2015年4月27日月曜日

(八)パピ奮闘の日々①

 それでもきのうの留守中に、パピも新しい環境に少し慣れたようで、今朝は鳥かごの下のえさ入れまで下りた。止まり木を下りるのは、けっこう難しいのかもしれない。
 とにかくえさと水の容器までは移動できるようになったので、上部のえさ入れは要らなくなった。とはいえ、まだほとんど動かない。それにフーとピポが鳥かごから出ても、自分も出たいという感じでもない。だけど、パピだけずっと鳥かごに閉じ込めっ放しというわけにはいかない。いちどは出してみなければと、あやさんは鳥かごの出入口を開けた。
 そして待つけど、パピは相変わらず高い位置の止まり木でじっとしている。とても出てきそうにない。出入口から出るには下の止まり木に移って、そこから短い止まり木まで行くのが普通だけれど、パピはまだそれどころではないらしい。たいした距離じゃないのに、下りるのが恐いのだろうか。
 それでも、とにかく出してみなければと、夫が鳥かごの上部をあけた。この鳥かごは幸い上ブタがついていて、大きくあく。
 すると、パピが急に飛び上がって、ついに鳥かごから出た。
「やっぱり、飛びたかったんだわ」
 あやさんはそういったものの、パピのヨロヨロした飛び方を見て、慌てた。出るには出たけど、それからが大変。飛ぶには飛んだものの、バサバサとぎこちなく羽ばたいて、正面の壁にぶち当たった。とてもまともな鳥の飛び方とは思えない。
「羽が切ってあるのかしら?」
「いや、それはないと思う」
 パピがそのまますぐ下のサイドボードに落ちたので、夫が慌てて助けに行く。するとパピも大慌てで飛び上がって逃げる。おぼつかない飛び方で、こんどは反対側にある本棚のふちに当たり、また落下。あやさんはハラハラどきどきし、フーとピポも離れた所に止まったまま、じっと見ている。
 パピは、これまでほとんど飛んだことがないようだ。ヒナのときから飛んでいれば、こんなことにはならないだろうに、その不器用な飛び方に、みんな呆気にとられ、息を飲んで見守った。
 鳥は、ちゃんとした羽さえあれば飛ぶのが当たり前のように思っていたあやさんにとって、パピの醜態は驚きで、飛ぶにもそれなりの練習が必要なことがわかった。
 パピは、できそこないの鳥型ロボットのようにバサバサと大まかに羽ばたいて不安定に飛びながら、ピポとフーの止まっているカーテンレールの上まで行った。2羽のいる場所とは少し離れているけど、やはり荒鳥だけあって、人よりも文鳥仲間のほうが安心できるようだ。
 さて、鳥かごに戻す段になると、フーとピポは夫の手に止まって、それぞれの鳥かごに入った。
 そして、いよいよパピを鳥かごに戻すことになったけど、手には止まらないし、自分でも戻れないから、捕まえて入れなければならない。これがまた、家をあげての大騒動になった。何しろ人の手が怖いのだから、そばに行って手を伸ばすと逃げてしまう。
 高い場所に止まったパピを捕まえようと、夫が踏み台を持ってきて手を伸ばすけど、すぐにそこから逃げてしまう。仕方なく、次に止まった場所に踏み台を移動していると、そのすきにバサバサと飛んで、こんどは額縁の上に上がってしまう。
 そんな具合で夫とパピの追いかけっこが始まった。パピも必死で、家の中を逃げ回る。そして、何とか高い場所に止まるものの、人が近づくとヨロヨロ飛び上がる。追いかけると逃げまどって、天井の照明にコン、食卓の上に下がっているペンダントライトにガシャッとぶつかる始末。
「危ない! 怪我をするわ」
 あやさんは、もう見ていられない。
 夫は追いかけっこで、ヘトヘトになった。それに、危なっかしい飛び方のパピを、あまり追い回すと、怪我をさせかねない。夫はあきらめて、暗くなるのを待った。暗がりで動けなくなったパピを、捕まえる作戦だ。
 夕方になり、外がうす暗くなってから、部屋のカーテンを引き、家の明かりを消す。鳥はこうなると見えないから動けない。カーテンレールの上でじっとしているパピを、夫が両手を伸ばして挟み込むようにして捕まえる。
「大丈夫?」ときくあやさんに、夫はパピの頭をなでながら、いう。
「おとなしくしているよ」
