2024年5月12日日曜日

(9)ゴールデンウィークも過ぎて

 

ここ3日とも日中は晴れているが強風のせいかあまり気温が上がらない。朝などは肌寒いので文鳥のところにはパネルの暖房をいれている。みんな年寄りだし換羽のせいもあってか、鳥かご内で静かにしていることが多い。それでも居間に行くと、うれしそうな声で鳴くから、やはりかわいいし、ほっとする。

 先月、ピヨがいなくなってしまった鳥かごは、そのままの位置にあり、隣のスーたちの鳥かごのこともあって、これまでどおりに布がかけてある。いつものようにその布から外して文鳥たちの鳥かごを明るくしていくとき、ときどき間違って「ピヨちゃん、おはよう」といいそうになる。その言葉を飲み込んで黙って布をたたんで、それからスーとフユに覆いを外しながら「おはよう」と声をかける。まだ、ピヨのことを忘れるには時間が足りない。ピヨはあまり飛べなくなって久しかったが、昨年7月に夫のクリが亡くなってからは、やはり元気がなかった。それほど仲がよい夫婦とも思えなかったものの、喧嘩をするほど仲が悪かったわけではないから、寂しかったに違いない。クリがいなくなってから、しばらくクリのことを呼んでいたとき、かわいそうに思ったものだ。そんなクリの傍に行ったのだからと思って冥福を祈ることにしている。ピヨは体は大きかったが、何となく幼い可愛さがあった。シルバー文鳥というのは珍しい文鳥のようだけど、桜文鳥や白文鳥のような在来種だったのだろうか。とにかくピヨはほかの文鳥よりも大柄な鳥だった。生後4か月ほどでこの家に来た時からバサバサと羽を動かして飛んでいた。それは子供のときほとんど飛んでいなかったパピの飛び方にも似ていたから、そのせいだったかもしれないし、別の理由があったのかもしれない。やはり幼いうちから飛んでいる子とは違う飛び方だったと思う。それが身体の大きさによるものかどうかはわからないけれど、とにかくピューンとは飛ばなかった。文鳥は繊細なところがあるから、クリがいなくなってからずっとクリのことを思っていたのかもしれない。いつも隣にあるスーたちの鳥かごをながめていた。

 そういえば5月3日の憲法記念日はこの家で生まれた初めてのヒナ・白文鳥のマイの誕生日だった。あれはパピがこの家に来た都市だったから2010年のことだ。もう14年も経つのかと、光陰矢の如しとは、まさにそのとおりだと思う。

2024年4月26日金曜日

(8) ピヨちゃん、どうしたの?

 

4月14日のことだった。いつものように鳥かごの覆いの布を外しながら文鳥たちに呼びかける。

「ピヨちゃん、おはよう」といって、シルバー文鳥のピヨの鳥かご内をのぞくけれど、ピヨの姿はなかった。いつもはスーたち側

にあるスカイカフェの上に止まっているのに、どうしたのだろうと鳥かごの下を見ても姿がない。おかしいと思ってツボ巣に手を入れると、ピヨが寝ていた。様子がおかしい。えさを食べさせようと思い手に取って温めると、気持ちよさそうに眠った。

そのままヒーリングをしてからえさを食べさせたが、あまり食べずにリンゴジュースをなめただけで、またすぐに眠ってしまった。しばらく抱いて温めていると少し元気になったので部屋のマットの暖房を入れてエサを撒いたタオルの上に寝かせた。

 夫が起きてきたのでピヨの話をすると、夕べ夜中に止まり木から下に落ちたのでツボ巣に入れたとのことだった。

 ピヨは飛べなくなって久しいけれど、鳥かごの中は移動出来ていた。でもツボ巣に入っていることはほとんどない。たぶんツボ巣の上かスカイカフェに止まっていることが多いはず。ツボ巣に入れられたままだということは、動けないのだと思われた。

