2015年7月31日金曜日

(十六)文鳥たちの大震災②

 最初に大揺れに襲われたとき、文鳥たちはさぞかし驚いただろう。それでもあやさんの知る限り、その後、大きな揺れがきても、彼らが騒ぐことはほとんどない。とはいえ、何か恐ろしいことが起きているとは思ったはずで、そのため緊張しているのか、いつもよりおとなしい。
 あやさんちは、家が傾いたものの、壊れてはいない。それに人間も文鳥も無事だった。けれども、福島の原発が大変な事態になったので不安な日が続く。想像もしなかった大津波の大災害に加えて、原発まで放射能を撒き散らしたら、この国の人々はどうなってしまうのだろう。テレビでは凄まじい大津波の映像がくり返し流されて、これではとても助からないと自然の脅威におののいた。
 文鳥たちもそれを見ていたはずだから、何かを感じていたに違いない。それに大きな揺れの合間にも、ずっと地面が揺れているような気がするから、敏感な彼らが、それを感じないわけはない。
 そして、彼らにとっても、試練の日々が始まった。
 家の傾きは、さほどのことではなかったように思うけど、しょっちゅう襲ってくる大きな揺れには閉口しただろう。そんなとき緊張するのか、みんなおとなしくなった。
 まず最初に困ったのは、水が出なくなってしまったことだ。大鍋を持って給水車に並び、水をもらってきたときには、2、3日の辛抱だろうと楽観的に考えていた。けれども給水車に並ぶ日が続き、とても文鳥たちの水浴びどころではなくなった。
 いつも水飲み容器で浴びている者はいいとしても、水道の蛇口で水浴びをしているマイは、仕方なく水飲み容器に入って、先の丸まった足でガシャガシャと変な音を立てながら、水浴びをしている。でもフーは、そういうわけにもいかないから、何日も水浴びができない。水浴びなど全くしない文鳥もいるようだから、そのこと自体はあまり問題ではないだろうけど、ひといちばい水浴びが好きなのに、あの怪我以来、手のひらでしか浴びられないから、可哀想だった。
 フーが水浴びをしたそうな顔をするので、困ったあやさんが、水の出ないことを教えようと、フーを手に乗せて水道の蛇口に連れて行く。レバーを上げて水が出ないところを見せると、蛇口を見上げて不満そうな声をあげる。
「ウウウー」と、気に入らないというように体をひねって、まるで駄々っ子のようだ。そこで、あやさんがポリタンクから水を出して手に溜め、少し浴びさせようとするものの、それではダメなようで、フーは首を振っていやいやをする。
 水も出ないのに、原発事故のせいで、計画停電まで始まった。なぜかこの地域はいつも夜の寒い時間帯に停電になる。真っ暗闇で道路の復旧工事をしている人々を目にした息子が、見かねて電力会社に電話をしたけど、この地域の計画停電は、被災地といえども外されずに実施された。
寒いのが苦手な文鳥たちにとっても、この計画停電は問題で、昼間ならまだいいけど、3月の夜はかなり寒い。東北では、もっとずっと寒いはずだから、家族や家を失った人々は、暖が取れているのだろうかと胸が痛む。
 それに比べれば大した寒さではないはずだけど、寒さは文鳥たちの命にかかわるから、停電の直前までエアコンに加えて2台の電気ストーブを点けて、居間の中を暖めた。
 それでも1時間もすればかなり冷えてくるから、予定の4時間が30分でも短縮されればうれしかった。あやさんは湯たんぽでも入れた布団にくるまっていればよいけど、文鳥たちはそうもいかない。こんなとき石油ストーブが欲しいと思ったけど、実際に買えたのは、8か月後のことだった。
 文鳥たちのえさは愛知県の販売店から取り寄せているので、不足して困ることはなかった。またサラダ菜も、震災直後に、
「駅前の八百屋が、店舗が使えないけどお客様サービスだといって、路地販売していたよ。しかも100円だった」といって、夫が入手してきたりして、何とかなった。
 水は2週間後に出るようになり、ほかの文鳥のように水飲み容器で浴びられないフーも、これでようやく水に入れる。久しぶりに蛇口から出る水に喜んで、パピを呼んだ。フーは、
「チュチュチュチュ」と声をあげて、子どものように、はしゃぎながら長々と浴びる。パピと一緒に水浴びをしたこともあって、うれしさのあまり調子に乗って、そのまま飛んで行こうとした。
 すると羽が濡れているため高く飛び上れずにストンと床に落ちる。あやさんが手を差し出すと、フーは伐が悪そうにスッと乗ってきて何事もなかったような顔をした。
 水は出るようになったものの、下水の復旧までにはまだまだ時間がかかりそうで、思うように水が流せない不便な日が続く。そんなときあやさんたちは車で親戚に行って入浴や洗濯をさせてもらったけど、湯舟に入ると強張った筋肉がほぐれて、生き返ったような気分になった。 
 下水の復旧までには1か月以上かかったけど、それでも徐々に生活のリズムが戻ってきた。文鳥たちも、ときどき襲う余震の揺れにも慣れてきたのか、以前と変わらない暮らしぶりに見える。とはいえ、さすがに卵は産んでいない。
 ふたりは毎日のように庭に出て、盛り上がった液状化の泥を土嚢袋に詰めて道路に出す作業に追われた。家の窓は閉め切りにして、外に出るときにはマスクをかける。そこらじゅうに積み上げられた液状化の泥が、乾燥して風に飛ばされ、花粉のように舞っている。辺りの景色が茶色に見えた。
 そんななかで、夫とあやさんが作った土嚢袋の数は、百を優に超え、狭い庭から出た大量の泥に、これでは家が傾くはずだと、液状化の恐ろしさを改めて思った。家を建てるとき何十本も地面に打ち込んだクイは、あまり役に立たなかったようだ。
 当然のことながら、この間に文鳥たちが鳥かごから出て遊べる機会は減っていた。
 その後も家の復旧工事の打ち合わせなどで、人の出入りが多く、落ち着かない日々が続く。そのせいか、夏を過ぎてもピポをはじめ、それまでたくさん卵を産んでいたナナやココまでが、1つの卵も産んでいない。

