2024年7月25日木曜日

(14) 白文鳥のメグ

 

 文鳥も11歳半ともなると、かなりのおじいさん。飛び上がったりはできなくなる。ほとんどの文鳥が9歳をすぎるとよぼよぼした感じになってくるけれど、メグは11歳半を過ぎても鳥かご内の高いところにも上がってえさを食べたりできる。この家で生まれ大食漢でほとんど病気らしいことをしていないメグは、怪我といっても爪をツボ巣に引っかけたときの怪我ともいえないものぐらいで、丈夫な強い文鳥だ。

 そんな彼でも寄る年波には勝てないようで、最近では鳥かごの床の隅にじっとしていることが多い。鳥かごの掃除のときに声をかけても動かないことがあるので、動かそうと手をだすと以前は逃げていたのに、最近ではおとなしく乗ってきたりする。手に載せて背中をやさしくなでてやると、気持ちよさそうにしておとなしくしているから、かわいらしくて愛おしい。

 もう11年半以上も一緒に暮らしてきたのだ。メグの母親は白文長のピポだった。やはり白文長のピーが事故が元で2歳足らずで死んでしまったため、ペアで飼っていた残されたフーのために生後1か月でこの家にもらわれてきた白文鳥だった。すぐにフーと仲良くなって、頭のいい2羽はいろんな遊びを考え出して遊んでいた。そしてピポは、やがてシナモン文鳥のチーを夫に迎えて4羽の子孫を残した。最初がルミで、その2年後に生まれたのがメグだった。メグはよくピポを追いかけて遊んでいた。ある日、ピポが突然いなくなってしまったとき、夫のチーだけでなくメグもきっとショックだったに違いない。その後、メグは孫にあたるクリーム文鳥のランと暮らしたが、ランのほうが先に旅立ってしまった。しばらくは寂しそうに見えたメグだったものの、元々独り生活になれていたせいか、そのうちに元気になって現在に至っている。メグは誇り高くて威張っている。なんといっても最長老なのだから。

 7月22日は9歳2か月で天国へ行った白文長のマイの命日でもあった。マイはフーの子どもだったが、みんなに愛される優しい文鳥だった。この家ではオス文鳥のほうが長生きのようだ。

2024年7月11日木曜日

(13) きれいな鳥かご

 

 猛暑の日が続いているが、まだ梅雨は開けてないらしい。蒸し暑い日々にうんざりしている。文鳥たちは家の中で過ごしているから空調が効いているのでさほどこたえてないだろうけれど、それでもぐったりしているのか、おとなしい。

 おとなしいといえば、モカが静かになった。このところ夫が鳥かごを順番に洗ってきれいにしていたが、そのさい鳥かごの位置を変えたからだろう。モカの鳥かごはスーとフユのいる鳥かごの隣になった。元々はピヨとクリがいた場所だ。モカはよく隣のスーたちの鳥かごをのぞいている。以前は隣がメグだったため、そんなことはなかった。ひとりでブランコに乗っていることが多く、さびしいのかよく鳴いていた。以前の位置に比べ、年の近いフユたちがよく見えるのでいいのかもしれない。

 もうすぐクリの一周忌になる去年は今頃ダニのような小さな虫が鳥かご内にわいていた。クリはダニに血を吸われてしまった可能性もあった。その後にダニ退治のマットをしいてからは虫の姿は見えなくなったが、去年、夫はもっと早くに鳥かごを洗うべきだったと後悔していたから、今年はもうすでにみんなの鳥かごはリニューアルがすんでいる。

 クリがいなくなってからしばらくクリを呼んで鳴いていたピヨも今年の4月にクリのところに行ってしまった。そして、やはり昨年9月に未亡人になったモカがその場所にいる。モカとフユはまだ若いほうだけど、メグはもうすぐ11歳半、スーは9歳3か月という老鳥である。これからも元気で過ごしてほしい。

2024年6月27日木曜日

(12) 梅雨の季節

 

 いつのまにか夏至が過ぎて6月も終わりに近づく。今年の梅雨は雨も時々降るもののそうでない日はムシムシと暑苦しい。夜間は窓を閉めるためエアコンが必要だけど昼間は海からの風に助けられる。

