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2020年12月13日日曜日

(26)12日はルミが生まれた日

 

10年前の12月12日、シナモン文鳥のルミがこの家で生まれた。いま生きていれば10歳になったわけだが、9歳の誕生日を過ぎて1か月もしないうちにこの世を去ってしまった。

この家のメス文鳥では最も長く生きたが、年明けそうそうに、夫だったマイの元に行ってしまったのだ。ルミはこの家で生まれて病気になったり怪我をしたこともないから、病院に行くなどして家から外に出たことはなかった。つまり生涯この家で過ごしたわけだ。運動神経の良い世話の焼けない子だった。

そして2月には8歳になったばかりの白文鳥のトビも姉のルミを追いかけるようにこの世を去った。2羽とも寿命だったから仕方ないと思えたけれど、5歳余りでこの世を去ってしまったクリーム文鳥のランは可哀そうだったと思う。

 つまり今年は3羽のメス文鳥が天国へ行ってしまったのである。

 5年前にも似たようなことがあった。やはりメスばかり、フー、ナナ、チビが亡くなり、ピポが行方不明になった。メスはオスに比べて短命なのかもしれない。何しろ、卵を産むことを考えただけでも大変なのだから、そうなるのも不思議ではない。

 それでも10月にはシナモン文鳥のフユが来て、スーと一緒になったので、文鳥たちの活気も戻ってきた。こうして世代交代とともに月日が流れていく。

 写真は1年前、9歳のルミ

   


2020年11月21日土曜日

24)フユのその後

 シナモン文鳥のフユちゃんがこの家にきて3週間になる。元気で人懐こい感じはピポを思わせる。鳥かごの位置もちょうど同じだ。ピポと、いまもこの家にいるシナモン文鳥のチーが一緒にそこにいた。もうすぐ11歳3か月になるチーは、このまま新しい年を迎えられるかもしれない。

 ところでフユはスーとすっかり仲良くなり卵を産んだ。1週間前頃から産み出して、いま6つの卵を温めている。卵といえば隣の鳥かごのピヨもまた卵を温めているけど、まだ孵ったようすはない。

 ピヨとフユはけっこう仲良しで、鳥かごから出たとき一緒にえさを食べていたりする。オス同士はなかなかそうわいかないが、こんな光景を見ると、昔、フーとピポが仲良く遊んでいたことを思い出す。もうあれから11年になる。ピポがいなくなったのは2015年の11月14日だった。生きていれば11歳4か月ということになるけど、もう天国に行っているだろう。

 


2016年5月12日木曜日

文鳥たちの動画

さし餌をするフー
「この子はもっと食べるわよ」と、マイにさし餌をする夫を手伝うフー。
(あやさんちの文鳥たちーマイの誕生)

2015年9月17日木曜日

あとがき

 それから半年後の2015年2月22日未明、フーはこの世を去った。
 いつものように朝7時、鳥かごにかけてある布を外し、
「フーちゃん、おはよう」と呼びかけたのに、ツボ巣の奥から出てこなかった。2週間ほど前から左足の付け根部分がぐらぐらになっていたので、夜は療養用の鳥かごで寝ていた。
 少ししてもフーが出てこないので、ツボ巣ごと鳥かごから出して、中からフーを取り出すと、動かない。まだほんのり暖かかったけど、明らかに死んでいた。
 1週間前には立てなくなった左足を診てもらうため、小鳥の病院に連れて行った。4年半前に死にかけたとき卵を出してもらった病院だ。けれども、やはり治るものではないようだった。
 さらに目の位置がおかしいと、頭の膨らみを指摘されて、たまっているうみを針で出してもらった。ときどき目が塞がっていて目薬をさしていたけど、それは脳からきていたものかもしれない。
 フーは、もう何年も飛んでいないので、ここ2年近く手に乗せて羽ばたきの運動をさせていた。何とか飛べるようにしてやりたかったのと、こうすると排便にいいようなので続けていたけど、飛ぶこともできないのに足まで使えなくなってしまっては、えさを食べるのも難しい。
 ところがフーは頭がいいから、ツボ巣から鳥かご内に下りると、動かない左足の代わりに左羽をバサバサさせて移動し、下に置いてあるえさと水を口にした。
 そうやってたくましく食べていたのに、病院からもらってきた抗生剤やビタミン剤入りの水を飲んでいたのに、ついに力つきた。
 きっかけは、2日前に起きた思いがけない出来事だった。そのときフーは夫の手の中にいて、何を思ったのか突然、飛び出したのだ。飛べるはずがないから居間の床に落ちた。
 その衝撃でどこかを悼めたのだろう。そのあと、あやさんの手の中で発作のように苦しそうに変な声で鳴いた。少し落ち着いて、そのままえさを食べたものの、また苦しそうな声で鳴き、必死で温めると、ようやく静かになった。
 発作はこの2回だけで、そのままあやさんの手の中にいると、パピが心配そうに手にきた。そしてフーの頭に嘴を当てて慰めたら、フーは安心したように静かにしていた。
 それから、療養用の鳥かごにフーを戻すと、えさを食べていたのでホッとしたものの、衝撃的な出来事だった。
 翌朝、心配しながら鳥かごの布を外すと、フーはツボ巣から顔を出していた。いつものように朝のあいさつをする。フーがツボ巣から出てきて、えさを食べたので、またホッとする。昼近くにはあやさんの手の中でえさを食べると大きなフンをして、安心したように眠った。その後も夫の話では自分でえさを食べていたようだけど、夜中に力尽きてしまったらしい。
 あの卵を抱えての事故以来、満身創痍でよく頑張って生きてきた。7年半の一生だったけど、文鳥の平均寿命は生きたようだ。
 命日は2月22日」だから「フー、フー、フー」で「フー3(さん)の日」になる。水浴びが大すきで、濡れてみすぼらしくなった羽をよくあやさんの肩や手に乗って乾かしていた。あのときの感触が甦る。
 本当に賢くて優しい子だった。いずれ別れの日がくることは覚悟していたけれど、もっと一緒にいたかった。
 静かに死んでいったことがせめてもの慰めだ。
 これからは、天国から、ピーと一緒にみんなのことを見守っておくれ。フーと過ごした7年半、楽しかったよ。ありがとう。
 この物語をフーに贈る。

2015年9月11日金曜日

(二十)思いがけないヒナ②

 生後1か月がすぎ、心配していたチビも、下から2番目の止まり木に上がれるようになった。
 チビのこともあって、夫のさしえはまだ数日続きそうだけど、チビは相変わらずほとんど口をあけない。夫が育て親を無理やり口に突っ込んで食べさせる。
「やっぱりチビは、うまく育たないかもしれないな」
 夫が心細いことをいう。ひとりで食べて、ちゃんと飛べるようになるかが問題だ。
 その2日後、あやさんがヒナたちの鳥かごをのぞくと、下のフゴにも止まり木にもチビの姿がなかった。クリとマミは1番上の止まり木にいて、上部のえさ入れなどに移動している。
 2羽があやさんを見て喜んで鳴くと、ツボ巣からチビが顔を出した。ホッとして夫にきく。
「あなた、さっき、チビちゃんをツボ巣に入れた?」
「いいや」という返事。すると、チビは自力で、ツボ巣のある上の止まり木まで上がったことになる。これまでの動きからすれば、すごい飛躍だ。
「そうか、チビも、ようやく自分でツボ巣に入れるようになったか」と、夫もうれしそう。
 口の中に無理やりえさを押し込んでいただけに、無事に育つかどうか心配だった。手のかかる子ほど可愛いという。
 やっと鳥かご内のフゴがいらなくなり、今夜から3羽がツボ巣の中で寄り添って寝るだろう。
 チビは、まだ1日に3回さしえを食べているけど、食べる意欲も出てきたので、それなりに成長しているようだ。
 マミとクリが高さ1メートル40センチほどの鳥かごの上に飛んで行ったのを見て、チビもそこに行きたそうだった。ソファーのそでからじっと見ている。距離にして3メートルもないのだけど、チビにとっては高いハードルらしい。
 数日前には、あやさんが手に乗せてそこまで連れて行ったけれど、きょうは知らん顔をしていた。すると、チビがついに飛び上った。そのまま飛んで鳥かごの上に無事着地した。ヒナたちが載っているのは、トビとユウのいる鳥かごで、ヒナたちが生まれ育ったところだ。
 母親のトビとユウは、もう次の卵を産んでいて、ヒナたちには関心がないのか、ツボ巣に入ってしまった。
 ところで、いまユウとトビが温めている卵がかえることはない。これ以上、ヒナが生まれては困るから、夫が偽卵に置き替えたのだ。
 クリは嘴であやさんのブラウスのボタンを噛むのが好き。それに手のひらのやわらかい部分も噛む。
「クリちゃん、痛いよ」というと、やめるどころか余計に強く噛む。こんな形で親愛の情を示してほしくないのに、マミまでが真似をする。その点、チビは手に乗せると気持ちよさそうにおとなしくしている。だから、あやさんはチビを乗せていたいのに、クリが来てチビをどけてしまう。クリは自分が1番可愛がられたいらしい。
 ヒナ3羽が遊んでいるときに、父親と思われるメグも放鳥。パピのように、子どもに高い位置の止まる場所を教えるかと思ったからだけど、メグのしたのはトビとユウの鳥かごの上に止まって、近づくクリを追い払うこと。まるで、お前たちは、ここにくるなといわんばかりに、メグの父親のチーとそっくりに、
「ぐるるる―」と唸って威嚇する。クリはびっくりして、さすがに向かって行かなかった。すると、次の瞬間、面白いことが起きた。
 ソファーにいたチビが、急にソファーのそでに行き、クリとメグのいる鳥かごの上に飛んで行ったのだ。兄弟のクリを加勢しに行ったようで、小さいながら、メグに向かってかまえている。いや、唸ってもいるようだ。なかなか見上げた兄弟思いの根性だ。チビは少し飛べるようになったので自信がついたらしい。おそらくお互いに親子だとは知らないのだろうけど、チビの勢いにびっくりしたのか、それとも小さな子を相手にしてはまずいと思ったのか、メグはその場から飛び立った。こうしてみると、クリは案外、気が弱く、チビは見かけによらず強いのかもしれない。
 チビは、いまだにさしえをしてもらい、そのあと手の中で赤ん坊のようにおとなしく寝ているから、そこからは、とても想像できない行動だった。かなり遅れて発育しているとはいえ、一人前の仲間意識と勇気を持っているとわかって感心した。
 そして、生後1か月半になる4月半ばに、シナモン文鳥のマミは里子に出た。鳥かごには、クリーム文鳥のクリと桜文鳥のチビが残ったけど、その晩は何となく寂しそうだった。とはいえ、このままずっと、3羽が同じ鳥かごで暮らすのは難しいだろう。

 文鳥たちと暮らしたこの7年余の間に、あやさんの目はだいぶ悪くなった。それはもちろん文鳥たちのせいではないけど、ますます彼らの爪を切ったりはできない。だからあやさんがひとりで13羽もの文鳥の面倒をみるのは無理だったわけだけど、だからといって夫がひとりでできたかといえば、それには疑問符がつく。つまり老夫婦が協力して、何とか文鳥たちの世話をしてきたということで、時間があったからできたように思う。そして、この間ふたりが元気に過ごせたのは、彼らのお蔭のような気がする。たとえ相手がペットであっても、何か役に立てることは、それなりに生き甲斐につながる。
 あやさんには見ようとするものが見えないけど、周辺は見えるから、だいたいはわかる。だけど、何といっても残念なのが、文鳥たちの表情がよくわからないことだ。それでもみんなそれぞれの個性を持っていて、あやさんへの接し方も違うから、長年一緒に暮らしていればだいたいの見当はつく。同じように見える桜文鳥のココとユウでも、ココはたいてい桜文鳥のナナのそばにいる。白文鳥のトビといる桜文鳥はユウとなる。シナモン文鳥のチーとその子どものルミもそっくりだけど、ルミはたいていマイのそばにいる。そうでなくても「ぐるるる―」とは鳴かない。
 そんなふうにして判るのだけど、鳴き声の違いも判別の手助けになっている。
 この家では、あやさんに限らずフーも目が悪い。フーはあれ以来飛べないままだし、だいぶ弱ってきている。ときどき目がふさがっていて目薬をさすと目をあけるものの、よく止まり木から落ちている。。
 するとパピが大声でさえずって、ほかの文鳥も騒ぎ出すから、それに気づいてあやさんが鳥かごに行くわけだけど、パピの活躍はそれだけではない。夜にフーがツボ巣から落ちないように、ツボ巣の前の止まり木で向かい合って寝る。鳥かごにはツボ巣が2つあるのに、寒い冬でもそうしている。フー思いの感心な夫なのだ。
 パピは止まり木から落ちてしまったフーを持ち上げて元の場所に戻すことはできない。それが鳥というものなのだろうから仕方ないけれど、彼はえらいのだ。だれもフーを助けに行かないときは、自分も鳥かごの下に下りて、フーのそばにいたりする。
 フーは飛べなくなったものの、毎日一生懸命に生きている。そしてパピとフーはとても仲良しだ。ピポはいまでもフーのそばが好きなようで、近づきすぎてパピに追い払われている。それでも全然、気にしていないようで、ピポにとっては、ほとんどが遊びだ。
 あやさんは文鳥たちと暮らして、彼らにいろいろ教わったような気がする。みんないつも呑気そうに遊んでいるけれど、じつは我慢強く真剣に生きている。そして年々、賢くなっていく。
 ふり返れば、すべてはフーのために鳥かごが増えていった。ピポがきて、パピとチーがきて、そして、子どもたちが生まれた。あやさんにとって、フーはピーの忘れ形見のようなものであり、いまでもピーはみんなの中に生きている。
 だから、友人たちが別れ際にいうのだろう。
「ピーちゃんたちに、よろしくね」って。       (完)