2015年7月24日金曜日

(十六)文鳥たちの大震災①

 春といっても、まだ空気の冷たい晴れの日の午後、ふたりはいつものように食料品の買出しのため、近くのスーパーに車で行った。
 買物を終えてレジをすませ、そばの広い台で食料品をレジ袋に入れていると、突然、大きな横揺れが起きた。
 体ごとあらぬ方向に持って行かれるすごい揺れ。あやさんは慌ててカゴに残っている食料品をレジ袋に詰め込む。その間も揺れが治まる気配はない。ぐらぐらして立っているのが困難になり、台につかまった。
 揺れが一旦、静かになったので、どこかへ逃げなければとオロオロしていると、また大揺れが襲ってきて、夫に手を引かれた。
「どこへ行くんだ。ここにいたほうがいい」
 夫がそういったとき、店のどこからか係員らしい男性がふたり現われ、両手を広げて大声を出す。
「みなさん、この建物は安全ですから、外へ出ないでください。このまま揺れが治まるのを待ってください」
 あやさんは少し落ちついてきたけど、やっと静まった揺れが、再び大きくなったので、大変なことが起きていると思った。
 通路わきで震えていた展示用の小さな棚が、いきなり滑って倒れた。かなり大きな揺れが長く続いている。あやさんは立っているのがやっとで、広い台につかまっていた。
 どこかで大地震が発生したのは間違いないようだけど、まだ震源地や地震の規模はわからない。一刻も早く家に戻らなければと、あせった。
 揺れが少し治まったので、小走りに店の出口へ向かう。夫は家の文鳥たちのことを心配している。店の出口のドアガラスが割れて、破片が床に散らばっていた。さっき係員の指示どおりに店内に留まったのは正解だったと思いながら、広い屋外駐車場に出る。
「かなり大きかったわね」
「東南海かな? 鳥かごが落ちてないか心配だ、早く帰らないと」
 駐車場の地面のところどころが濡れたようになっている。あやさんちの車の場所に行くと、車の後ろの地面から細い水が高く噴き上がっていた。水道水がホースの先からいきおいよく出るように、透明な水がかなり高くまで噴き上がる。
「ここに水道栓でもあるのかしら」
 あやさんは、水の噴き出し口近くに立っている高いポールを見て、そういったけど、それが液状化の水だと、後になってわかった。
 噴き上がる水の勢いがすごいので、夫が急いで発車した。駐車場から出て大通りの交差点に行くと、渋滞している。車が止まると、地面の揺れがはっきり感じられて、あやさんはドキドキする。渋滞は、どこからか道路に水が出てきているためらしい。車のタイヤが水に浸かっていると夫がいう。
 しょっちゅう襲ってくる大きな揺れを感じながら道路を見ると、水がどんどん増して川のようになってくる。早くこの場を脱出しなければ大変と、上ずった気分で思った。
 気持ちはあせるものの、車は少しずつしか進まない。一刻も早く家に着きたいのに、それどころではない。下手をすれば、このまま帰れなくなってしまうかもしれない。あやさんはハラハラドキドキしながらも夫の運転に任せるしかなかった。そして、ついに、交差点を曲がった。
 地面の一部が大きく割れて陥没しているのが見える。なんと、そこから水が道路に湧き出しているではないか。
 水はどんどん湧いてくるのに、車はジョコジョコとしか進まない。まるで川の中にいるようで、このまま水かさが増せば、それこそ大変。場合によっては車から脱出して、水の中を歩かなければならない。いや、脱出できるかもわからないと、増え続ける周りの水を見て、あやさんは不安になった。一刻も早く文鳥たちのところへ行きたいのに、いまあやさんのできることは「早く車よ前へ進んで」と祈ることだけ。
