2026年7月30日木曜日

 

(12) モカちゃん8歳半

 

 8歳6か月を迎えたモカは、ますます元気そうだ。あやさんにかまってもらえずに床に置いた四角い水入れ容器の中で独りで水浴びをした。といっても顔をちょっと濡らした程度のようにも見えるけれど・・・。そして、その後ピョンピョン跳ねて水を払っていたが、どこかへ消えてしまった。名前を呼んでも黙っている。探すと窓側の床にちょこんと立っていた。以前は、よくひっくり返っていたけれど、そんなこともなくすましている。夜になって鳥かごに布をかけてもブランコの鈴がいつまでもなっていたりもして、夕方の昼寝のせいか就寝前も遊んでいる。やはり、ずいぶん元気になったようだ。このぶんだとるみのように9歳まで生きられるかもしれない。

 猛暑の続く中、国会はようやく閉じたが、とにかくこれまでにないほどのメチャクチャなものだった。ここまでひどい内閣は見たこともない。政治家がこれほど劣化しているとは多くの国民も知らなかっただろう。

 そして、7月28日、熊本でかつてないほどの大地震が起きた。爆発などもあって人命が失われた。テレビには家屋の倒産も映し出され、この暑さの中、人々の暮らしが思いやられる。

2026年7月6日月曜日

 

 

(11) モカの水浴び

 長い換羽の期間も終わって、モカはすっかり元気になった。以前のようにあやさんの手の中でぐっすり眠っている時間が短い。動きが活発になったようで、鳥かご内のブランコに乗っていることが多い。ときどきブランコに付いている鈴を鳴らしてギャアギャア騒いでいる。その声を聴くたびに昔いたシナモン文鳥のオスのチーちゃんのことが思い出される。チーがこの家にもらわれてきた時、よほどブランコが気に入ったのか、しょっちゅうブランコに乗って鈴をならしてギャアギャア騒いでいたものだ。ほかの鳥でそんな風にブランコの鈴を鳴らしていたこはいなかったと思うけど、いまのモカの鳴き声はチーとそっくりで笑ってしまう。おばあさんの声だなんて思えないほどにぎやかで面白いのだ。

 ところでモカの水浴びだが、このとこ身体が痒いという仕草をして、水浴びを要求するようになった。あやさんが洗面所に水を溜めてそこで洗ってやる。ところが、きのうは朝から忙しくてモカはずっと鳥かごの中にいることになった。そして、気づくと水の音がしてモカは自分で、スカイカフェに入っている飲料用の水の中で浴びていた。いよいよ自分で水浴びをするようになったとばかりに喜んだあやさんだったが、きょうになったら、朝からうるさく騒いで、結局、また洗面所で体を洗ってやることになった。元気になったのはよいが、ますますにぎやかに鳴いて要求するモカに、あやさんは少しばかり閉口している。

 日本の国会は、もうめちゃめちゃになっている。不正な選挙で選ばれた国会議員とはいえ、世界に恥をさらして恥ずかしくないのかと絶望感に襲われる。

2026年6月17日水曜日

 

(10)  換羽(かんう)も終り

 

 モカの頭の羽毛が生えそろってきれいになった。なでると柔らかくきれいなモカにもどった。まあ年寄りなので、それなりにきれいになったといったところだけれども。

 つい数日前までは、体中が痒いようで、あやさんの手の中で昼寝をしていても、ときどき動き出して嘴で体を掻こうとしていた、そのたびにあやさんに頭から背中をなでてもらい静かになったものの、身体中が痒くてたまらない様子だった。最近は自分で水浴びができないので、2ドほど、あやさんが洗面所に連れて行き、モカの身体を軽く洗ってやると、そのあと気持ちよさそうに眠っていた。

 そして、すっかりきれいになったモカは、また、あやさんの手の中で糞をしたくなるまで静かに眠るようになった。

 換羽はやはり文鳥の身体にとって、けっこうな負担になるように思う。年寄りのモカが無事に通り越せてよかった。それにしても年のせいかモカは寝ていることが多い。。今のところ元気そうにあやさんを呼んでいるけれど、抱き上げるとすぐに手の中で眠ってしまう。やはり文鳥といえども寄る年波には勝てないようだ。