2015年9月4日金曜日

(二十)思いがけないヒナ①

 2014年2月末、あやさんちは、また思いがけない出来事で沸き立っていた。それは、2歳になったトビとユウ姉妹のツボ巣をのぞいた夫の奇声から始まる。
 トビ・ユウ姉妹は、いまも同じ鳥かごにいて、2つあるツボ巣のうち夫がのぞいているほうには、2羽が産んだ卵が10個くらい入っている。
「ええっ?」といったきり、しばらくツボ巣をのぞいていた夫が、変な顔をしていった。
「おかしいな。何か、動いているぞ。ヒナでもかえったのかな」
「えっ? まさか? だれの子?」
「多分、トビの子だな」
 あやさんが知りたいのは、ヒナの父親がだれかということなのに、夫がそういう。つまり、トビは白文鳥で、桜文鳥のユウよりモテルから、かえったのは、トビの卵だろうというのだ。
「じゃあ、父親はだれかしら?」
「メグかマイの子じゃないかな。どちらもよくトビを追いかけていたから」
 夫はそういったけど、メグはトビとユウの1年後に生まれた弟だ。マイなら、フーとパピの子どもだから、そのほうがいいように思うけど、マイはすでにルミと結婚している。一緒になって2年以上になるのに、まだルミの産んだ卵がかえったことはない。足先が丸まっているマイに比べて、メグは素早くフーにもつかみかかるほどだから、やはりメグの子の可能性が高い。
「でも、トビたちの卵がかえるなんて、考えてもみなかったわ」
 というのは、同じように姉妹でいるナナとココの卵はかえったことなどないからだけど、考えてみれば、ナナとココはそれぞれ別のツボ巣に卵を産んでいる。だから1羽で温め続けるのは難しい。
 ところがトビたちのように片方のツボ巣にまとめて産めば、交代で温め続けられる。なかなか考えている。
「でも無精卵なら、かえるはずないのに」と、トビとユウにしてやられたようで、あやさんは複雑な気分。
「生まれたのが1羽だけならいいけれど」
 そんな心配をよそに、翌日にはまたヒナが生まれた。2羽なら古い鳥かごを使えば何とかなりそうだけど、これ以上はゴメンだ。
 ところが、次の日にまた1羽かえって、ヒナが3羽も生まれてしまった。1羽だけなら間違いということもあるだろうけど、こうなると確信犯だ。
「やっぱり、トビの産んだ卵かしら」
 メグとトビのあいだの子のようだけど、ユウも懸命に卵を温めていた。ヒナがかえってからも交代でえさをやっている。どちらの子かなど、どうでもいいように協力して育てている。子育ては大変だから、人間のシングルマザーも2人で組んで育てたらどうかと思うけど、それはそれで難しいのだろうか。
 ヒナは生まれて2週間ともなると食べる量が増え、トビとユウの大変さが目に見える。3月半ばに、夫がさしえを始めるためヒナをツボ巣からフゴに移し、暖房器を付けた別の鳥かごに入れる。
「こんどは何文鳥かしら? 白文鳥もいる?」
「白文鳥はいないみたいだな。どれも目が赤いから、シナモンか桜文鳥のようだな」
 以前に比べると、夫もけっこう早いうちから判別がつくようになっている。
 白文鳥の両親なのに」と、またあやさんの疑問が頭をもたげるけれど、そういうものだと思い直す。
 翌朝、いつものようにあやさんが鳥かごの覆いを外すと、トビが突然、暴れ出した。ユウを追い回して、何か怒っているようだ。もしや? と思い、ヒナの入ったフゴを見せようと、トビたちの鳥かごの前に持って行く。
 ヒナがツボ巣にいないので、トビがユウに怒っているようなのだ。トビは意固地で頑固なところがあるから、ユウが犯人だと思い込んだら執拗に追い回す。やはり、ヒナはトビの子で、そのことをトビはわかっているらしいけど、それにしては、ずいぶんの仕打ちだ。ユウにあれほど世話になったのにと思いながら、あやさんはフゴを斜めにして、ヒナが見えるようにする。けれども2羽はフゴが恐いのか、バサバサと暴れ、ヒナを見せるどころではなくなった。
 ユウは気の毒に、この朝、何度も追いかけられていた。
 それが治まったのは、夫が8時半に起きてきて、ヒナのさしえを始めたときで、ヒナをフゴから出すと鳴き声がしたので、ようやく静かになった。ヒナが無事だとわかったらしい。それで安心したのか、その後、トビはほとんどヒナに関心を示さなくなった。
 フゴに移してから1週間、1番大きい「クリ」はもうフゴのふちに立てるようになっている。「マミ」も順調に育っているようだけど、最後に生まれた「チビ」は、発育が遅れている。
「チビは、口をあけないんだ。しようがないから、無理に口の中に押し込んで食べさせないと、死んじゃうぞ」
 チビは口の横のパッキンがおかしいらしく、口を大きく開けられないようだった。
 クリは一番成長が早く、もう羽ばたいている。背中がクリーム色で頭と尾が白っぽくなってきたので、クリーム文鳥らしい。マミはルミがヒナのときのような黄金色をしているから、シナモン文鳥だろう。チビはその名のとおり一番小さくて、発育も遅れている。鳴き声も小さいから少し心配だけど、同じ親から生まれても、ずいぶん違いがあるものだ。
 生後1か月になると、もうクリは飛べるようになって、チビもそれなりに羽ばたいたりする。マミもほとんどクリと同じ大きさになって、2羽で並んで止まり木に止まっていたりするが、チビは一番下の止まり木までしか行けない。それにまだフゴの中が好きなようで、1羽だけでよく寝ている。それでも羽毛は桜文鳥らしい色になってきたから、夫が無理に食べさせている効果がでているようだ。
 ヒナたちに食べさせたあと、手の上にのせてなでてやり、そのまま手を上下して、バサバサと羽ばたきの練習をさせる。クリとマミは2、3日前から少し飛べるようになったものの、そうやってやると、手の上でうれしそうに羽ばたく。特に、チビにこの練習をさせたいと思うけど、チビは、あまり羽ばたかないで、面倒そうだ。
 このバサバサの羽ばたき運動は、事故以来飛べなくなったフー(6歳半)のために、ときどきやっている運動だけど、ヒナのこの羽ばたき運動に刺激されてか、フーもこれをするときには、気張っている。やはり負けまいと思うのかもしれない。この調子で練習してフーもまた飛べるようになるといいと思うけど、あやさんの手に伝わる感触は、ヒナたちとフーではだいぶ違う。フーは重いのだ。
 ヒナたちは、遅れているチビでも、あと1週間もすれば飛べるようになるだろうけど、フーのこの重い体を舞い上がらせるには、かなりの力が必要だろう。 (つづく)
 

2015年8月28日金曜日

(十九)メグは待望の男の子

 文鳥たちは、かなり自尊心が強い。自分の名前が呼ばれると、うれしそうだけど、期待に反して呼ばれたのが別の名前だったりすると、黙って飛んで行ってしまう。そこであやさんは、頭にだれが止まったかわからないとき、ちょっといい方を工夫している。
「だあれかな? ママの頭にフンしないでね」なんて調子で、やたらに名前をいわない。そのうちに頭から下りてくればわかるから、そのとき初めて、
「ナナちゃんなの。いい子ね」などと名前をいう。すると、ナナはうれしそうに鳴いて、飛んで行ってしまうけど、ナナに限らず、ほかの文鳥も同じように鳴いて飛んで行く。うれしさに加えて恥かしさもあるようだ。ピポやマイは、お愛想によく肩に飛んでくる。
 そういえば、夫が面白いことをいっていた。ナナたちを鳥かごに戻すとき、えさを乗せた手に止まらせているけれど、そんなとき、
「ナナ、ナナって呼び捨てじゃあ、こないんだ。ちゃんとナナちゃんていわないと」
 つまり敬称がわかるというのだけど、声の調子でわかるだけかもしれない。
 あるとき、あやさんがソファーに座ってフーを手に乗せ、えさを食べさせていると、パピもやってきて、フーに並んで止まった。それでもパピは、えさを食べるわけでもない。そのうちに、あやさんの手の上で向きを変えると、人差し指の爪をそっと噛んだ。
 親愛の情を示したのだ。パピがこんなふうに甘えるのは初めてで、長い時間がかかったものの、もうすっかり、みんなと同じようになった。
 あやさんは、いい気分でそのまま歌を口ずさむ。みんな歌が好きだから、フーとパピは手に乗ったまま聴いている。そこへピポが飛んできて、フーに近い腕に止まった。すると、パピがピポを追い払おうとする。けれども間にフーがいるからピポに近寄れない。諦めてフーとおとなしく手に乗っていた。
 まもなくして、いつもは巻き上げカーテンに潜りっぱなしのチーが珍しく出てきて、胸に止まった。マイもいつのまにか肩にきている。
 みんなで静かに子守唄でも聴くように、耳を澄ましているけれど、あやさんの歌はデタラメソング。歌詞の中にだれかの名前が出てきたりする。それにしてもチーが胸にくるのは久しぶりなので、歌はこんなふうになった。
「♪あの子はだあれ、だれでしょね。なんなんなつめの花の下、お人形さんと遊んでる、かわいい、チーちゃんじゃないでしょか♪」
 すると、歌い終わったとたん、あやさんは耳の下辺りを突っつかれた。マイが「グルウウー」と、不満そうな唸り声を出す。肩に止まって期待して待っていたのに、出てきた名前は「チーちゃん」だった。自分の名前ではなかったから、抗議している。
「マイちゃん、痛いよ」
 そういったものの、手にはフーたちが乗っているから、マイを払いのけられない。マイはまた、
「グルウウー」といって、そのまま肩から動かない。
 あやさんは苦笑し、仕方なく歌い直した。もちろん最後は、
「♪かわいいマイちゃんじゃないでしょか♪」としたわけで、マイはそれを聞くと満足したのか、そのまま静かに肩にいる。 いつもマイのそばにいるはずのルミは、鳥かごで卵を温めていて、ほかの女の子たちも、まだ鳥かごにいる。
 フーの具合が悪くなってからは、フーとパピの水浴びが終わってから、ほかの文鳥たちを放鳥している。みんながいっせいに蛇口にきては困るからで、それが夫が鳥かごを掃除する順番にもなっている。
 放鳥は最初にフーとパピ、それからピポとチー、マイとルミ、そのあと少ししてから、ナナとココ、トビとユウ、という順だ。
 ところが最近では、最初に放鳥するのは別の文鳥になった。幼い白文鳥の「メグ」だ。トビとユウが生まれてから約1年後の今年、またピポとチーの子どもが生まれた。
 1月18日生まれのメグは、飛べるようになると、親のいる鳥かごの上に飛んで行く。ところが父親のチーは、あっちへ行けとばかりに「ぐるるる―、ぐるるる―」と唸って追い払う。チーは卵をかえすときや生まれたヒナにえさをやっているときは、感心な父親なのに、いったん自分から離れてしまうと、いっさい子どもの面倒をみない。関心がないというより、むしろ、そばにこられるのがいやという感じだから不思議だ。
 メグは1羽で育ったせいか、あやさんたち夫婦によくなついている。チーに邪魔者扱いされると、メグはすぐに夫やあやさんのところに飛んでくる。だから鳥かごに戻すのが簡単なので、いまは鳥かごから最初に出ている。その点、ユウとトビはなかなか鳥かごに戻らないから、出してもらうのは最後だ。
 メグは3か月を過ぎると、盛んにさえずりの練習をしている。待望のオスだとわかったので、4羽いる独身のメスたちのだれかと将来、結婚するだろう。みんな年上だけど、年の近いのは、トビとユウ。でも2羽はメグのお姉さんに当たるから、どんなものか。ナナとココはだいぶ年上になるけど面倒見のよいナナなら、いい姉さん女房になりそうだ。
 半年を過ぎたころから、メグは父親のチーにいろいろ似てきた。さえずりは「ぐるるるー」まじりのそっくりなものになっているし、父親のようにカーテンから夫に引きずり出されたいようで、潜って待っていたりする。いまのところ、「ウギャア」といわないだけましだけど、これも遺伝なのか、3羽の桜文鳥よりも白文鳥のトビに気があるらしい。この先、どうなるかわからないけれど、あやさんちでは、どうも白文鳥がもてるようだ。
 そういえば、ピッピ、ピー、フー、ピポ、マイ、ミミ、トビ、メグと白文鳥は8羽だったのに対し、シナモン文鳥は、パピ、チー、ルミの3羽で、桜文鳥はナナ、ココ、ユウのこれも3羽。圧倒的に白文鳥の数が多い。
 文鳥たちは臆病なので、ちょっと変わったことが起きると、大騒ぎする。あやさんちでは、たまに鳥かごを洗って順番に交換しているけど、そんなとき、自分の鳥かごが移動すろと、大変だ。どうなるかと心配するのはわかるけど、関係ないはずのほかの文鳥たちまで暴れるから騒ぎがかなり盛り上がる。そんなとき、
「洗って、きれいにするからね。大丈夫よ」と声をかけたりするけれど、彼らはこわごわながら興味深々。少しの物音や動きにも敏感に反応して大暴れ。恐がっているというよりも、遊びになって盛り上がっているのかもしれないけど、彼らが変化を好まないことは、確かなようだ。
 そういえば、鳥かごの下に敷く新聞紙も、何でもいいというわけにはいかない。彼らの好みは株式欄やテレビ欄。もちろん株の研究をしているわけではないけれど、カラフルなページや黒っぽいページは落ち着かないらしい。とはいえ、新聞紙は毎日取り換えるので、鳥かごが6つともなると下敷き作りにも苦労する。
 ところで彼らはテレビ欄は読めないけれど、テレビの放送は少しわかるらしい。夜の7時少し前にはテレビの音に耳を澄まして、気象情報のイントロの音楽が流れるのを待っている。別のチャンネルのままだとわかるのか、何となく落ち着かない。あやさんがチャンネルを替えて、テレビからお目当ての音楽が流れると、それまで静かだった彼らが、待ってましたとばかりにさえずる。
「ポピポピポピ」とか「チュンチュンチュンチュン」なんて具合で、これは、「もう寝る時間だから布をかけて電気を消せ」という要求でもあるようだ。ちなみに夕方になって部屋の中が薄暗くなると、同じように鳴いて、電気を点けろと要求する。
 気象情報をバックに、夫がそれぞれの鳥かごに向かって、
「チーちゃん、おやすみ。また明日、遊ぼうね」とか、
「きょうは、いい子だったね、おやすみ」なんていいながら順番に布をかけて行き、彼らの1日が終わるわけだけど、みんな安心したようにブランコに乗ったり、ツボ巣に入ったりして、眠りにつく。
 文鳥たちは生活の中で、いろいろ学習して、年々、賢くなっていく。そんな彼らの学習を支えているのは、人との深い「信頼」ではないかと、あやさんは思う。
 文鳥といると、予想外のことが起きて面倒なときもあるけど、彼らを見ていると、人間社会の縮図のように見えてくるから実に面白い。

