2015年5月29日金曜日

(十一)ナナ、ココ、ミミ

 マイはますますピーに似てきた。ピーとフーは兄妹だったのではと考えるけど、白文鳥はみんなこんな感じなのかもしれない。威張っているところもよく似ているから、やはりオスの可能性が高い。
 少しして、マイの両足の指が内側に丸まっていることに夫が気づいた。綿棒などを足の裏に当てて広げる練習をしてみるけど、治るどころか、日に日に丸まっていく。このままでは止まり木がつかめないと思い、病院で診てもらうことにした。
 また鳥かごごと車に乗せて家を出る。マイは初めて家の外に出たのに、車中でもおとなしかった。
 医師によると、マイの足は生まれつきの変形で治せるものではないらしい。あやさんは予想していた結果なので、ホッとする面もあった。もし手術なんてことになったら可哀想だからだけれど、夫はマイのこれからを心配していた。
 これで、ピーを思わせるマイが、よその家に貰われて行くことはないはずで、マイはそんな星の下に生まれてきたのだと、あやさんは思う。つまり、マイの足の変形にはそんな意味もあるのかもしれないと。
 マイもみんなと同じように、鳥かご内のブランコに乗ろうとし、すぐに落ちているのを見ると忍びない思いもするけれど、パピだってブランコには乗らないのだから、あまり問題はないだろう。
 マイにとって、もう1つ具合が悪いのが、鳥かご内の水飲み容器でする水浴びだ。足の先が丸まっているため、プラスチックの容器では滑ってしまって、ほかの文鳥のようにカシャカシャと規則的な音がしない。音だけ聞いても、うまく浴びられないとわかる。
 そのためマイは、毎日あやさんの手のひらのプールで水浴びをするようになった。手の中なら両足を踏ん張っても滑らないから、羽をバシャバシャできる。あやさんが歌の途中で、ときどき、
「すごい、すごい、上手ね」などとほめると、得意になって浴び続け、水から出ても、またすぐに入る。
 そんなふうに、ほかの文鳥のようにはいかないこともあるけど、あまり問題なく、すこぶる元気で威張っている。
 5月末から6月初めにかけて(つまり、マイの子育てが終わってまもなく)、フーがまた卵を産んだ。こんどはツボ巣に7つもあり、またパピと交代で熱心に温めている。マイが無事に育ったので、要領がわかって自信がつぃてきたのか、落ち着いた様子だ。パピがときどき水飲み容器で水浴びをしているのは、今回は最初からしっかり湿度を保とうとしているのだろうか。
 それから10日ほどして、卵が1つ下に落ちていた。でも、こんどは7つもあるせいか、フーも気にしていない様子。
 そして、あの不気味な宇宙人の死骸を見ることもなく、1つの卵がかえった。6月17日のことで、翌18日にはツボ巣の中から微かな鳴き声が聞こえ、親鳥の出入りが盛んになった。
「そういえば、きのう、パピがツボ巣の中をのぞいて、盛んに鳴いていたけど」
 あやさんが思い出して夫にそういうと、
「そのとき、生まれたのかな。ハシウチっていう、ヒナが生まれるとき、中から殻を突っつく音がするんだ。それを聞いて、頑張れって励ましていたんじゃないか」と、解説があった。やはり17日にかえったらしい。それにしても、ヒナは生まれるときにも、固い殻を破る力が必要なのだ。
 そのあとで、ツボ巣をのぞいた夫が、奥のほうで小さいのが動いているといったから、ヒナはちゃんと生きている。
 19日には、大きさの違う2つの声がして、また生まれたようだ。きのうの昼ごろ夫がツボ巣を見たときには、5つ卵があったというから、そのあとで生まれたらしい。この調子で残りの4つの卵もかえったら、どうなるのだろうと心配していると、また宇宙人のような死骸が1つ、鳥かご内に落ちていた。少し見慣れたせいか、あまりはっきり見えないおかげか、前回ほどの不気味さはないけど、鳥が好きでない人が見たら、ギョッとして悲鳴を上げそうだ。
 それから2日後の21日になって3番目が生まれた。ちょうど夏至の日だ。ツボ巣は3羽のヒナでいっぱいなのに、まだあと2つ卵が残っている。すでに、かなり窮屈そうだから、ヒナたちが踏み潰されないかと心配だ。ときどき耳をすますと、ツボ巣からは、ちゃんとヒナたちの鳴き声が聞こえてくる。
 残りの2つの卵は、まもなくして下に落ちていたけど、3羽のヒナは順調に育っているようだ。卵はパピが、もうかえらないとわかって落としたのかもしれない。パピはツボ巣の中のフンなども下に落として、ヒナの居心地をよくしている。真面目に働くいい父親だ。