 パピは暴れることもなく、素直に鳥かごに入れられたから、鳥かごに入るのが嫌というわけでもないらしい。けれども自分で入ることができないのに、人の手が怖いという困った状態にあった。
 あやさんは、大変な鳥を飼うことになってしまったと、これからが心配になる。とはいえ、みんなで何とかして行かなければならないから、これから毎日、パピも放鳥することにした。
 そして、大変な数日を過ごしたが、毎日の放鳥の成果が表れて、パピも目的の場所に真直ぐ飛んで行けるようになった。
 ふたりはきょうも、パピを鳥かごから出す前に、フーとピポを放鳥した。すると2羽は競うようにしてドレープカーテンの上のプラスチック板に飛んで行く。そこからならパピの鳥かごがよく見えるから、これから始まるパピの練習風景を見学するつもりらしい。
 夫が鳥かごに行くのを2羽がじっと見ている。上ブタがあくとバサバサと飛び上がったパピは、そのままフーとピポのそばまで飛んで行く。もう着地点がはっきりしているから、壁にぶつかるようなこともなさそうだ。見ているほうもハラハラしなくなったけど、相変わらず、出来損ないの鳥ロボットが飛行しているようだ。
 飛んでくるパピを特等席から黙って見守っていたフーとピポが、このときついに声を出した。
「チュチュチュッ」
「 チチチチチチ」と、愉快そうに顔を見合わせて鳴いたのだ。
「笑っているわ」と、あやさんはすぐに思った。パピのあまりにドジな飛び方を見て、思わず笑ってしまったのだろう。あやさんも、クスッとしたほどだから、無理もない。
 けれども、パピは真剣なのだ。女の子たちに笑われたとあっては、気の毒だ。そこで一応、2羽に注意することにした。
「パピちゃんは練習中なのよ。笑ってはいけません」
 これまでは、鳥かごから出たパピは、いつも飛ぶのに必死だったから、見ていてもハラハラしどうしだった。だから、おかしな恰好で飛んでいても、笑うどころではなかったのだ。それが、笑えるようになったのだから、飛ぶほうだけでなく、見ているほうにも少し余裕が生まれたらしい。
 それにしても文鳥が、そんなときに笑うなんてと、あやさんは、びっくりしている。
 パピは、いつも2羽のいる近くに飛んで行き、少しずつ近づいて止まるようになった。それでも2羽についてソファーまで下りることはできない。飛び上がるよりも下りるほうが難しいらしい。まだコントロールがうまくつかないようだ。
 それでも日に日に距離感が備わって、1週間もするとコントロールも利くようになった。いまは筋力がないせいか、飛び方はぎこちなく、いかにも羽ばたいているというふうだけど、とにかくピポやフーについて行けるようになってきた。それにつれ、鳥かご内の移動もかなりスムーズになっている。
 それにしても、鳥かごに戻すときの夫とパピの追いかけっこは、いったいいつまで続くのだろうか。   (つづく)

2015年4月16日木曜日

(七)荒鳥(あらちょう)のお婿さん

 あるときまで、あやさんは、ピポがオスだとばかり思っていた。フーのように優しい目ではないし、活発で自我の強い行動は、フーにというよりピーに似ている。それに期待もあったからだけど、多分、フーもそう思っていたのではないだろうか。
 ところが、ある日、夫が巻き上げカーテンの中に小さな卵があるのを見つけた。それはあまりにも小さくて、明らかにフーのものではなかった。
 オスにしては、なかなかぐぜらないし、オス特有のさえずりもしないから、もしや? と思い始めていた矢先だった。カーテンの中に卵を見つけたとき、あやさんはさすがにがっかりしたけど、フーにはそのことがどう理解されたのだろうか。。ピポがメスだとわかったら、一番がっかりするのはフーのはずだけど、その後もピポに優しくしていて、嘴でちょっかいをかけられても、怒ったりはしない。
 ピポにすれば、いい迷惑だろうけど、みんなピポに〝ピーちゃんの代わり〟を求めていたようだ。
 年が明けて、発情期が巡ってくると、フーにはピポが同じメスだと理解できていないとわかった。フーがピポのそばで、頭を低くして尾羽を震わせるようになったのだ。
