鳥の場合は小さすぎて、犬や猫のようにCTやMRIで頭の中を調べるのは難しいんです。とにかく元気にするしかないでしょう」といった。
 あやさんが気落ちしたままピーの鳥かごを抱えて、病院裏の駐車場で待っていると、夫がビタミン剤と副腎皮質ホルモンの入った薬をもらって戻ってきた。
「とにかく暖かくするようにだって」
 夫がそういって車を出す。
「あのとき、頭を痛めてしまったから、なかなか治らなかったのね」
「うん」
 夫は言葉少なで、医師からいわれたことが、かなりショックのようだった。
 家に着いて、鳥かごを持って居間に行くと、フーが心配していたようで、うれしそうに鳴く。ピーに早速、薬を飲ませると。もう止まれなくなっていた低い場所の止まり木に、止まった。
 ふたりは、もちろん喜んだけれど、それは一時的なものでしかなかった。すぐにまた鳥かごの下にいるようになり、あやさんがのぞくと、クルクルした目を向けて赤ん坊のようにひっくり返って、早く鳥かごから出せとせがむ。
 手を差し伸べると、しがみついて乗ってきて、そのままソファーに行き、あやさんの手の中でえさを食べた。次に薄めた薬を夫が〝育て親〟を使ってピーの口に入れると、いやがって暴れる。頭のいいピーには騙しが利かないから、薬を見ると暴れるようになった。弱った体から失われるエネルギーが、もったいないような気がするけど、夫とあやさんは、抵抗するピーに1日3回薬を飲ませ、山場といわれていた1週間を乗り切った。
 そして、夫がひとりで次の薬をもらってきた。ピーは、えさを食べて薬を飲むと、すぐにあやさんの手の中で眠った。人の手は暖かくて気持ちがいいらしい。フーも一緒に手の中に入ろうとしたけど、ピーがうるさがったので遠ざけた。
 突然の忌まわしい事故から3か月後、7月28日未明のことだった。ついに、そのときがきてしまった。その前日の27日、ピーはほとんど食べなかった。そしてあやさんの手の中で眠った。それから、えさを撒いてある鳥かごに戻したけど、食べたかどうかわからない。あやさんが寝る前にのぞくと、ピーはツボ巣の下の暖房マットに乗って眠っていた。
 夫は心配で、ときどきのぞいてみたらしいけど、ピーが死んだのは、夫が風呂に入っている間だったという。
 風呂から上がった夫が、半分だけスタンドで照らしてある鳥かごをのぞいて、羽を広げたままうつ伏せになっているピーを見つけた。
 あやさんは、夫に起こされて鳥かごに行き、うつ伏せのピーを触ってみた。まだ、温かい。それなのに呼んでも揺すってもピクリともしなかった。
 この十日間、よく頑張ったピーだけど、とうとう力尽きてしまった。長いこと飛んでいなかったから、夢の中で羽を広げて飛んでいたのだろう。きっと幸せな気持ちで旅立ったのだ。あやさんは、そう自分にいいきかせて、破裂しそうな胸をなだめていた。
 2年足らずの短い一生だった。それでも、ふたりがピーと過ごした時間は長く、充実した日々だった。ふたりは泣きながら、薬で赤く汚れているピーの亡骸をお湯で洗った。長いこと水浴びもしていなかった。鳥かごの中から、あやさんの手に夢中でしがみついてきたときの、あの可愛いクルクルした目は、もう見られない。
 薬箱からガーゼを探し出し、顔だけ少し出して、そっとピーの体をくるんだ。そして小さな紙の菓子箱がピーの棺桶となった。
 夜は鳥かごに布がかけてあるから、もしフーが目をさましたとしても、何が起きているのかわからなかったはずだけど、朝になって布を外せば、ピーの姿がないことに気付くだろう。そのとき騒ぐだろうか。そんなことを心配しながら、あやさんは、またベッドに入って、泣き腫らした目を閉じた。朝までは、まだ少し時間がある。枕元にはピーの入った紙箱が置いてあった。
 これがピーの運命なのだろうか。ピーはたくさんの思い出を残して、2年足らずで生涯を閉じてしまった。しっかりした体で頭もよく、これからというときだったのに……