 いちどにたくさんの卵を産む文鳥でも、ヒナが3羽も生まれると、子育ては大変だ。もし7つともかえっていたら、親鳥はもちろん、家中が大混乱になったはず。本当に3羽でよかったと思う。
 3羽のヒナは、それぞれ6月17日、18日、21日が誕生日になった。名前は、「ナナ」、「ココ」、「ミミ」。
 ミミは遅く生まれたせいか、ナナやココに比べて、だいぶ小ぶりだけど、元気に動いているから心配なさそうだ。
 マイのときに比べ、予想どおり親鳥の大変さはかなりなものに見える。フーとパピが一生懸命に食べさせているけど、ひとたび1羽のヒナが鳴きはじめると、ほかの2羽も目を覚ますから、鳴き声はなかなかやまない。親鳥は休みなく次々にえさを与えなければならないから、合間に盛んにえさを食べている。野鳥のように、えさを探さないだけましとはいえ、子育てには休日がないから大変だ。
 パピは、ふだんより青菜をよく食べていて、菜差しにたくさん入れておいても、すぐになくなってしまう。それがヒナにやるのに、手っ取り早いえさだからなのか、それとも吐き戻しに便利なものなのかわからないけど、フーだけでなく、パピも年中ツボ巣に入って、献身的に食べさせている。
 そんなとき、まだ幼いマイがパピたちの鳥かごに入った。心配して見ていると、フーが3羽のヒナを守るようにツボ巣の入口に立ちはだかる。そして、以前あやさんにしたように首を振ってを威嚇し、マイを追い払う。
 ところがパピは、そんなマイに甘くて、庇うようにそばに引き寄せる。そして、鳥かご内のえさを自由に食べさせて、マイを静かにながめている。あやさんは、そんな呑気なパピにハラハラするけど、そんなとき、ヒナたちが鳴くようなことはなかった。パピには、ちゃんと、えさやりのタイミングがわかっているらしい。
 7月になると、夫が3羽のヒナを親から離してフゴに入れ、マイのときと同様に別の鳥かごに移した。
 さしえは、3羽ともなると片手に乗り切れなかったりするので、夫はまず大騒ぎをしているナナとココを手に乗せて食べさせる。ミミがあやさんの手の中で待っていると、夫の手に乗っていたフーが、そばにきて、ミミにも食べさせた。
 もう、親鳥の負担は軽くなるはずなのに、フーとパピは、やはり夫と一緒にヒナに食べさせたいようで、相変わらず吐き戻しをする。ヒナも、親から口移しでもらうほうがいいから、親鳥がそばで鳴くと、喜んで大口をあける。そうして、また、夫と親鳥の共同えさやりが始まった。
 そのうが膨らんだヒナたちが、おとなしくなり、フゴに1羽ずつ戻されるけど、気がつくと3羽が折り重なって寝ている。こうしていると暖かくて安心なのだろうけど、体の小さいミミが一番下になっているので、2羽の重みで潰されないかと心配になる。
 それでもそんなこともなく、みんな順調に育っている。3羽はしばらく同じ茶色の羽毛に覆われていたものの、ある日、夫がさしえをしながらいった。
「ミミは、どうも白文鳥のようだな」
 よく見ると下のほうから、マイのときのような白い羽毛がのぞいている。そこでミミは白文鳥らしいとなったけど、先に生まれたナナとココは、まだ全体が茶色のままで、白文鳥ではなさそうだ。
「ナナとココは、何文鳥かしら?」とたずねるあやさんに、夫は、
「さあ? もしこの茶色のままなら、先祖がえりかもしれないな」などと不思議なことをいう。そして、
「目は赤くてパピと同じだけど、シナモン文鳥ではなさそうだし」と続けた。
 たしかにナナとココは体も大きく、文鳥というより、何かほかの鳥のヒナを思わせる。2羽は双子みたいにそっくりで、飛べるようになるとパピを追っている。パピは自分の鳥かごにナナとココを入れて、マイのときのように、えさを自由に食べさせ、遠慮なく食べ散らかす2羽を、父親の眼差しで見ている。また、自分の止まっている場所を譲ったりもして、かなり甘い父親だ。フーのほうは黙っているけど、少し迷惑そうな感じだ。
 いつまでも夫の手に乗って、さしえを食べていたミミは、パピよりもフーのほうが安心できるのか、カーテンレールに止まって、フーのそばで、じっとしている。ナナやココも鳥かごから出ると、よく高いところに止まっているから、やはり鳥は高い場所にいると安心できるのだろうか。
 それでも、高いところから一気に下りるのは簡単ではないようで、ソファーやサイドボードまで下り、それから床に下りている。まだコントロールがつきにくいから、恐いのかもしれない。
 ピポの場合はそんなことはなかったけど、生まれつきの、おてんば娘に加え、フーの誘導のおかげもあったからだろう。