 ジャブジャブと音を立てて、少しずつだけど、30メートルほど前に進んだ。途中、白いバンの軽自動車が水につかって、道路の中央辺りに取り残されていた。中にだれも乗っていなかったから、もともと道路の端に停まっていたものがそこまで動いたのかもしれない。
 そのわきをそうっと前の車について通り抜け、そのまま少し行くと、道路の水は、ほとんどなくなっていた。もう渋滞もなく、夫が車のスピードを上げる。
 家は近いのに、車に乗っていたために、かなりの時間を費やしたと思いながら、車を家の駐車場に停めて、急いで玄関に入った。すると文鳥たちの鳴き声がして、ふたりが帰宅したことを喜んでいる。少し安心して、まず彼らのところへ行く。
 鳥かごは無事に台の上にあり、みんな無事だった。ほとんど落ちたり倒れたりしていないように見えたけど、よく見ると、台所のシンクの下の引き出しが全部いっぱいに出ていて、ステンドグラスのスタンドも倒れてソファーによりかかっていた。やはりかなりの揺れがあったらしい。
 ふたりは文鳥たちが無事なので、胸をなでおろしたけど、鳥かごが下に落ちて怪我でもしていたら、慌てただろう。
 文鳥たちもふたりの顔を見て安心したようなので、あやさんは車の荷物を取りに外へ出た。
すると、駐車場の後ろの庭では泥水が湧き上がっている。なぜこんなことになっているのかとびっくりして見ていると、さらに庭の真ん中から一筋の水が噴き上がった。さっきスーパーの駐車場で見たのと同じだ。
 地震で庭の水道管が破裂してしまったのかと思い、あやさんは気が重くなったけど、この噴水も液状化により生じたものだと、あとになってわかった。庭の水道管には異常がなかったのである。
 そのうちに庭に湧き出している泥水が、駐車場に流れてきた。このままでは車が泥に埋まって動かせなくなってしまうので、急いで夫を呼び、車を駐車場から道路に出してもらった。
 その間にも流れ込んだ泥水が溜まって、駐車場は大量の泥で埋まった。
 それからも揺れの中で泥水はどんどん庭に盛り上がり、気がつくと家が庭のほうに傾いていた。それでも、傾いただけで、文鳥も人も、家の中のものも無事だったから、ふたりはひとまず安心した。そして、テレビをつけると、東北の太平洋側では大変なことが起きていた。
 夫はなかなか通じない電話をしたり、受けたりして、親戚の無事を確かめあっていたが、その間にも揺れが断続的に起きて、文鳥たちは静かだった。
 駐車場を埋めてしまった泥をかき出して、とにかく車が停まれるようにしなければならないから、近所で大きなスコップを借りて、配られた土嚢袋に泥を詰めた。それだけならまだしも、できあがった土嚢袋を家の前の道路に出すのは大仕事。すごい重さには台車を使っても苦労した。それでも何とか車が停められるようになり、夫は夜になると、激しい揺れが続く中、勤務先で動けなくなっている息子を迎えに車で出かけた。電車が止まってしまったので仕方のないことだけど、電車なら20分の距離を10時間かかって往復した。その間にも大きな揺れが何度もあり、文鳥たちは布がかけてあったので静かだったものの、朝、車が返ってくるまであやさんは心配と揺れでほとんど眠れなかった。
 2011年3月11日の東日本大震災である。(つづく)