2015年3月20日金曜日

(四)ピーちゃん、どうして? ①

 その日は、朝から柔らかな陽光が居間に広がっていた。ピーとフーが迎える2度目の春。いつものように2羽を鳥かごから出すと、互いに呼び合いながら、うれしそうに家の中を飛び回る。
 台所の片付けを終えたあやさんが、蛇口から出る水を細めて、
「ピーちゃん、フーちゃん、ぉ水浴びよ」と大声でいうと、2羽はすぐに飛んできて、ちょこんと一緒に頭に乗った。これから手のひらのプールでの水浴び(水遊び?)が始まる。
 頭から腕に飛び移った2羽が、順序よくバシャッ、バシャッと両手でできたプールに飛び込む。そのままあやさんの口ずさむ調子のよい歌に合わせて羽ばたく。競い合って水を飛ばして楽しそうだけど、周辺に飛び散って、あやさんの顔もびしょ濡れだ。
 手のひらのプールは、水飲み容器やバードバスに比べて、広いし開放的。それにきれいで、何といっても2羽で入れるのがいい。
 午前中のまだ夫が寝ているときで、あやさんとピーとフーだけで過ごす時艱だ。
 水の中で元気よく何度も羽ばたいていた2羽が、歌が終わると水から上がり、いきおいよく飛び立って行く。いつものように競争して、居間の隅に置いてあるイーゼルに行くようだけど、このごろでは、すごいスピードで飛ぶから、ひやひやする。
 イーゼルに向かって行った2羽は、もっと飛んでいたいのか、そこには止まらなかった。近くまで行ってユーターンする姿が、びしょ濡れになった床を拭く、あやさんの視界の隅に入った。
 その直後、不気味な音がした。そして、体を起こしたあやさんの肩に、フーだけが飛んできて止まった。
「おかしい。ピーがこない。どこかに消えてしまった」
 あやさんが慌てて名前を呼ぶ。
「ビーちゃん、どうしたの? ピーちゃん、ピーちゃん」
 けれどもシーンとしている。やはり変だ。こんなことは初めてだ。夫を起こして一緒にピーを探すと、居間と台所の間に置いてあるテーブルの下に、白い紙切れのようなものが落ちていた。うつ伏せで倒れているピーだった。
「ピーちゃん! どうしたの?」
 悲鳴に似た声をあげて、夫がピーを拾い上げる。ピーは、どこかに当たって落ちたようだった。それがテーブルのフチなのか、壁から少しはみ出しているテレビの黒い枠なのかは、わからないけど、音からすると、かなりの衝撃があったはず。
 いくら呼びかけても、ピーはピクリともしなかった。
「なんてことだ! ピーが死んじゃうなんて」
 夫が白いかたまりを抱いてソファーに座った。必死に名前を呼びながら手の中で温める。
「ピーちゃん、ピーちゃん、目を覚まして」
 あやさんも手を添えて、ふたりで祈るような気持ちで懸命に温めるけれど、ピーは動かない。
「死んじゃったのかしら?」
 あやさんの目から涙がこぼれて、諦めかけたときだった。
「あっ、羽が少し動いたみたい!」
 あやさんが夫と顔を見合わせて、不思議な感じに包まれながらピーの嘴をそっとなでる。
 突然、さっきから肩に止まったままでいるフーが、
「ピイッ!」と、大声で鳴いた。すると、ピーがバサッと片方の羽を動かして、つぎに細かく震わせた。
「生きているわ。ピーちゃん、ピーちゃん」
 あやさんが泣き声で呼びかけると、ピーは、ぼうっとした顔で羽をバサバサさせながら、心配そうに見守っていたフーを見た。
 フーが優しく「ピピピッ」と鳴くと、その声に誘われるように、ピーが飛び上り、そのままフーに導かれて、大きな風景画の上に舞い上がった。
「飛んだわ!」
 感激して、あやさんが叫ぶ。
「うん」と、うなずいて夫も笑顔を見せたものの、すぐに不安な表情に変わった。
「でも、大丈夫かな」
 あやさんも心配だけど、とにかくピーが奇跡的に生き返ったと思い、天に感謝した。
「気絶していたのかしら。死なないでよかった。でも、怪我はないかしら」
 ピーがぶつかったときの不気味な音と、しばらくピクリともしなかったことを思うと心配で、不安な気分でその日を過ごした。
 そして翌日、ピーたちを放鳥すると、見た目は普通に飛んだけど、やはり打撲の後遺症が少しあるようで、スピードはあげなかった。
 とにかく、あのときピーが死ななかっただけでも有難いのだから、少しくらいの怪我は仕方がない。それはそのうちに治るだろうと、あやさんは考えていた。
 けれども、3、4日しても、ピーはまだ以前のような飛び方にはならない。ホワホワとフーの後に着いて飛んでいる。初めからこんな飛び方をしていれば、怪我もしなかっただろうにと残念に思うけど、もう起きてしまったことだ。何よりもピーが生きていてくれたことに感謝する。
 とはいえ、やはりピーの受けたダメージは少なくないようで、あやさんの頭に止まるとき、いままでのようにピタッとはこない。飛んできて、頭の上で少しうろうろしてから着地する。
 後遺症がなかなか消えないようなので、しばらく静養させたいと思っても、ピーにそんなことをさせるのは難しそうだった。むしろピーが静かになったら、それこそ心配になるだろうけど……。そうなったら本当に具合が悪いということなのだから。
 ピーは、以前のように何でもフーと一緒に動こうとするから、ハラハラする日が続く。何かに驚いたりして飛び上がると、そのままうまく舞い上がれないで、後ろにこけたりする。どうも片足の具合がますます悪くなっているようだ。とにかく良くなっていないのは確かだ。
 それでもピーは、若くて負けん気が強いから活発に動く。鳥かごから出さなければ暴れるし、出せば無茶な動きをする。睡眠薬でも使わない限り、とても静養させることなどできそうもなかった。
(つづく)