2015年8月21日金曜日

(十八)トビとユウ②

 トビとユウはどちらもメスのようだけど、名前はいまさら変えられないから、そのままになった。ナナとココのお相手はお預けとなってしまい、フリーのメスが4羽になった。
 ふたりはマイたちの卵に期待したものの、こちらはかえらず、その後にピポが産んだ卵もかえっていない。
 マイは鳥かごの中にティッシュペーパーをくわえて行き、ツボ巣の入口にのれんのようにたらしている。卵が外から見えないようにしているようだけど、オスはこの時期になると紙切れを運ぶとはいえ、のれんをたらすのはマイだけだ。そしてルミと交代で真剣に温めている。それでも、まだ1つもかえっていない。
 みんな卵を温めているときは、鳥かごから出ても、少し経てば、どちらかがちゃんとツボ巣に戻っていて、それぞれ自分の役割を果たしている。それでも20日たっても、かえらない卵がほとんどで、そんなとき、彼らはどんな気持ちでいるのだろうか。喜んでいないのは当然だけど、どれくらい寂しいのだろうと、あやさんは気になった。
 フーは飛べなくなってからは、鳥かごの中でも自由に動けない。フーだけ高さのない別の鳥かごに移すことも考えられるけど、パピと別れて暮らすのは、かえってフーによくない気もするので、このまま同じ鳥かごに入れておくことにした。
 夫がフーたちの鳥かごの止まり木を工夫して、何とか自由にえさが食べられるようにしたけど、フーはときどき飛び移り損なって下に落ちている。初めのうちは自力で止まり木に戻ろうとしては、どこかに頭をぶつけて、目を腫らしたりしていたけど、だんだん賢くなってきて、最近では夫やあやさんに上げてもらうのを待っている。
 フーが止まり木から落ちると、たいていパピが鳴いて知らせるから、その声を聞いてあやさんが見に行くのだけれど、ただ、パピが鳴くのはフーが落ちたときとは限らない。フーがうまくえさ入れに飛び移れたときも、やはり、
「ホッホ、ホチョチョン、ホチョチョン」といい声で鳴く。この場合は、フーをほめて鳴くようだけど、あやさんには同じに聞こえるから、紛らわしい。
 困るのは、ふたりで長い時間家を空けるときで、そんなときにはフーが落ちてもいいように、鳥かごの下に水を置き、えさを撒いておく。
 いつもパピに感心するのは、夜中にフーがツボ巣から下に落ちないようにと、ツボ巣の入口の止り木でフーと向き合って眠ることだ。また、放鳥した後、フーを鳥かごに戻したときに、夫が、
「パピちゃん、フーちゃんは鳥かごに入ったよ」といえば、パピはすぐに鳥かごに戻る。パピがいるから、フーは何とか元気でいられるのだろう。
 フーの水浴びはふたりがかりでしていて、台所の蛇口まで連れて行く。あやさんが手の中に水を溜めて浴びさせ、浴び終わったら夫が受け取ってソファーまで連れて行く。パピもフーと一緒に水浴びをするので、やはり浴び終わったらフーと並んで夫の手に乗る。そしてソファーまで運んでもらうのだけど、パピは自分で飛んできて浴びるくせに、帰りはフーと一緒に運んでもらうのだから、けっこう横着なところもある。
 ほかに手のひらのプールに入るのはマイとルミで、ナナもマイと入りたがって飛んでくる。ナナがあやさんの肩からプールに入ろうと腕に下りると、マイやルミに追い払われてしまう。それでもナナは、しつこくまた水に入ろうとするものの、2羽が浴びるスペースしかないから入れない。初めのうちは、ルミがナナに追い払われることもあったけど、最近では、ルミはマイを傘に着て、ナナを追い払っている。ナナは仕方なくマイたちが浴び終わって飛んで行ってから、あやさんにいわれてひとりで浴びているけれど、やはりひとりでは、つまらなそうだ。ココを呼んだりするけど、ココはプールに入るのが恐いようで、水は飲んでも中には入らない。そしてナナが浴びるのを見ていたりする。また、ピポは手のひらのプールに1度も入ったことのないチーに気を遣って、近頃は入らなくなった。
 ところで、ナナ・ココ姉妹は、双子のように見分けが難しい。性格が違うから、どちらかわかるけど、見分けるのには、尾羽の付け根を見ればいい。少し白い部分があるのがナナで、ココにはない。
ココとだんだん見分けにくくなってきたのは、むしろ、ユウだ。ユウの体が大きくなるにつれて、そっくりになってきた。
「ココちゃん、ダメよ。フーちゃんはお母さんでしょ」などと、近づいてきたココがフーを乱暴にどけたりしないように追い払おうとして、あやさんが間違いに気づく。そして、
「あ、ユウちゃんだったの。ごめん、ごめん。ユウはそんなことしないものね」などと、ユウに謝ったりしている。ユウはまた、ピポの子どもだけあって、遊びを考え出した。
 1つは、あやさんがソファーに腰かけて組んだ足の膝から下りるもので、
「ユウちゃん、トントントン、トントントン」というと、体を横向きにして、足のスロープをトントントンと床まで下る。
 もう1つは、巻き上げカーテンを引くひもにつかまって、ターザンのように体を揺らすことだ。そんな遊びをしたのはユウだけだから、さすがにピポの子どもだけあると感心する。
 トビも、もっと白が増えてきたら、ピポそっくりになるだろう。シナモン文鳥のルミだって、ときどきチーと間違えて、フーのそばにきたら追い払ってしまう。たいていすぐに、どちらかわかるのだけれど、紛らわしいのは確かだ。
 トビは文字どおり、小さいきれいな体でピューンといきおいよく飛ぶ。無鉄砲に台所に飛んで行って、どこかに消えてしまった。探して呼んでも応えない。ユウに比べて人にあまりなつこうとしないで頑固な感じがするから、こんなとき鳴くはずはないとは思うけど、名前を呼んで探し回る。台所に飛んで行ったことは間違いないから、電気窯の陰まで調べる。すると、白い小さなものがいきなり飛び上って居間のほうに飛んで行った。性能のいい小型の円盤みたいで、やはり母親のピポの運動神経を受けついでいる。
 1月30日生まれの、トビとユウが加わって、あやさんちの文鳥は10羽になった。オスが3羽とメスが7羽で、だいぶメスのほうが多い。かえらなかったたくさんの卵が、夫によってツボ巣から片づけられた。

2015年8月14日金曜日

(十八)トビとユウ①

  地面まで跳ねてしまった兎年がようやく終わり、新しい年・辰年を迎える。元旦は息子の家族とおせちを食べて過ごしたけれど、あとは老夫婦と文鳥たちのいつもの日々。あやさんは、今年はこのまま平和であって欲しいと願う。
 七草が過ぎると、まもなくピポが1年ぶりに卵を産んだ。そして、ナナとココも卵を産んで、ピポの子どものルミまでが、マイと一緒になって初めての卵を産んでいる。
 ルミはピポたち両親のように、マイと交代でツボ巣に入って真面目に卵を温めている。ナナとココの鳥かご内の2つのツボ巣にも、それぞれの産んだ卵がたくさんあって、自分の卵をちゃんと温めているけど、こちらは多分、無精卵だから、かえることはないだろう。
「ナナちゃんとココちゃんのお婿さん、いないわね」
 いつもかえらない卵を真剣に温めている2羽が気の毒になって、あやさんがそういうと、夫が応じた。
「まあ、そういう一生もあるさ。成り行きに任せよう」
 あやさんは妙に納得する。たしかに結婚相手がいないからといって、これからナナとココにちょうどよいオスを探す気にはなれない。ピポの産んだ卵かルミの卵がかえって、ナナとココの相手ができれば、それに越したことはない。そう期待するのが一番だ。
 それにしても、こういうときは、みんな鳥かごから出ても、そのうち自分から戻ってツボ巣に入っているから手がかからなくていい。
 そして、1月30日、ピポの産んだ4つの卵のうち、2つがかえった。もしオスなら、ナナとココのお婿さんにもってこいだとばかりに、ふたりは喜んで、名前を男の子らしく「ユウ」と「トビ」にした。体が大きくて人なつこいほうが「ユウ」、小さくて頑固そうなほうが「トビ」になった。
 2月半ばには、夫のさしえが始まり、またピポとチーを鳥かごから出す。するとピポは、ルミのときとは違い、ヒナのことが気になるようで、夫がフゴからヒナたちを取り出すと、そばに飛んでくる。そして、フーがしていたように夫と一緒にえさを食べさせだした。
 ピポが口移しでえさを食べさせると、ヒナはにぎやかに鳴いて喜ぶ。するとチーまでがそばにきて、ヒナのえさやりに参加する。まるでフーとパピのときのようになって、ルミのときとは大違い。ヒナが2羽に増えたので、夫だけに任せておけないとでも思ったのだろうか。
 それともピポとチーが、この1年で成長して、親らしくなったのだろうか。理由はわからないけど、なかなかじっとしてはいないものの、夫のそばにきては、さしえを手伝ったり様子を見たりしている。そんなピポとチーの姿に思わずふたりの顔がほころぶ。
 トビが〝育て親〟の棒ではなかなか口をあけないとき、親鳥が食べさせたり、そばで鳴いて口をあけさせたりする。それで頑固なトビも、何とか夫のさしえを食べるようになった。ルミとユウに比べて、トビのさしえはスムーズにはいかなかったから、ピポにはそれがわかっていたのかもしれない。
  トビは白文鳥とわかり、ユウも、ナナやココのときとは違って、早い段階で桜文鳥と判明した。どうも白文鳥のほうが桜文鳥よりも小ぶりで神経質な感じがするけど、この特性が一般的なものなのかは、わからない。

 トビとユウが飛べるようになると、ピポは一緒に飛んで止まる場所を教えたりして、楽しそうだ。そんなときでもチーは、相変わらずカーテンにもぐっていて関係ない様子。カーテンから夫に引きずり出されるのを待っているのだろう。チーがトビやユウと遊んだりしないので、ピポひとりで面倒を見ている。
 ルミが生まれたとき、ピポは1歳半にもなっていなかったから、まだ子どもだったのかもしれない。トビとユウが生まれたのはその1年後だから、2歳半になっていた。
 文鳥の平均寿命が7~8年とすると、人間でいえば前回は10代後半、今回は20代後半で子育てをしているようなものだろうから、やはり親らしくなれる年齢というのがあるような気もする。
 トビは、偶然ながら、その名のとおり小さな体でピョーンと飛ぶけど、あまり人間になじまない様子。
それに比べて、ユウのほうは人なつこくて、ひょうきんだ。
 ある日、夫の帰りが遅かったので、トビとユウがお腹をすかしているかもしれないと思ったあやさんが、〝育て親〟の代わりに人差し指に湿らしたむきえを付けて鳥かごの中に差し出すと、トビは恐がって鳥かごの奥に逃げてしまった。ところがユウは平気で人差し指に着いたえさを食べる。お腹がすいていたのだろうけど、愛嬌のある目でこちらを見ては食べるので、とても可愛い。
 そういえば、ピポの父親は桜文鳥だけど、彼もひょうきん者だと聞いているから、ユウは、おじいさんに似ているのかもしれない。
 震災を知らない2羽は、たまにくる自信の揺れにも動揺するふうもなく、順調に育っている。あやさんちもようやく落ち着きを取り戻してきたものの、トビとユウは、いまだにぐぜらない。
 ピポがまた次の卵を産んだ。マイがピポのツボ巣に入って、その卵を抱いている。よその卵がどんなものかと、抱き心地を比べてみているのだろうか。もっとも、マイは卵の上が好きなようで、比べていたというより、ただ単純に居心地のいい卵の上にいたかっただけかもしれない。自分の鳥かごでは、なかなかツボ巣から出ないため、よくルミに追い出されていた。
 マイがピポのツボ巣に入っているとき、ピポとチーは鳥かごから出て遊びに夢中になっている。だから気付いていないようにも見えるけど、気付いていても、気心の知れたマイならかまわないのかもしれない。いずれにしても急いで帰ってくる様子はない。
 今年になって、みんな次々と卵を産んでいる。昨年は大地震に見舞われて、1つも産まなかったせいだろうか、そういえば地面の揺れもだいぶ静かになってきた。 (つづく)