2015年7月20日月曜日

(十五)ルミは黄金色②

 そして、新しい年がやってきて、夫が正月からヒナのえづけを始めた。親のいるツボ巣から出して、暖房器を入れたフゴに移しても、ピポとチーには様子がわかっているようで、騒ぐことはなかった。
 さしえを始める時刻になると、フーとパピのときのように、ピポとチーを鳥かごから出す。すると、うれしそうな声を上げて夫のそばに飛んで行き、フゴの中のヒナをのぞく。けれども、その場に留まらず、巻き上げカーテンのところに行く。まるで夫を手伝う様子はない。それでも夫がルミに〝育て親〟で食べさせ出すと、ピポがちょっと見に下りてきた。するとチーも真似して下りてくる。
 ところが2羽は、フゴのふちに止まってルミを見ただけで、また巻き上げカーテンの中にもぐってしまう。いつもピポが先で、チーはその後について動いているけど、遊び始めてしまったようだ。
 それでも少しは気になるのか、ピポがまた、ちょこっと様子を見に下りてくる。するとチーも続いて下りてくるけど、だからといって、ルミのえさやりは夫に任せっきりで、飛び回っている。やっとえさやりから解放されて自由になったから、うれしくてしょうがないのだろう。子どものようにはしゃいでいて、フーたちのときとは、全く違う反応に、ふたりは顔を見合わせた。
 若い両親に、すっかり見放された格好のルミだけど、夫のさしえをよく食べて、もう親がいなくても問題なさそうだ。ルミは小さな細い体をして活発に動く。活動的なのは母親ゆずりなのかもしれない。
 そのうち夫は、ルミのさしえの時刻になっても、ピポたち親鳥を鳥かごから出さなくなった。それでも2羽は、パピたちのように騒いだりはしない。当てが外れて少しがっかりした様子にも見えるものの、「それならそれでいい」といった感じで、おとなしい。
 ところで、ルミは何文鳥なのだろう。最初のうちはみんなと同じ茶色っぽい羽毛だったけど、ナナとココのときのようになかなかわからないから、白文鳥ではなさそうだ。白文鳥なら、もうどこかに白い羽が見えるはず。いまはココやナナとも違う色をしていて、全体が黄色っぽいから、桜文鳥でもなさそうだ。
「ルミはクリーム文鳥かもしれないな」
 夫がそういったので、希少な新種の誕生かもしれないと期待が高まった。何でもクリーム文鳥というのは、シナモンや白文鳥の掛け合わせで生まれてくるものらしい。そういえばパピはシナモン文鳥だけど、クリームスプリットとかいって、クリーム文鳥のなりそこないのシナモン文鳥だと聞いている。だから、そう簡単にはクリーム文鳥というのは生まれないのかもしれない。どんなクリーム色なのか、あやさんも見てみたい。
 ルミは日に日に羽毛の色が濃くなってきて、ついに黄金のような輝きを見せだした。
「ルミは、どうもクリームじゃないな」
 夫がこんどはそういいだした。
「じゃあ一体、何文鳥?」
「これは黄金文鳥かもしれないぞ」
 あやさんは初めて耳にする種類に、
「そんな文鳥もいるの?」ときく。
「知らないが、羽が黄金色をしている」
 夫はすましてそういったけど、いずれにしても、そのうちにわかるはずだ。
 それにしても「黄金色」とは、豪華な色なので、見ていると、宝くじでも当たりそうな気がしてくる。
黄金色のルミは、まもなく自分でえさを食べられるようになった。ルミの場合は、親鳥が早くにえさやりを放棄したわけだけど、それでもちゃんと、ピポが母親だとわかっているらしい。細い体で、少し飛べるようになると、ピポの後を追って飛んだ。飛び方も上下に大きな曲線を描くようにして滑らかで巧みだ。運動神経のよさは、母親譲りのように見えるけど、ルミが白文鳥でないのは確かだ。いまだに体は黄金色のままだけど、頭と尾羽に変化が出てきた。
 その部分の黄金色が薄れ、白っぽくなっている。それに夫が気づいて、いう。
「ルミはクリームでも黄金文鳥でもない。チーと同じシナモン文鳥みたいだな。目も赤くてチーみたいだし」
 まもなく体もだんだん灰褐色になってきて、父親のチーに、よく似てきた。
 チーとピポは、相変わらずルミを放ったらかしにして、パピのように子煩悩ではない。それでもピポのほうは、ときどきルミのそばに行って、一緒に飛んだり歩いたりしている。それに比べて、チーは全く無関心で、父親のくせに、ルミに近づこうともしないから、やはり少し変わり者なのかもしれない。
 ルミは細い体で、ピポのような飛び方をし、高低自在に変化をつけて飛ぶことができるから、ピポは一緒に飛ぶと楽しそうだった。ルミの誕生で、体の大きいナナやココが苦手なピポにも、ちょうどよい遊び相手ができたようだ。
 そして、3月に入ると、ルミの動きはますます活発になり、ほかの文鳥たちはルミがそばに行くと逃げ回る。どうやら文鳥たちは幼い子とは争いたくないようだ。1羽でのびのびと育っているルミは、文鳥たちにというよりも、あやさんたちになついていて、よく手に乗ってくる。まだオスかメスかわからないけど、父親のチーをそのまま小ぶりにしたくらいよく似ている。それはともかく、性格はあまり父親に似て欲しくないというのがあやさんの本音だ。
 また8羽になった文鳥たちは、にぎやかに家の中を飛び回っていた。
 