2015年3月13日金曜日

(三)カーテンの卵

 生後3か月を過ぎたころ、ピーがぐぜり出した。そして、小枝でできた3センチほどのボールのおもちゃを与えると、そこに乗って遊ぶ。フーはといえば、これまでならすぐに真似をしたのに、ボールに乗るピーをただながめているだけ。
「ピーは、やっぱりオスらしいな」と夫がいった。
 そのうちにピーが歌のように長いさえずりをするようになったので、オスだとはっきりした。一方、フーは相変わらずチュンチュン鳴くだけなのでメスのようだ。
 偶然ながら2羽がツガイになっていたので、ふたりは喜んだ。振り返ってみれば、たしかにピーはフーに比べて体も大きく、威張っていて、人間への関心も強いという、オスの特徴を示していた。
 いずれ、この賢いピーと可愛らしいフーの子どもが生まれると思うと、あやさんはうれしかった。
 さらに、あやさんを喜ばせたのは、ピーの長いさえずりが楽曲のように聞こえることだった。どこかで聞いた曲に似ていて、
「チュルルンポピポピブルグルル― ピチュピチュチュチュチュンポピブルルンー」といった感じだけど、ちゃんと曲想の変化があり、とても長い。それが毎日のようにかけていたCDの曲・モーツアルトの「アイネクライネ」だと気がついて、あやさんはびっくりした。文鳥がこんなにもすごい鳥なのかと、うなってしまうほどだけど、友人にそのことを話すと、
「身びいきで、そう聞こえるんじゃないの?」などと、笑われてしまった。
 それでも、ピーのさえずりは変化に富んでいて、あまりにも長々と続くから、あやさんには、どう聴いても「アイネクライネ」にしか聞こえない。

 それから少し経つと、ピーの背中を覆っていた濃い灰色部分が、換羽で小さくなり、チョッキの形が旗のように四角に変わった。それもその中央辺が白い丸になったので、まるで背中に日の丸を背負っているように見える。そんなピーが部屋の中を猛スピードで飛び回るので、あやさんが、
「ピーちゃん、まるで日の丸飛行隊だわ」というと、夫は笑って見ていたけど、ピーは可愛いプロペラ機のように、格好よく旋回もする。後を追って飛んでいるフーも真似をして楽しそうだ。
 そのフーの背中は、元々数本の筋だった灰色部分が少なくなり、1本の筋を残すだけになっている。白い体に濃いピンク色の嘴とアイリング、アイリングの中の黒くて丸い目と、フーは見るからに可愛らしい。 