2015年5月23日土曜日

(十)マイの誕生②

 親鳥は、ヒナに食べさせるために、ときどき忙しそうにツボ巣に出入りしている。それもフーだけでなく、パピも熱心に子育てに取り組んでいる。パピは水飲み容器でよく水浴びをしているけど、あのゴム人形のようになって死んだヒナは、水分不足だったのだろうか。パピはそれに気がついて、鳥かご内が乾燥しないようにしているのかもしれない。だとしたら、かなり利口な鳥だ。
 今回、フーは4つの卵を産み3つがかえった。それでも元気に育ったのは1羽だけで、2羽はせっかく殻を割って出てきたのに、すぐに死んでしまった。そんな狭き門をくぐり抜けてきたヒナの誕生に、ふたりは感激した。
 それにしても、フーはこれまでに、いったいいくつの卵を産んできたのだろう。30~40個くらいは産んでいる。卵を抱えてつらそうにしていたこともある。産むのもときには大変そうだった。
 そうして、やっと生まれたヒナだった。この世に生を受けるとは、なんと奇跡的なことか。この第1子には、生きられなかった子の分も、元気に育っていって欲しいと願う。
 ヒナは、午前9時ごろから10時にかけて何回か鳴き、そのあと鳴くのは昼ごろだった。最初のうちはフーがヒナに食べさせていたようだけど、3日目辺りから、パピも交代でツボスに入って食べさせている。
 2週間ほどすると、夫がヒナをツボ巣から出して、フゴに移した。ヒナを手乗りにするために、これからさしえを始めるという。それにしても今回のさしえは長丁場になりそうだ。
 一方、親鳥は、この時点で、えさやりというハードな仕事から解放されるわけだけど、夫がフゴを取り出して、さしえを始めようとすると、フーとパピが騒ぎ出した。
 あやさんが2羽を放鳥すると、まっすぐにフゴのそばに飛んで行き、フーがヒナのいる夫の手に止まる。夫はそのままさしえを始め、フーも一緒にヒナに食べさせる。
 ヒナは〝育て親〟が口元にきても、緊張しているのか、あまり口をあけない。それにお湯で湿らせた〝むきえ〟は、いつもと違う感じがするのか、喜んで食べているふうではない。けれども親鳥の嘴がヒナの口に当たると、うれしそうに鳴いて口をパクパクさせるから、さしえはスムーズに運ぶ。フーは、夫のさしえの合間に反すうしたものをヒナに食べさせ、パピがそばで鳴いてヒナの口をあけさせる。そんな具合で、えづけは夫と親鳥の共同作業になった。
 初めのうちは、フーだけが夫の手に乗り、パピは近くでウロウロしていたけど、徐々に夫の胸からヒナのそばに下りられるようになった。そしてフーと手に乗って、ヒナに食べさせている。
 フーがパピに場所をゆずって、夫の手からあやさんの手に移る。
「ピピピ。もっとたくさん食べさせなくちゃダメよ」
 フーがパピの懸命のえさやりを見て鳴くと、
「フー、やっぱりお前が食べさせろよ」なんてパピが鳴き返す。
「あら、でも、まだパパが食べさせるみたいよ」
 フーが夫のさしえを見て、そんな感じにチチチチ。
「そうか、だけど、パパよりお前のほうが、チビは喜ぶぞ」
 パピがまたピピッと鳴くと、フーが、わかったとばかりに、夫の手に戻りヒナに食べさせる。親鳥の嘴が触れると、ヒナは元気に鳴いて大きく口をあけるから、かなりたくさん食べる。ヒナによっては親でないと、口をあけなかったりするらしいから、その点、フーとパピのように、親鳥もさしえに参加すれば、万全といえるだろう。
 日に日にヒナの食べる量が多くなり、親鳥はヒナがせがむたびに反すうしようとするものの、ほとんど出てこない。苦しそうに反すうを試みる健気なフーの姿に、あやさんは胸を打たれた。
 ヒナはだんだん夫のさしえに慣れてきて、パピとフーはそばで見守るだけになった。ヒナのえづけの時刻が近づくと、親鳥が鳥かごから出せと騒ぐので、うっかり忘れるようなことはない。
 さしえは、もっぱら夫の役目で、朝8時半から始めるため、朝寝坊の夫は途中で起きて、またベッドに入るという途切れ途切れの睡眠の日々。
 パピにとって、夫の手に乗るのは大いに勇気の要ることだったはずだけど、子どものために頑張ったのだろう。見上げた父親ぶりだ。そして、パピはこれを機に、人にぐっと近づいた。フーと一緒なら、苦手な手にも止まれるまでになったのだ。
 とにかくパピは子育てを通じて、大進歩をとげた。人への恐怖がだいぶ薄れてきているようだ。それに、最近では盛んにフーとしゃべっているから、言葉も覚えたのではないだろうか。家にきたときには、「ホチョチョン」としか鳴かなかったことを思うと、パピもすっかり、あやさんちの鳥になったような気がする。
 ヒナの羽毛は茶色っぽくて、まだ何文鳥なのかわからない。雌雄も当分わからないから、どちらでもいいような「マイ」という名前にした。
 1週間ほどすると、マイの茶色い羽の下に白っぽい羽が出てきた。目もフーと同じような黒目なので、白文鳥らしい。フゴの中で立ち上がると、雄々しく利口そうなオスを思わせ、その姿が在りし日のピーと重なる。
 夫がさしえで疲れ果てたころ、マイは自分で食べられるようになった。生後1か月だから、さしえは2週間くらいしたことになる。
 まもなくして飛べるようになったマイは、パピについて居間の中を飛ぶ。パピはまだ人の手は少し怖いようだけど、マイに止まる場所を教えて飛び、マイといるのがうれしくてたまらない感じ。自分の子ども時代には味わえなかった自由を、いま楽しんでいるのかもしれない。
 マイは白文鳥だけれど、シナモン文鳥の父親・パピに顔つきと体型が似ている。性格はだれに似たのか、負けん気が強くて、チーにも果敢に向かって行く。チーがうるさがって追い払っても、こりずにしつこく向かって行く。チーが唸るから面白いのだろうか。いまは自由奔放の悪ガキに映るけど、白文鳥ということもあって、どうしてもピーを思い出す。
 マイは動きが活発になるに連れ、ピポとも仲良しになった。それでもパピのそばにいるのが一番いいらしく、よく鳥かごの上に一緒にいる。そして、ときどき嘴のわきをぶつけ合って、親しそうに挨拶を交わす。
「やあ、親父」
「マイ、お前、元気だな」なんて感じだ。
 マイの誕生により、チーはますます孤立気味になり、みんなで洗面所に飛んで行っても、チーだけがすぐに居間に戻ってきた。そして、あやさんの手の中で、「ぐるるるう」と不満そうに鳴く。ほかの鳥がチーをいじめたり追い払ったりしているわけでもなさそうだけど、フーがチーの手の届かない場所にいるから不満なのだろう。
 そんなチーをあやして、あやさんが洗面所に行ってみると、やはりフーとパピが高い場所にかかっている小さな額縁の上に並んで止まっている。ピポがすぐ横の少し低い窓辺の止まり木に乗っていて、マイは、止まる場所がないのか、その近くでウロウロしている。以前は、ピポがフーと並んで小さな額縁に止まっていたのに、いまではすっかりパピにその場をあけ渡して、まるでフーたち夫婦の番兵のように、近づくチーを見張っているようだ。ピポにとってフーは、いまでも大好きで大切な存在なのだろう。
 マイは小さいくせに威張っていて、あるときなど、公共のえさ場で、母親のフーを押しのけて食べようとした。公共のえさ場とは、居間の床に布を広げてえさと水を置いたもので、遊んでいるときに食べられるようになっている。
 そんなマイを、さっきから見下ろしていたパピが、サッとそばに下りて行き、小声で何かいった。まるで人間の小言のようにブツブツと。
 マイは、そのまま黙って食べ続けていたものの、やはりまずいと思ったのか、それとなく少し離れた場所に移動した。もし注意したのがパピでなかったら、あのいたずら盛りのマイが、こうも素直に聞き入れただろうか。
 そんなパピはあるときなど、子どもの喧嘩にも出て行った。喧嘩といっても、チーがマイに、「ぐるるるうー」といって追い払っているもので、マイは負けまいと向かって行くけど追い払われる。
 それをじっと見ていたパピが、そばに飛んで行き、チーを追い払ったのだ。チーはパピには歯向かわないから、その場から飛んで逃げたけど、この父親は、かなりマイを可愛がっている。
 マイが幼い上に、チーは負けそうになると卑怯にも足を狙って突っつこうとしたりするから、親が加勢に行かなければと思ったのだろう。おとなしいパピにしては珍しいことで、かなりの親バカぶりに目を見張る。フーはマイにほとんど関心がないようで、ときには嘴をしゃくって追い払うような仕草をする。ピポにはそんな態度をしたことがないのに、いつもマイを優しく見守っている子煩悩なパピとは対照的だ。そんな親鳥の接し方を見て、あやさんはますますマイがオスのように思えてきた。

