2025年2月14日金曜日

(三) 春の足音

 

 2月も半ばになると、春の陽射しが感じられる日もあって、文鳥たちの昼寝の時間も多い様子。それでも部屋のドアを開けたりすると、こちらの動きを察知してチュンチュンピッピと鳴きだすから面白い。たぶん退屈して居眠りでもしているのだろう。フユなどは鳥かごの傍へ行くと、騒がしく鳴く。もう亡き夫を呼んで鳴くようなことはなくなったようだけれど、そのぶんかなり退屈しているようだ。

 とにかくモカとフユのメスが2羽いるだけになってしまった。性格は大分違っていて、フユの方が積極的でかっばつに動く。鳥かごを掃除するとき、フユは出入口を開けるとさったと隣のモカの鳥かごに入り込んでいく。モカのえさを食べたり水浴び器で水浴びをしたりと他人の部屋でわがもの顔にふるまっている。モカはいつもどおりにブランコに乗っておとなしくしているが、時にはカルカルという声を出して、出ていけとばかりに怒っている。フユのあまりに勝手なふるまいに我慢しきれなくなったといった感じ。だからといって、フユが入ってこなければ、それはそれでつまらないのかもしれない。そんな2羽の様子を見ていると、同じ一つの鳥かごに入れるのは難しいような気がする。オス同士は難しいといわれているけれど、メス同士でも姉妹とかでないとダメなのかもしれない。

 これまで、ナナとココ、トビとユウは一緒の鳥かごで平和に暮らしていたけれど、それは姉妹だったからだろう。一緒に生まれて育ってきたから、あまり問題がなかったようだ。

 7歳を過ぎたこの2羽のメスは、子供を持つことがなかったせいか、年下の若い文鳥と暮らすことがなかったせいか、いつまでたっても子どもっぽい。10年前に7歳半で天国へ行ったフーとはかなり違う。フーは本当に賢いリーダーだった。もうすぐフーの命日が来る。

2025年1月25日土曜日

(二) 世界が大きく変わる年

 

 アメリカ合衆国のトランプ氏就任式を見て、新しい時代の到来を感じた。彼の最大の歓迎すべきところは戦争が嫌いだということだ。戦争を始める者は最低の指導者といえる。戦争は始めることは簡単だが、止めることは難しい。その間にどれだけ多くのものが失われ、長く遺恨を残すことか。戦争を始める者は人類の最大の敵である。だから人間ではないかもしれない。人類の敵としてその名を刻むことになる。

 文鳥が戦争をするだろうか。鳥は人類よりも賢い。何しろあの大きな恐竜から変身して軽く小さな体になって空を飛べるようになったのだから。なんと平和な生きものだろうと思う。そう考えてシナモン文鳥のフユとクリーム文鳥のモカを見ると、いっそう愛おしい。

 アメリカは大きく変わりそうだが、さて、日本はどうだろうか。いろんなところで国民の不満が噴き出している。その例としてフジメディア会社の酷いガバナンスの露呈厚労省の顕著になってきたワクチン行政の失策、さらなる税額の引き上げなどがあげられるが、国民の不満は頂点に達している。けれども今の政府は全くの無能。この国は政府というより財務官僚によって衰退を加速しているようだ。いよいよ国民は目覚めてきたが、先行きへの不安はつのるばかり。それでも多くの国民が目覚めればこの国は明るい方角に進めると思う。その点では変なマス目ディアの解体は意味があるかもしれない。そんなことを感じるこの頃。

2025年1月9日木曜日

(一) 2025年・蛇年・新春

 

明けましておめでとうございます。

 新しい年が始まった。今年初に紹介する文鳥は2羽だけになった。どちらもメスの未亡人。

 フユ…シナモン文鳥・・・7歳1か月

 モカ・・・クリーム文鳥・・・6歳11か月

 どちらもほぼ7歳で老鳥となった。部屋は寂しくなり、彼女たちは亡き夫を呼ぶように時々鳴いている。フユなどは、これまではスーしか使っていなかったスカイカフェの水で水浴びをしていて、まるでスーがいるのかと錯覚する。スーがいたときにはそこでフユが水浴びをすることはなかった。最初のうちは、そこで浴びるスーをむしろ怒っていたくらいだった。それが、まるでスーがいるかのように水浴びをしている。スーのことを思い出しているのだろうか。不思議な行い。