 けれども幼いピポは、何でもフーの真似をするから、同じような声をあげて尾羽を震わせる。ピーなら、そばでチョンチョンダンスをして、すぐにフーの背中に乗るのに、ピポはメスだから、そうはいかない。
 思いどおりにならないフーは、首を振って不満げな声を出し、また尾羽を震わせるけど、ピポも同じ格好をするばかり。
 そのうちにフーがじれったそうに、首を振ってイヤイヤをすると、ピポはキョトンとして、どうしたらいいかわからない様子。これではピポも気の毒だ。
 見かねたふたりは、フーにお婿さんを迎えなければと思い、どこかに、ちょうどいい年頃のオスがいないかと探し始めた。
 数日後、ネットを見ていた夫が、生後1年のオスの文鳥が里親募集中だという。フーは、もう2歳半になるから、1年半ほど年下の相手になるけど、それくらいの違いは問題ないと思われた。
 問題なのは、その文鳥が手乗りになっていない〝荒鳥(あらちょう)〟だということで、荒鳥は人に寄りつかないから、放鳥して遊ばせても、鳥かごに戻すときがやっかいだ。
「人が近づいたら逃げちゃうんでしょ。それは大変だわ」
「フーやピポと暮らしていれば、そのうち何とかなるんじゃないかな。ペットショップの観賞用よりは、個人の家で飼っている文鳥のほうがいいと思うけど」
 あやさんは、いろいろ想像すると不安だったけど、ほかに適当な文鳥が見つからなかったので、荒鳥のシナモン文鳥をフーのお婿さんに迎えることにした。
 それが、どれほど大変なことなのか、このときはまだ、よくわかっていなかった。とにかく早くフーにお婿さんを迎えたかったのだ。
 さて、そのシナモン文鳥を譲ってもらえることになったものの、受け取り日を決める段になって、相手方の都合に合わせるのは難しいとわかった。あやさんたちは近々、ふたり揃って出かけなければならない用事が控えているので、その日を過ぎてから引き取りたいと思っていた。知らない家にきたばかりの文鳥を残して、長時間外出するのは気が進まない。ピポとフーだけなら、それほど心配はないけれど、なんといっても不慣れな荒鳥だ。
「今回は諦めたら?」と、あやさん。
「でも、そんな機会が多くあるとは思えないからな」と、夫は諦め切れない様子で、ふたりはどうしたものかと頭を抱えた。
 それでもやはり、その荒鳥を引き取ることになり、引き取り日は2月12日になった。2日後のバレンタインデーには、ふたり揃っての遠出が控えているけど、夫はこの機を逃すまいと、ひとりで車に鳥かごを積んで他県まで引き取りに行った。そして、2時間ほどかかって帰ってきた。
 赤い目をして頭と尾がこげ茶色、ボディはグレーがかったシナモン色のカラフルな文鳥が、鳥かごに入ったまま到着した。
「ずいぶんきれいな文鳥ね。いい声で鳴くわ」
 あやさんが、初めて見るシナモン文鳥に少し違和感を覚えながらいう。
「向こうの人がこの小さなケースに入れるとき、『いて! こいつ噛んだな』なんていっているのが、聞こえたぞ。やっぱり荒鳥だからかな」
 前面が柵になっている20センチ角の平べったい木箱を見せて、夫がいった。その狭い入れ物では気の毒なので、車の中で文鳥を鳥かごに移して連れてきたらしい。だからといって広い鳥かごが、必ずしも居心地がいいとは限らない。荒鳥は、人になついていないせいもあってか、鳥かごの上部の止まり木の隅に貼りついている。元気そうな鳴き声だけがときどき、
「ホー、ホー、ホチョチョン、ホチョチョン」と、その場所から響く。まちがいなくオスだとわかるものの、ほとんど人には感心がなさそうで、観賞用か繁殖用の文鳥のように見える。荒鳥というくらいだから、やはり動きも荒々しいかもしれないと心配していたあやさんは、鳥かご内の一か所に止まったままの文鳥に、少し拍子抜けした。暴れるようすは全くない。
 それどころか、シナモン文鳥は、しばらくしても、そのままの位置にいる。知らない場所に連れてこられたので、緊張しているのだろうか。それとも様子をみているのだろうか。それにしても、ペットショップで見た観賞用の小鳥たちのように、1か所から全然、動かない。鳴き声は、まだ「ホチョチョン」だけしか聞こえないが、「チュンチュン」とか「ポピ」とかとも鳴くのだろうか。