 国内では、無能なうそつき首相らによってとんでもないことが起きている。だいたい今回、彼女が選ばれた選挙さえもインチキなものだったようだから、国民は本当に、もっと賢くならないと大変だ。イラン戦争が終わったとしても、日本の行く末は思いやられる。日本人は本来の力を結集しなければならない。子どもたちのためにも。

2026年6月1日月曜日

 

 

(9)  モカの頭

 6月になり、モカは8歳4か月になった。いまモカの頭はたくさんの羽根軸が出て、触るとザラザラしている。みすぼらしい姿だけれど、ブランコに乗ったりしていてけっこう元気そうにみえる。これから頭の羽毛が生えそろってくれば、見た目ももっと可愛くなるだろう。

 ブランコといえば、ときどき鈴をリンリンと鳴らしているから、乗っているのがわかる。しばらく鳴らしたあとで、ギャーとかグルるとかいう大きな声を立てているのは、ブランコに怒っているのか鈴に怒っているのか、それともなかなか反応を示してくれないあやさんに対して不満の声を上げているのかわからないけど、まあ元気な証拠だからと、あやさんはあまり気にしていない。とにかく換羽を乗り越えればまだまだ元気に過ごせるはずだ。この間の午前と午後のあやさんの手の中の昼寝は換羽で衰弱した老齢のモカにはよかったように思う。手のひらで幸せな気持ちでヒーリングされながら眠って、脱糞したくなったら起きて、脱糞したらリンゴジュースを飲んでえさを食べる。なんと恵まれた生活だろうか。ちなみに今、モカのえさは、次の4種類を与えている。「文鳥専科」「皮付きえ」「ボレー」「カナリシード」それにサラダ菜とリンゴジュース。

 毎日、暑い日が続いていて、きょうの最高気温は30度にもなるという。さすがに日中はエアコンをつけて過ごしている。このあと日本列島に近づく台風の影響で天気はくずれてくるそうだ。じとじとと蒸し暑い日になるのかもしれない。―

2026年5月15日金曜日

 

(8) 連休も過ぎて

 5月の連休も終りもう半ばになった。晴れの日が続いていて日中の気温は高い。夏を思わせる陽射しに日焼けを気にして外出する。モカは相変わらずの調子だが、それなりに元気に過ごしている。糞の量が少ないと心配になるものの、あやさんの手の中で昼寝をした後にはちゃんと脱糞しているし、よく食べているから大丈夫だろう。とはいえ身体はだいぶ骨ばっていて、やはり年齢を感じさせる。

 モカもあやさんもそれなりの年を生きてきてもう、いつ天国へ召されても不満はないけれど、若い命が失われることは耐え難い。数日前に知り合いの40代の男性が自ら命を絶った。大きなショックを受けたが、生きて行くことに行き詰ったようで、悲しみと共に改めてこの社会の在り方に疑問を持った。人間社会に比べれば文鳥の世界は単純だ。生きることに絶望したり生活に行き詰ったりして自ら命を絶つことなど考えられない。できれば単純で平和な一生をおくりたいものだ。悲しい気分でそんなことを考えて、ただでさえ複雑な人間社会に意志を持ったAIが加わったらどうなるのだろうかと不安になった。

2026年4月27日月曜日

 

(7)  モカの楽しみ

 1週間前だったと思うが、モカの少し短めの羽根が床に落ちていた。まだまだ換羽の最中らしい。寄る年波も手伝ってモカはあまり元気がない。恐らく羽が抜けるために体調がよくないようになっているのだろうが、特に夏毛に変わるときは大変なようだ。そんな彼女の楽しみといえば、あやさんの手の中で昼寝をすること。いつもあやさんの手が鳥かごに差し入れられるのを待っている。ツボ巣に手を入れると、すぐさまその手に乗ってくる。背中をさすってやると、かゆいのか気持ちよさそうに目を細めて静かにしている。警戒心などみじんもない。