 やがてピーがチョンチョン跳ねてダンスをすると、フーが傍で尾羽をふるわせるようになった。ピーはそのままフーの上に乗ったものの、かなりいい加減で、あやさんは、つい、
「ピーちゃん、それは逆さまよ」と、いってしまった。するとピーが黙ってやめてしまったので、あやさんは少し後悔した。それでもそのうちには、ちゃんとした向きで乗っていたから安心したけど、ピーの場合、半分は遊びのようにも見え、うまく交尾ができているのか、わからなかった。
 あるとき、あやさんは、ピーの独占欲がかなり強いことに気がついた。ピーは、あやさんに止まっているフーを押しのけて、自分が一番いい場所を取ろうとする。フーより自分が可愛がられなけれは、と思っているらしい。ピーに追い出されて居場所を失ったフーが、夫の手に移動すると、こんどはそこへ行って、またフーを追い出す。遊びのようにも見えるし、もしかしたら、それもオスの習性なのかもしれないけど、とはいえフーが気の毒なので、ピーを叱った。
「ピーちゃん、フーちゃんにそんなことしては、いけません!」
 するとピーは、気まずそうにおとなしくなったものの、場所を譲り返すようなことはなかった。ピーにも意地があるらしい。
 近ごろでは水浴びのときにも、ピーが手のひらのプールを独占して、フーを入れなかったりする。これまでは、あんなに仲良く交代したり、一緒に入ったりしていたのにと気をもむけれど、そういう成長の段階なのかもしれない。
 そんなとき、フーが思い切った行動に出た。水浴びの好きなフーは、なかなか水に入れないので、いよいよ怒ったらしく、ピーに飛び乗って両足キックを喰らわしたのだ。何でもこれを〝文鳥キック〟というそうだが、いきなりのお見舞いに驚いたピーは、水から飛び出してあやさんの頭に乗った。そのすきにフーが忙しく浴びる。珍しい出来事だったけど、そんなときピーは、静かにフーの水浴びを見ていて、やり返すようなことはなかった。
 そしてフーの水浴びが終わると、2羽が競争して居間のイーゼルまで飛んで行った。
 そのうちに、フーが居間の巻き上げカーテンに、もぐっていることが多くなった。たまには威張りん坊のピーから離れて、リラックスしたいのだろうと思っていた。
 そんなときピーは、フーにカーテンの中に入れてもらえず、あやさんの部屋にきた。手に止まったピーの背中に鼻を近づけると、メープルシロップのような甘い香がする。フーもときどき同じ匂いがしたから、それは文鳥特有の匂いかもしれない。もっともインコもそんないい匂いがすると聞いたような気もするけど。
 またピーは、あやさんが口笛を鳴らすと、「ピイッ」と、同じ音で鳴いて、大きな目を輝かせて飛んでくる。そして、そばで紙切れをいたずらしたり、パソコンに止まったりして遊んでいる。
 パソコンに疲れたあやさんがベッドにゴロンとして目を閉じると、ピーが顔の上に飛んできて、いたずらを始めた。足踏みをしたり跳ねたりして眠らせまいとする。それがダメらしいとなると、こんどはあやさんのまつ毛を嘴で引っ張って、目をあけようとする。自分の遊び相手が眠ってしまっては、つまらないから、何とか起こそうというのだろう。そんなピーのいたずらに、あやさんは昔のことを思い出していた。
 それは息子がまだ1歳くらいの赤ん坊のときのことで、昼寝をさせようとして一緒に寝転んで目を閉じると、眠りたくない息子は、あやさんの目を開けようと、まぶたに触ったり、まつ毛を引っ張ったりしていた。ピーも同じだと思うと、なつかしさと重なって、可愛さが何倍にも膨らんだ。 

 年が明けて、フーが巻き上げカーテンのひだの中に、卵を産んだ。あやさんの小指の先ほどしかない白い卵だ。夫がそれを見つけて、鳥かごのツボ巣に入れた。フーは少し太った感じなので、まだお腹の中に卵を抱えているように見える。
 そして、翌朝、こんどはツボ巣に2つ目の卵を産んだ。夫が早速、インターネットで購入した直方体の白木の巣箱を鳥かごの中に取り付けて、これからそこがフーの産室になるといった。上蓋がスライドする箱で、横には2つの出入り用の穴があり、奥がだれにも邪魔されないような閉ざされた空間になっている。夫はフーの産んだ2つの卵をその中に入れたが、フーもピーもその箱を怖がって、中に入らなかった。
 突然、20センチもある大きな箱が、鳥かごの中に入ってきたのだから、神経質な彼らが落ち着かないのは当然だ。夫が良かれと思ったことだけど、大いに迷惑だったようで、このときフーが産んだ卵は、カーテンとツボ巣に産んだ2つだけだった。
 夫は巣箱を諦めて外し、またツボ巣に卵をもどしたが、もう温めてはいない。結局、この2つの卵がかえることはなかった。フーは巣箱の入口から中をのぞいていたものの、奥に入ろうとはしなかったから、やはり夫がいうように、閉所恐怖症かもしれない。
 