 最初のうちはそれほど気にしなかったものの、いつ見ても同じ場所にいて、ときどきその場所で、「ホチョチョン、ホチョチョン」と雄叫びをくり返すだけなので、あやさんはだんだん不安になってきた。えさと水入れは鳥かごの下のほうについているから、下の段の止まり木まで下りなければ、水も飲めない。
 夫も心配して、とりあえず小さなえさ入れと水入れを鳥かごの高い位置に取り付けた。高さのある鳥かごの中で、どう動けばよいか、わからないようにも見える。しかも名無しのゴンベイだというので、これから幸せになるようにと、「パピ」という名前にした。そして、
「パピ、パピ、下まで下りてごらん」と、ふたりで何回も呼びかけたけど、パピは恥ずかしそうに目を伏せるだけで、相変わらず定位置に留まっていた。
 2日後、甥の結婚式に出席するため、予定通りふたり揃って朝から家を出た。家から松本市までは車で3時間以上かかる。文鳥を飼うようになってからは、ふたり一緒の外泊は避けてきたから、この日も日帰りに決めていた。。披露宴が終わってから急いで帰ってきたものの、家に着いたのは真夜中だった。
 玄関を開けると、フーとピポの声がして、目を覚ましたらしい。暗い部屋で布もかけてもらえないまま、フーとピポは、それぞれのツボ巣に入っていた。そして、明かりをつけると喜んでツボ巣から出てきた。1日中、鳥かごの中にいたので、ちょっと出して遊ばせると、部屋の中を飛び回る。
 パピはといえば、ツボ巣にも入らないで、相変わらず止まり木の定位置にいたが、明るくなると、大きな声でさえずった。
「ホッホッ、ホチョチョン、ホチョチョン」
 それでも、まだ鳥かごからは出せない。パピもふたりを見て、それなりにうれしそうなのでホッとして、そのまま鳥かごに布をかけて眠らせた。
 3羽は、それぞれの鳥かごの中で、不安なときを過ごしていたに違いない。とりわけパピは、不慣れな環境で、さぞ心細かっただろう。それでも案外、女の子たちと〝鬼の居ぬ間〟とばかりに、いろいろ情報交換をしていたとも考えられる。
 もっとも、その場合は言葉が必要だろうけど、パピは言葉(文鳥語)が話せるのだろうか。まだ「ホチョチョン」としか聞いていないあやさんは、情報交換なんて、とても無理だと思い直した。
 いよいよあすから、パピとふたりの挑戦が始まる。

2015年4月9日木曜日

(六)ピポは遊びの名人

 ピポがきてから3日になるけど、フーは相変わらず隣の鳥かごを観察している。それも、えさを食べながらそれとなく見ているから、そのえさ入れの〝赤皮付え〟は、すぐになくなる。それほどいつもそこからピポを見下ろしながら、フーは何を思っているのだろう。
 夫がピポにさしえをしたのはここ3日ほどで、ピポはもう、自分でも食べられる。フーと同時に鳥かごから出すと、バサバサとホバリングを始め、すぐにフーのあとを追って飛ぶ。フーはまずピポを従えて、何回かゆっくり短い距離を飛び、高い位置の止まる場所を教えた。
 翌日にはフーがスピードを上げて飛んだけど、ピポはぴったり後ろについて行った。ピポの瞬発力や素早い動きには目を見張るものがあり、フーに比べ見るからに丈夫そうな太い足をしている。
 そのうちには台所のシンクの上にある戸棚の細い取っ手に、まるでターザンか曲芸師のようにぶらさがって、洗いものをしているあやさんに、いたずらっぽい目を向けた。ピポは、お転婆でお茶目だ。 
 そんな芸当は、もちろんフーにはできないけれど、たちまち2羽は仲良しになった。ピポは何でもフーの真似をして、水浴びも手のひらのプールでする。そんなときもふざけていて、フーが水浴びのスペースを空けて待っていても、すぐには入らない。わきから蛇口に頭を突き出して、「グッグッグッ」と声を出しながら首を振って、水を飛ばす。それからフーの横に入って浴びるものの、ピポのすることは、どれも遊びに見える。
 そして水から上がった2羽が、競争して居間のイーゼルまで飛んで行く。以前のような光景が見られるようになった。
 ピポはみんなの心のへこみを充分に埋めてくれ、あやさんちには再び楽しい日々がやってきた。