 そして、モカはあやさんの手の中でぐっすり眠る。そのうちに動き出すのは、たいてい糞をしたくなったとき。あるいはお腹がすいてきたとき。

 最近ではあやさんの手にしっかりつかまって、踏ん張って糞を出し、それからえさの場所に近づけてやると、黙々とえさを食べる。それからまたあやさんが座っている椅子に近づいてきて抱き上げてもらうのを待っている。たいてい片手にモカを抱いたまま、あやさんも1時間ほど居眠りをしていたりする。ふたりのおばあさんが部屋の真ん中で平和に居眠りをしているというわけ。それも午前と午後の2回も毎日のように。こんな平和がいつまで続くのだろうか、と時には不安になりながら。

 もうじきモカは8歳3か月になる。この家で暮らしたメス文鳥では9歳生きたルミに次いで2分目に長生きとなる。けれどもルミは死の間近まで飛べていた。モカはかなり前から飛べないし目も悪い。目の悪いあやさんが面倒を看るには丁度いいのだけれど、ルミの年齢まで生きられるかは心配だ。みんないつかは天国へ昇るのだから、それまでモカが幸せであってほしいと願う毎日である。

2026年4月13日月曜日

 

 

(6)  モカちゃんはよく眠る

 ここ数日は日中の気温が高く、夏が来たようだった。それでも朝の日の出前の気温は低く、モカの鳥かごにはまだ暖房が入っている。何しろ8歳2か月を過ぎたおばあさん文鳥だから寒いのはよくない。モカは時々元気にうるさく鳴いて鳥かごから出せとばかりに騒いでいる。えさもよく食べているから換羽中とはいえまずまずの体調のようで、このところ乗っていなかったブランコにもまた乗るようになった。ブランコの上であやさんを呼ぶのは、ほめられたいからだろう。換羽はひとまず順調に進んでいるようだ。それにしても夏がすぐそこに来ているようだから、換羽も急がなければならないかもしれない。短い羽毛がそろってくると、8歳のおばあさんでも若々しく見えるはずだ。

 一方、世界はトランプとイスラエルのせいでとんでもないことになっている。このようなことが起きる人間の世界はおかしすぎる。この戦争が長引けばより多くの人々が飢えに苦しみ命を落とすことだろう。人間の食べ物が無くなる前に文鳥のえさも手に入らなくなるのは目に見えている。それどころか突然空から爆弾が落ちて来て、死んでしまうかもしれない。一部のおかしな者たちによって、そんなことが起きるとしたら、人間は本当に愚かな生物になってしまうだろう。もしかしたら彼らは地球人ではないのかもしれない。そんなことを考えて不安な日々が続いている。

2026年3月22日日曜日

 

 

(5)  あれから5年

 シナモン文鳥のチーちゃんが天国へ召されたのは春分の日の3月21日だった。今年の春分の日は3月20日だったが、とにかくもうあれから5年も経ったことになる。途中でいなくなってしまった妻のピポを待っての半生だったから、あのとき悲しみと同時に、やっとピポに会えただろうという安堵に似たようなものも感じていた。昨年の秋分の日にはフユちゃんが突然、夫を追うようにして天国へ行ってしまった。モカ独りが残されたわけだが、これもまたチーのときのように、何らかの意味があるような気がする。周囲の人は夏のお盆に亡くなった夫が連れに来たといったり、フユが寂しがって天国へ追って行ったともいった。もちろん本当のところはわからないが、お盆や春分や秋分の日には墓参りをしたり仏壇に花などの供え物をしたりするから、あの世との何らかのつながりがある日であることに違いはないだろう。そう考えるとそれらは特別なことに思える。それにしても5年はあっという間だった。