 8羽の文鳥の生年月日などは、つぎのとおり。
(名前)
フー:白文鳥    2007年8月末生まれ  ♀ 
パピ:シナモン文鳥 2009年2月生まれ   ♂
            フーとパピが2010年2月に結婚
ピポ:白文鳥    2009年7月3日生まれ ♀
チー:シナモン文鳥 2009年8月生まれ   ♂
            ピポとチーが2010年7月に結婚
マイ:白文鳥    2010年5月3日生まれ ♂
        (パピとフーの第1子)
ナナ:桜文鳥    2010年6月17日生まれ ♀
        (パピとフーの第2子)
ココ:桜文鳥    2010年6月18日生まれ ♀
        (パピとフーの第3子)
ルミ:シナモン文鳥 2010年12月12日生まれ
        (チーとピポの第1子)

2015年7月17日金曜日

(十五)ルミは黄金色①

 それからしばらくすると、夫がナナとココを見ていった。
「どちらも、パピと同じ赤い目をしているな」
 ようやく2羽の頭と尾の色が濃くなってきた。すると、シナモン文鳥か桜文鳥のどちらかのようだ。そして間もなく、頬の辺りが白くなったので、桜文鳥だとわかった。
「だけど、どうして、白文鳥とシナモン文鳥の両親から、ぜんぜん色の違う桜文鳥が生まれるのかしら」
 あやさんは、フーとパピの間に桜文鳥など生まれないように思っていたから、夫にきいた。すると、
「文鳥は、そういうものなのさ」と、答にならない返答があった。
 文鳥には、白文鳥、シナモン文鳥、桜文鳥のほかに、クリーム文鳥とかシルバー文鳥、並文鳥なんていうのもいるらしいけど、それは人間でいう人種の違いのようなものなのだろうか。
 そう考えてみるものの、では黄色人種と白人の両親から黒人の子が生まれるだろうかと、疑問が深まる。
 いま、あやさんちには、白文鳥が3羽(フー、ピポ、マイ)、シナモン文鳥が2羽(パピ、チー)、桜文鳥が2羽(ナナ、ココ)いるけれど、子どもたちは、あまりあやさんのいうことをきかない。遊び呆けて鳥かごに戻らないとき叱っても、なかなかすぐには従わない。こちらに屈服するような形にはなりたくないのか、けっこう意地っ張りでプライドが高い。
 以前はフーが状況を把握して鳥かごの入口に止まり、みんなに手本を示していたのに、怪我をしてからは、そんなこともできなくなった。パピはフーが鳥かごに戻れば、すぐに自分も入るが、リーダーのいないいまでは、みんなを鳥かごに戻すのはやっかいだ。
 そんなとき、あやさんはついカッとなってしまうけど、そこで怒っても、彼らは喜々として逃げ回るだけ。叱ると逆効果で、意地でもいうことをきかない。それでも叱っておけば、こちらが怒っているのは伝わるから、どんなときに叱られるかわかるはず。
 ナナとココはいつまでも遊んでいて、夫にもよく叱られている。それでも、お腹が空くと自分から戻っていたりする。そんなときにはほめるけど、やはり叱るよりほめるほうが学習効果があるようだ。
 ピポの場合は知能犯で、手に止まって鳥かごに戻る振りをし、あやさんが出入口を開けると、先に鳥かごに戻っていたチーを誘い出してしまう。それをゲームのように楽しんでいるから始末が悪い。
 マイはぐぜり出すと、チーに着いて行くことが多くなった。あれほどチーとぶつかっていたのに、いまでは兄貴のように慕っている。
 チーのほうは、かなり迷惑そうだけど、自分を慕って真似をするのだから仕方ないと思っているのか怒らない。チーがウロウロしているのは、戸惑っているからかもしれない。
 そして、これもチーを見習ってか、マイはピポに想いを寄せているらしい。もしかしたら、〝憧れのお姉さん〟という感じなのかもしれないけど、チーと同じ鳴き方をして、ピポに迫るようになった。