2015年5月17日日曜日

(十)マイの誕生①

 パピとフーが同じ鳥かごで暮らすようになってから1か月が過ぎ、パピは器用とはいえないまでも、比較的自由に鳥かご内を動き回っている。鳥かごにフーが戻れば、パピもすぐにそうするし、フーさえいれば安心らしい。
 4月になると、フーが卵を産んだ。5日ほどかけて、ツボ巣に4つ。パピが、卵を産み終えたフーの羽づくろいをして労っている。
「フー、ご苦労さん」なんて感じだ。そういえばピーも、最初のうちはそうしていたから、文鳥のオスは威張っているようでも、けっこう優しいのかもしれない。もっともパピは、ふだんからフーに優しいけど、羽づくろいをしてやる姿は初めて見る。
 今回は、ピーのときのようにフーがパピと張り合うこともなく、交代でツボ巣に入って卵を抱いている。このまま行けば、こんどこそヒナ誕生となるかもしれないと、あやさんの期待は高まった。
そんなある日、あやさんがそっとフーのツボ巣をのぞいたら、中からフーが出てきて、意外な行動をした。
 ツボ巣の入口に立ちはだかったかと思ったら、上半身を揺らして、威嚇するような素振りをしたのだ。フーがこんな態度をみせたのは初めてなので、あやさんはびっくり。それでもすぐに、
「フーは、卵を守ろうとして、本能的にそうしたんだわ」と理解した。でも、そうだとしても何か変な気がする。賦に落ちないのは、フーがこれまで卵を産んだとき、こんなことがあっただろうかということだ。
 さらに、そのあと夫がツボ巣をのぞいても、フーは怒ることもなく平然とえさを食べている。
「わたしにだけ、あんなふうに怒るなんて、どういうことかしら」
 あやさんがいぶかっていると、ツボ巣をのぞいていた夫が、
「あれ、卵が1つ減っているぞ」という。
「あら、パピが落としちゃったのかしら?」
 パピのぎこちない動きを思って、そういったけれど、やはり鳥かごの隅に白い塊が転がっていた。
 夫が鳥かごをあけてそれを拾うと、フーが鳥かごから出てきた。そして、また、思わぬ行動に出た。少し前に、あやさんを威嚇するような態度をしたばかりなのに、すぐにあやさんのところに飛んできた。そして親しそうに手に止まる。さっきとは正反対の態度に、
「あら、フーちゃん、どうしたの?」と、ますます不思議がっていると、こんどはあやさんの口元にキッスがあった。
「あれ? 何?」
 フーのいきなりのキッスに、一瞬あやさんは戸惑うけれど、まもなくわけがわかった。
「誤解して怒って、ごめんなさい」ということらしい。
 フーは、あのとき卵が1つ足りないことに気がついて、ときどきツボ巣をのぞいているあやさんが盗ったのではないかと、思ったようだ。そこで、もう盗ませないぞといわんばかりの行動だったのだろう。
 ところが、卵は鳥かご内に落ちていて、あやさんが犯人じゃないとわかったので、謝りにきたようだ。
 それは、唇にそっと触れ、あたかも、
「ごめんなさい」と、いっているような控えめのキッス。これであやさんへの疑いは晴れたらしいけど、真犯人は、やはりパピだと思われる。
 それにしても、まるで人間みたいにふるまうなんて、フーは本当に繊細で賢い鳥だ。
 フーのキッスには、そのときどきの意味があり、
「好きよ」「ありがとう」「ごめんなさい」などといった親愛の情を表していて、ピポのそれとは少し違う。 ピポは、ときどき口ではなく、夫の鼻の穴を狙ったりする。夫にいわせると、
「ピポは鼻毛を引っ張ろうとしているんだ」となるが、ピポのキッスは、半分以上がいたずらだ。
 また、このように、文鳥には卵の数がわかるらしい。いくつくらいまでわかるのだろうと考えてみるけど、少なくとも〝4つ〟がわかることは確かなようだ。
 それから1週間が過ぎ、昼間はフーかパピのどちらかが必ずツボ巣に入っている。それに今回は夜も、ちゃんとフーがツボ巣に入って卵を抱いているように見える。この調子で行けば、こんどこそヒナの誕生もあるかもしれないと、ふたりは楽しみに待った。
 老夫婦にとって、そんな期待に富んだ日々は、それなりに会話も弾む。
「もし、卵がかえったら、どうするの?」
「そうだな、3羽のヒナが生まれたら、1羽くらいだれかにもらってもらおうか」
「フーの子どもだから、きっと利口だわ」
「そうだな。フゴを買っておこう」
 そういって、夫がヒナを入れるフゴを注文した。