 モカは間もなく8歳2か月になる。よく食べてよく鳴きよく眠る。先週、大きな羽毛が抜けて床に落ちていた。そろそろ換羽が始まるのかも知れない。換羽の時期はみんな体調がよくないような気がするから、年齢のこともあって少し心配だ。

2026年3月3日火曜日

 

 

(4)   ひなまつり

 きょう3月3日は桃の節句でひなまつりの日。最近はおひな様を飾る家も少なくなった。ひなまつりは女の子の節句なので、今どきでは5月5日の端午の節句(男のこ)に集約されて「子供の日」になっているようだ。あやさんは道明寺(桜餅)を食べてモカちゃんときょうの日を祝った。外は雨もようで寒い1日だった。モカはあやさんの手の中で眠るのが日常になっていて、ときどき甘えてあやさんの指を軽く噛む。モカはブランコに乗って、あやさんを呼ぶことが多くなった。先日などは、あまり静かなのでツボ巣で眠っているかと思い、上と下のツボ巣をのぞいたら、どちらにもいない。鳥かご内を探してもいないので慌てていると、モカは上のツボ巣の上に乗っていた。以前はそんなことが多かったものの、最近では上に昇などできなかった。かなり動きがよくなってきている。よく食べてよく寝るから、元気になったのだろう。そういえば去年より太ってきているようだ。

 そんな平和な日常の向こうで、世界では大変なことが起きている。起こされているというほうが正確かもしれない。シオニストとトランプによって世界がとんでもない方向に向かって行きそうだ。おごった人間ほど恐ろしいものはない。

2026年2月14日土曜日

 

 

(3)  春は間近

 きのう辺りからだいぶ暖かくなってきた。まだ寒い日も

あるだろうけどこのまま春になってもおかしくないような感じ。つい1週間前までは雪の中の選挙で大変だった。急な解散とこれまでにない日程の短期決戦となった衆院選は、準備も整わず政権与党にとってはやりたい放題の選挙だった。日本の選挙もベネズエラみたいになってきて、これから先が思いやられる。そんな気の晴れない日々だけど、春を思わせる陽光のなかでモカと一緒に日向ぼっこをしていると、おだやかな気持に包まれる。

 きょう、モカにうれしいことがあった。昼過ぎにまたモカが鳴きだした。そろそろ鳥かごから出せといっているらしい。と、思って鳥かご内をのぞくと、モカが得意そうにブランコに乗っていた。昨年、工夫して低い位置につけて置いたブランコだったが、これまで一度も乗れなかった。そのブランコに乗って、得意そうに鳴いていた。あやさんを呼んだのは見せるためだったようだ。毎日、午前と午後の長い時間、鳥かごから出して部屋の中を歩かせているから、足が丈夫になったのかもしれないと思って、うれしくなった。モカは最近、ますますあやさんになついて、椅子に座っているあやさんの足にのったりもする。手に抱いていると指を甘噛みしたりもする。まるで小さな猫みたいになってきた。やはり長い時間一緒にいると、情が通じてより仲良くなれるのかもしれない。

2026年1月31日土曜日

 

(1)モカちゃん8歳

 1月30日、ついにモカが8歳の誕生日を迎えた。といってもモカの正確な誕生日はわからないのだけれど、この家にお嫁に来たとき前の飼い主さんから1月末に生まれたと聞いたので、誕生日は1月30日と決めていた。たしかやはり1月生まれのメグと同じ30日にしたと思う。メグはこの家で生まれ11歳7か月生きたオスの白文鳥で一番長寿だった。オスの文鳥は9歳以上生きたものも多いけれどメスの文鳥はそれに比べて短命だ。一番長生きしたルミが9歳をようやく超えたと思うが、あとは8歳まで届かなかった。モカが8歳の誕生日を迎えられたことは、そういう意味でもおめでたい。もう飛べないとはいえ、大きな声で鳴くしえさもよく食べている。そして、ときには捕まえようとするあやさんをからかって逃げたりしている。とはいってもさすがにおばあさんだから、ストーブを点けると、その前に行ってじっと温まっていることも多い。とにかくモカはこの家で生活する最後の文鳥だから、いつまでも元気でいてほしい。