 それから1か月ほどすると、フーがまた卵を産んだ。ピーが卵を産み終わったフーの羽づくろいをして労っている。フーは1週間ほどかかってツボ巣に5つ産み、こんどは真面目に温めている。
「フーちゃんが、ちゃんと温めているから、かえるかしら」
 ピーも交代で、ときどきツボ巣に入ってじっとしているので、ふたりのヒナ誕生への期待は高まった。けれども20日経っても、まだ卵はかえらない。
「全部、無精卵なのかしら」
「わからないな。卵を明かりに透かすと、中が見えるらしいけど」
 夫はそういったけど、卵を透かして見たりはしなかった。
 その後も、フーは5つか6つの卵を産んで交代で温めていたけれど、かえることはなかった。そのうちに気がつくと、いつもフーがツボ巣にいるようになった。どうもピーは中に入れてもらえないようなのだ。ピーも卵を温めたいらしくツボ巣に入ろうとするけど、フーに追い払われている。フーは、自分が産んだものだから、ピーには触らせたくないという感じで、2羽の間に何があったかわからないが、張り合っているようだ。まだ幼い2羽には、親になることより、競争心のほうが強いのだろうか。
 2羽とも遊ぶことに気が向いていて、フーもツボ巣に入って温めるのが気ままになった。朝になって鳥かごの覆いを外すと、いつもそれぞれのブランコに止まっている。この様子では、夜はツボ巣に入っていないらしい。ブランコで眠るのが2羽の習慣になっていたから、卵を産んでも、そのままのようだ。
 だからまた、3週間経っても卵がかえることはなかった。
 夫は何とか卵をかえそうと、鍋に板を浮かせたような温める仕掛けを作ったりしていたけど、フーの産んだ卵がかえることはなかった。かえらなかった卵を割ってみたら、途中まで育ったような形跡が認められるものもあり、うまく孵化さえできればと、夫が残念がった。
 あやさんも少し残念だけれど、ピーとフーが元気ならば、それだけで充分だし、そのうちに卵がかえることもあるだろうと、呑気に構えていた。 けれども、突然、予想外の出来事に見舞われる。あやさんはそのときになって初めて、ピーの子が残せなかったと悔やむのだ。

2015年3月9日月曜日

(二)2羽のヒナ②

 10月半ば、ピーが初めて水飲み容器で水浴びをした。すると、フーもすぐに真似て水飲み容器に入り、カラカラと音を立てる。水飲み容器は水浴びには少し狭いようなので、バードバスを購入して水飲み容器の外側に取り付けると、2日ほどして、ピーが入って水浴びをした。でもフーは、まだバードバスには入らない。
 2羽は、ふたりを見るとブランコを揺らして鳥かごにぶつけ、ガシャンガシャンと騒音を立てて、ここから出せと騒ぐ。あやさんは、なるべく見つからないようにしたかったけど、狭い家のこと、どこへ行くにも鳥かごのある居間を避けるわけにはいかない。困ったものだと思いながら、ちょいちょい鳥かごから出して遊ばせる羽目になった。
 ピーは鳥かごから出ると、いたずらっぽい目であやさんを見て、ホバリングをしながら鼻に止まろうとしたりする。フーもすぐに飛んでくるけど、いつもピーのほうが先で、フーはピーの真似ばかりしているように見える。ピーは体も大きくてしっかりした感じだから、やはりペットショップの女性店員がいっていたように、フーより数日早く生まれたような気がする。
 2羽は、フンをあやさんや夫の手にするとほめられるので、わざわざふたりのところに飛んできて、自慢げにフンを落とす。そして、ふたりの首筋や腕などに止まって、噛んで親愛の情を示すようになった。ところがフーは、愛くるしい目の可愛い容貌に似合わず、カルシウム不足かと思われる尖った嘴でギュッと捻るように噛む。だから痛くてたまらない。初めのうちは我慢していたものの、あまりに思いがこもりすぎているので、ついにあやさんが叱った
「フーちゃん、ダメよ。痛いわよ」 
それでも、やめるどころか、しつこく余計に強く噛む。跡が傷になって紫色のあざができた。あやさんは、ときには痛くて、思わずフーを払いのけたけど、夫は感心なことに我慢して、親愛の情を受けとめていた。
 フーに比べてピーの嘴は厚みがあって、「痛い!」といえば、すぐに緩めて甘噛みになったから、あざができるようなことは、ほとんどなかった。ただ、ピーにはホクロのようなものがあると、突っついて取ろうとする習性があり、夫は、首筋にぽこんとできていた小さなイボをピーに食べられてしまったといって、痛がっていた。やはりピーの嘴の力のほうが、フーよりも強いらしい。
 しばらくはフーの親愛の情に耐えていた夫だったが、だんだん季節とともに長袖を着るようになり、首にはタオルを巻くなどの防御をしだした。そのうちフーも気がついたのか、ピーのように甘噛みができるまでになって、ふたりの手に乗って指先などをそっと噛んだ。 

