2016年6月29日水曜日

(5)家電の寿命

 この家に越してきてもうすぐ10年になる。そのせいか近頃いろんなものが故障する。もっともエアコンなどは1年目から調子が悪くなり、何回も修理してもらったから、この場合は10年どころか最初からだ。考えてみれば、引っ越してきて新しくなったものでこれまでに故障したのは台所のコンロ、電気釜、トースター、テレビ、それに居間の天井の照明、プリンターなど数え上げれば切りがない。前の住居から持ってきた洗濯機も壊れたが、冷蔵庫と電子レンジは15年以上健在だ。ちなみに冷蔵庫は三菱の製品で電子レンジは日立のもの。
 故障したコンロはIHで、魚焼き器の部分を取り換えて直った。電球はカバーの接着面がはがれて下半分が落下。2個も落ちたので、文鳥に当たらなくてよかったと思った。これはメーカーに連絡して取り換えてもらったが、接着剤の劣化によるものらしい。そういえば電動歯ブラシはこの家にきてからもう4台目か5台目だ。よく使うから仕方がないのだろうが、この前はじめて直してもらった。
 トイレの洗浄便座も水漏れが始まり、自分でもいじってみたけど、本体の故障のようなのでメーカーに修理を頼んだ。部品の1つを交換してもらい、水漏れは治まったものの、そろそろ部品がなくなって修理ができなくなるところだったらしい。本体ごと新しくする方法もあるといわれ、
「いくらくらいするの?」ときく。10万円は下らないという話で、10年ごとにそんな大金を出していたら大変だと思った。この年になると、10年なんて、あっという間。考えるといやになる。だいたい、しょっちゅう丸ごと替えていたら、ゴミの量だってすごいはず。何かおかしい。修理代は2万円くらいだというので、もちろん直してもらった。
 前の洗濯機もそうだったけど、洗濯槽を止めているネジが1つゆるんでしまっただけなのに、経年劣化ということでゴミになった。解体業者もさぞや大変だろうと想像してしまうが、こんなことでいいのだろうかと地球の未来が心配になる。
 つい最近、故障した給湯器はときどき警報音を鳴らすようになり、そのうちにお湯を沸かさなくなった。新しいのに取り換えるとなると、かなりお金がかかるだろうとひやひやしていたら、基盤を替えて3万円ほどで元通りになった。基盤だけですめば簡単そうだ。
 家電ではないが、それから間もなくして台所のシンクの排水が流れなくなる。錠剤を排水口に入れたりしても流れない。こんなことで業者を呼んでいてはお金が大変だと思い、シンクの下に潜っていろいろいじってみる。たたいたり途中にあるキャップをゆるめたりしていたら流れるようになった。さらに錠剤を入れておいたから当分は大丈夫だろう。水道で思い出したが、台所ち洗面所の蛇口を換えてもらったのは3年ほど前のことだ。水漏れだからパッキングを換えれば直ると簡単に考えて業者を呼んだ。すると、いまどきはすっかり蛇口を換えるようになっていて、適合するもので1番安いものにしたものの、2つで7万円近くとられた。このときもびっくりしたのだけれど、修理となるとすっかり部品を取り換えるようになっているから高額になる。しかも簡単に壊れてしまう。時代が変わったのに、いまだに消費文明が根強く生きている。みんなお金がないのに、やっぱりおかしい。もしかして、家電産業はこうやってダメになっていくのかもしれないと、ふと思った。最初から持たなければ被害は少ないし、単純なほうが壊れにくい。
 エアコンも洗浄便座もタイプが違うとはいえ、これまでこんなに早く壊れたことはなかった。それもいまは、次に故障したら新しくしないとダメなようにいわれている。前の家では4台あったエアコンも洗浄便座2台も14年間1度も故障しなかった。後に住んだ人たちも、そのまま使い続けたはずだから、もっと長く使えただろう。確かこれはナショナル(パナソニック)の製品だった。それに比べて近頃のものは、ずいぶん壊れやすくなったものだ。メーカーによってはなかなか壊れないような気がするが、それがわかるには年月が必要だ。それでも生き残っていくのは、やはりそういったメーカーになるような気がする。
 購入時に修理のことも考えたほうがよさそうだ。でも、まてよ。そうはいってもIHも洗浄便座も建築の段階からメーカーは決まっていたような気がする。