 文鳥たちも人間同様にぐったりしているのか比較的おとなしい。それでも鳥かごに近づくとぴっぴとかチュンとか鳴いて挨拶らしい声を出すから、やはり可愛いものだ。

 夫は今年もまた順番に鳥かごを浴室に運んで洗っている。止まり木やスカイカフェを付け替え新しいプチプチを鳥かごの周囲に貼っていく。2週間くらいかけてこの作業を終えるが、今では鳥かごの数も減り簡単になっている。いま居間に並んでいる鳥かごは5つで、そのうちの3つに文鳥たちが住んでいる。あとの2つは予備。以前は居間に所狭しと8つの鳥かごが並んでいた。どの鳥かごにも文鳥たちが入っていて、最多のときは14羽もいたと思う。あのころは毎日が文鳥たちとの時間でにぎやかだった。今思えばよくやっていたと思うものの、活気ある楽しい毎日だった。

 世の中はだんだん不便になって行くようだ。近くを通るお散歩バスの本数も減った。理由は運転手不足だというが、それに加えて燃料代の高騰もあるかもしれない。この国の経済が示す指標は世界でも下の方になった。人口は減少し経済は衰退している。貧しい人が多くなった。1年ごとに契約しなければならない労働者の数が多すぎる。安心してその仕事を続けられないということは、展望を持って仕事の内容を積み重ねて発展させることができないということになり、労働者にとっては勿論、社会にとっても大いにマイナスのはず。そんなことは誰でもわかるだろうに、なんでこの国は、そんな変な国になってしまったのだろうか。これも教育のせいだろうか。そんなことを考えるうっとうしい日々。

2024年6月11日火曜日

(11) リンゴジュースと文鳥

 

あやさんちでは毎日、文鳥たちのためにリンゴジュースを用意している。生協から配達される透き通ったもので甘くておいしい。これを毎日鳥かご内のスカイカフェに1時間ほど入れて置く。メグの場合は床のえさと並べて置くようにしているが、それはメグが以前にスカイカフェに入れて置いたリンゴジュースを水と間違えてそこで水浴びをしてしまったからだ。これでは羽がベタベタになってしまう。そんなことはスーにもあったそうだけど、いまは決まった時間だけスカイカフェに入っているので、それはなさそうだ。それどころか、スーはリンゴジュースを入れるとまるで「待ってました!」とばかりに飲み始めるという。

 夫によると、スーは元々はリンゴジュースはほとんど飲んでいなかったらしい。フユだけが喜んで飲んでいたが、いつのまにかスーがフユよりも先にその場所をとってリンゴジュースを飲みだしたらしいのだ。最近では、スーはまるで自分だけのもののように飲んでいる。「おいしいものは俺様のものだ」といわんばかりに。

 スーの兄弟だったミーもリンゴジュースが好きで妻のモカにはあまり飲ませなかったようだ。そして、クリの妻だったピヨもほとんど飲まなかったらしい。オスにはそんな威張った習性があるのかもしれない。

 昔、この家にピーとフーというつがいの白文長がいたときのことを思い出す。オスのピーは威張っていたけれど、新しいものには案外臆病で、先にフーに試させていた。フーはいわれたようにあまり恐れる様子もなくピーの指示通りにやっていたから、メスのほうが度胸がいいように思った。反対にオスは臆病のくせに威張っている。人間社会にも似たようなことがあるような気がする。ちなみにリンゴジュースは家族みんなで同じものを飲んでいる。

2024年5月27日月曜日

(10) 引っ越し

 

 きょうは数日ぶりの雨模様。たしか昨日辺りに友人の娘家族が千葉から京都に引っ越したはずだ。最近では引っ越し業者の数が減り、連休中に越したかったのに今頃になってしまったという。運送業者も工事職人も減っているというから、これからは不便な社会になっていくのだろう。そういえば昨年秋に導入された消費税のインボイス制度とかで農業をはじめ芸術家や職人など小さな企業が廃業に追い込まれている。そしてパンデミックで大きな人口減があったから、この国は明らかに衰退に向かっている。そんななか国民のほとんどが支持していない政府が続いている。以前のようにマスコミが抑えられ、国民が知らされないままに戦争が起きるのではないかと心配になるこの頃。

 家の中の文鳥たちもおとなしい。老文鳥ということもあるだろうけど、あやさんのそんな不安を察知しているのかもしれない。

 とにかく不安な世の中で、娘が京都に引っ越してしまった独り暮らしの友人は、高齢だから心細そうだ。最近、別のやはり恒例の友人は独りでマンション暮らしをしていたけれど、離れて住む息子たちの勧めで近くの老人ホームに入居した。みんなが先々不安になるような暗い世の中が広がっている。世界中が平和であってほしいと祈る日々。

2024年5月12日日曜日

(9)ゴールデンウィークも過ぎて

 

ここ3日とも日中は晴れているが強風のせいかあまり気温が上がらない。朝などは肌寒いので文鳥のところにはパネルの暖房をいれている。みんな年寄りだし換羽のせいもあってか、鳥かご内で静かにしていることが多い。それでも居間に行くと、うれしそうな声で鳴くから、やはりかわいいし、ほっとする。