 そういえば、ちょっと前のことだったが、ぴょが床に落ちていたことがあった。急いで拾い上げてびっくりしたのは、彼女が坂様に転がっていたことだった。夫によると、最近ピヨは逆さになった状態から起き上がれないことがあるという。

 ピヨが鳥かご内の低い位置で生活ができるようにツボ巣を下に置いてえさや水も鳥かご内の床に置くことに下。昼過ぎにはピヨも少しエサを食べてタオルの上を移動するようになったので、鳥かごの床に夫が暖房をセットした。

 夕方には鳥かごの床に戻し、少し安心して寝かせたが、夜中に夫がピヨが死んでしまったと告げた。

 苦手だった人の手の中で、あんなに静かに長い間抱かれていたピヨ。相当具合が悪かったに違いない。7歳半の人生(鳥生)は少し短すぎるような気がした。昨年7月に天国へ召されたクリのもとへ行くことだろう。数日後、雨上がりの庭で土を掘り、クリのそばに埋葬した。お別れはいつも悲しい。

2024年4月13日土曜日

(7) 春爛漫

 

4月も半ばに近づき、桜の花も散り始める、この季節は強風が吹いたり雨がよく降るから桜の見ごろが難しい。それでもきょうは良く晴れて春爛漫の外出日和になった。そして、気温もぐんぐん上がって、あっというまに日中の気温は夏のようになる。春爛漫と思ったら、家の外は夏のようで、また春が短くなってしまったことを思い知らされるようだ。

 4月10日は白文長のオス・スーちゃんの誕生日だった。久しぶりに妻のフユとの写真を撮ったので、1年前の8歳のときの写真とともにアップする。やはり9歳ともなると老鳥の外観はまぬがれないけれど、フユとともに相変わらず元気に飛んでいる。一緒に生まれたミーは昨年9月に天国に行ってしまい、ランももっと以前に夫のメグを置いて天国に召されてしまった。だから3兄弟のうちでスーが一番長生きということになる。父親のクリも昨年7月に9歳4か月で天国へ行ってしまったから、いまこの家にいるオスはスーとスーの祖父のメグ(もうすぐ11歳3か月になる)の2羽だけ。メスはフユが6歳5か月、ピヨが7歳半、モカが6歳2か月になった。

 夫が加湿器をしまいながら、残りのフィルターが3年分になったといっていたが、もう3年後には、文鳥のための加湿器は必要なくなっているかもしれないと思ったりする。


  上が8歳



2024年3月27日水曜日

(6) 春はこれから

 

3月も終わりに近づき久しぶりに朝から明るい陽光が輝いている。これから本格的な春になるのだろう。今年は桜の開花も大分遅れていて満開は4月になるようだ。

 あやさんちでは5羽の文鳥たちも元気に春を迎えている。先日のお彼岸は11歳7か月生きたシナモン文鳥のチーの命日だった。彼は3年前に眠るように大往生した。いまいるオスは2羽ともチーの子孫だ。

 白文鳥のメグは11歳2か月を過ぎた。今も元気で鳥かご内は自由に動ける。彼の強みはよく食べることで、自分が大事にされていることもわかっているらしい。

 この穏やかな春の気候とは裏腹に、いま世界のあちこちで信じられないような悲しい出来事が起きている。いや、起こされているというほうが当たっているような気がする。人類は愚かな人々によってやがて滅びてしまうのかもしれない。それでも文鳥たちはかつて恐竜から進化したように、また新たな進化を遂げて生き残る? 賢い文鳥たちは、きっと生き延びるはず。そんなことを考える春の日。

2024年3月11日月曜日

(5) 東日本大震災から13年

 

今年は能登の大地震から始まった地震大国、日本だが、被災地の復興は遅々として進んでいない。我が家でもかつて経験した水道をはじめ電気やトイレの不都合な状態は13年も経ったのに一向に改善されていないように見える。あのあと簡易トイレや簡易ベッドなど便利なものが出来たはずなのに、報道で知る限りほとんど役に立っていないのではないか。昨年から何回も地震に見舞われていた能登地方なのに、ほとんど近くに用意してなかったみたいだ。石川県や国はまるで防災にお金をかけてこなかったのではないか。東日本のときに比べ津波で亡くなった人は少なかったものの、その後の生活環境があまりにも酷い。政府の初動も頼りないもので、この国は本当に国民のことを大切にしないボロい国になってしまった。これでは出生率が減っていくのも当然のように思う。