 そして、それから2週間ほど経った4月末、あやさんは、いつものように鳥かご内の新聞紙を替えようとして、変な飴色の塊を見つけた。よく見ると、ゴムでできた宇宙人のような格好をしていて気味が悪い。夫が手に取って確かめると、それはヒナの死骸だった。成鳥とは似ても似つかない形態をしている。もっとも羽がつけば、少しは鳥らしくなるのだろうけど、これではとても鳥には見えない。むしろ人間に近い。あやさんは、いやなものを見てしまったと思った。そして、いまきれいに見えるフーだって、この羽毛の下には同じような肌があるはずだと想像して、少し興ざめる。
 これで、卵は有精卵だとわかったけど、これまで親鳥が真剣に何日も温めてきたことを考えると、フーが気の毒になった。それにヒナだって、せっかく自力で殻を割って生まれてきたのに、ゴム人形のような死骸になってしまうなんて残念でたまらない。
 そんなあやさんの頭に、もしや? と、悪い想像が浮かんだ。
「パピはまだ不器用な動きをしているから、ツボ巣の中で、小さなヒナを踏み潰してしまったのではないだろうか」
 そう思うと、残りの卵のことが心配になってきた。
 翌日には、パピが別の宇宙人をくわえているのを見て、パピが生まれたばかりのヒナを食べているのかとショックを受けた。本当に食べていたかどうかはわからないけど、その可能性はある。
 パピは何といっても荒鳥だから、そういうこともあるような気がした。これではフーが可哀想だと思い、あやさんはやりきれない気持ちになった。けれども、どうすることもできないから、ただ見守った。
それからまもなくの5月3日、ツボ巣をのぞいていた夫が、小声でいった。
「残りの1つの卵が、割れてるようだぞ」
「じゃあ、生まれたのかしら?」
 期待と不安で、恐る恐るきくと、夫が続けた。
「何か、奥に小さいのがいるみたいだ」
「それ、生きてる?」
 せっかく生まれても、ゴム人形のように動かなければダメだ。それが生きているか心配だ。
「眠っているのかな」
 夫がそういうから、動いていないらしい。やはりダメかもしれないと思った。
 翌朝、あやさんは鳥かごの外からツボ巣に耳を澄ましてみた。すると、かすかに鳴き声が聞こえたような気がする。
「ヒナが鳴いたみたい」
 夫に報告して、また耳を澄ますと、
「チチチチチチチ」と鳴き声がする。あやさんはうれしさに心配も手伝って、ときどき耳を澄ます。そして、鳴き声を聞いては安心する。
 ヒナの鳴き声は、日に日に、はっきりしてきて、何と、ちゃんと育っている。
 あれは思い過ごしだった。パピを疑ったりして悪かったと、あやさんは思った。それこそ誤解で、パピは生きているヒナを食べていたわけではなかった。ホッとすると同時に、パピにすまない気持ちになった。あのときパピは、ヒナの死骸をくわえて、戸惑っているようでもあった。パピこそ残念だったに違いない。死骸を食べてしまいたいほど悲しかったかもしれないのだ。
 ツボ巣から聞こえる鳴き声がはっきりと大きくなって、
「チチチ、チチチチ」と響いてくる声に、あやさんはうっとりする。
「パピのおかげでフーの子が生まれたけど、荒鳥のほうが卵をかえすの上手なのかしら」
 あやさんが一転してパピをほめると、夫がどこかで調べたのか、
「そうらしいよ。あんまり人に慣れた鳥は、卵をかえすのが下手だってさ」と、いった。(つづく)