2016年6月24日金曜日

11.クリとココ、そしてパピ

 そして明日(22日)の夜は、ひどいことになった。放鳥後、素直に鳥かごに戻ったのはいつものメンバーのメグとラン、マイとルミ、それにチー、スーで、また残りのメンバーが複雑なことになっていた。
 元はといえば、クリとココがパピの鳥かごに入ってしまったので、昨夜と違う状態が生じたためで、ミーはそれに乗じていつものように勝手に遊んでいた。
 トビとユウは本来の自分たちの鳥かごが空いていたのでそこに戻ったけれど、ほかの4羽は就寝時刻を過ぎても部屋に出ていた。
 パピはこの家にきたときから飛び方が下手だから、いまでも自分の鳥かごに戻るのがやっとで、とてもほかの鳥かごには移せない。と、なると、やはりクリとココを追い出して、パピが戻れるようにしなければダメなようだ。そこでクリとココを追い出したのはいいけれど、パピも戻らずにややこしいことになっていた。
 夫はほかの鳥かごには布をかけ、ミーを捕まえて鳥かごに戻したが、いつもと違う景色に、パピとクリは鳥かごに下りられない。
「ココは思ったより利口だな」としばらくして夫がいったが、布をかけた鳥かごの上に自分が下りて、パピに鳥かごの入り方を何度か示したらしい。
 ところがパピは動けず(動かず?)、結局、夫が捕まえて鳥かごに戻したという。
「それで、クリとココは?」ときくと、
「そのままカーテンレールの上で眠っているよ」といった。
「少し狭いけど、ココがクリの鳥かごに入ればいいのに」と、あやさんはおもしろくなかったものの、2羽はそのまま朝を迎えることになった。
 そして朝になり、クリとココは夫の差し出す手の上のえさを食べながらクリの鳥かごに入った。パピは独りになってしまったけれど、隣の鳥かごにいるチーと同じ境遇になっただけだから、静かに老後を過ごすのも悪くないと思うけど……。
 ところがこの日も就寝前になると、さらにややこしいことになった。クリとココが、またパピの鳥かごに入ってしまったのだ。夫が2羽を追い出してパピがひとまず入ったものの、クリとココはクリの鳥かごに入らない。するとパピがまた鳥かごから出てきてしまい、3羽がカーテンレールの上で眠ることになった。パピは昨夜、ココのことが気になって安眠できなかったのかもしれない。
 この夜は結局、クリとココに加えて、パピまでが鳥かごに入らず、カーテンレールの上で一夜を過ごすことになった。
 そして、朝、夫がクリとココをクリの鳥かごに戻すと、パピは仕方なさそうに自分の鳥かごに入った。おなかも空いていたのだろう。
 だけど、その前に、カーテンレールの上で、けたたましい鳴き声が数回して、パピとクリが争ったようだった。やはりパピも内心は穏やかではなかったらしい。それにパピにも意地があるとわかった。とはいえ、ココの気持ちはかなりクリに傾いているようだ。
 なぜか今夜、ココはパピの鳥かごに戻っている。クリはまた寂しい夜を過ごすことになったけど、あやさんは今夜はぐっすり眠れそうだ。
   (写真はクリの鳥かごにいるココとクリ)


2016年6月21日火曜日

10、クリとココ

 ココの誕生日の夕方、パピが独り鳥かご内にいて、ココはまだクリと遊んでいた。
 少しすると夫が、トビとユウ姉妹も鳥かごに入ったといって扉を閉めた。あと出ているのは若いミーとスー、それにクリとココだけど、スーは夫にいわれ手に乗って鳥かごに戻った。するとミーも自分から鳥かごに入る。ミーはときどき隣のクリの鳥かごに入ってえさを食べているけれど、このときはクリのところが空いているにもかかわらず、ちゃんと自分の鳥かごに入った。残りはクリとココ。と、思ったら、夫が変な声でいった。
「あれ、まてよ。これはクリとココだ」
 トビとユウの鳥かごに入っていたのはなんと、クリとココ。白いのと黒っぽいのがいたのだから間違えるのも無理はない。
 そういえばこの場所には以前、ココとナナの鳥かごが置いてあった。ココにしてみれば自分の鳥かごにクリを誘い入れたような気でいるのかもしれない。でも、このままではトビとユウの入るところがなくなってしまう。それに、パピはどうなる?
 夫がクリとココを鳥かごから追い出す。ところがトビとユウが鳥かごに戻ろうとすると、クリが邪魔する。ココとそこにいたいから必死だ。
 気持ちはわかるものの、そういうわけにもいかないので、クリを追い払うと、トビとユウが鳥かごに戻り、そのうちにココもパピのところに入った。結局クリはあきらめたように夫の手に乗って、自分の鳥かごに入った。
 ところが、その翌日は、もっと大変だった。ココとクリはますます仲良くなってきて、夕方になってもまた鳥かごに戻らない。そして、やはりトビとユウの鳥かごに入ろうとした。パピも自分だけ鳥かごにいるのは落ち着かないとみえて、いつまでも出ている。
 それでも夫にいわれて、やがてココはパピと一緒に自分の鳥かごに戻った。ミーもまだ飛び回っていたものの、あやさんが叱るとすぐに鳥かごに戻った。けれどもクリだけは、まだ飛び回っている。どうしてもココと一緒になりたいらしい。
 クリは就寝の時刻をすぎても鳥かごに戻らす、暗くなった居間から明るいあやさんの部屋に逃げてきた。初めてあやさんの部屋にきたクリは、どこにとまったらよいかわからずに部屋の中を飛び回って、やっとカーテンレールに止まった。名前を呼んで手を差し出すと逃げ回り、何度か部屋の隅に落ちる。パニックになっているようだ。少しほっておいたら、いよいよあやさんの肩にきた。それから手に乗って、しっかり指を掴む。クリは手に慣れているから。こうしていると安心なようで、そのまま鳥かごまで指にしっかりつかまっていた。
 何とか自分の鳥かごに戻ったクリだけど、ココへの思いが日に日に強くなっているようだ。
 そして3日後の今夜、ついにココとクリが一緒に寝ることになった。トビとユウがパピの鳥かごに入ったのを幸いに、夫がそのまま扉を閉めたのだ。それにより空いたトビとユウの鳥かごにクリたちが入れることになった。クリのあまりの思い入れに夫が応援した形になったわけだけど、このままうまくいくのかどうか、明日になってみなければわからない。