2015年8月8日土曜日

(十七)家の復旧

 家の傾きを直すには、いくつかの方法があるようだけど、どれも簡単ではないらしい。かなりのお金がいるというのに、あやさんちの場合は県と市から少し補助が受けられるだけ。頭の痛い日々が続く。
 そんななか、フーがまた消えた。フーは去年の夏の事件以来、片足がおかしいから、飛び方がぎこちない。そのため、あやさんはフーが飛ぶときには注意していて、直前まで飛んでいるところを見ていたのだけれど、いつの間にか消えてしまった。
 どこかに止まりそこなって落ちたのだろうと、鳥かごの乗っている机の周辺を探してみたりしても、見当たらない。夫も呼んでふたりで探し、鳥かごのそばの電話棚の下に、あやさんが潜ってみるものの、やはりフーの姿はない。
「変ね。落ちたとしたら、この辺だと思うけど」
「電話棚の下のものを全部出してみるしかないな」
 念のため、そこに置いてあるものを運び出して調べることになり、まず、6号額の入ったダンボール箱を夫が静かに引き出す。それをあやさんが受け取って部屋の反対側にあるサイドボードに立て掛ける。次に大きな花びんを夫から渡されて運ぼうとしていると、どこかで微かな鳴き声がしたような気がする。
「いま、鳴き声がしたみたい。みんな静かに。フーちゃん、フーちゃん、どこ?」
 あやさんがそういって耳を澄ますと、ほかの文鳥たちも静かにしている。すると、
「チチチ、チチチ」と、また小さな鳴き声。フーの声のようだけど、花びんの中からではない。どうも部屋の反対側のほうだ。
「もしや?」と、あやさんは、さっき持って行った額縁の入った箱をそっと開けてみる。
「いた、いたわ。フーちゃんたら、こんなところに」
 フーが額縁とダンボール箱の狭い隙間に挟まっている。
「フーちゃん、どうやって、こんなところに入ったの?」
 フーが見つかったのでホッとしたものの、あやさんは冷や汗が出た。額縁の箱の置き方ひとつ間違えれば、知らないうちにフーを潰してしまうところだった。
 フーを静かに取り出して抱き上げたものの、これでさらに羽を痛めたようで、それからますます飛べなくなってしまった。
 満身創痍になったフーだけど、めげる様子はなく、パピのお蔭で何とか元気にしている。パピは、フーが止まり木から下に落ちると、びっくりしたような声を出し、フーも頑張って上に飛び上ろうとする。けれども、うまく上がれないから、パピがあのいい声でさえずって応援する。あやさんは、その声を聞いて、
「また、フーちゃんが落ちたの?」とばかりに、鳥かごを見に行くわけだけど、そんなとき、たいていフーが下にいて、止まり木を見上げている。そういう具合だから、パピの鳴き声には自然に敏感になってしまい、パピが鳴き出すと、あやさんは、またかと思う。
 ところでルミは、4か月を過ぎてもぐぜらないから、メスのようだ。外見はチーにそっくりだけど、少し小ぶりで、フーを追いかけたりしない。それに鳴き声もピポに似て濁声だ。体が小さいので、このごろでは、ナナやココに追い払われている。ピポでさえナナやココがくると逃げる有様で、ナナ、ココ姉妹は体が大きいうえに、いつもつるんでいるから、歯向かってもとてもかなわない。
 これでルミはマイのお嫁さんになりそうだけど、ややこしいのは、ナナがマイに気を向けていることだ。
 マイのほうは、いまでもピポを追いかけているけど、ピポは、チーという夫がいるからその気はないようだ。マイをからかっては逃げていて、いかにもピポらしい。そんなときでもチーは、われ関せずで知らん顔をしている。
 ナナはマイに思いを寄せていて気の毒な気もするけど、マイは自分たちは兄妹だとわかっているのか、まったく結婚相手としては考えていないように見える。
 秋になると、夫がマイとルミを同じ鳥かごに入れた。最初のうちは鳥かごの止まり木をウロウロ動き回ってぎこちない素振りをしていたマイだが、だんだんルミと仲良くなった。マイはパピに似ていて優しいところがあるから、ルミは不満がなさそうだ。これでいつもナナとココに追い払われていた体の小さいルミに、マイという後ろ盾ができたので、ルミは安定したように見える。
 そして、文鳥たちがやっと元の落ち着きを取り戻したころ、また家の中が騒がしくなった。11月から、いよいよ家の復旧工事が始まる。
 あやさんちの基礎はベタ基礎というもので、その基礎の下に、グラウトというコンクリートのようなものを注入して傾きを直すらしい。
 そのため駐車場の一角がすごい音とともに壊されて、グラウト注入の装置が置かれた。作業員は毎日6人ほどきて、家の中にもふたり、しょっちゅう入ってくる。家のあちこちの柱や壁に、傾き具合を調べるためのメモリが貼られて、1日に3度ほど作業員がそこにレーザー光線を当てて、どれくらい家が上がったかを調べる。
 文鳥たちは、見知らぬ人が入ってきただけでもいやなのに、レーザー光線装置とともに長い3脚が家の中に持ち込まれると、それこそ恐がって大暴れした。作業服を着た体格のいい男性が鳥かごのそばにくるだけでもゴメンなのに、文鳥たちの大嫌いな長い棒まで持ってきて、あちこちと動かす。しかも変な赤い光線が出たりするのだから、暴れるのも無理はない。フーは驚いて羽ばたいては何度も止まり木から落ち、自分で上がろうとして顔をどこかにぶつけるらしく、片目を腫らしていた。
 そんな日が2週間ほど続いたが、グラウト注入の効果はすごいもので、家の傾きは徐々になくなって行き、そしてついに、床が平らになった。家の外回りを残して、一応、家が復旧し、ようやくこの大変な年も終わろうとしている。
 
 あやさんは、家の傾きが直ったら、気分がすっきりしたような気がする。まだ、グラウト注入のために壊した駐車場の一角と庭などはそのままだけど、家の中にいる限り、以前と変わらないようになった。
 この大震災で、あやさんたちは、家が傾いたり、汚泥に見舞われたり、水が出なくなったり、流せなくなったり、ほこりにまみれたり、放射能を心配したりと、ここまで休まる暇はなかったけれど、ようやく落ち着いて正月が迎えられそうだ。
 とにかく大変な年だった。それでも液状化ではだれも死ななかった。大津波では多数の命が奪われ、福島の原発周辺には人が住めなくなった。多くの人やペットが大切なものを失ったことを思えば、家の借金が増えたとはいえ、あやさんちの被害は、それほどのことではない。
 もし、ここに津波が襲ってきたりしたら、文鳥たちをどう助けられるのだろうかと、あやさんは考える。そして福島で飼われていた小鳥たちは、どうなっただろうかと、暗い想像をしてしまう。彼らの生活は飼い主に委ねられている。飼い主が被災したら、どうすることもできないのだ。あやさんはいま、これまで以上に飼い主の責任の重さを感じている。

2015年7月31日金曜日

(十六)文鳥たちの大震災②

 最初に大揺れに襲われたとき、文鳥たちはさぞかし驚いただろう。それでもあやさんの知る限り、その後、大きな揺れがきても、彼らが騒ぐことはほとんどない。とはいえ、何か恐ろしいことが起きているとは思ったはずで、そのため緊張しているのか、いつもよりおとなしい。
 あやさんちは、家が傾いたものの、壊れてはいない。それに人間も文鳥も無事だった。けれども、福島の原発が大変な事態になったので不安な日が続く。想像もしなかった大津波の大災害に加えて、原発まで放射能を撒き散らしたら、この国の人々はどうなってしまうのだろう。テレビでは凄まじい大津波の映像がくり返し流されて、これではとても助からないと自然の脅威におののいた。
 文鳥たちもそれを見ていたはずだから、何かを感じていたに違いない。それに大きな揺れの合間にも、ずっと地面が揺れているような気がするから、敏感な彼らが、それを感じないわけはない。
 そして、彼らにとっても、試練の日々が始まった。
 家の傾きは、さほどのことではなかったように思うけど、しょっちゅう襲ってくる大きな揺れには閉口しただろう。そんなとき緊張するのか、みんなおとなしくなった。
 まず最初に困ったのは、水が出なくなってしまったことだ。大鍋を持って給水車に並び、水をもらってきたときには、2、3日の辛抱だろうと楽観的に考えていた。けれども給水車に並ぶ日が続き、とても文鳥たちの水浴びどころではなくなった。
 いつも水飲み容器で浴びている者はいいとしても、水道の蛇口で水浴びをしているマイは、仕方なく水飲み容器に入って、先の丸まった足でガシャガシャと変な音を立てながら、水浴びをしている。でもフーは、そういうわけにもいかないから、何日も水浴びができない。水浴びなど全くしない文鳥もいるようだから、そのこと自体はあまり問題ではないだろうけど、ひといちばい水浴びが好きなのに、あの怪我以来、手のひらでしか浴びられないから、可哀想だった。
 フーが水浴びをしたそうな顔をするので、困ったあやさんが、水の出ないことを教えようと、フーを手に乗せて水道の蛇口に連れて行く。レバーを上げて水が出ないところを見せると、蛇口を見上げて不満そうな声をあげる。
「ウウウー」と、気に入らないというように体をひねって、まるで駄々っ子のようだ。そこで、あやさんがポリタンクから水を出して手に溜め、少し浴びさせようとするものの、それではダメなようで、フーは首を振っていやいやをする。
 水も出ないのに、原発事故のせいで、計画停電まで始まった。なぜかこの地域はいつも夜の寒い時間帯に停電になる。真っ暗闇で道路の復旧工事をしている人々を目にした息子が、見かねて電力会社に電話をしたけど、この地域の計画停電は、被災地といえども外されずに実施された。
寒いのが苦手な文鳥たちにとっても、この計画停電は問題で、昼間ならまだいいけど、3月の夜はかなり寒い。東北では、もっとずっと寒いはずだから、家族や家を失った人々は、暖が取れているのだろうかと胸が痛む。
 それに比べれば大した寒さではないはずだけど、寒さは文鳥たちの命にかかわるから、停電の直前までエアコンに加えて2台の電気ストーブを点けて、居間の中を暖めた。
 それでも1時間もすればかなり冷えてくるから、予定の4時間が30分でも短縮されればうれしかった。あやさんは湯たんぽでも入れた布団にくるまっていればよいけど、文鳥たちはそうもいかない。こんなとき石油ストーブが欲しいと思ったけど、実際に買えたのは、8か月後のことだった。
 文鳥たちのえさは愛知県の販売店から取り寄せているので、不足して困ることはなかった。またサラダ菜も、震災直後に、
「駅前の八百屋が、店舗が使えないけどお客様サービスだといって、路地販売していたよ。しかも100円だった」といって、夫が入手してきたりして、何とかなった。
 水は2週間後に出るようになり、ほかの文鳥のように水飲み容器で浴びられないフーも、これでようやく水に入れる。久しぶりに蛇口から出る水に喜んで、パピを呼んだ。フーは、
「チュチュチュチュ」と声をあげて、子どものように、はしゃぎながら長々と浴びる。パピと一緒に水浴びをしたこともあって、うれしさのあまり調子に乗って、そのまま飛んで行こうとした。
 すると羽が濡れているため高く飛び上れずにストンと床に落ちる。あやさんが手を差し出すと、フーは伐が悪そうにスッと乗ってきて何事もなかったような顔をした。
 水は出るようになったものの、下水の復旧までにはまだまだ時間がかかりそうで、思うように水が流せない不便な日が続く。そんなときあやさんたちは車で親戚に行って入浴や洗濯をさせてもらったけど、湯舟に入ると強張った筋肉がほぐれて、生き返ったような気分になった。 
 下水の復旧までには1か月以上かかったけど、それでも徐々に生活のリズムが戻ってきた。文鳥たちも、ときどき襲う余震の揺れにも慣れてきたのか、以前と変わらない暮らしぶりに見える。とはいえ、さすがに卵は産んでいない。
 ふたりは毎日のように庭に出て、盛り上がった液状化の泥を土嚢袋に詰めて道路に出す作業に追われた。家の窓は閉め切りにして、外に出るときにはマスクをかける。そこらじゅうに積み上げられた液状化の泥が、乾燥して風に飛ばされ、花粉のように舞っている。辺りの景色が茶色に見えた。
 そんななかで、夫とあやさんが作った土嚢袋の数は、百を優に超え、狭い庭から出た大量の泥に、これでは家が傾くはずだと、液状化の恐ろしさを改めて思った。家を建てるとき何十本も地面に打ち込んだクイは、あまり役に立たなかったようだ。
 当然のことながら、この間に文鳥たちが鳥かごから出て遊べる機会は減っていた。
 その後も家の復旧工事の打ち合わせなどで、人の出入りが多く、落ち着かない日々が続く。そのせいか、夏を過ぎてもピポをはじめ、それまでたくさん卵を産んでいたナナやココまでが、1つの卵も産んでいない。