2015年5月10日日曜日

(九)チーの悲しい恋

 熱心に小鳥の里親関連のサイトを見ていた夫が、ちょうどよい年頃のオスのシナモン文鳥を見つけた。生後半年だというから、ピポとほぼ同い年で理想的だ。それもフーのようにシナモン文鳥の相手ならピポも文句はないだろうと、ふたりは早速、連絡をとり、鳥かごを車に積んで都内まで受け取りに行った。
 指定された駅近くの待ち合わせ場所で電話をして待っていると、まもなく女の人が現われて、夫が文鳥を手の中に受け取った。車の鳥かごに移すと、暴れることもなく入って、かなり人に慣れている。
 それを見届けた女の人が、少し寂しそうにいう。
「可愛がってやってください」
 あやさんがうなずいて、文鳥の名前をたずねると、
「これまで、チーって呼んでいましたけど」と、遠慮がちに応える。
「では、これからも、チーちゃんにします」
 あやさんはそう告げて別れたけれど、やはり飼い主にとって、ペットとの別れは辛いようだ。
 夫はシートベルトで鳥かごを固定し、静かに車を走らせた。チーは珍しそうに鳥かごの中を動き回っていたけど、家の中で鳥かごから出すと、すぐにあやさんの手に乗ってきて、人によくなついている。荒鳥にはこりごりしていたので、ふたりはホッとする。
「チーちゃんていえば、鳴いて手に乗ってくるわ。ちゃんと手乗りになっていて、よかったわ」
「だいぶ甘えん坊のようだな」
 夫が、飼い主だった女の人にお礼のメールをすると、
「そうですか。無事に着いたんですね」と返信があり、鳥かごごと車で運ばれたチーを心配していたようだった。
 チーは、パピのように、頭と尾がこげ茶色でボディは灰褐色(シナモン色)。ただ違うのは、尾羽の中に赤っぽい羽がちらっとのぞくことで、見た目のきれいな鳥だ。手を差し出すと、必ず乗ってきて、うれしそうにピョンピョン跳ねる。人によく慣れていて扱い易いので、鳥かごに戻すのは簡単だった。
 もっともチーの行動範囲は、フーやピポ、それにパピとは違っていて、高い所よりも低い所のほうが好きなようで、もっぱらソファーの周りをウロチョロしている。床に置いてあるくずかごの中に入って何か探すのは困るけれど、それを除けば、飼育しやすい文鳥のようだ。
「やっぱり、手乗りがいいわ」というあやさんに、夫もうなずく。
 数日すると、チーは文鳥仲間にというより、人のほうに寄っているような気がしてきた。夫の話によると、チーの飼い主は、同時にツガイの文鳥の里親も探していたらしいから、これまで1羽で飼われていたわけでもないらしい。
 やがて、予想外の問題が生じてきて、当初の印象は、またもやくつがえされる。
 人間でもそうだけど、チーも新しい環境に戸惑っているのだろうと、最初のうちは思っていたものの、いつまでも人にばかりくっついているチーのことが、少し心配になってきた。
 パピの場合は荒鳥で人から逃げるほうだったから、自然に文鳥の仲間に近づいて行ったけど、チーは人のほうがいいみたいだ。それにパピは、フーという面倒見のいいパートナーにも恵まれたけど、チーは、そうはいかない。頼りになるはずのピポは、チーがみんなのいる場所に行っても知らん顔で、相変わらずフーにくっついている。
 それに、チーは我儘で、気に入らないと、すぐに、
「ぐるるるうー」と唸り声をあげる。ほかの文鳥にはなかったことだ。年上の文鳥ばかりなので、恐くて虚勢を張っているのかもしれないけど、あまり歓迎されない態度に、フーたちは3羽でかたまって様子を見ていた。
 パピに続き、また変わった文鳥がきたので、フーとピポは少しおとなしくなった。こんどはどんなヤツかと、特にピポは、あまり歓迎できない様子で、かなり迷惑そうだ。ピポはフーのそばにいて、いっこうにチーに近づかない。ピポとチーは、互いに関心が持てるほど大人になっていないのだろうか。
 そんなチーは、鳥かご内のブランコが好きで、よく乗って遊んでいる。夫が特別に鈴のついたブランコに替えると、大いに気に入ったらしく、暇さえあれば鳴らしている。それも、うるさいくらいに鳴らしながら唸っていて、遊びというよりも、ブランコの鈴と格闘している感じ。真剣そのものだ。
「ぐるるるうー ぐるるるうー ぐるるるうー」と、自分だけの世界に入り込んで、夢中で唸り続ける。
 チーはまた、えさの交換でえさ入れを外そうとしても、中に入ってしまい、
「ぐるるるう」とやる。菜さしの青菜を替えようとしても、同じような声を出す。えさを取られるとでも思って抗議しているようにも見えるけど、もしかすると、それがチーの鳴き癖なのかもしれない。
 そんなとき、あやさんは、
「ぐるるるうじゃないでしょ。チュンチュンよ」などと、うんざりしていうけど、チーはさらに不満そうに、