 あやさんは、父親のパピのようないい声で鳴いてほしいと思っていたのに、マイの長いさえずりは、いつのまにかチーにそっくりで、
「ポピポピチューン、チチチチチューンチューン」ときて、そのあとがいけない。
「グルルル―、ブルルルルー」と続くから、変な鳴き声が増えてしまってがっかりする。
 また、チーの真似はそれだけにとどまらない。チーが鳴きながらチョンチョンダンスを始めると、マイがすぐにそばに飛んで行き、並んで同じように跳ねる。そこまではいいとしても、マイはそのままチーの上に乗ってしまうから、チーの怒ること怒ること。チーは唸り声を上げて逃げるものの、マイは執拗に追って行き、チーのそばから離れない。チーはそのままダンスの続きを諦めるしかなかった。
 文鳥たちにはそれぞれに想いを寄せる相手がいるようで、チーは、やはりフーのことが一番好きらしい。マイはピポが好きなようで、ナナは兄のマイが大好きで、いつも後を追っている。やはりマイの妹のココは、チーに気があるらしい。
 マイはチーとピポを追いかけ、そのマイにナナが着いて行く。そして、ココもナナのそばに行く。いまのところ、そんな構図になっているけど、パピが鳥かごから出てくると、ナナ、ココはパピにくっついていることも多い。この姉妹は、いつもつるんでいて体も大きいから、ピポなどは、とてもかなわない。利口なピポは、争う前に逃げている。
 フーはだいぶ飛べるようになったものの、お腹に卵を抱えると、重みでうまく飛べなかった。朝、鳥かごの布を外すとツボ巣から落ちていて、あやさんが手を差し出すと冷たい足で乗ってくる。手の中で温めて戻してやるけれど、足と飛ぶ力がかなり弱くなっている。
 そんな状態だから、卵をうまく産み落とせないこともあり、そんなときは夫がお腹をさすって卵を出してやった。
 とにかく産卵は大変なのに、そうやって産んだ卵も軟卵だったりして、もう、かえることはないようだ。
 そのうちに、巨大な卵を1つ産み、パピと交代で温めていたけど、それもかえらず、そんなことを2回ほどくり返して、それからは産んでないから、もうフーの子が生まれることはないだろう。フーの体を思えば、そのほうがいい。
 そんななか、ピポがチーと暮らしてから初めて、卵を産んだ。9月末のことで、ツボ巣にある3つの卵をチーがピポ以上に熱心に温めている。あのチーにしては上出来だと喜んで見ていたけど、結局どれもかえらなかった。
「ピポの卵は小さいからな。ヒナが生まれるのは難しいかもな」
 夫がそういったので、あやさんは少しがっかりしたけど、これ以上、文鳥が増えても困るから、それはそれでいいような気になった。
 そして、12月に入り、今年もあと1か月。ピポたちのツボ巣にはまた卵があった。中旬になると、ピポがツボ巣から尾羽を出して、中をのぞいていた。
「奥には卵があるけど、もしや?」と思っていると、翌日には、ピポとチーが忙しそうにツボ巣に出入りしている。やはり卵がかえったらしい。
 あくる日には、小さな鳴き声も聞こえて、3つの卵のうちのどれかが、間違いなくかえったようだ。
 かえったのは1羽だけだったものの、とにかくピポとチーの子どもが生まれた。ヒナの誕生日は12月12日で、その後もツボ巣の中で元気な声をあげている。
「あのチーが親になって、懸命にヒナにえさをやっている」
 そう思うと、感慨深いものがある。
 ヒナの名前は「ルミ」になり、献身的にえさやりをするピポとチーに守られて、順調に育っている。
 チーとピポの第一子の誕生は、期待していなかっただけに、大きな喜びになった。そして、老夫婦の会話もはずむ。
「メスだったら、マイの奥さんにしよう」
「オスだったら、ナナとココのどっちと一緒になるかしら」
(つづく)