2015年7月24日金曜日

(十六)文鳥たちの大震災①

 春といっても、まだ空気の冷たい晴れの日の午後、ふたりはいつものように食料品の買出しのため、近くのスーパーに車で行った。
 買物を終えてレジをすませ、そばの広い台で食料品をレジ袋に入れていると、突然、大きな横揺れが起きた。
 体ごとあらぬ方向に持って行かれるすごい揺れ。あやさんは慌ててカゴに残っている食料品をレジ袋に詰め込む。その間も揺れが治まる気配はない。ぐらぐらして立っているのが困難になり、台につかまった。
 揺れが一旦、静かになったので、どこかへ逃げなければとオロオロしていると、また大揺れが襲ってきて、夫に手を引かれた。
「どこへ行くんだ。ここにいたほうがいい」
 夫がそういったとき、店のどこからか係員らしい男性がふたり現われ、両手を広げて大声を出す。
「みなさん、この建物は安全ですから、外へ出ないでください。このまま揺れが治まるのを待ってください」
 あやさんは少し落ちついてきたけど、やっと静まった揺れが、再び大きくなったので、大変なことが起きていると思った。
 通路わきで震えていた展示用の小さな棚が、いきなり滑って倒れた。かなり大きな揺れが長く続いている。あやさんは立っているのがやっとで、広い台につかまっていた。
 どこかで大地震が発生したのは間違いないようだけど、まだ震源地や地震の規模はわからない。一刻も早く家に戻らなければと、あせった。
 揺れが少し治まったので、小走りに店の出口へ向かう。夫は家の文鳥たちのことを心配している。店の出口のドアガラスが割れて、破片が床に散らばっていた。さっき係員の指示どおりに店内に留まったのは正解だったと思いながら、広い屋外駐車場に出る。
「かなり大きかったわね」
「東南海かな? 鳥かごが落ちてないか心配だ、早く帰らないと」
 駐車場の地面のところどころが濡れたようになっている。あやさんちの車の場所に行くと、車の後ろの地面から細い水が高く噴き上がっていた。水道水がホースの先からいきおいよく出るように、透明な水がかなり高くまで噴き上がる。
「ここに水道栓でもあるのかしら」
 あやさんは、水の噴き出し口近くに立っている高いポールを見て、そういったけど、それが液状化の水だと、後になってわかった。
 噴き上がる水の勢いがすごいので、夫が急いで発車した。駐車場から出て大通りの交差点に行くと、渋滞している。車が止まると、地面の揺れがはっきり感じられて、あやさんはドキドキする。渋滞は、どこからか道路に水が出てきているためらしい。車のタイヤが水に浸かっていると夫がいう。
 しょっちゅう襲ってくる大きな揺れを感じながら道路を見ると、水がどんどん増して川のようになってくる。早くこの場を脱出しなければ大変と、上ずった気分で思った。
 気持ちはあせるものの、車は少しずつしか進まない。一刻も早く家に着きたいのに、それどころではない。下手をすれば、このまま帰れなくなってしまうかもしれない。あやさんはハラハラドキドキしながらも夫の運転に任せるしかなかった。そして、ついに、交差点を曲がった。
 地面の一部が大きく割れて陥没しているのが見える。なんと、そこから水が道路に湧き出しているではないか。
 水はどんどん湧いてくるのに、車はジョコジョコとしか進まない。まるで川の中にいるようで、このまま水かさが増せば、それこそ大変。場合によっては車から脱出して、水の中を歩かなければならない。いや、脱出できるかもわからないと、増え続ける周りの水を見て、あやさんは不安になった。一刻も早く文鳥たちのところへ行きたいのに、いまあやさんのできることは「早く車よ前へ進んで」と祈ることだけ。
 ジャブジャブと音を立てて、少しずつだけど、30メートルほど前に進んだ。途中、白いバンの軽自動車が水につかって、道路の中央辺りに取り残されていた。中にだれも乗っていなかったから、もともと道路の端に停まっていたものがそこまで動いたのかもしれない。
 そのわきをそうっと前の車について通り抜け、そのまま少し行くと、道路の水は、ほとんどなくなっていた。もう渋滞もなく、夫が車のスピードを上げる。
 家は近いのに、車に乗っていたために、かなりの時間を費やしたと思いながら、車を家の駐車場に停めて、急いで玄関に入った。すると文鳥たちの鳴き声がして、ふたりが帰宅したことを喜んでいる。少し安心して、まず彼らのところへ行く。
 鳥かごは無事に台の上にあり、みんな無事だった。ほとんど落ちたり倒れたりしていないように見えたけど、よく見ると、台所のシンクの下の引き出しが全部いっぱいに出ていて、ステンドグラスのスタンドも倒れてソファーによりかかっていた。やはりかなりの揺れがあったらしい。
 ふたりは文鳥たちが無事なので、胸をなでおろしたけど、鳥かごが下に落ちて怪我でもしていたら、慌てただろう。
 文鳥たちもふたりの顔を見て安心したようなので、あやさんは車の荷物を取りに外へ出た。
すると、駐車場の後ろの庭では泥水が湧き上がっている。なぜこんなことになっているのかとびっくりして見ていると、さらに庭の真ん中から一筋の水が噴き上がった。さっきスーパーの駐車場で見たのと同じだ。
 地震で庭の水道管が破裂してしまったのかと思い、あやさんは気が重くなったけど、この噴水も液状化により生じたものだと、あとになってわかった。庭の水道管には異常がなかったのである。
 そのうちに庭に湧き出している泥水が、駐車場に流れてきた。このままでは車が泥に埋まって動かせなくなってしまうので、急いで夫を呼び、車を駐車場から道路に出してもらった。
 その間にも流れ込んだ泥水が溜まって、駐車場は大量の泥で埋まった。
 それからも揺れの中で泥水はどんどん庭に盛り上がり、気がつくと家が庭のほうに傾いていた。それでも、傾いただけで、文鳥も人も、家の中のものも無事だったから、ふたりはひとまず安心した。そして、テレビをつけると、東北の太平洋側では大変なことが起きていた。
 夫はなかなか通じない電話をしたり、受けたりして、親戚の無事を確かめあっていたが、その間にも揺れが断続的に起きて、文鳥たちは静かだった。
 駐車場を埋めてしまった泥をかき出して、とにかく車が停まれるようにしなければならないから、近所で大きなスコップを借りて、配られた土嚢袋に泥を詰めた。それだけならまだしも、できあがった土嚢袋を家の前の道路に出すのは大仕事。すごい重さには台車を使っても苦労した。それでも何とか車が停められるようになり、夫は夜になると、激しい揺れが続く中、勤務先で動けなくなっている息子を迎えに車で出かけた。電車が止まってしまったので仕方のないことだけど、電車なら20分の距離を10時間かかって往復した。その間にも大きな揺れが何度もあり、文鳥たちは布がかけてあったので静かだったものの、朝、車が返ってくるまであやさんは心配と揺れでほとんど眠れなかった。
 2011年3月11日の東日本大震災である。(つづく)

2015年7月20日月曜日

(十五)ルミは黄金色②

 そして、新しい年がやってきて、夫が正月からヒナのえづけを始めた。親のいるツボ巣から出して、暖房器を入れたフゴに移しても、ピポとチーには様子がわかっているようで、騒ぐことはなかった。
 さしえを始める時刻になると、フーとパピのときのように、ピポとチーを鳥かごから出す。すると、うれしそうな声を上げて夫のそばに飛んで行き、フゴの中のヒナをのぞく。けれども、その場に留まらず、巻き上げカーテンのところに行く。まるで夫を手伝う様子はない。それでも夫がルミに〝育て親〟で食べさせ出すと、ピポがちょっと見に下りてきた。するとチーも真似して下りてくる。
 ところが2羽は、フゴのふちに止まってルミを見ただけで、また巻き上げカーテンの中にもぐってしまう。いつもピポが先で、チーはその後について動いているけど、遊び始めてしまったようだ。
 それでも少しは気になるのか、ピポがまた、ちょこっと様子を見に下りてくる。するとチーも続いて下りてくるけど、だからといって、ルミのえさやりは夫に任せっきりで、飛び回っている。やっとえさやりから解放されて自由になったから、うれしくてしょうがないのだろう。子どものようにはしゃいでいて、フーたちのときとは、全く違う反応に、ふたりは顔を見合わせた。
 若い両親に、すっかり見放された格好のルミだけど、夫のさしえをよく食べて、もう親がいなくても問題なさそうだ。ルミは小さな細い体をして活発に動く。活動的なのは母親ゆずりなのかもしれない。
 そのうち夫は、ルミのさしえの時刻になっても、ピポたち親鳥を鳥かごから出さなくなった。それでも2羽は、パピたちのように騒いだりはしない。当てが外れて少しがっかりした様子にも見えるものの、「それならそれでいい」といった感じで、おとなしい。
 ところで、ルミは何文鳥なのだろう。最初のうちはみんなと同じ茶色っぽい羽毛だったけど、ナナとココのときのようになかなかわからないから、白文鳥ではなさそうだ。白文鳥なら、もうどこかに白い羽が見えるはず。いまはココやナナとも違う色をしていて、全体が黄色っぽいから、桜文鳥でもなさそうだ。
「ルミはクリーム文鳥かもしれないな」
 夫がそういったので、希少な新種の誕生かもしれないと期待が高まった。何でもクリーム文鳥というのは、シナモンや白文鳥の掛け合わせで生まれてくるものらしい。そういえばパピはシナモン文鳥だけど、クリームスプリットとかいって、クリーム文鳥のなりそこないのシナモン文鳥だと聞いている。だから、そう簡単にはクリーム文鳥というのは生まれないのかもしれない。どんなクリーム色なのか、あやさんも見てみたい。
 ルミは日に日に羽毛の色が濃くなってきて、ついに黄金のような輝きを見せだした。
「ルミは、どうもクリームじゃないな」
 夫がこんどはそういいだした。
「じゃあ一体、何文鳥?」
「これは黄金文鳥かもしれないぞ」
 あやさんは初めて耳にする種類に、
「そんな文鳥もいるの?」ときく。
「知らないが、羽が黄金色をしている」
 夫はすましてそういったけど、いずれにしても、そのうちにわかるはずだ。
 それにしても「黄金色」とは、豪華な色なので、見ていると、宝くじでも当たりそうな気がしてくる。
黄金色のルミは、まもなく自分でえさを食べられるようになった。ルミの場合は、親鳥が早くにえさやりを放棄したわけだけど、それでもちゃんと、ピポが母親だとわかっているらしい。細い体で、少し飛べるようになると、ピポの後を追って飛んだ。飛び方も上下に大きな曲線を描くようにして滑らかで巧みだ。運動神経のよさは、母親譲りのように見えるけど、ルミが白文鳥でないのは確かだ。いまだに体は黄金色のままだけど、頭と尾羽に変化が出てきた。
 その部分の黄金色が薄れ、白っぽくなっている。それに夫が気づいて、いう。
「ルミはクリームでも黄金文鳥でもない。チーと同じシナモン文鳥みたいだな。目も赤くてチーみたいだし」
 まもなく体もだんだん灰褐色になってきて、父親のチーに、よく似てきた。
 チーとピポは、相変わらずルミを放ったらかしにして、パピのように子煩悩ではない。それでもピポのほうは、ときどきルミのそばに行って、一緒に飛んだり歩いたりしている。それに比べて、チーは全く無関心で、父親のくせに、ルミに近づこうともしないから、やはり少し変わり者なのかもしれない。
 ルミは細い体で、ピポのような飛び方をし、高低自在に変化をつけて飛ぶことができるから、ピポは一緒に飛ぶと楽しそうだった。ルミの誕生で、体の大きいナナやココが苦手なピポにも、ちょうどよい遊び相手ができたようだ。
 そして、3月に入ると、ルミの動きはますます活発になり、ほかの文鳥たちはルミがそばに行くと逃げ回る。どうやら文鳥たちは幼い子とは争いたくないようだ。1羽でのびのびと育っているルミは、文鳥たちにというよりも、あやさんたちになついていて、よく手に乗ってくる。まだオスかメスかわからないけど、父親のチーをそのまま小ぶりにしたくらいよく似ている。それはともかく、性格はあまり父親に似て欲しくないというのがあやさんの本音だ。
 また8羽になった文鳥たちは、にぎやかに家の中を飛び回っていた。
 
 8羽の文鳥の生年月日などは、つぎのとおり。
(名前)
フー:白文鳥    2007年8月末生まれ  ♀ 
パピ:シナモン文鳥 2009年2月生まれ   ♂
            フーとパピが2010年2月に結婚
ピポ:白文鳥    2009年7月3日生まれ ♀
チー:シナモン文鳥 2009年8月生まれ   ♂
            ピポとチーが2010年7月に結婚
マイ:白文鳥    2010年5月3日生まれ ♂
        (パピとフーの第1子)
ナナ:桜文鳥    2010年6月17日生まれ ♀
        (パピとフーの第2子)
ココ:桜文鳥    2010年6月18日生まれ ♀
        (パピとフーの第3子)
ルミ:シナモン文鳥 2010年12月12日生まれ
        (チーとピポの第1子)