 昨年末フユの夫のスーは9歳8か月の生命を全うした。夏には11歳7か月でスーの祖父のメグも天国へ行った。この家で生まれた文鳥はもういなくなってしまった。春に天国へ行ったピヨもフユもモカも、みんなこの家にお嫁さんにきた文鳥たち。オスに比べてメスの方が寿命が短いような気がするけれど、フユとモカには元気で長生きしてもらいたいと思うお正月。

 そして、世界が平和でありますように。

2024年12月27日金曜日

(24) スーちゃん、さよなら

 

 今年もあとわずかになった。

 今月16日のことだった。夫が鳥かごを掃除しているとき、白文長のスーが元気がないようだといった。朝、鳥かごの覆いの布を外したら、いつものようにスーとフユがピピピとげんきな声で鳴いたので、その後におかしくなったのかもしれないと思いながら、スーを抱きかかえて温める。スーはしばらく手の中でおとなしくしていたが、そのうちに手から出ようと跳びはねて白い糞をだした。それから少しえさを食べたので、フユも呼ぶと2羽で手に乗って仲良く一緒にえさを食べた。鳥かごにもどすといつものようにスカイカフェの上に2羽で仲良く乗ってこちらに向かってさえずったので、ひとまずホッとする。

 翌朝も布を外すと、いつもどおり元気に鳴いた。けれどもまた午後になるとスーは具合が悪くなった。ヒーリングをしてから床暖房のマットの上に寝かせて布で覆って温める。

やがて少し元気になり、水っぽい糞をした。そのあとフユと鳥かごに戻ったスーはえさを食べだしたので、鳥かご内の暖房器をふやして様子をみることになった。あまり飛べなくなっているため、止まり木から落ちても大丈夫なようにと下にも水とえさを置いた。

そして、翌18日の朝、鳥かごの布を外したとき、恐れていたことが起きた。鳴き声がしなかったのだ中をのぞくとスカイカフェの上にいるフユだけが見える。フユはだまっている。もしやと思い、鳥かご内に手を入れて床をさがすと、スーの身体が水を入れた皿のそばにあった。まだ暖かったものの、死んでしまったとわかった、9歳8か月の一生だった。

 ケガも病気もほとんどなく、人懐こくて賢い文鳥だった。この家で生まれて外に出たことは一度もなかった。残されたのは外からもらわれてきたメスの2羽だけになった。

 フユはモカがミーを亡くしたときのように、スーを呼んでときどき鳴いている。文鳥には「死」は理解の外なのかもしれない。

 年初には5羽いた文鳥が2羽になってしまった。寂しい年の瀬。そして、今年も間もなく終わろうとしている。。

 先ほど庭のほうで小鳥の鳴き声がした。フユが鳴くので外を見ると、2羽の小鳥が飛んで行くのが見えた。小鳥の種類は分からなかったが、文鳥によく似た鳴き声だった。

2024年12月12日木曜日

(23)今年もあと半月余り

 

 急に日照時間が短くなってきたが日中は毎日、明るい日差しが注がれている。文鳥たちも昼寝をしているのかおとなしい。鳥かごの中をのぞくと、鳥かご内に吊るした暖房器の近くにいる。モカは独りでブランコに乗り、スーとフユは並んでツボ巣の上に載っている。ツボ巣の上は狭いから2羽でくっついているという感じ。日中は家の暖房を消しているから、やはり寒いのだろうか。まあ、鳥かご内の暖房のそばにいれば心配はないだろう。