 11月に入ると、2羽は紙切れやテレビのリモコンなどに興味を示して、いたずらが始まった。もう、あやさんの腕のあざは薄くなり、夫の首筋もきれいになってきた。
 2羽の行動範囲も居間から洗面所やあやさんの部屋へと広がって、自由に家の中を飛び回っている。ときにはあやさんの頭に乗って、そのまま一緒にトイレに入ろうとしたりする。そんなとき困ったあやさんが、トイレの入口で追い払うものの、ドアをあけると正面の壁にある額縁の上に並んで待っている。そして、また頭に乗ってきて、一緒に洗面所まで行く。邪魔でないといえば嘘になるけど、なんといっても可愛い。洗面台の鏡に映った自分たちを見ても、そのままだけど、そこに見えている2羽の文鳥が、果たして自分たちだとわかっているのだろうか。とにかく、あやさんの頭に乗っていれば安全、と思っているようだ。
 そんなときでも、たいていピーがリーダーで、フーは、あとを追ってくっついている。
 そういえば、バードバスでの水浴びもピーが先に入って手本を示していた。
 ところが、フーはバードバスの手前の水飲み容器に乗ったまま、なぜか先に進もうとしない。そこでピーがうるさく鳴いたが、フーはそのままだった。すると、なかなかバードバスに入らないフーにしびれを切らしたピーが、フーのわきからまたバスに入った。バシャバシャと羽ばたいてびしょぬれになって水から上がると、再びフーに向かって鳴いた。早く入れといっているのだ。そこでフーが仕方なさそうに、おっかなびっくりようやくバスに入って羽ばたくと、ピーはそれを見て、体をブルルンブルルンし、満足げに羽づくろいを始めた。
 けれども、フーがこのバードバスに入ったのは、これっきりで、その後いつ見ても、バードバスの手前の水飲み容器で浴びていた。
「フーは、閉所恐怖症じゃないかな」と、まもなくして夫がいったけど、たしかに茶色い半透明のプラスチック製バスは、水が飛んでもいいようにすっぽり囲んであるから、まさに閉所なのだ。
 そのように、何をするにもピーが率先して手本を示しているようだけど、ピーには、意外に用心深いところがあり、未知のものには、フーが挑戦してから、手を出すこともあった。夫が板切れを貼り合わせて作った、食器戸棚の上などに置いてある止まり木に、最初に止まるのは、いつもフーだった。それも、夫によると、そこに止まってみるようにと、ピーが盛んにフーをあおっていたらしい。
 とはいえ、ふだんから慣れたことをするときは、必ず自分が先で、威張っているから面白い。
 そんなピーに、フーはいつも素直に従っていて、ピーが見えなくなると呼んで探している。
 フーもピーも、名前を呼べば、呼ばれたほうが鳴いて応え、ときには飛んできて手に止まる。それも、どちらかがくれば、もう1羽もすぐにくるという仲の良さ。もし、そばにきたのがピーだけだったとしても、こちらのいっていることが、かなりわかるらしく、
「フーちゃんはどこ?」ときけば、フーのいる場所に飛んで行って教える。
 また、ふたりが外出着になると、出かけることがわかるのか、いつも揃って静かになった。それは、ふたりが食事をしているときも、客人がきているときも同様で、騒ぐことなく静かにしている。別に教えたわけでもないのに、ふたりをよく観察していて、そんなときには遊んでもらえないと、わかっているのだろう。
 特にピーは、観察眼が鋭くて、外から帰ってきたあやさんが、放鳥したままのピーたちを探してキョロキョロすると、必ず、「ピピッ」と鳴いて、自分の居場所を教える。
 やがて、フーが居間の巻き上げカーテンにもぐるようになり、そんなとき独りになったピーがつまらなそうに、あやさんの部屋に飛んできた。
 あやさんが頭にピーを乗せたまま居間に行き、
「フーちゃん、どこ?」というと、フーはカーテンの巻き上げ用のひもをゆすって、その先についている玉を下の棚のファックスにぶつけて、コンコンと音を立てる。ちゃんと居場所を教えているのだ。
「フーちゃん、そこにいるの。お利口ね」
 あまりの賢さに感心して、あやさんがほめると、フーはその場でもぞもぞ動くけど、出てこない。ピーのほうは頭に乗ったままで、何ともいわない。
 結局フーは、しばらく巻き上げカーテンから出てこなかった。柔らかい布のカーテンは、ハンモックのようで気持ちがいいのだろう。
 2羽は人の言葉こそ話せないけど、こちらのいっていることが、かなりわかるようで、
「お水浴びよ」「いい子で待っているのよ」「こわいこわいよ」などを理解している。
「こわいこわい」は、まずカラスの鳴き声が聞こえたときに教え、つぎに2羽が玄関に行ったときに、そういって、玄関は恐いところだと教えた。だから2羽を放鳥したまま外に出るときでも、決して玄関にはこない。そして、しばらくして帰ってきて玄関ドアをあけると、2羽が玄関の見通せる小さな額縁の上に並んで待っている。じつに賢いのだ。裏側がフンで白く汚れてしまっているその額には、あやさんお気に入りのポピーの絵が入っているけれど、絵のほうは無事なのでヨシとしている。とにかく2羽は、決して玄関には行かない。
 水浴びは、だんだんバードバスや水飲み容器より、手のひらのプールのほうを好むようになった。台所で水を細く出して呼ぶと、すぐに飛んできて、蛇口から落ちる水の音を聞きながら、手のひらのプールに入る。そして、歌に合わせて羽ばたいて、バシャバシャと競って水を飛ばす。手のひらのプールは、鳥かごの水飲み容器やバードバスに比べ、開放的で2羽が一緒に入れるから、楽しそうだ。