2015年7月17日金曜日

(十五)ルミは黄金色①

 それからしばらくすると、夫がナナとココを見ていった。
「どちらも、パピと同じ赤い目をしているな」
 ようやく2羽の頭と尾の色が濃くなってきた。すると、シナモン文鳥か桜文鳥のどちらかのようだ。そして間もなく、頬の辺りが白くなったので、桜文鳥だとわかった。
「だけど、どうして、白文鳥とシナモン文鳥の両親から、ぜんぜん色の違う桜文鳥が生まれるのかしら」
 あやさんは、フーとパピの間に桜文鳥など生まれないように思っていたから、夫にきいた。すると、
「文鳥は、そういうものなのさ」と、答にならない返答があった。
 文鳥には、白文鳥、シナモン文鳥、桜文鳥のほかに、クリーム文鳥とかシルバー文鳥、並文鳥なんていうのもいるらしいけど、それは人間でいう人種の違いのようなものなのだろうか。
 そう考えてみるものの、では黄色人種と白人の両親から黒人の子が生まれるだろうかと、疑問が深まる。
 いま、あやさんちには、白文鳥が3羽(フー、ピポ、マイ)、シナモン文鳥が2羽(パピ、チー)、桜文鳥が2羽(ナナ、ココ)いるけれど、子どもたちは、あまりあやさんのいうことをきかない。遊び呆けて鳥かごに戻らないとき叱っても、なかなかすぐには従わない。こちらに屈服するような形にはなりたくないのか、けっこう意地っ張りでプライドが高い。
 以前はフーが状況を把握して鳥かごの入口に止まり、みんなに手本を示していたのに、怪我をしてからは、そんなこともできなくなった。パピはフーが鳥かごに戻れば、すぐに自分も入るが、リーダーのいないいまでは、みんなを鳥かごに戻すのはやっかいだ。
 そんなとき、あやさんはついカッとなってしまうけど、そこで怒っても、彼らは喜々として逃げ回るだけ。叱ると逆効果で、意地でもいうことをきかない。それでも叱っておけば、こちらが怒っているのは伝わるから、どんなときに叱られるかわかるはず。
 ナナとココはいつまでも遊んでいて、夫にもよく叱られている。それでも、お腹が空くと自分から戻っていたりする。そんなときにはほめるけど、やはり叱るよりほめるほうが学習効果があるようだ。
 ピポの場合は知能犯で、手に止まって鳥かごに戻る振りをし、あやさんが出入口を開けると、先に鳥かごに戻っていたチーを誘い出してしまう。それをゲームのように楽しんでいるから始末が悪い。
 マイはぐぜり出すと、チーに着いて行くことが多くなった。あれほどチーとぶつかっていたのに、いまでは兄貴のように慕っている。
 チーのほうは、かなり迷惑そうだけど、自分を慕って真似をするのだから仕方ないと思っているのか怒らない。チーがウロウロしているのは、戸惑っているからかもしれない。
 そして、これもチーを見習ってか、マイはピポに想いを寄せているらしい。もしかしたら、〝憧れのお姉さん〟という感じなのかもしれないけど、チーと同じ鳴き方をして、ピポに迫るようになった。
 あやさんは、父親のパピのようないい声で鳴いてほしいと思っていたのに、マイの長いさえずりは、いつのまにかチーにそっくりで、
「ポピポピチューン、チチチチチューンチューン」ときて、そのあとがいけない。
「グルルル―、ブルルルルー」と続くから、変な鳴き声が増えてしまってがっかりする。
 また、チーの真似はそれだけにとどまらない。チーが鳴きながらチョンチョンダンスを始めると、マイがすぐにそばに飛んで行き、並んで同じように跳ねる。そこまではいいとしても、マイはそのままチーの上に乗ってしまうから、チーの怒ること怒ること。チーは唸り声を上げて逃げるものの、マイは執拗に追って行き、チーのそばから離れない。チーはそのままダンスの続きを諦めるしかなかった。
 文鳥たちにはそれぞれに想いを寄せる相手がいるようで、チーは、やはりフーのことが一番好きらしい。マイはピポが好きなようで、ナナは兄のマイが大好きで、いつも後を追っている。やはりマイの妹のココは、チーに気があるらしい。
 マイはチーとピポを追いかけ、そのマイにナナが着いて行く。そして、ココもナナのそばに行く。いまのところ、そんな構図になっているけど、パピが鳥かごから出てくると、ナナ、ココはパピにくっついていることも多い。この姉妹は、いつもつるんでいて体も大きいから、ピポなどは、とてもかなわない。利口なピポは、争う前に逃げている。
 フーはだいぶ飛べるようになったものの、お腹に卵を抱えると、重みでうまく飛べなかった。朝、鳥かごの布を外すとツボ巣から落ちていて、あやさんが手を差し出すと冷たい足で乗ってくる。手の中で温めて戻してやるけれど、足と飛ぶ力がかなり弱くなっている。
 そんな状態だから、卵をうまく産み落とせないこともあり、そんなときは夫がお腹をさすって卵を出してやった。
 とにかく産卵は大変なのに、そうやって産んだ卵も軟卵だったりして、もう、かえることはないようだ。
 そのうちに、巨大な卵を1つ産み、パピと交代で温めていたけど、それもかえらず、そんなことを2回ほどくり返して、それからは産んでないから、もうフーの子が生まれることはないだろう。フーの体を思えば、そのほうがいい。
 そんななか、ピポがチーと暮らしてから初めて、卵を産んだ。9月末のことで、ツボ巣にある3つの卵をチーがピポ以上に熱心に温めている。あのチーにしては上出来だと喜んで見ていたけど、結局どれもかえらなかった。
「ピポの卵は小さいからな。ヒナが生まれるのは難しいかもな」
 夫がそういったので、あやさんは少しがっかりしたけど、これ以上、文鳥が増えても困るから、それはそれでいいような気になった。
 そして、12月に入り、今年もあと1か月。ピポたちのツボ巣にはまた卵があった。中旬になると、ピポがツボ巣から尾羽を出して、中をのぞいていた。
「奥には卵があるけど、もしや?」と思っていると、翌日には、ピポとチーが忙しそうにツボ巣に出入りしている。やはり卵がかえったらしい。
 あくる日には、小さな鳴き声も聞こえて、3つの卵のうちのどれかが、間違いなくかえったようだ。
 かえったのは1羽だけだったものの、とにかくピポとチーの子どもが生まれた。ヒナの誕生日は12月12日で、その後もツボ巣の中で元気な声をあげている。
「あのチーが親になって、懸命にヒナにえさをやっている」
 そう思うと、感慨深いものがある。
 ヒナの名前は「ルミ」になり、献身的にえさやりをするピポとチーに守られて、順調に育っている。
 チーとピポの第一子の誕生は、期待していなかっただけに、大きな喜びになった。そして、老夫婦の会話もはずむ。
「メスだったら、マイの奥さんにしよう」
「オスだったら、ナナとココのどっちと一緒になるかしら」
(つづく)

2015年7月7日火曜日

(十四)パピの戸惑い

 事件後、ひとつも声を出さなかったフーが、少し元気になってきたのか、えさを食べたあとに鳴くようになった。それも、思い出したように、居間のほうに向かって小さな声で鳴いている。どうもパピに会いたいらしい。
 パピもずっとフーのことを心配しているはずだと思い、あやさんがフーを抱いて、パピの鳥かごの前に行く。すると、フーがパピに向かって、
「チュチュチュ」と、弱々しいけど精一杯の声で何か話しかけた。
 ところが、パピは黙ったままで、驚いたようにバサついて、止まり木の上をウロウロする。なんだかオロオロした様子で、フーに声をかけるでもなく、おびえているようにも見える。
 フーは病人だから、たしかに以前のような美しさは見る影もない。だから声を出すまで、それがフーだとわからなかったのだろうか。声を聞いてはじめてフーだとわかり、幽霊が現われたと思ってギョッとしたのかもしれない。それにしてもパピの余りに冷たい反応に、あやさんはびっくりして、腹を立てた。
 パピがこの家にきたとき、あれほどフーに世話になったのに、傷ついたフーに優しくしてやれないなんて、自分勝手なつまらないヤツに思えて、パピが嫌いになった。
 いずれにしても、フーのこの体の状態では、パピのいる鳥かごに戻すことはできないから、夫はフー のために、特別な鳥かごを購入した。
 それは、前から後ろにかけての面が透明なプラスチックでできていて、上部が大きく開くようになっている。えさ入れや止まり木、ツボ巣はもちろん、上からなら飛べないフーの出し入れもしやすい。フーもみんなのいる場所にいたいだろうと考えて、この鳥かごを居間の隅の少し離れた台の上に置いた。
 フーが居間に戻ってきて、喜んだのがピポだった。ピポは鳥かごから出ると、真っ直ぐにフーの鳥かごに飛んで行き、横の金網の部分にしがみついて、うれしそうに鳴く。パピとは正反対の反応に、
「やっぱり、ピポはお利口ね。フーが大好きなのね」と、あやさんは思わずにっこり。
 フーは、しばらくそこで暮らすことになったものの、自分の元の鳥かごに戻りたがった。
「パピに、あんなに冷たくされたのに」と、あやさんは不満だけど、フーは情が濃いようだ。
 それなのに、パピは鳥かごから出ても、フーの近くに行こうともしなかった。どうも、フーが卵をそのままにして姿を消してしまったので、そのことを怒っているようだけど、それにしても、傷ついたフーを労る気持ちはないのだろうか。このままでは、フーが可哀想でしょうがない。
 そして、ピポのほかにもう1羽、フーを見て喜んだ者がいた。フーに振られ続けてきたチーだ。チーは、フーがどんなにみすぼらしくなっても好きなようで、フーを見ると、近づいて求愛ダンスを始めた。 そんな一途な恋心に、思わず感動してしまうものの、これからまた、ややこしくなりそうだと不安な思いがよぎる。
 じつは、フーがあやさんの部屋で療養している間に、チーはすっかりピポに気を向けていた。換羽の終わったピポは、ほとんど真っ白になり、毛並みも揃って女らしさも出てきている。だから、もうフーのことは忘れたように、ピポと仲良くなっていた。ピポと暮らしていて何の不満もないはずだ。
 それなのに、チーは、どんなにフーがみすぼらしくなってしまっても、どんなに嫌われても、まだフーのことが好きなようだ。やはり初恋の人は忘れられないのだろうか。あやさんはピポの気持ちを思うと複雑だった。
 それから数日後、フーはだいぶ元気になった。あまり飛べないこともあって少し早いような気もしたけど、パピのいる鳥かごに戻りたがっているので、昼間だけ戻すことにした。 
 フーを元の鳥かごに入れると、パピがギョッとしたように遠ざかった。あやさんがハラハラしながら見ていると、フーが逃げ腰のパピに向かって、
「チュチュチュチュ、チュチュチュチュ」と、小さな声で盛んに何かいっている。パピは相変わらず不愛想に耳を傾けているけれど、フーのいっている意味がわからないのだろうか。
 フーは、これまでの経緯を説明しているようだけど、パピに通じているのかどうか。パピは戸惑っているようだから、よく理解できないのではないだろうか。
 フーが懸命に話しているのに、パピの反応があんまりなので、フーが疲れてしまわないかと心配になり、予定どおり、しばらく夜は元の特別な鳥かごに戻すことにした。
 パピはフーの変わりように、びっくりしたのだろう。もしかしたら、病気が感染するとでも思ったのかもしれない。
 それよりも、やはりフーが卵を産みっぱなしでいなくなってしまったから、そのことで腹を立てているのだろうか。パピにしてみれば、せっかく幸せになったのに、突然、捨てられてしまったように思ったのかもしれない。
 それにしてもフーは、パピのところへ行くと、とにかく長々と話していた。そのうちにパピにも事情がわかったのか、だんだん以前のようにフーに接するようになった。
 そして、居間に置いてから10日ほどして、フーの特別な鳥かごは、机の下にしまわれた。フーは飛ぶには飛べたけど、足の付け根がおかしいため、コントロールが悪くなり、ときどき着地に失敗した。ピポと遊んでいたころのようなスピーディーな動きは、いまのところ無理なようだ。
 フーの療養などもあって、当初の予定よりだいぶ遅れて、ミミが里子に出る日がきた。もう生後2か月を過ぎている。
 家を出る前に、あやさんに抱かれて、鳥かごにいるフーとパピに挨拶をしたけど、フーたちに、別れ とわかっただろうか。
 ミミは、最近までフーが入っていたプラスチックケースに入れられると、暴れて出たがった。
「やっぱり、連れて行かれるのがわかるのね」
 可哀想な気もしたけど、そのままプラスチッゥケースを抱えて車に行った。
 後部座席に乗り込むと、ミミがいきなりケースの中ブタを突き上げて飛び出し、そのままコンと車のフロントガラスに当たって落ちた。夫が慌てて捕まえてケースに戻したけど、やはり、みんなと別れたくないらしい。あやさんは、ピポをもらってきたときも、プラスチックケースの中で暴れていたことを思い出した。
 ミミの行先は車で5分もかからないマンションの中で、その家には老齢のセキセイインコが1羽いる。だからミミもさびしくないだろうと、あやさんはあまり心配していないけど、当然ながら、ミミは、まだそのことを知らない。
 これまでミミがいた鳥かごには、ナナとココが残り、少し寂しくなった。それでも2羽は鳥かごから出ると、すぐにパピのところに行き、よくカーテンレールや額縁の上に一緒に並んでいる。その光景からは、親子の絆がかなり強そうに見えるけど、それにしては、ミミはパピに着いて行かなかった。フーのそばの高い場所によく止まっていた。フーと同じ白文鳥だし体も小さいから、そのほうが安心できたのかもしれない。ナナとココはミミより先に生まれただけあって体も大きいし、双子のように似ている。不思議なのが、いまだに茶色い羽毛のままでいることだけど、どうも白文鳥ではなさそうだ。