 そんなピポは、どちらかといえば、あやさんたちにというより、フーのほうになついている。フーのことを母親か姉のように思っているのかもしれない。とにかくフーがいろいろ教えて、よく面倒をみているから、あやさんたちがピポに教えることは、ほとんどなかった。このときになってようやく、フーがかなり賢いことに気がついたわけで、これまでは、ピーがリーダーだったから、その陰に隠れてしまっていたようだ。
 ピポは、さっぱりした性格でお茶目だから、フーにというよりピーに似ている。フーのようにおっとり橋ていないし、いたずらっぽい目は、愛らしいというより、キリッとしていてピーの目のようだ。そして、ときどきデリケートな面ものぞかせるけど、、ピポは、ピーやフーほど素直にあやさんに従わない。手に止まって鳥かごに入るふりをして、入口にさしかかると逃げてしまう。そんなことをくり返して遊んでいる。こちらの出方を見ていて、叱られそうになると、まずいと思うらしく、また手に乗ってきて、機敏に鳥かごに入る。ピポにとっては、どれもこれも遊びのようで、あやさんは、
「ピポ、ダメよ。もーお、フーちゃんを見習いなさい」と、うんざりするものの、本気では叱れない。先生としてのフーが優秀なこともあり、ピポは元気で賢く育った。そして、いくつかの遊びを考え出した。
 ピポがきてから3か月ほど経ったある日、居間からピポとフーの争うような声がした。急いで見に行くと、2羽がサイドボードに置いてある木彫の弥勒菩薩像に乗っている。もう鳴き声は止んでいて、ピポがヒョイッと横にあるテレビの上に飛び移った。
 フーは弥勒菩薩像の頭に乗っていて、まるであのけたたましい鳴き声が嘘のように、それぞれの場所で羽づくろいを始めた。一汗かいたから休憩! といった感じだ。
「ピポとフーが弥勒像の上でギャアギャア騒いでいたようだけど、あれ、喧嘩じゃないのかしら」
 不思議に思って夫に話すと、
「あれは喧嘩じゃないさ。陣取り合戦のようなものさ」という。
 次の日、あやさんが確かめようと、ピポとフーを鳥かごから出して見ていると、2羽はすぐにサイドボードの反対側にあるイーゼルに飛んで行った。そこから示し合わせて4メートルほど先の弥勒像の頭の上に飛び、その場所を取り合い出す。 
 ピポが頭から落ちそうになりながら、ギャアギャア鳴いて羽ばたき、フーと嘴で争っている。1羽がやっと止まれるくらいの平らでない狭い場所を取り合っているのだ。
 それでも、足などは狙わないから、やはり喧嘩ではなく遊びのようだ。双方とも卑怯なことはしないで、ただ真剣に競っている。どちらかが弥勒像の頭から追い落とされれば、一応の決着のようだった。負けたほうは、弥勒像の肩や膝などの低い位置にそのままいるのは、いやなのか、横にあるテレビの上に飛び移る。それから、それぞれの場所で羽づくろいを始める。やはり、弥勒像の頭にいるほうが誇らしげに見えるのは、気のせいだろうか。
 ところで、きょうはフーのほうが弥勒像の頭の上で、得意げに羽づくろいをしているけど、いい勝負のようだったから、もう少ししたら、ピポと逆転しそうな気がする。
 けれども、この弥勒菩薩像の攻防は長くは続かなかった。日の暮れが早くなったいまでは、あのけたたましい喧嘩のような鳴き声を聞くことはない。多分ピポの成長とともに、フーが勝てないようなことが続いたのだろう。つまらなくなったフーが、その遊びをやめてしまったと充分に想像がつく。
 近ごろでは、2羽が弥勒像のところにいても、静かに頭や肩などに止まっている。どちらが頭でもかまわないようだ。それに寒くなってきたせいか、テレビの上に並んでいることも多くなった。そういえば、水浴びの前にも、台所の電気ポットの上に乗っていたりするから、季節とともに温かい場所が好まれているようだ。
 テレビの上だけでなく弥勒像の膝などにもフンがついていることがあるので、とんでもないと思って、あやさんはウェットティッシュで拭いている。これだとフンの跡も残らないので、とても便利。