2016年6月18日土曜日

9.クリの変化

 数日前から、クリーム文鳥のクリに変化が起きている。クリはまもなく2歳4か月になるから、人間の年齢でいえば20代の後半だろうか。一緒に生まれ育った妻のチビ(桜文鳥)が若くして亡くなってから半年になるが、クリは独りになってからは、ずっと寂しそうだった。ただ、チビが目の前で死んで行ったので、もう帰ってこないことはわかっているはず。その点、やはり妻がいなくなってしまったチーとは違う。
 それにクリは若いということもあって、近頃はだいぶ元気になってきた。そして、おもしろいことが起きている。
 放鳥時にココの鳥かごに入っているのを見かけるようになったのだ。ココの鳥かごといっても正確にはパピとココの鳥かごだけど、そこにココとクリがときどき一緒に入っている。そんなときパピはといえば、鳥かごに戻れないで、そこら辺でウロウロしている。
 ココはクリが入ってくるのを拒まない。それどころか満更でもないようす。ココはきょうが誕生日で6歳になるおばさんだけど、チビと同じ桜文鳥だから、クリが魅かれるのもうなずける。
 これまで、あやさんちでは桜文鳥はモテなかった。もちろんココの場合も気にかけてくれたのは父親のパピだけだった。そんなココがいまモテていて幸せそうだ。人生(鳥生)はわからないものだ。去年死んでしまった姉妹のナナにも、こんな思いをさせてやりたかったと思うけど、やさしいナナは、おそらくあの世で喜んでくれているだろう。
 やがてクリは自分の鳥かごに戻って行き、そして鳥かごにパピが入って、自然に元通りになるのだけれど、こんなことは初めてで不思議な感じがする。パピも、もう7歳4か月だし、ココは自分の娘だから、ほかのオスがココと仲良くしていても寛大なのだろう。もっとも内心はわからないけれど、見た目は平和で穏やかだ。

2016年6月13日月曜日

8、ミーの学習

 ミーは鳥かごから出してもらえなかった日、あきらめたのか割合おとなしかった。その翌日は、いつもどおりに放鳥され、夕方には自分で鳥かごに戻った。やはり前日の仕打ちがこたえているらしい。このままうまく学習されるかが問題だ。
 ミーは、その次の日も最後にはなったものの、みんなが鳥かごに戻ると、あわてて自分の鳥かごに入った。
「ちゃんとわかっているのね。ミーちゃんも、おりこうさん」
 あやさんがそういってほめたこの日を限りに、また次の日から元に戻ってしまった。いつまでもミーだけ鳥かごに入らない。
 7時少し前の気象情報の音楽が流れても一向に入らない。気象情報で思い出したけど、この4月から音楽が変わった。最初のうちは戸惑いがちだった文鳥たちも、就寝の時刻が近づいているせいか、ちゃんと待ち構えていて、いままでどおりに反応する。つまり音楽の直前には静かになって、音楽が聞こえるとピチピチ、チュンチュンと鳴くのである。もう眠るから鳥かごに布をかけろといわんばかりで、やはり彼らは規則正しい生活がお好みのようだ。
 話を戻して、ミーのことだけど、また元に戻りつつあるようで、あやさんに叱られて逃げては鳥かごに戻っている。まんざらわかっていないわけでもないようだから、そのうちにはなんとかなると思うが、いまはこうしてあやさんの気を引いているのかもしれない。それにしても夫が怒っても鳥かごに戻らないのに、あやさんだとあわてて戻る。あやさんが叱ると、そんなに怖いのだろうか?