 政治家たちは裏金をつくり、それがバレても議員をやめない。庶民にはより不便で危険なカードのマイナンバーカードを持たせようとし、インボイスを導入して貧しい事業者からも税金をとろうとする。そして、危険な注射を反省鳴く続ける。いまこの国を動かしているのは、日本人ではないのかもしれない。恐ろしいことだ。

 文鳥たちの鳴き声が聞こえて少しばかり心がなごむ。

2024年2月25日日曜日

(4) 春が来たと思ったら

 

きょうは雨模様の曇り空で寒い。気象情報によると最高気温が5度だそうだ。数日前はポカポカ陽気で早くも春になったと思い、そのちょっと前には最高気温が20度を超えた日もあった。寒暖差が15度以上というのだから体調が崩れるのも自然なことかもしれない。年のせいか運動不足のせいか膝を中心に足が痛む。

 そして文鳥のことを考える。彼らも年寄りだから、足が痛くなったりしないだろうかなどと。立っていることが多い文鳥たち。11歳を超えたメグなどはかなり前から鳥かごの下に下りて隅っこにしゃがんでいた李する。ツボ巣に入っていることも少なくない。やはり足が痛くなったりするのだろうかなどと、急に心配しだす。9歳2か月で亡くなった白文鳥のマイも11歳7か月で亡くなったシナモン文鳥のチーも最後は足を引きずって床を移動していた。どちらも飛べなくなってからのことだったけれど、あのとき彼らの足は痛くなかったのだろうか。そんなことを思う今日この頃。

 そういえば拍文鳥のフーも晩年は飛び上がれなくなっていた。満身創痍で7歳半まで頑張った。そのフーの命日が2月22日だった。ついこの間のように思えるが、フーが亡くなってから9年も経った。あやさんも年を取るはずだ。

とにかく、いまいる文鳥たちはみんな元気そうにしているから、心配することもないだろう。まず、あやさんは運動不足の解消から始めなければ。

2024年2月10日土曜日

(3) ピヨちゃん、大丈夫?

 

おとといのことだった。夕方、居間に行くとソファーの前のカーペットの上で動くものがあった。よく見ると灰色の体をしているピヨだった。ピヨの鳥かごを見ると入り口の扉が開いている。夫が出かける前に閉め忘れたのだろうか。夫が出かけてからもう3時間にもなる。すぐに鳥かごから出たとしたら3時間も何も食べていないことになる。ピヨは鳥かごまで飛び上がれないからこんなことになってしまう。捕まえようとしたら逃げたものの飛べないので間もなく捕まえると手の中でおとなしくなった。急いで鳥かご内に入れたが止まり木まで跳び上がれない。下にえさと水を用意してしばらく様子をみた。このまま床での生活になりかねないと心配していると、上部に上がっていたのでホッとした。ピヨはもうすぐ7歳4か月になるシルバー文鳥でメスにしては体が大きいがこの家に来た時から飛び方がうまくないほうだった。パピもそうだったけれど、幼いうちに飛び回っていないと器用には飛べないのかもしれない。

 いずれにしても、ピヨは元通りになったようでよかった。それでも夫は念のため鳥かごの中にもう1本幅を付けた止まり木を入れることにした。重要なのは鳥かご内を自由に動き回れることである。

 鳥かごから出て飛べるようになったクリーム文鳥のモカは、あれから何度か失敗して鳥かご近くでUターンをしていたけれど、鳥かごの外側につかまって自軍で中に入れるようになった。目が良くなったから自信もついてきたのだろう。

 いろいろ心配事はあるけれど、みんな年寄りの割には元気そうな声で鳴き、明るい春を待っている。