 暗くなるのが早くなったいまでは、ピポとフーがドレープカーテンの上にいることが多くなった。あやさんちは夕方の4時半ともなれば、居間の明りを点けてカーテンを引く。すると鳥かごから出て遊んでいたフーとピポが、長いドレープカーテンの上部に飛んで行く。そういえばピーがいたときも、よくフーと一緒にカーテンレールの上にいたけど、そのときとは少し様子が違う。カーテンレールの上には、フンがカーテンに付かないようにと夫が工夫して、プラスチックの細長い板を取り付けてあり、以前、フーはそこにピーがくると追い払ったこともあった。自分の陣地のように思っていたフシもあり、いつも2羽が仲良くそこにいたわけではなかった。それがピポとは気が合うのか、それとも相手が子どもなので競う気も起きないのか、理由はわからないけど、いつも仲良くくっついている。
 それに違うのはそれだけではなく、ときどきピポだけがソファーにやってくる。活動的なピポのことだから同じ場所にじっとしていられないのだろうと、あやさんは思っていた。
けれどもソファーにきたピポはわりあい静かにしていて、少し経つと必ずドレープカーテンの上に戻って行く。ほかの場所へは行かないのだ。そして、その間にフーがドレープカーテンから離れた様子はないから、ドレープカーテンのどこかにいるようだ。
 そのうちに、カーテンのほうから楽しそうに鳴き合う2羽の声がする。まるで、はしゃいでいるようだ。
すると、またピポがソファーにやってきたので、カーテンのほうを見ると、フーがいない。カーテンレールに乗っていたはずなのに、姿がない。
「と、いうことは……」と思い、よく見ると、ドレープカーテンが動いている。どうやらフーはそこにいるらしい。レースのカーテンとの間にもぐって下りているのだろう。
 ピポがソファーにいる間に、フーがカーテンの中を移動して、もぞもぞ動くのがわかる。その動きが止まって少しすると、ピポがソファーからドレープカーテンに飛んで行った。そして、カーテンレールの上を移動しながら下をのぞいている。
「フーを探しているんだわ」
 そのほほえましい光景は、まさに人間のする〝かくれんぼ〟そのもの。2羽のあまりの賢さに、あやさんは感動した。
 ただ、鬼の役は、いつもピポのようだった。ピポが、レースとドレープカーテンの間にいるフーを探して移動する間、カーテンが揺れるようなことはないから、フーはしっかり布につかまっているらしい。
また、ピポがソファーにきている時間が、ちょうど、かくれんぼの鬼が10数えて、「もういいかーい」というくらいの長さなのには恐れ入る。その間にカーテンのすきまに入ったフーが、カーテンにつかまってモゾモゾと移動してから止まる。そして、カーテンに飛んで行ったピポは、思った場所にフーがいないので、あっちのひだをのぞき、こっちのひだをのぞきして、ついに、「みーつけた」となるわけだ。2羽でうれしそうに鳴き合って、フーが上に出てくる。それからまた、ピポがソファーに行き、同じことをくり返す。そんな遊びを思いつく鳥なんて、ほかにいるだろうか。
 フーがカーテンにつかまって、ごそごそ移動すると、カーテンが揺れるから、見ていれば隠れた場所がだいたいわかる。ところが、鬼になったピポは、あやさんの陰で遊んでいて、カーテンのほうを見ないようにしている。決してズルなどしないから、その遊びがよくわかっているのだろう。
 ピーがいたときにはなかった遊びだから、ピポが考え出した遊びと思われるけど、一緒に遊ぶフーの頭のよさにも改めて寒心した。
 お茶目で活発なピポは、悲しみの中にいたフーやあやさん夫婦を、どれほど慰めてくれたことか。フーにはそのことがよくわかっているようで、ピポのことをずっと大切にしている。
 フーにいろいろ教わって育ったピポだけど、遊びではフーを抜いているようだ。それにしても、文鳥が〝かくれんぼ〟をして遊ぶなんて、みんなに信じてもらえるだろうか。

2015年4月4日土曜日

(五)フーの悲しみ

  朝の7時を過ぎたので、いつもどおりにフーの鳥かごの布を外した。フーは、えさの容器に下りて食べ始めたけど、ピーの鳥かごをのぞいたかどうかわからない。ただ黙々と食べている。隣の鳥かごにピーの姿がないと気がつけば、不思議に思いそうだけど、騒ぐことなく、ふだんどおりに見える。