 いま日本では急で勝手な衆院の解散があり騒然としている。雪国では選挙運動もままならず役所の人々の苦労も想像を超える。そんな混迷を深めているこの国でも、これまで眠っていた国民がようやく目覚めだした。この丙午という飛躍の年に大きなうねりとなって明るかった日本を取り戻してほしいと願う1月最後の日。

2026年1月10日土曜日

 

2026年の文鳥たち

(1) 新しい年(午年)

今年の年始は文鳥1羽になった。もうすぐ8歳になるモカちゃんは、それでも元気だ。

 毎日、陽当たりの良い居間ですごす時間が多くなった。もう、狭い鳥かごに独り閉じ込められているのはいやになってしまったらしい。暇さえあれば鳥かごから出せとばかりにうるさく鳴いて、あやさんに抱かれると気持ちよさそうに静かになる。あやさんもずっとモカを抱いているわけにもいかないから、暖房マットの上に布を広げて止まり木やえさなどを置いた場所にモカを下す。モカはしばらくそこでおとなしく日向ぼっこをしているが、そのうちに退屈すると、動き出す。ときにはあやさんを呼んでうるさいが、そんなときは糞をしたときで、どうも教えているらしい。

 さっきも鳴いていたが、すぐにはモカの所にいけずにいると、静かになった。少しして見に行くと、モカが床の上で逆さになって立ち上がれないでもがいている。急いで拾い上げると、心臓がバクバクしていた。足も弱っているせいか、床の上で赤ちゃんのようにしている。そんなときこそ鳴き声を出せばいいのにと思うけれど、なぜか文鳥はパニックになると声を出さない。やはり鳥かご内にいる方が安全だけれど、モカはもう鳥かご内でも上にはあがれない。下に下りることはできても、一度下りたら、あやさんに上に上げてもらわなければ下のツボ巣でおとなしくしているしかない。それでも鳴き声はうるさいし自己主張は強いから、まだまだ元気で過ごせるだろう。今年がモカにとっても良い年であって欲しい。

 本年もよろしくお願します。

 

2025年12月30日火曜日

 

(二十一) ことしを振り返る

 きょう新しい冷蔵庫がきた。おととい長年使っていた冷蔵庫が突然、壊れたためだ。製氷室の氷が解けだして冷蔵庫が全く冷えなくなったので、近所の電気やさんが新しいのを持ってきてくれた。もう20年以上も使っていたからいつ壊れてもおかしくないと覚悟していた。でも、あと1日遅かったなら、新しい冷蔵庫がくるのはお正月が過ぎてからになってしまっただろう。絶妙のタイミングで壊れたこの冷蔵庫はなんと1996年製だったというから29年も使っていたことになる。長い間、一度も故障しないでよく働いてくれた。しかも、正月前に壊れてくれて、最期までよくやったと感謝するばかり。

 そういえば今年は家のエアコンも壁掛け時計も母が作ってくれた大きなステンドグラスの電気スタンドカバーも、なぜかみんな壊れてしまった。そして夫もさらにシナモン文鳥のあんなに元気だったフユちゃんも、みんなこの家から去ってしまった。そういう巡りの年だったのかもしれない。クリーム文鳥のモカのことも心配だったが、なんとか元気で来月には8歳のお誕生日を迎えられそうだ。

 来年にはいろんな新しいものとの出会いがあることを期待して残り1日をモカちゃんと過ごそうと思う。。

2025年12月9日火曜日

 

(二十) またもや大地震

 