2015年6月29日月曜日

(十三)フーが消えた③

 このところずっと熱帯夜が続いていて、冷房なしでは眠れない。今夜も冷房したまま寝るから、フーを冷やさないようにしなければならない。そこで部屋の送風口を閉めることにしたものの、どうしても冷気がもれてくるので、フーのプラスチックケースに小鳥用の暖房器を入れる。冷気がケースの隙間から入っても、これなら冷えないはず。とにかく冷えても熱くなりすぎてもいけないのだ。フーは何もいえないから、こちらが気をつけるしかない。
 ケースはベッドから見える位置に置いたけど、夜中にちょいちょい起き上がってケースに触ってみることになった。
 卵のほうは、夫が出かかったのを取り出し、小鳥の病院で1つ出してもらったから、今夜に産む心配は薄れた。卵を産み落とすには力が必要だから、もし今夜にでも産むことになっていたら、それこそ命取りだっただろう。病院に行っておいてよかったとつくづく思う。
 フーはプラスチックケースの真ん中辺に、車に乗っていたときのように静かに座っている。動物は具合の悪いときには、じっとしていることが多いから、やはりそうなのだろうか。それとも、卵を出してもらい薬も飲んだので、少し楽になって眠っているのだろうか。
 まずは一段落したものの、とにかく、この数日は気が抜けない。あやさんは、夜中に何度も起き上がってケースに触れたり、耳をすましてみたりしたけど、明け方にはぐっすり眠っていた。
 朝になったので、そっとプラスチックケースにかけてある布を外す。何と、フーは動いている。どうやらひと山越えたようだ。それでも、まだ峠は越えていないから気は抜けないと思った。
 夫も心配して早く起きてきたので、ベッドの上にタオルを広げて、フーをケースから出した。手に載せて皮つきえを少し食べさせ、小鳥の病院でもらってきたフォーミュラーという流動食を夫が〝育て親〟を使ってフーの口に入れる。高カロリーの栄養食品らしいけど、あまり喜んで食べないから、おいしくないのだろう。それでもピーと違って、少しだけど比較的素直に食べたのでホッとする。そのあと、消化剤やビタミン剤も、わりあい素直に飲んだ。そのままプラスチックケースに戻して静かに眠らせる。
 それを朝から4回くり返して、夕方になった。丸1日たったので、フーは少し元気が出てきたらしく、狭いケースの中を動き回る。
 それでも、まだ病院でいわれている山場の3日は過ぎていないから、フーは今夜もあやさんの部屋にいる。
 プラスチックケース内はだいぶ熱くなっているようで、フーはもうずっと、暖房器の反対側に寄っている。ケースの暖房器を外して、代わりに外気を取り入れようと、窓をあけた。
 外は相変わらずの高温で、ムワッとした風が部屋に入ってくる。これなら冷房していても大丈夫そうだ。
 今夜もフーが気になるので、スタンドの小さな明かりを点けて、ケースの覆いを半分にし、ベッドからケース内が少し見えるようにする。暖房器もはずしたことだし、これでいちいち起き上がらなくてもすみそうだ。
 あやさんがベッドに入ったのは11時ころだった。横になってプラスチックケースを眺めていると、渦暗がりのケースの中で、何か白っぽいものが上下に揺れ出した。
 何だろうと見つめると、フーが1か所に留まって、体を上下に動かしているように見える。あやさんは、もしやと思って、ぼうっと浮かぶ白っぽいものに目を凝らした。
「フーが卵を産もうとしているのかしら」
 そう思うと、祈るような気持ちになる。このような衰弱した体で卵を産めば、とても危険だ。あやさんはハラハラするけど、だからといって、いまは見守るしかない。
 しばらくすると、白いものは見えなくなったので、フーがケースの中を移動したようだった。
あやさんはベッドに横になったまま、耳をすます。けれどもエアコンの音以外は何も聞こえない。不気味な静けさが続いているだけで、フーが心配になってきた。そこでまた、天国のピーにつぶやく。
「ピーちゃん、お願い、フーを守って」
 やがて、パチッ、パチッという単調な音が、間隔をおいて小さく響いてきた。
「フーが、一生懸命にえさを食べている!」
 えさの皮を割る音がフーのたくましさを物語っているようで、あやさんの目に涙が浮かぶ。母親になったフーは、ずいぶん強くなった。そして、何と健気で賢いのだろう。
 12時を過ぎたころ、あやさんはようやく安心して眠りについた。とはいえ、朝までぐっすり眠れたわけではない。フーのことで興奮していたからというより、あまりの暑さのせいだろう。
 明るくなって、あやさんは、パチッパチッという音で目を覚ます。フーが、えさの皮を割る確かな音が続いていて、ケースの中をのぞくと、きのうより元気そうだ。
 卵がどこかに落ちていないかとケース内を探してみるけど、卵らしいものは見当たらなかった。あれは見間違いだったのだろうかと、当てにならない自分の目が腹立たしいけど、フーが卵を産んでないなら、そのほうがよかったとも思う。こんな体で、もう卵は産んで欲しくない。
「だけど、あの夜中に見た白っぽい動くものは、何だったのかしら」と、あやさんは合点がいかない。
 まもなくして夫が起きてきたので、フーをプラスチックケースから出して、栄養食品などを食べさせる。フーは相変わらずいやそうに食べていたけど、おとなしく従って薬も飲んだ。
 あやさんがケースの中の掃除を始めて、えさの入ったお皿を取り出すと、中に変なかたまりが紛れていた。えさが丸まってできた団子のようにも見えるけど、手に取って触ってみると柔らかい。えさにまみれた小さな軟卵だった。やはりフーは、あのとき卵を産んでいたのだ。ツボ巣の入っていないケースでは、どこに産み落としたらいいかわからなかったのだろう。そこで足場のよいえさ入れの小皿を利用したように思う。
 フーは、あの衰弱した体で、苦しみに耐えながらも何とか工夫して卵を産んだのだ。そう思うと、あやさんの胸はフーへの思いでいっぱいになった。
 そして、3回目の夜を迎えると、また夜中にフーが1か所で上下に動いて卵を産んだ。
朝になってケース内を見ると、やはり、ちっぽけな黄粉のおはぎのような軟卵が転がっていた。触るとまだ温かくて柔らかい。
 これで今回フーが産んだ卵は、ツボ巣に産んだ3つと、夫がかき出した1つ、病院で取り出してもらった1つを合わせて、7つになる。フーはこれまで、1回に7つ産んだのが最高だから、もう産まなくてすみそうだ。ただでさえ弱っている体が、産卵で体力を消耗してしまうから心配だった。
 事件後4日が過ぎて、フーは一応、危険な峠を越えたので、ふたりはようやく落ち着いた。けれどもフーの体が受けたダメージは大きくて、うまく立てなかった。夫がベッドの上で、フーを少し運動させてみたら、うまく飛べない。小鳥の病院でいわれたとおり、片足がおかしいようで、飛ぶには飛んだものの、やっとという感じで、足が治ってちゃんと飛べるようになるまでには、まだまだ時間がかかりそうだ。

2015年6月18日木曜日

(十三)フーが消えた②

 1年前にピーが死んでから、フーはピーの忘れ形見のような存在になっている。ここでフーまでいなくなったら、文鳥たちとの暮らしも味気ないものになってしまうかもしれない。これほど心が通じ合う文鳥はいない。フーまで失ったら、しばらくは立ち直れないだろう。あやさんは思わず、天国のピーに向かってつぶやいていた。
「ピーちゃん、お願い。フーを守って!」 
 外はもう薄暗くなっている。これ以上、探しても無駄のようだ。あやさんは家に入り、ぼんやり夕飯の仕度を始めた。
 ざわざわした落ち着かない気分でいると、
「ああっ!」という夫の変な声。ギクッとして居間に行く。
「どうしたの?」ときくあやさんの目の前で、夫が何かを拾い上げた。そして、
「フーちゃん、フーちゃん」と泣きそうな声でいう。
「えっ? フー? いたの? 生きている?」
 こわごわあやさんがたずねる。
「これは卵詰まりだ」と、夫がフーのお尻から出かかっているフンまみれの白っぽいものを指で掻き出した。
 フーは瀕死の状態だけど、生きている。卵が出たので少し楽になったのか、水を飲み、えさも食べた。
「フーちゃん、どこにいたの?」
 あやさんは涙が出てきたけど、早く手当てをしてやらねばとオロオロする。夫が、
「綿棒!」といったので、綿棒を持ってきたものの、ほかに何をしたらよいかわからない。
「どこから出てきたの」
「わからんが、このダンボールの前で白いものがバサバサって動いたんだ」
 その辺はすでに、えさなどの入ったダンボール箱などをどけて、調べたはず。
「変ね。不思議。でも、フーちゃん、よく出てきてくれたわ」
 あやさんが胸がいっぱいになってフーを抱いていると、夫が急に慌てだした。
「卵詰まりは、鳥にとって命とりなんだ」
「どうするの?」
 夫はあやさんには応えずに、携帯電話を持ってきて、小鳥の病院に電話をかけた。
「明日の予約が取れた」
 電話を切った夫が、ホッとしたようにいったので、あやさんも少し落ち着いて、フーを夫に任せて、また夕食の準備にかかる。すると、夫の携帯が鳴った。夫が携帯を片手に、
「ハイ、ハイ」といっている。小鳥の病院からだった。
「卵詰まりは一刻を争うから、先生がすぐに連れてくるようにだって。診療時間外の7時に予約を入れてくれた」
 夫がそういったので、あやさんはまた慌てだす。プラスチックケースを取り出して、中に布を敷き、水とえさを入れてフーを座らせた。それをあやさんが抱えて車の助手席に乗り込むと、すぐに発車。
 もう6時を過ぎていて、夫は高速道路をとばした。フーはあやさんの抱えるプラスチックケースの中で、前を向いたままじっとしている。
「フーは、どこから出てきたのかしら」
「さあ、わからないな。呼んでも応えなかったから、気絶していたのかな」
「あの辺は、あなたも探したのに変ね」
「動かなかったから、わからなかったのかな」
 考えられるのは、やはり、身重のフーが驚いたかして飛んだものの、コントロールを失って止まり損なって落ちたということだ。落ちたのは鳥かごが乗っている机の下辺りで、しばらく気絶していたのではないだろうか。そしてやっと気がついて這い出してきた。
 文鳥はみんな臆病で、ちょっとした音や何か変わったものに、すぐに驚く。パニックになって逃げ回り、鳥かごの後ろに落ちたり、とんでもないところに潜ってしまったりする。
 鳥かごのある机の下には、えさ袋の入ったかごやダンボールが置いてあるから、気絶したフーは、そこに紛れていて、探してもわからなかったのだろう。
 とにかく気絶していて動けなかったのは間違いなさそうだ。それが、お腹の痛みか何かで気がついて、必死で這い出してきたところを、夫が見つけた。
 でも、あやさんは、それだけではないと思っている。気絶しているフーに気づかせたのは、ピーちゃんではなかったかと思うのだ。
 小鳥の病院に着いたときは、すでに7時を回っていたが、途中で電話を入れておいたので、医師が待っていてくれた。医師はフーを診て、
「卵詰まりでは、なさそうですね」といったものの、診察室の奥へフーを連れて行った。何かの処置をするらしい。
 まもなくして戻ってきた医師が、フーの体から取り出したといって、プルンとした卵を見せた。スポイトのようなもので取り出した軟卵らしい。これで、当面は卵を産まなくてすみそうで、そちらの心配はなくなったけど、体がかなり衰弱しているといわれた。それに、足もおかしいという話だから、落ちたときに痛めたようだ。
 フーの足は、元々きゃしゃで細いから、弱いのかもしれない。リンゲル注射を打ってもらったけど、この注射は1時間くらいしかもたないということだった。
「とにかく暖かくして、冷房のない部屋に置いて」といわれて、ふたりは緊張したまま栄養剤と薬を受け取り病院を出た。
 夜道をとばす帰りの車中でも、フーはケースの中でずっと前を向いておとなしくしている。
「フーちゃん、よく生きていてくれたわね」
 あやさんがケースごとフーを抱きしめる。けれどもフーは具合が悪いのか黙ってじっとしていた。
 卵詰まりは一応、大丈夫のようだけど、フーの体はまだ気の抜けない状態で、医師には、
「だいぶ弱っているから、2、3日が勝負かもしれませんね」といわれている。
 1時間ほどして家に着き、玄関をあけると、ほかの文鳥たちも心配していたのか、にぎやかにさえずって出迎えた。みんな起きていたらしい。居間に入るとフーも一緒に帰ってきたので安心したようだった。
 いつもより2時間遅れの9時に、夫がそれぞれの鳥かごに布をかけ、ほかの文鳥たちは眠った。
フーは、あやさんの部屋で寝ることになったけど、あやさんちは狭いので全館冷房になっていて、病院でいわれたような部屋はない。そこであやさんは、部屋の冷気の吹き出し口をできるだけ閉めて寝ることにした。
 フーは、リンゲル注射のおかげか、少し元気になり、えさを食べた。7時間の空腹を埋めるように、ゆっくりだけどずっと食べ続ける。そのあと寝る前に、夫が抗生剤と消化剤を飲ませて、プラスチックケースに戻した。プラスチックケースには、大きさのちょうどよさそうな、昔あやさんがつくった小皿と小物入れを起き、その中にえさと水を入れる。手近にある小ぶりで安定した容器は、それしか見つからなかった。そして、ベッドに近いドレッサーの上にケースを置いた。朝まで生きていられるか心配だけど、フーを信じて見守るしかないだろう。 (つづく)

2015年6月15日月曜日

(十三)フーが消えた①

 文鳥が8羽にもなると遊びも変化して、追いかけっこのような単純なものが目立ち、以前にピポとフーが楽しんでいた「かくれんぼ」はもう見られなくなった。チーやマイが女の子たちを追いかけている。
 チーは、幼いナナ、ココたちにも「ぐるるうー」や「ウギャア」を連発して、相変わらずみんなから敬遠されているけれど、いまはピポがいるから落ち着いている。チーはパピに向かって「ぐるるるうー」と唸ったりしないけど、パピはほかの鳥ともあまり敵対しないし、チーにしてみれば、自分より体の大きい先輩には歯向かいたくないからだろうか。
 そういえばパピは、太って貫禄も出てきた。鳴き方と飛び方が、以前よりスピーディーになっている。飛ぶことによって、全身に筋肉がついたからだろうけど、さえずりのスピードまで増したのにはちょっとびっくり。 
 公共のえさ場でフーと赤穂を食べながら、
「ウォッ、ウォッ、ウォッ」と、こんなにうまいものがあったのかとばかりに歓声をあげるパピは、巡ってきたバラ色の人生(鳥生?)を心から喜んでいるようだ。
 パピとフーの間には、あやさんにはわからない文鳥言葉が飛び交っている。子育ても、よく相談しながらやっているけど、きたばかりのパピには言葉がなかったような気がする。あったのかもしれないけど、とにかく、「ホッホッホ、ホチョチョン、ホチョチョン」と雄叫びをあげるだけだった。言葉の違う場所にきてしまって話せなかったのかもしれないけど、ピポやチーは、きたときから「チュンチュン」「チチチ」「グルルル」などと鳴いていた。フーもピーもそうだし、この家で生まれた鳥は、もちろん初めから普通に鳴いている。
 パピが言葉のようなさえずりを始めたのは、フーと一緒に暮らすようになってからで、最初はフーが一方的に話していたように思う。それにしても、いったいだれがフーに言葉を教えたのだろうと、ふと考える。ピーなのか? では、だれがピーに?
 すると、文鳥は人間の言葉をまねているような気がしてきた。