「フーはまだ、ピーちゃんがいないって、気づかないのかしら」
 あやさんは心配だけど、フーが静かなので、ひとまずホッとして、落ち着かない悲しい気分で、またベッドに横になった。
 はかない希望を抱いて、枕元に置いてある紙箱をあけてみる。けれども、ピーは固く目を閉じたまま動かない。そっと呼びかけてみるけど、やはり応えない。あやさんは眠れずに、何度も紙箱をあけた。何かピーに呼ばれているような、忘れていることがあるような、そんな変な気がして、また箱をあける。でもピーはそのまま動かない。
「もうピーちゃんとは、これでお別れね」と、あやさんは亡骸を紙箱から出して抱き上げた。ガーゼの中に指を入れて触ってみると、半身がまだ暖かい。生きているような気もする。
「ここは、こんなに暖かいのに……」と、無念さにかられていると、ふと、ある思いがよぎった。
「ピーちゃん、何かいいたいのね。そうだわ、きっと、フーちゃんにお別れがしたいのね」
 ピーの最期の願いを叶えなければと思い、ガーゼから顔だけのぞかせたピーを抱いて、居間に行った。そして。フーを鳥かごから出すと、すぐに肩に乗ってきた。
「フーちゃん、ピーちゃんが、さよならしたいんだって」
そういうと、フーは肩に乗ったまま黙っているけど、ピーが眠っているとでも思ったのだろうか。
 あやさんが椅子に腰かけて、幼いころにしていたように、子守唄を歌って聞かせる。いくつもいくつも口ずさんで、もう、これが最後だと思うと、涙があふれた。ひとすじの涙が頬をつたう。すると、静かに肩にいたフーが思いがけないことをした。
 フーの優しい口づけの感触が濡れた頬に残る。そっと涙をなめて、あたかも、あやさんを慰め、悲しみを共にしているようにふるまうけど、果たしてフーに、あやさんの涙のわけがわかるのだろうか。
 フーの寄り添うような優しさを感じながら、「ゆりかごのうた」を歌った。
 それからフーを鳥かごに戻すと、おとなしく従ったものの、出入口を閉めて、
「じゃあ、ピーちゃんに、さよならね」というと、これまで一声も発しなかったフーが、突然、鳴いた。それも、目を閉じたままのピーを見つめて、悲しい声で高らかに。
「ピィーッ!」と、まるで名前を呼ぶようなその声に、ピーが応えることはなかった。
 ピーの具合が悪くなってからは、鳥かごは別になっているから、フーだけ独りで鳥かごに残されたという思いは薄かったと思うけど、それがピーとの永遠の別れになると、フーにわかったのだろうか。
 あやさんはたまらずに、泣きながらピーを抱いて自分の部屋に戻った。そして耳を澄ましたけど、もうフーの声はしなかった。とにかくフーとのお別れをさせることができ、そのあとフーがあまり騒がなかったので、あやさんの気持ちは一応、落ち着いた。
 ところが、夕方になってフーをまた放鳥すると、昼間は静かにしていたのに、家の中を飛び回ってピーを探し始めた。ふたりは慌てたけど、何とかなだめて鳥かごに戻すと、静かになった。
 それでも夜になってもピーの気配がないのを変に思ったらしく、寝る前に、また鳥かごから出たがった。 困ったものだと思いながら、フーを鳥かごから出すと、ピーを呼びながら、必死に家の中を探し回る。あれからピーの姿が消えてしまったので、やはり変に思ったようだ。
 2週間ほど前に、ピーが小鳥の病院へ行ったときには、鳥かごごといなくなったものの、夕方にはちゃんと戻っていた。それが、きょうは夕方になっても、夜になってもピーの姿がない。しかもピーの鳥かごはそのままだ。夕べから普通ではないことが起きていると思って胸騒ぎがしていたのかもしれない。それが、じつはピーがいないことと関係があると思い始めたのだろうか。
 それでも、あやさんがフーを呼ぶと、諦めて手に飛んできて、静かに鳥かごに入った。とはいえ、明日がまた思いやられる。
「フーちゃんが、ピーちゃんを探していたわ」
「困ったな。そのうちに忘れると思うが」
 夫に話すとそういったけど、フーは翌日もピーを呼びながら、家の中を飛び回り、あやさんたちの悲しみを増幅させた。