2016年6月8日水曜日

7、換羽も終盤

 そろそろ換羽の時期も終わるようで、鳥かごのトレーに落ちている羽毛がだいぶ減った。最近は動きも活発で、放鳥すると若いオス文鳥などは、力を示すように唸り合ったりしている。
 メグとラン、クリ、スーが鳥かごの上でうるさい。ランをめぐってケンカをしているようにも見えるけど、そこにミーがいないのは、昨夜の出来事のせいで鳥かごから出してもらえないからだ。
 ミーは昨晩、また自分の鳥かごに戻らずにカーテンレールの上に止まって眠りだした。夫は朝までそのままにするといったけれど、あやさんは前回のとき朝まで心配だったから、
「捕まえて鳥かごに入れたほうがいいんじゃないの」といった。そこで夫が暗がりでミーを捕まえようとしたものの、眠っているはずのミーが逃げてどこかに行ってしまった。仕方なく照明をつけてミーを探すと、玄関にいた。
ミーは人に寄ってこないから、捕まえようとすると逃げて、こんどは洗面所へ。
 夫が慌てて洗面所に入って、ミーを捕まえた。頭をなでるとおとなしくなって鳥かごに戻されたが、そのためきょう1日、放鳥してもらえない。
だからまだよかったけれど、ここにミーが加わったら、どんな騒ぎになったことか。夫が、
「トビとユウを出したほうがいいかな」といったので、あやさんもうなずく。
 トビとユウも鳥かごから出してメスの数を増やす。すると、たちまちオスたちが散らばって、いさかいは消えた。やはりオスが多いと殺伐とするのはどこの世界でも同じなのか。
 また、女性にばかり関心がある男性には、あまり賢い人はいないように思うけど、文鳥にもその傾向がありそうだ。
 スーとミーでは同時に生まれ、一緒に育ったオスにもかかわらず、対照的だ。スーのほうはこちらのいうことをよく理解してかなり賢く、人にもなついている。鳥かごに戻すときも簡単だ。それに比べ、ミーはほとんど人によってこない。ランをあまり追いかけなくなったと思ったら、こんどはマイの奥さんのルミを追いかけたりしている。スーのように賢いオスは人への関心も高く、社会性が備わっている。
 ミーはこの日、1度も鳥かごから出してもらえなかったけど、こりて少しは学習しただろうか。ミーもずっとこのままとは思わないけれど、いまだに幼い。

2016年6月3日金曜日

(4)しつけと決着

 文鳥に限らず子供にしつけをするのは大変だ。こちらのいうことをきかないからといって、むきになって怒ると、相手は意地でも従わない。こうなったらケンカのようなものだから、相手だって負けていない。それなりのプライドがあって、簡単に折れたくないのだろう。
 それをわからずに、いうことをきかない、反省しないといって、こちらがヒートアップしてしまっては大変で、文鳥などはパニックになって逃げまわる。
 それでも何を怒られているのか、だいたいわかっているはずだから、そのとき素直に従わなくても、そのうちに学習する。
 早急の危険がなければ執拗に従わせることは、こちらの力を示したことにはなるものの、相手の納得や学習にはつながりにくいように思う。
 叱ってすぐにやめさせなければ危険な場合は別だが、いま謝らないからとか、すぐにいうことをきかないからといって、その場で決着をつけようとしては危険だ。叱る側がヒートアップすると、過剰な罰を与えがちだが、これがエスカレートすると、とんでもない事態を招く。
 北海道で親の注意を受け入れないという理由で車から降ろされて行方不明になってしまった子の例もそれに当たりそうだけど、無事に見つかって本当によかった。親も反省しているようだが、1つ間違えれば取り返しのつかない事態になるところだった。叱っておくのは大切だが、叱ったからといって、子供が素直にいうことをきくものでもない。
 仮にこちらの剣幕に恐れをなして相手が折れたとしても、納得や学習にはつながらないどころか、場合によっては反抗心を育て、憎しみを生じさせたりするものだ。
 わが子が幼いころ、何で叱ったかは忘れてしまったが、わたしは腹を立てて
「謝りなさい」と繰り返した。息子はその剣幕に、ついに
「ごめんなさい」といったものの、その次の言葉に愕然とした。
「だけど、ボクは正しい」と小さな声でつぶやいたのだ。
 幼稚園にもいっていない小さな子がそういったのだ。
 しつけと称して、その場で決着をつけようとすると、叱るほうも叱られるほうも冷静さを失うから、へたをすると死に至る場合だってある。
 文鳥でさえ、こちらが何度も態度で示しておけば、やがて学習する。ましてや人間の子供にわからないはずがない。叱っておけば、それがいけないことだとわかる。だから、その場で無理やり決着をつけずに、子供は長い目で見て育てたいものだ。