 7月28日は、ピーの1周忌。この1年は忙しかった。ピーのあとにピポがきたけれど、ピポがメスだとわかり、パピがフーのお婿さんとしてやってきた。そして、ピポの相手にとチーを迎え、そこから文鳥が増え出して、いまでは8羽もいる。フーとピーがきたときには想像もしなかったことだ。
 フーは来月には、もう3歳になる。人間の年齢でいえば20代の後半というところだろうか。4羽の母親になったものの、パピのように子煩悩でもなさそうだ。それでも、また次の卵を産み始め、8月に入った。
 8月5日、あやさんちは朝からにぎやかな文鳥たちの声に包まれていた。家の中は涼しいものの、外は、まだ早朝なのに夏の太陽がじりじりと照りつけている。
 あやさんは早く家事をすませて、文鳥たちの世話をしようと、まず洗濯機のスイッチを入れる。ところが、数日前から調子の悪かった洗濯機が、さらにおかしくなり、いつもの時間になっても洗濯物が干せない。そこで先に文鳥たちの世話をすることにした。
 こういうことは初めてではないけど、洗濯物を干す前には文鳥たちを鳥かごに戻したい。
 あやさんの役目は、鳥かご内に敷いてある新聞紙を取り替え、下のえさ入れの〝文鳥専科〟と水、それに菜さしのサラダ菜を新しくすることで、そのとき、4つある鳥かごを順番にあけて、放鳥する。
 ちなみに夫は起きるのが遅いので、たいていブランチを食べてからの作業となるけど、鳥かごの上部にあるスカイカフェとかスカイツリーという名のえさ入れの中身を替え、止まり木についたフンをウエットティッシュで拭いている。スカイカフェにはボレーや皮付え、あわ玉子、カナリーシードといったえさが、分別して入っていて、文鳥たちはどのえさも、万遍なく食べている。
 いつもより少し早いけれど、いまからみんなを放鳥しても、お腹が空けば素直に戻るだろうと、あやさんは考えていた。
 放鳥してから1時間ほどして、ようやく洗濯が終わり、居間のサッシを開けて、外側の物干竿に干せる段階になった。
 さて、文鳥たちを鳥かごに戻そうとすると、いつもより早くから遊びだしたせいか、みんな喜んで遊びに熱中している。そろそろお腹が空くはずなのに、遊びが面白くてそれどころではないらしい。捕まえようとすると、それも遊びの1つになってしまうようで、喜々として逃げ回り、手にくるどころではない。
 それでもナナ、ココ、ミミ、マイの子どもたちは捕まえて鳥かごに戻す。けれども大人の文鳥は、高い場所に止まったまま下りてきそうもない。あやさんは諦めて、4羽をそのままにして、レースのカーテンを背負ってサッシを少しあけた。
 突然、バリアーになるはずのレースのカーテンが巻き上がる。この辺は海が近いから、ときどき強い風が流れ込むのだけれど、居間に出ているのは大人の文鳥だけだから、外に出る心配はないはず。網戸も少しだけあけて、物干竿に身を乗り出す。次にまた反対側を少しあけて、何とか洗濯物を干し終えた。サッシを閉め、
「こら、みんな、鳥かごに入りなさい!」と、大人の文鳥たちを叱ると、その剣幕に恐れをなしてか、残りの文鳥も、こんどはすごすごとそれぞれの鳥かごに戻った。
「でも、何かおかしい」
 みんながバラバラに鳥かごに入り、真っ先にお手本を示して入るはずのフーの姿を見なかったような気がする。
 確かめようと、フーたちの鳥かごをのぞくと、パピがツボ巣の中から出てきて、また中に入った。そして卵を温め出す。
 まるで、あやさんにツボ巣の中を見せるために出てきたようだ。
「パピが卵を温めているってことは、フーがいないのかしら」
 フーは、お腹に卵を抱えているはずだ。不安な思いで、もういちどツボ巣をのぞくものの、やっぱりパピが出てきて中が見えるようにする。けれども、あやさんにはツボ巣の奥は見えない。
「フーちゃん、フーちゃん。中にいる?」といっても、返事はない。ツボ巣の奥のほうで4つ目の卵を産んでいる可能性もあるけど、それにしては静かすぎる。それでも、フーが卵を置いて、どこかへ行くはずがないと思い、少し待ってみる。
 そして、また鳥かごをのぞくと、パピがさっきのようにツボ巣から出てくるけど、フーの気配はない。
 夫を起こして見てもらうと、寝ぼけ眼でツボ巣をのぞいて、
「フーは、中にいないぞ」という。
「やっぱり。どこへ行っちゃったの?」
 ほかの文鳥に、たずねてみるけど、黙っているから、みんなもフーの居場所を知らないらしい。
 慌ててふたりでフーの名前を呼びながら、家中を探し回る。ほかの文鳥たちもシーンとしているけど、フーの声はしない。
 フーは卵を抱えていて飛び方もいつもとは違う。集団で動いたり、逃げ惑ったりしたら、うまく止まれないで落ちてしまったかもしれない。以前ミミが迷い込んでいたテレビの後ろや、洗濯機の裏側まで調べて回るけど、フーの鳴き声も姿もない。
 夫が、フーのいなくなった経緯をきいて、
「鳥を出したまま、サッシをあけたのか」と咎めるようにいう。フーが自分から外に出るはずがないと思っているあやさんは、心外だけど、これだけ家の中を探してもいないとなれば、外に出てしまったかもしれない。強い風がカーテンを煽ったとき、フーがさらわれた可能性も否定できないような気がした。
 夫は、ピーに加えてフーまでいなくなってしまったので、かなりショックな様子で自分の部屋に入った。
 少しして出てくると、あやさんにカラー写真入りのチラシを差し出して、近所に配るのだといった。チラシにはフーとピーが並んでいる写真が印刷されていて、見かけたら知らせて欲しいという迷子チラシだ。よその人には、どちらがフーかわからないだろうけど、2羽いるのは急いで作ったからだろう。どこかの家の庭先に白文鳥が迷い込んでいたら、知らせてもらえるかもしれない。
 外は真夏の太陽が照りつけ、風もなくひたすら暑い。人けのない住宅街を、ふたりはフーの名を呼びながら、周辺の家のポストにチラシを配って回った。
「フーちゃん、フーちゃん、どこー?」
「フー、フー、どこへ行ったー」
 近くで野鳥の声がすれば、フーもそこに紛れていないかと、近づいて行き、大声で呼びかける。フーは卵を抱えているから、そう遠くへは行けないはずだと思いながらも、遠くの小鳥の声にも、フーが一緒でないかと、名前を叫ぶ。
「フーちゃん、フーちゃあん、こっちだよ」
 あまりの暑さに、ときどき家の中に入って水分補給をしながら、何度も外に出て探し回った。
 日も暮れかけて、フーがいなくなってから7時間近くになろうとしていた。フーは、もう、どこかで保護されていない限り、生きていないかもしれない。   (つづく)

2015年6月8日月曜日

(十二)ピポとチー

 ピポがあやさんちにきてから、もうすぐ1年になる。文鳥の数も8羽に増えたけど、ピポはまだ独り暮らしのまま。
 7月3日はピポの誕生日。朝、鳥かごにかけてある布を外しながら、あやさんがいう。
「ピポちゃん、おはよう。1歳のお誕生日おめでとう」
 するとピポがツボ巣の中で頭をクックルックと振り、体をブルルンブルルンとする。
「ピポちゃん、かゆいの?」ときくと、またクルックルッ、ブルルンと換羽で羽軸ののぞいている頭を振って、かゆいことをアピールする。そのおどけた仕草に、つい笑ってしまうけど、お茶目なピポは、そんなサービス精神も持ち合わせている。
 ピポはいまでも、鳥かごから出ると、真っ先にフーのそばに飛んで行き、フーのことを母親のように思っているようだ。
 フーのほうもそれでいいようで、ピポとフーはずっと仲良し。ピポがフーに嘴でちょっかいかけても、フーは怒らない。それがいたずらだとわかっているからだろうけど、フーからピポにそんなことはしない。
 ところで、このごろでは、フーに近づくチーを追い払っているのは、もっぱら、いたずら盛りのマイになっている。そのせいか、ピポがチーとぶつかっている場面を見ない。それどころか、ピポはチーに優しくなった気さえする。
 手のひらのプールで水浴びをするときなど、これまでならチーが近くにくれば、必ず追い払っていた。それも、まるでカタキを見つけたように、すごい剣幕で怒って。それがいつのまにか、そんなこともなくなって、むしろチーが近くにくるのを待っていたりする。自分の水浴びを見せたいのだろうか。また、ときにはチーがあやさんの腕にくるのを待ってから、水に入ってプールの半分を空けていたりもする。ピポは見せたいだけでなく、チーと一緒に水浴びをしたいのかもしれない。
 ところがチーのほうは鈍くて、それには気づかないのか、いまだにフーが好きでたまらないせいなのか、ピポの好意には反応しない。もしかしたら蛇口から出る水が恐いのかもしれないが、理由はともかく、あやさんの腕までは下りてくるものの、手のひらのプールには入らない。そして、フーを見ると、追いかけて行く。 
 チーはピポに対して、相変わらず不満そうに「ぐるるうー」と鳴いているから、その鳴き方をどうにかしないとまずいだろう。とはいえ、ピポの変化は日に日にはっきりしてきた。
 近ごろでは、ピポがマイに怒っていたりもする。これまではどちらかといえば仲良しで、喧嘩などしたことがないのに、ピポがマイに向かって唸ったりする。ところがチーに対して怒るところは見なくなった。そのうち、いくら鈍いチーでも、ピポについていれば、周囲との摩擦が少ないことに気づいたようで、しだいにピポをきらわなくなり、以前よりチーがピポのそばにいることが多くなった。このまま行けば2つ目のカップルができそうだと、ふたりの期待は高まった。
 それでもチーはまだフーに気があるようで、チャンスがあれば追いかけている。ひとたび好きになったら、頭のどこかにインプットされてしまうのだろうか。なかなか忘れられないようで、いまのところチーにとってピポは、まだ女友だちといったところか。
 とにかく、ピポのチーに対する変化は明らかで、間違いなくいまはチーに気がある。このままの状態が続けば、ピポが可哀想だと、ついピポに肩入れしてしまうあやさんだけど、その反面、チーにピポはもったいないような気もする。
 とはいえ、当初の予定どおり、ピポとチーを一緒にするなら、いまがチャンス。早速2羽を同じ鳥かごに入れてみる。
 隣り合わせてあった2つの鳥かごのうち、チーの鳥かごを片づけて、ピポのほうにチーを入れる。本来ならチーの鳥かごのほうが新しいから、そちらを使いたいのだけど、メスの鳥かごにオスが入るほうがいいらしい。オスのチーやパピは、フーやピポと違って、ふだんからほかの鳥かごに平気で入って、えさを食べたりしているし、ときには、ゆうゆうと昼寝までしていて、あやさんに追い出されるくらいだから、チーがピポの鳥かごに移るほうがよさそうだ。そもそもチーは遠慮というのを知らないのだから。もし、反対にピポがチーのところへ入るとしたら、デリケートなピポが遠慮するだけでなく、落ち着かないで不安定になりかねない。
 そんなわけで、ピポの鳥かごに入ったチーだけど、まんざらでもない様子で、夫がチーのために移し替えたブランコに乗って、しつこく鈴を鳴らしていた。
 想像していたとおり、チーはピポに遠慮する様子もなく、けっこう威張っているけど、頭のいいピポは、そんな我儘なチーを適当にあしらっていて、ときには鳥かごの中で逃げ回っている。とにかくピポは機敏で、チーの何倍もすばやい。あやさんが、えさ入れの〝文鳥専科〟を新しいのに替えると、サッときて、いち早くお好みのえさを探し出している。チーは食が細いけど、ピポはそのすごい運動量に見合って、ごまの実などの高カロリーでおいしい部分をすばやく食べる。それでもチーがそばにくると、食べる場所を譲って、一応、夫を立てるなど、かいがいしい面も見せている。
 
 8羽の文鳥が一斉に居間の高い場所を移動すると、天井に扇風機があるようで、涼しい風が降りてくる。そのこと自体はいいけれど、そんなふうに、みんなが高い場所で楽しみ出すと、いつもやっかいなのが、鳥かごに戻すときだ。いくら下で呼んでも、なかなか下りてこない。
 仕方なく踏み台を持ってきて手を伸ばすと、ますます興奮して逃げ回る。汗かきの夫は頭にタオルを巻いて、捕まえようと孤軍奮闘するものの、頭のタオルが恐いのか、全く近づかなくなり、鳥かごに戻すどころではなくなる。何しろ、ちょっと変わったものが現われると、敏感に反応するから、それも1羽が驚いてパサパサすればみんな逃げるから、始末が悪い。
 とにかく集団で飛び回ると、手に負えなくなるけれど、そんなとき、夫との緊張した空気を察知して、最初に行動するのがフーだ。
「パパが怒ってる。このままだと、まずいわ」と思うのか、タイミングを見て、自分の鳥かごの入口に行く。鳥かごに行かないまでも、夫やあやさんの手に飛んできて、鳥かごに入る。すると、ほかの文鳥たちも見習って、自分の鳥かごに戻って行く。そろそろお腹が空くころで、遊びをやめるちょうどよいきっかけができたのかもしれないけど、フーはみんなのリーダーで、そんなときには大きな声で鳴いて、鳥かごに戻るよう呼びかけている。
 全員が鳥かごに戻ったか確かめると、ミミの姿がない。まだ幼いミミは、飛び方も頼りないから、どこかに落ちているかもしれない。ふたりでミミの名前を呼びながら家中を探し回るものの、こんなときには、文鳥のほうもパニックになっているから返事はない。
「落ちて、どこかに入っちゃったのかしら。脳震盪でも起こしてないといいけど」と心配するあやさん。  夫も、
「困ったな」といって立ち止まった。じつは、ミミは、もうすぐ里子に出ることになっていて、引き取るのを楽しみにしている名付け親がいる。いなくなってしまったら一大事。洗面所や玄関に行って見ても 額縁の裏をのぞいても、どこにもいない。
「おかしいわね。外に出るはずはないし。やっぱり、どこかに入り込んだとしか思えないけど」
怪我をしていないにしても、あまり長い時間、何も食べないとなれば、生命にかかわるから、何としても見つけなければならない。
 ふたりは居間に戻って、再び机の後ろやテレビ台の裏を探した。
「いたいた。こんなところに入ってる」
 夫が、突然、明るい声を響かせる。
「本人も、どこにいるのかと、戸惑っていたのだろう」
 夫がテレビ台を動かしながらいう。
「さっきのぞいたときに、鳴けばいいのに」と、あやさんは不満だけど、とにかく無事に見つかりホッとする。ミミがいたのは、テレビ台の裏ではなく、そのすきまから台の中に入ったらしく、2段棚の上段にちょこんと乗っていた。というより、狭い場所に閉じ込められて身動きできない状態でいた。ふたりがかりで、テレビ台を大きく動かすと、いきなり中から飛び出してきたミミが、そのまま真っ直ぐ飛んで、向かいのカーテンにセミのように止まる。
 そんな芸当は体の大きいナナやココにはできそうもないけれど、ミミは小ぶりだからできたのだろう。