 2日後、あやさんは枕元にあった紙箱を、そっと庭の隅に埋めた。ピッピとは離れた場所だけど、まだ若い紫陽花のわきにした。代りに夫がデジカメに残っていたピーの写真を印刷して、写真立てに入れた。写真は雄々しいピーの姿だから、3か月以上前のものだ。夫は白い小さなものをあやさんに見せていった。
「ピーちゃんの羽だよ。優秀なDNAを残すんだ」
 そして、それを写真の裏側にはさみ、写真立てをサイドボードの上に飾った。ピーちゃんの羽毛から、将来、クローンでもつくるつもりなのだろうか。
 それからフーを放鳥すると、サイドボードの正面にある室内用物干に止まった。そして、そこから、じいっとピーの遺影の入った写真立てを見ている。
「フーちゃん、写真がわかるのかしら」
 あやさんがそういったとき、フーが、
「ピィーッ!」と、写真に向かって叫んだ。悲しい声で吠えたというほうが当たっているかもしれない。
 フーはそのままピーを探し回る。その姿に、あやさんの胸は痛んだ。思えば、フーは、ヒナのときからずっとピーと一緒だった。あやさんたちよりも遥かに多くの時間をピーと過ごしてきたのだ。だから、フーはあやさんより、もっとずっと悲しくて寂しいに違いない。そう気がつくと、いたたまれない気持ちになった。

「生まれたばかりの文鳥の里親を募集しているから、もらおうか」
 夫は昨日辺りから、ネットで文鳥を探していたらしい。
「いつ生まれたの?」
 あやさんも、少し乗り気だ。
「7月初めっていうから、まだ1か月足らずだ。それはいいとしても、ちょっとそこは遠いんだな。でも、そうある話じゃないから」
 ふたりはフーのために、1日でも早く、なんとかしたかったので、生後1か月ほどの、まだオスともメスともわからない白文鳥のヒナを、もらい受けることにした。
早速、フーと同じ鳥かごを買ってきて並べて置き、フーとピーが幼鳥のときに使っていたプラスチックケースを車に積んで、高速道路に乗った。目的地の相模原までは渋滞に合うと、けっこう時間がかかる。早めに出発したのに、迷ったため約束の時刻に少し遅れた。
 2009年8月1日、ピーが死んでから4日後のことだったけど、あやさんはその間を、かなり長く感じていた。
 途中で電話を入れ、待ち合わせ場所に着くと、優しそうな女性がクリーム色の小さなケージを持って待っていた。
「清水さんですか? 遅れてしまってすみません」
 夫がそういって、清水さんからケージを受け取った。中で元気のよさそうなヒナが暴れている。車の中で、持ってきたプラスチックケースにヒナを移し、あやさんが清水さんにヒナの名前をたずねると、
「お別れが辛いから、名前はつけてありません」という。そこであやさんは、考えていた名前を告げた。
「では、死んでしまった文鳥がピーでしたから、この子はピポにしようと思います」
「ピ」という同じ音から始まれば、フーにとってあまり違和感がないだろうと思って考えた名前だけど、ピポはまだ背中の灰色部分が蓑のように広がっているし、体も小さいから、果たしてフーがなんと思うやら、心配ではある。
 ふたりは、お礼をいって帰途についた。清水さんの話では、ピポの母親は白文鳥だけど、父親は桜文鳥でひょうきん者だという。ピポはその父親に性格が似ているらしいが、丸々としていて、ペットショップから連れてきたときのピーやフーとは大分違う。
 車の中でも寝てなどいなかった。透明なプラスチックの外側にあるあやさんの手に、飛びつこうとして跳ねる。人の手が好きなのかもしれないけど、好奇心の強そうな、いたずらっぽい目をして、飽きることなく止まれない手に飛びつこうとしている。とにかく元気で、家に着くまで一睡もしなかった。
 新しい鳥かごにピポを入れると、フーは黙ったまま自分の鳥かごの上部にあるえさ入れに乗り、隣にいるピポを観察しだした。ピーのときには、そんなことはなかったのに、ピーに似た子どもの鳥がきたので、不思議に思ったのだろうか。もしかしたら、ピーが小さくなって戻ってきたように感じていたのかもしれない。いずれにしても、ピポがきてから、フーがピーを探し回ることはなくなった。
 ピポは暴れん坊で、その動きはどこかピーを思わせるから、フーがピポにピーの面影を見たとしても不思議ではない。