 先月、ピヨがいなくなってしまった鳥かごは、そのままの位置にあり、隣のスーたちの鳥かごのこともあって、これまでどおりに布がかけてある。いつものようにその布から外して文鳥たちの鳥かごを明るくしていくとき、ときどき間違って「ピヨちゃん、おはよう」といいそうになる。その言葉を飲み込んで黙って布をたたんで、それからスーとフユに覆いを外しながら「おはよう」と声をかける。まだ、ピヨのことを忘れるには時間が足りない。ピヨはあまり飛べなくなって久しかったが、昨年7月に夫のクリが亡くなってからは、やはり元気がなかった。それほど仲がよい夫婦とも思えなかったものの、喧嘩をするほど仲が悪かったわけではないから、寂しかったに違いない。クリがいなくなってから、しばらくクリのことを呼んでいたとき、かわいそうに思ったものだ。そんなクリの傍に行ったのだからと思って冥福を祈ることにしている。ピヨは体は大きかったが、何となく幼い可愛さがあった。シルバー文鳥というのは珍しい文鳥のようだけど、桜文鳥や白文鳥のような在来種だったのだろうか。とにかくピヨはほかの文鳥よりも大柄な鳥だった。生後4か月ほどでこの家に来た時からバサバサと羽を動かして飛んでいた。それは子供のときほとんど飛んでいなかったパピの飛び方にも似ていたから、そのせいだったかもしれないし、別の理由があったのかもしれない。やはり幼いうちから飛んでいる子とは違う飛び方だったと思う。それが身体の大きさによるものかどうかはわからないけれど、とにかくピューンとは飛ばなかった。文鳥は繊細なところがあるから、クリがいなくなってからずっとクリのことを思っていたのかもしれない。いつも隣にあるスーたちの鳥かごをながめていた。

 そういえば5月3日の憲法記念日はこの家で生まれた初めてのヒナ・白文鳥のマイの誕生日だった。あれはパピがこの家に来た都市だったから2010年のことだ。もう14年も経つのかと、光陰矢の如しとは、まさにそのとおりだと思う。

2024年4月26日金曜日

(8) ピヨちゃん、どうしたの?

 

4月14日のことだった。いつものように鳥かごの覆いの布を外しながら文鳥たちに呼びかける。

「ピヨちゃん、おはよう」といって、シルバー文鳥のピヨの鳥かご内をのぞくけれど、ピヨの姿はなかった。いつもはスーたち側

にあるスカイカフェの上に止まっているのに、どうしたのだろうと鳥かごの下を見ても姿がない。おかしいと思ってツボ巣に手を入れると、ピヨが寝ていた。様子がおかしい。えさを食べさせようと思い手に取って温めると、気持ちよさそうに眠った。

そのままヒーリングをしてからえさを食べさせたが、あまり食べずにリンゴジュースをなめただけで、またすぐに眠ってしまった。しばらく抱いて温めていると少し元気になったので部屋のマットの暖房を入れてエサを撒いたタオルの上に寝かせた。

 夫が起きてきたのでピヨの話をすると、夕べ夜中に止まり木から下に落ちたのでツボ巣に入れたとのことだった。

 ピヨは飛べなくなって久しいけれど、鳥かごの中は移動出来ていた。でもツボ巣に入っていることはほとんどない。たぶんツボ巣の上かスカイカフェに止まっていることが多いはず。ツボ巣に入れられたままだということは、動けないのだと思われた。

 そういえば、ちょっと前のことだったが、ぴょが床に落ちていたことがあった。急いで拾い上げてびっくりしたのは、彼女が坂様に転がっていたことだった。夫によると、最近ピヨは逆さになった状態から起き上がれないことがあるという。

 ピヨが鳥かご内の低い位置で生活ができるようにツボ巣を下に置いてえさや水も鳥かご内の床に置くことに下。昼過ぎにはピヨも少しエサを食べてタオルの上を移動するようになったので、鳥かごの床に夫が暖房をセットした。

 夕方には鳥かごの床に戻し、少し安心して寝かせたが、夜中に夫がピヨが死んでしまったと告げた。

 苦手だった人の手の中で、あんなに静かに長い間抱かれていたピヨ。相当具合が悪かったに違いない。7歳半の人生(鳥生)は少し短すぎるような気がした。昨年7月に天国へ召されたクリのもとへ行くことだろう。数日後、雨上がりの庭で土を掘り、クリのそばに埋葬した。お別れはいつも悲しい。