2015年7月7日火曜日

(十四)パピの戸惑い

 事件後、ひとつも声を出さなかったフーが、少し元気になってきたのか、えさを食べたあとに鳴くようになった。それも、思い出したように、居間のほうに向かって小さな声で鳴いている。どうもパピに会いたいらしい。
 パピもずっとフーのことを心配しているはずだと思い、あやさんがフーを抱いて、パピの鳥かごの前に行く。すると、フーがパピに向かって、
「チュチュチュ」と、弱々しいけど精一杯の声で何か話しかけた。
 ところが、パピは黙ったままで、驚いたようにバサついて、止まり木の上をウロウロする。なんだかオロオロした様子で、フーに声をかけるでもなく、おびえているようにも見える。
 フーは病人だから、たしかに以前のような美しさは見る影もない。だから声を出すまで、それがフーだとわからなかったのだろうか。声を聞いてはじめてフーだとわかり、幽霊が現われたと思ってギョッとしたのかもしれない。それにしてもパピの余りに冷たい反応に、あやさんはびっくりして、腹を立てた。
 パピがこの家にきたとき、あれほどフーに世話になったのに、傷ついたフーに優しくしてやれないなんて、自分勝手なつまらないヤツに思えて、パピが嫌いになった。
 いずれにしても、フーのこの体の状態では、パピのいる鳥かごに戻すことはできないから、夫はフー のために、特別な鳥かごを購入した。
 それは、前から後ろにかけての面が透明なプラスチックでできていて、上部が大きく開くようになっている。えさ入れや止まり木、ツボ巣はもちろん、上からなら飛べないフーの出し入れもしやすい。フーもみんなのいる場所にいたいだろうと考えて、この鳥かごを居間の隅の少し離れた台の上に置いた。
 フーが居間に戻ってきて、喜んだのがピポだった。ピポは鳥かごから出ると、真っ直ぐにフーの鳥かごに飛んで行き、横の金網の部分にしがみついて、うれしそうに鳴く。パピとは正反対の反応に、
「やっぱり、ピポはお利口ね。フーが大好きなのね」と、あやさんは思わずにっこり。
 フーは、しばらくそこで暮らすことになったものの、自分の元の鳥かごに戻りたがった。
「パピに、あんなに冷たくされたのに」と、あやさんは不満だけど、フーは情が濃いようだ。
 それなのに、パピは鳥かごから出ても、フーの近くに行こうともしなかった。どうも、フーが卵をそのままにして姿を消してしまったので、そのことを怒っているようだけど、それにしても、傷ついたフーを労る気持ちはないのだろうか。このままでは、フーが可哀想でしょうがない。
 そして、ピポのほかにもう1羽、フーを見て喜んだ者がいた。フーに振られ続けてきたチーだ。チーは、フーがどんなにみすぼらしくなっても好きなようで、フーを見ると、近づいて求愛ダンスを始めた。 そんな一途な恋心に、思わず感動してしまうものの、これからまた、ややこしくなりそうだと不安な思いがよぎる。
 じつは、フーがあやさんの部屋で療養している間に、チーはすっかりピポに気を向けていた。換羽の終わったピポは、ほとんど真っ白になり、毛並みも揃って女らしさも出てきている。だから、もうフーのことは忘れたように、ピポと仲良くなっていた。ピポと暮らしていて何の不満もないはずだ。
 それなのに、チーは、どんなにフーがみすぼらしくなってしまっても、どんなに嫌われても、まだフーのことが好きなようだ。やはり初恋の人は忘れられないのだろうか。あやさんはピポの気持ちを思うと複雑だった。