「ぐるるるうー」と、やり返す。
 チーは、ときどき唸りながら、夫の手に噛みつくけど、甘えているのか、怒っているのかわからない。強い力でギュッと噛む。多分、親愛の情の表現なのだろうけど、噛まれるほうはたまらない。あやさんも噛まれたけど、かなり痛い。
 チーは周りに慣れてくると、人ばかりでなく、気に入らないと文鳥仲間にも唸り、ときには足に噛みつこうとしたりするようになった。こうなるとますます、仲間に入れてもらうのは難しそうだ。
 チーが1羽だけで飼われていたなら、少し我儘でも人なつこいから、可愛いペットとして平和に暮らせたかもしれないけど、そうはいかないから、チーの試練の日々が始まった。
 みんなが集まっている場所にチーが行くと、ピポが率先して追い払うようになった。ピポがチーを目のカタキのように追い払っているけど、それには、ちゃんとした理由がある。
 相手のことなどおかまいないチーは、いきなりフーに近づき、チョンチョンダンスを始める。そして、戸惑っているフーの上にそのまま飛び乗ってしまうから、フーが驚いて逃げる。それでもチーはしつこく追いかけて行き、いやがるフーを夢中で追い回す。
 フーはチーが近くにくると逃げるようになった。チーは、全くのストーカーになり、見かねたピポが、フーを守るために前面に出ることになった。
 ピポがチーを追い払うが、同年代の女の子に負けてはいられないから、チーも簡単には引かない。2羽がすごい声で唸り合う。そんな具合で、とても一緒の鳥かごに入れるどころではなくなった。ふたりは、困ったものだと、がっかりした。
 つまり、チーが好きになったのは、ピポではなく、フーのほうだったのだ。かなり一目惚れに近いものではなかったかと思うけど、まだ背中に灰色の部分が残っているピポに比べ、フーはまっ白で、赤いアイリングに縁どられた目はパッチリしていて見るからに可愛らしい。だから、少年のチーが、同年代のピポよりも年上のフーに惹かれたとしても、わからないでもないけれど、フーにはもう、れっきとした夫がいるのだ。チーはパピより2週間あとにあやさんちにきたから、タッチの差で果たせぬ恋となってしまい気の毒だけど、諦めるしかないだろう。
 けれどもチーは、こりずにフーに近づいては求愛ダンスを続ける。フーはパピがいるから、もちろん見向きもしないけど、チーは本当にしつこくて、嫌われても嫌われても、こりずにフーに迫って行く。フー思いのピポが、前面に出てチーを追い払うのは当然の成り行きで、お婿さんどころではなくなった。
 ちなみに文鳥の社会では1夫1婦制で、ペアになると、年々仲睦まじくなっていくらしい。
 チーに迫られたフーが困っていると、ピポやパピが間に入って、チーを追い払うわけだけど、何といってもパピよりピポのほうが素早い。それにピポは、フーを守ろうという気が強いから、ピポにとって、チーは全くの悪者になってしまった。チーが、
「ぐるるるうー」と唸って、負けそうになると、かみつこうとする。咄嗟にピポが飛び上る。という具合だ。チーとピポがいがみ合うようになり、ピポは、
「また余計なヤツがきて迷惑だ」と思ったに違いない。
 あやさんは、平和な2組のカップルを思い描いていたのに、それどころではなくなり、放鳥すると、ややこしくなった。
 チーは、そんな果たせぬ恋の不満がつのって、いっそう
「ぐるるるうー」と唸ってうるさい。その声にみんなが逃げてしまうと、あやさんのところに飛んできて、手の中で不満そうな声を上げながら、チョンチョン跳ねた。あやさんはチーが可哀想だけど、こればかりはどうしようもない。
 そんなチーは、自分の鳥かごの中で遊んでいることが多い。とにかくよくブランコに乗って、好きな鈴をうるさいくらいに鳴らしている。活発なピポとは対照的で、とちらかといえばオタクで内遊びが好きなタイプ。ひとりで遊んでいても気にならない、マイペースな性格で、ほかの鳥かごに入って珍しそうにキョロキョロしていたりもする。
 もし、チーのほうがパピより先に、あやさんちにきていたら、フーとどうなっていただろうと、あやさんは想像したりするけど、果たしてフーがチーを好きになったかは疑問だ。追われると逃げたくなるのが常だろうから。
 思い込んだら一直線のチー。仲間から浮いたまま、ストーカー行為と失恋の日が続く。何しろチーは、フーに恐れられてしまったから、近づくことさえままならなくなってしまった。だから、チーはあやさんたちが便りだけど、ふたりには慰めてやることしかできない。
 そんなチーとピポは、とても一緒に暮らせないから、鳥かごは別々のままになった。それでも一筋の望みを持って隣り合わせることにした。いつも見合っていれば、そのうちに仲良くなることもあるだろうというわけだ。