 3か月ほど経ったころから、あやさんや夫の手の中で、ときどき昼寝をするようになった。左右の手に1羽ずつ乗って眠り、ピーは平目のように平らになり、フーはお菓子のようにちょこんと丸まって、長いときには30分くらい眠る。うっかりベッド役になってしまうと、同じ姿勢を保たなければならないから大変だ。それでもふたりは、2羽がどちらにより安心して眠っているかを、それとなく時間で競っていた。 
 また、あやさんは、よく2羽に子守唄を歌ってやるけど、ときには片手に2羽を乗せてパソコン画面を動かしながら、創りかけの童話を読み聞かせたりもする。 そんなとき、朗読の声が子守唄のように聞こえるのか、静かにしていた2羽が、手の中でくっついて眠っていたりして、その無垢な暖かい息づきが愛おしい。このまま抱いていたいけど、そうもいかないから、そっと鳥かごに戻すと、2羽は目を覚ましたが、まだ眠いのかトロンとした目で静かにしている。それもまた可愛くて、たまらない。
 ピーたちは、ふたりを本当の親だと思っているようなので、あやさんは、ふと不安になった。
「もしかしてピーちゃんは、大人になったら人間になるつもりでいるのかしら」。

2015年3月3日火曜日

(二)2羽のヒナ①

 ところが、それから半年ほどすると、夫がまた、文鳥を飼いたいといいだした。あやさんはいやだといったのに、夫はしつこく、折あれば「文鳥を飼おうよ」とくり返す。
「それなら、独りで飼えば! 反対はしないから」と、あやさんが突き放しても、夫は、
「それじゃあダメだ。一緒に飼おう」と、うるさい。ついには自分の小遣いで買うからといいだした。少ない小遣いからえさ代も出すという。それには感心したが、とはいえ、夫は自分独りで面倒をみるつもりはないらしい。
 ピッピとの楽しかったときを思い出しているあやさんに、夫がさらに畳み掛ける。
「いまなら気候もいいから大丈夫だよ。ヒナも寂しくないように2羽にしよう」
 まったく諦めるどころか、機会があれば説得に努める。
「とにかく見るだけでも」
 少し脈があると思ったのか、急に元気になった夫は、あやさんを連れ出して、ピッピを買ったペットショップへ向かった。
 しぶしぶ着いて行ったものの、ペットショップに入ると、あやさんはホッとした。クーラーの効いた店内は、にぎわっていたが、小鳥のブースには、あの平べったいケージが見当たらない。辺りを探しても、ヒナのいる気配はなかった。それも文鳥に限らず、ほかの小鳥のヒナもいない。奥のほうの壁際に、前回きたときにはなかった小鳥のショールームのようなものができていた。ガラス窓の向こうに1羽ずつ成鳥が入っている。どの小鳥も、みんな退屈そうにこちらを見ていて、観賞用らしく黄色や銀色のきれいな成鳥ばかりが並んでいる。
「小鳥のヒナは、いないみたいね」
「もう、ヒナを扱うの、やめたのかな」
 あやさんが帰ろうというと、夫は、
「そうだな」といったものの、まだキョロキョロしている。そして、
「残念だな」といいながら着いてきたのに、出口の手前で受付に寄った。
「あの、すみません。文鳥のヒナは、もういないんですか?」
 夫がレジにいる店員にたずねると、小鳥の担当という若い女性店員が出てきた。そして、
「いまはブリーダーさんがヒナをかえす時期じゃないんです。秋になれば、国産の文鳥のヒナが、愛知県の弥富から入りますけど」と、教えてくれた。ピッピを買ったときの男性店員とはだいぶ違って、かなり詳しい。
 夫は喜んで、すぐさま白文鳥のヒナが2羽欲しいといい、入ったら知らせてくれるよう頼んで連絡先を書いた。
「そうか、これから秋にかけて、愛知県産のヒナが入るのか。すると、ピッピは冬だったから外国産の文鳥だったのかな」
「外国産ていうと、台湾とかインドネシアかしら。いずれにしても暖かいところね。それが寒い日本にきたのなら、気の毒だったわね」
ふたりでそんな会話をして、夫は車の中で陽気だったけど、あとで調べてみると、ピッピの背中には黒っぽい羽毛があったから、国産のようだった。
 家に着いても浮かれている夫に、あやさんは、これから文鳥を飼うには条件があるといった。
「夜中にテレビから怖い映画の音が流れたりすると、文鳥さんも安眠できないわ。もっと飼い方を研究しないと」