 きょう12月12日はピポとチーの最初の子であるシナモン文鳥のメス・ルミの生まれた日だった。ルミはフーとパピの最初の子だった白文長のマイと一緒になったが、子孫は残せなかった。それでもルミはこの家のメスでは一番長生きをした。メスで9歳以上生きたのはルミだけだった。夫のマイが亡くなってから半年後にルミは天国へ行った。

マイは優しい夫だったので、ルミは平和に暮らせたようだ。文鳥はデリケートな生きものなので心持が寿命に関係するような気もする。

 家の中は陽射しで明るく静かな時間が流れているが、社会は目まぐるしく変化し、戦争も続いている。世界中に明るく平和な社会が広がることを祈るばかりだ。

2024年11月27日水曜日

(22) コンポにさよなら

 

この家に引っ越してきてからずっと本棚の一角を占めてきたオーディオセットが片付けられた。もう何年も使っていない。主にCD用に使っていたがそのほかにもいくつかの機能があった。どれかが壊れてしまってからCDもかけなくなったような気がする。

昔、ピーちゃんとフーちゃんがこの家に来た頃、よく音楽をかけていた。頭の良い子に育つようにとモーツアルトのアイネクライネを聴かせていたら、オスのピーちゃんがいつの間にか歌い出した。

「ピーがアイネクライネを奏でだした。すごい!」といって喜んだものだが、それがオスとしてのピーちゃんならではのさえずりだったのだ。なつかしい日々が浮かぶ。でも、ピーはフーを残して短い一生を終えてしまった。そんな思い出のあるコンポがなくなり、本箱の一角はすっきりした。あと、鳥かごを3つたためば居間は広く感じるはずだ。スーとフユ、そしてモカのいる鳥かご2つだけが机の上にそびえるだけになる。そうしたら、もうすぐお正月。あっという間の1年間。そして年初に5羽いた文鳥たちは3羽になってしまっている。それでもモカの目が見えるようになったことは、うれしいことだった。昨年9月に夫のミーが亡くなってしまってから、寂しそうなモカだけど、時にはフユがモカの鳥かごに入って行ったりする。そのうちモカが怒ってフユを追い出しているらしいけど、隣にそんな仲間がいるというのも悪くはないだろう。フユはいたずらっぽいところがあるから、メスにしては珍しく他人の鳥かごに入ったりする。夫のスーは9歳7か月を過ぎたおじいさんなので、フユも退屈しているのかな。

2024年11月11日月曜日

(21) 11月はピポの命日

 

11月になると、ピポのことを思い出す。あの日、11月14日、6歳4か月になった白文鳥のピポはこの家から突然、姿を消してしまった。小雨模様のあわただしい日だった。ピポはいつもどおりにメグに追いかけられて元気に飛び回っていた。人の出入りもある日だったが、ピポは家の中にいると思っていた。何日も近所中を探しまわった。結局、夕方夫が傘を取りに玄関に戻ったときに一緒に外に出て行ってしまったのだろうということになったが、本当のところはわからない。それは2015年のことで、2月にはピポが姉のように慕っていた同じ白文長のフーが亡くなり、その子供のナナが4月に亡くなりと悲しいことが続いていた。さらに12月にはまだ若いチビまでも死に4羽の文鳥がいなくなってしまうという年だった。けれども、チビが4月には3羽のヒナを産み、小さな体で3羽のヒナを育て上げた年でもあった。夫が無理やり口にえさを入れてやっと育ったチビだったのに、3羽のヒナを必死で育ててあまり飛べないようになっていた。いまそのチビの子どものスーは9歳7か月になった。そしてスーの妻であるシナモン文鳥のフユはこの18日で7歳になる。今この家にいるのはあとクリーム文鳥のモカだけ。つまり3羽だけになってしまった。住まいの鳥かごも2つだけ。

 その鳥かごにいつのまにか暖房器がつきっぱなしになった。小さな床暖房は日中は消すものの鳥かご内に吊るした暖房は一日中点けっぱなし。電気代が気になるけれど文鳥には温かさが必要なのだ。ことに老文鳥たちにはなおさら。