2015年5月3日日曜日

(八)パピ奮闘の日々②

 パピがフーやピポの近くに飛んで行っているうちに、互いの警戒心も消えて、3羽はかなり仲良くなった。少し筋力のついてきたパピはフーたちと一緒に飛んでいる。正確にはパピが2羽のあとに着いて飛んで行くという具合だけど、止まる場所もかなり近づいてきた。ちゃんと仲間になったようだ。
 そして、パピがそばで、
「ホッホッホ。ホチョチョン、ホチョチョン」と、いい声で鳴くと、フーが反応するようになった。パピに気があるというように、鳴いて応える。それに比べ、ピポのほうは、まだ子どもで、相変わらずフーの横にいて、すましている。
 フーもパピも互いに気に入ったようなので、夫が早速、パピをフーの鳥かごに入れた。さて、どうなるかと、興味深く見ていると、パピがフーの真似をして、鳥かご内を動いている。フーが止まり木の移り方など教えているらしい。
 もともと面倒見のいいフーのことだから、えさを食べる位置から、水浴びまで手本を示す。
パピは決して器用とはいえないまでも、たちまちフーたちのような日常生活がおくれるようになった。戸惑いながらも、突然降ってきた新生活を楽しんでいるようにも見える。
 鳥かごのツボ巣が大いに気に入ったようだけど、ブランコに乗るのは難しそうで、ときどき挑戦しているものの、すぐに落ちている。ヒナのときから乗っていれば、夜にもそこで眠るほどだけど、あの飛び方から想像すれば、そんな環境にあったとは思えない。
 ブランコに乗れなくても何も問題はないはずだけど、何回も挑戦していたから、やはりみんなのように乗ってみたかったのだろう。
 ブランコのことで、フーに感心したことがある。フーはパピを気遣って、いっさい乗らなくなったのだ。あれほどいつも止まっていたのにと、あやさんは思うけど、パピを立てるフーは優しい。
 そして、そのことを知った夫は、フーたちの鳥かごから、ブランコを外した。
 さらに、パピに水浴びを教えているフーの先生ぶりに、あやさんは目を見張った。
 パピの最初の水浴びは、やはり鳥かごの水飲み容器だったけど、もう水道の蛇口でしか浴びなくなっていたフーが、手本を示すために水飲み容器に入った。それは、かつてどこかで見た風景。ピーがフーに教えていたのとそっくりで、水から上がったフーは、パピに向かって、
「こんどは、あなたの番よ」とばかりに鳴く。するとパピが水飲み容器に入って浴びる。パピは、気持ちがいいのか、水に入れたという達成感からか、得意げに羽ばたく。そして水から出てもうれしそうにブルルン、ブルルン。フーも満足げにパピを見守り、〝幸福なふたり〟を思わせる。
 パピにとって、この1週間は、まるで別世界に紛れ込んでしまったような、緊張と戸惑いの連続だったに違いない。それでも、よくフーに従って、いくつもの新しいことに挑戦してきた。このごろでは、ときどきツボ巣に入って昼寝をしているから、これまでの疲れが出たのかもしれない。
 暗くなるのを待ってパピを鳥かごに戻す日が続いていたけど、ある日、また進展があった。
 それは、3羽を放鳥したばかりなのに、急にふたりが家をあけることになった日だった。フーとピポだけならすぐに鳥かごに戻すという手もあったけど、パピだけ出しておくのは心配なので、3羽を放鳥したまま家を空けた。
 そして、2時間ほどして帰ってみると、フーとピポは、お腹が空いたのか、すでに自分の鳥かごに入っていた。
 さて、パピはどこへ行ってしまったのやらと、家中を探し回るけれど、見当たらない。
 あやさんはフーにきいてみようと思った。鳥かごの前に行き、フーを見ると、落ち着いた様子で、えさを食べている。
「フーちゃん、パピ……」
 そういいかけたとき、鳥かご内で何か別の色のものが動いた。パピだ。
「パピちゃん、自分で戻れたの? すごい!」と、あやさんがうれしくなってほめると、パピは賢そうな顔を向け、そっと目を伏せた。
「パピがこんなに早く、鳥かごに戻れるようになるなんて!」
「フーやピポの真似をして、なんとか入ったんだろうな」と、ふたりはパピの意外に早い進歩を喜んだ。
 ところが、翌日、ある光景を目にして、あやさんは納得した。
 パピが鳥かごの出入口にある短い止まり木に止まったまま動けないでいると、鳥かご内からフーが出てきた。そして、パピの横に並んだかと思うと、嘴でパピのお尻を押しているではないか。
 パピはフーに無理やり押し込まれて中に入ったのだ。パピは中の止まり木に移るのが恐いらしい。 そうやってきのうも、フーが鳥かごに入れたのだろう。フーは本当にすごい世話女房で、パピは、こうして何度かフーに押されて鳥かごに戻っていたものの、少しすると、自力で入れるようになった。
 その後、フーが鳥かごに戻るとき、出入口の止まり木でパピを待っていることが何度かあったけど、パピがそこに並んで止まることはなかった。そんなフーの姿を見て、あやさんが思い出したのは、ピーとフーが鳥かごに戻るとき、よく出入口の止まり木に並んでから、揃って中に入っていたことだ。フーは本当はそうしたかったのだろうけど、いまのパピにそれを望んでも無理なようだ。
 それにしても、パピほど、こちらの心配を裏切ってくれた鳥は、いないと、あやさんは喜んでいる。
 パピは、短期間に目覚しい進歩をとげた。同じオスでもピーとは違って穏やかな性格で、フーと何かを争うようなことはない。フーのほうが1年半も年上で、先生だから、頭が上がらないのかもしれないけど、パピは何といっても苦労人なのだ。
 パピがフーの鳥かごで暮らすようになってからも、ピポとフーは仲良しで、鳥かごから出ると、くっついている。鳥かごに戻ればピポだけが独りになってしまうけど、それはこれまでどおりなので、あまり問題はなさそうだった。けれども、フーといままでのような遊びができないから、つまらなそうにも見える。
 そんななか、ピポが気の毒なことが起きた。いつものように居間の床に広げた布の上で、フーとピポが仲良くえさを食べていると、カーテンレールから下りてきたパピが、ピポを追い払おうとしたのだ。パピは飛び方は相変わらず下手だけど、もう高いところから床まで一気に下りられる。
 2、3日前までは、フーとピポのそばにきても、遠慮がちに食べていたパピなのに、フーと仲良くなるにつれ、自信がついたのだろう。それと同時に、いつまでもフーにくっついているピポが、目障りになってきたらしい。
 でも、ピポはフーといるのが当たり前だから、あっちへ行けといわれても、従わない。パピが嘴で追い払おうとするけど、少しよけただけで、そのままえさを食べている。
 ピポにすれば、後からやってきたよそ者に、追い払われるのは心外だから、うなずける行動だけど、何とかピポを追い払いたいパピが再びピポのそばに行き、小声で「ブルルー」と威嚇した。
 そのとき、フーが動いた。2羽の間に割って入り、パピにグチュグチュと何かいった。
「この子は、一緒にいていいのよ」
 そんなふうに、あやさんには聞こえたけれど、やはり、パピはそれっきりピポを追い払おうとしなかった。ピポは当然のように、そのままフーのそばで食べ続けたものの、デリケートなピポが傷ついたことは容易に想像できる。
 それからもピポは、鳥かごから出るとフーにくっついているけど、フーとパピが親密になるにつれ、どうしても浮いてしまう。それに、これまでとは、いろいろ勝手が違うから、ときどき寂しそうだ。
 そんなピポを見るにつけ、ふたりは早くピポにも相手を見つけなければとあせった。それでも、もう荒鳥はパピでこりごりだったから、手乗りになっているオスを探さなければならない。ペットショップで買ってきたのではダメなのだ。はっきりオスとわかるには、生後4か月くらい必要だし、オスとわかっていても観賞用では手乗りは望めない。だから家庭で育てたオスの成鳥を探さなければならないわけで、そう簡単ではなさそうだ。
 やはりネットの里親募集を見て、待つしかないのだろうけど、果たして、これまで可愛がっていた鳥を手放す飼い主が現われるだろうか。いるとしても少ないだろうから、近々、そんな機会に恵まれるとは限らない。そう考えると、あやさんの気は重かった。