 夫もうなずいて、これから文鳥のサイトや本で飼い方を調べようということになった。
 

 そして、それから1か月半ほど経ったころ、入荷の連絡があり、ふたりは心を弾ませてペットショップへ向かった。ピッピのときとは違って、秋晴れのさわやかな明るい日。
 受付で話すと、ちょうどヒナのえづけの時間だといわれ、少し待たされた。店の裏のほうからは、ヒナのにぎやかな鳴き声が聞こえてくる。
「あの鳴き声、全部、文鳥のヒナかしら」
「さあ、わからんが、ずいぶんたくさんいるようだな」
 小鳥のブースに行って待っていると、まもなく鳴き声が止み、この前の女性店員が現われた。小さな箱とえさの容器を抱えている。箱の中から2羽のヒナを取り出して片手に乗せると、彼女がいった。
「この子たちは、少しだけ食べさせておきました」
これから、えづけの続きを見せてくれるという。
 ヒナはまだお腹が空いているらしく、彼女がえさのついた棒を口元に持っていくと、手の上で元気よく鳴いて大口を開ける。そこにえさを入れ、えさやりの手本を示す。
「この〝そのう〟が膨らんできたら、もうお腹がいっぱいってことですから」
 夫は、見とれながらうなずいて、
「オー、オー、たくさん食べる。すごいすごい」と、はしゃいでいたが、黙ると、自分もヒナになったつもりか、口を開けている。そして、急に気がついたようにたずねた。
「これはツガイですか?」
 すると女性店員は、ちょっと困ったような顔をしたが、すぐに、あっさりいった。
「まだ性別はわかりません」
 夫は少しがっかりしたように黙ってうなずいて、また質問した。
「生まれたのはいつですか」
「8月の下旬ですね。でも、こっちの小さい子のほうは、末かもしれません」
 前回の男性店員に比べ、かなり自信ありげにいったけど、正確な誕生日はわからなかった。あやさんは2羽の誕生日を8月25日と、その場で決めると、女性店員からヒナの入った箱を受け取り、夫とレジに向かった。
 車の中で箱をあけると、背中がまだ灰色のヒナたちは、おがくずに体を半分沈ませて、1つの丸になって眠っている。マシュマロのようにホワホワと頼りない感じだけど、互いに温めあっているようなので安心した。
 2羽のヒナは家に着いても、静かだった。おがくずを敷いたプラスチックケースに移しても、されるままになっている。まだ眠っているのだろう。見るからに可愛い。
 それが、いきなり、にぎやかに鳴き出して、あやさんはびっくりした。ちょうどペットショップで聞いていたえさの時刻だ。体を揺らして、ペットショップのときのように大口をパクパクさせている。お腹が空いたようだ。
 もう、鳴き出すころだろうと、夫が先ほどから用意していた〝むきえ〟を急いでお湯で湿らせてさます。あやさんが2羽をプラスチックケースから出して、夫の左手に乗せると、慣れない手つきの夫が〝育て親〟という透明な棒を使って、それぞれの口にえさを入れてやる。
 ヒナたちはまだおぼつかない足どりで体を揺するせいか、手から落ちそうになりながら、ギャアギャア鳴いて口をパクパクする。ヒナの口はえさが入りやすいように、わきに膜のようなものがついているから、かなり大きく開く。
 2羽で競うようによく食べ、自分の口にえさが入ったときだけしか鳴き止まないので、かなり騒々しい。夫はその鳴き声にせき立てられるように、交互に口に入れてやる。やがて、ペットショップで教わったとおりに、そのうが膨らむとピタッと静かになった。また眠るらしい。そっとケースに戻すと、2羽は再び円をつくり、そのまま3時間眠った。まるで目覚まし時計のように正確に、えさの時刻になると起きて鳴きだすのには、びっくりするけど、これは多分、ペットショップの開店時間に合わせて、躾けられているせいだろう。
 2羽のヒナは、白文鳥といっても、まだまっ白ではない。背中に灰色の部分があり、その灰色がチョッキのような形をしている頭の四角っぽいほうを「ピー」と名付け、灰色が筋のように入っている小ぶりなほうを「フー」にした。「ピー」は昔、マンションで飼っていた文鳥の名前で、彼のように長生きして欲しいという願いがこめられている。フーは、ピーに比べてきゃしゃでおっとりした感じだから、そんな名前になった。
 ヒナたちはすでに見えるようになっていて、夫やあやさんを親だと思っているのか、ふたりの顔を見ると喜んだ。
 10月に入ると、足がしっかりして、自分でえさを食べられるようになったので、夫が鳥かごをセットして、中にツボ巣とブランコを取り付け、ヒナたちを移した。ブランコは、どちらも好きなようなので、2つに増やす。(つづく)