 それから数日後、フーはだいぶ元気になった。あまり飛べないこともあって少し早いような気もしたけど、パピのいる鳥かごに戻りたがっているので、昼間だけ戻すことにした。 
 フーを元の鳥かごに入れると、パピがギョッとしたように遠ざかった。あやさんがハラハラしながら見ていると、フーが逃げ腰のパピに向かって、
「チュチュチュチュ、チュチュチュチュ」と、小さな声で盛んに何かいっている。パピは相変わらず不愛想に耳を傾けているけれど、フーのいっている意味がわからないのだろうか。
 フーは、これまでの経緯を説明しているようだけど、パピに通じているのかどうか。パピは戸惑っているようだから、よく理解できないのではないだろうか。
 フーが懸命に話しているのに、パピの反応があんまりなので、フーが疲れてしまわないかと心配になり、予定どおり、しばらく夜は元の特別な鳥かごに戻すことにした。
 パピはフーの変わりように、びっくりしたのだろう。もしかしたら、病気が感染するとでも思ったのかもしれない。
 それよりも、やはりフーが卵を産みっぱなしでいなくなってしまったから、そのことで腹を立てているのだろうか。パピにしてみれば、せっかく幸せになったのに、突然、捨てられてしまったように思ったのかもしれない。
 それにしてもフーは、パピのところへ行くと、とにかく長々と話していた。そのうちにパピにも事情がわかったのか、だんだん以前のようにフーに接するようになった。
 そして、居間に置いてから10日ほどして、フーの特別な鳥かごは、机の下にしまわれた。フーは飛ぶには飛べたけど、足の付け根がおかしいため、コントロールが悪くなり、ときどき着地に失敗した。ピポと遊んでいたころのようなスピーディーな動きは、いまのところ無理なようだ。
 フーの療養などもあって、当初の予定よりだいぶ遅れて、ミミが里子に出る日がきた。もう生後2か月を過ぎている。
 家を出る前に、あやさんに抱かれて、鳥かごにいるフーとパピに挨拶をしたけど、フーたちに、別れ とわかっただろうか。
 ミミは、最近までフーが入っていたプラスチックケースに入れられると、暴れて出たがった。
「やっぱり、連れて行かれるのがわかるのね」
 可哀想な気もしたけど、そのままプラスチッゥケースを抱えて車に行った。
 後部座席に乗り込むと、ミミがいきなりケースの中ブタを突き上げて飛び出し、そのままコンと車のフロントガラスに当たって落ちた。夫が慌てて捕まえてケースに戻したけど、やはり、みんなと別れたくないらしい。あやさんは、ピポをもらってきたときも、プラスチックケースの中で暴れていたことを思い出した。
 ミミの行先は車で5分もかからないマンションの中で、その家には老齢のセキセイインコが1羽いる。だからミミもさびしくないだろうと、あやさんはあまり心配していないけど、当然ながら、ミミは、まだそのことを知らない。
 これまでミミがいた鳥かごには、ナナとココが残り、少し寂しくなった。それでも2羽は鳥かごから出ると、すぐにパピのところに行き、よくカーテンレールや額縁の上に一緒に並んでいる。その光景からは、親子の絆がかなり強そうに見えるけど、それにしては、ミミはパピに着いて行かなかった。フーのそばの高い場所によく止まっていた。フーと同じ白文鳥だし体も小さいから、そのほうが安心できたのかもしれない。ナナとココはミミより先に生まれただけあって体も大きいし、双子のように似ている。不思議なのが、いまだに茶色い羽毛のままでいることだけど、どうも白文鳥ではなさそうだ。