 昨夜11時過ぎにベッドに横になったとき、身体がフワッとしてめまいのようなものを感じた。もしやと思ってテレビを点けると、また東北のほうで大地震があったことを報じていた。北海道に向き合った青森県沖が震源のようだったが、東日本大震災で多くの人命が津波で失われた記憶も新しく、テレビは盛んに津波の警報を流していた。今回は津波の恐ろしさを知っている人々はすぐに避難をし、津波の高さも抑えられていたので、今のところ津波の被害は限定的ですんだようだ。けれども東日本大震災のときを思うと、この後も何度も大きな地面の揺れに襲われることになり、被害は大きくなるだろうと心配になる。昨夜この家が揺れたとき、モカのことが気になったが、その後この辺では揺れは感じなかったので、ひとまず安心した。2011年の大地震のとき、この家にはたくさんの文鳥がいた。当時のいろんなことを思い出すが、特に断水で水が出なくなったのに水浴びをねだるフーを蛇口の下に連れて行き、水が出ないことを教えたら、フーが駄々をこねてすねたときの様子が目に浮かぶ。あのときは何日も水が出なかった。電気もときどき止まって、文鳥たちが寒くないか心配した。これからますます寒くなる東北のこと、人間だけでなくペットたちのことも気がかりだ。

 モカはますます賢くなって、鳥かご内に入れたあやさんの手に乗る方法を考えた。途中で落ちないようにあやさんの手に乗るために彼女はツボ巣の中に入る。するとツボ巣の中に入ってきたあやさんの手に確実に乗れるから、そのまま鳥かごから出してもらって抱かれるというわけだ。そのため、あやさんが鳥かごに近づくと、さっさとツボ巣に入るから、思わず笑ってしまう。文鳥さんはさすが賢い生き物だと思う。

2025年11月15日土曜日

 

(十九) モカは毎日、日向ぼっこ

 このところ日中の陽射しが心地よい日が続いている。午前中に居間に射し込む光線は日向ぼっこにもってこいの暖かさで、モカもその恩恵を受けることになった。

 午前10時近くになると、モカが鳴いて、当然のように鳥かごから出すようにとせがむ。日の当たるソファーの上に出して止まり木に乗せてやると、しばらくはそこに止まって日向ぼっこをし、そのうちに場所を移動して部屋の隅の床の上にいたりする。もう飛べないし目も悪いおばあさんなのだ。このいえでは目の悪いふたりの老人が日向ぼっこをして居眠りをしている。絵に描いたら平和な光景に映るだろう。モカはフユがいなくなって独りになってから、すっかりあやさんと仲良しになった。ふたりとも他に家族がいないのだから当然の成り行きかもしれない。

 モカがこんなに人に抱かれるのが好きだとは思わなかった。これまでのモカはフユに比べて人懐こいとはいえない文鳥だった。どちらかといえばおすまし文鳥で、この家に来た生後3か月くらいのときには、たくさんの文鳥を見てびっくりしてあやさんの指にしがみついていたものの、その後あまり人には近づかなかった。そのころはまだメモ良かったので、夫になったミーに対して威張っていた。そのモカがこの家で最初の頃に飼っていたフーのようにすっかり赤ちゃんみたいに、あやさんに身をゆだねている。文鳥はやっぱり繊細で賢い鳥なのだ。

2025年10月23日木曜日

 (十八)モカちゃん、すっかり甘えん坊

フユがいなくなってしまってから1か月が過ぎた。季節もやっと秋めいてきたがいきなり冬のような寒い日もあって、やはり秋は短そうだ。

 すでにモカの鳥かごには暖房を入れた。これまでは夫が全部やっていたもので、工夫の跡がうかがえるものの、目の悪いあやさんがセットするのはやっかいだ。それでも一応なんとか床暖房と電球型の暖房をセットして、急な寒さに間に合わせることができた。

 モカはもうじき7歳9か月になる。いいおばあさんだ。もう飛ぶことはとっくにできなくなっているし、鳥かご内の高い場所にもうまく上がれない。あやさんが鳥かご内の止まり木やスカイカフェの位置を工夫してみるものの、なかなかうまくいかない。毎日が試行錯誤の日々となっている。その分、モカを抱くことも多くなって、モカはすっかり甘えん坊になってしまった。以前よりも大声を出してあやさんを呼ぶ。もうモカの相手はあやさんしかいなくなってしまったのだ。ふたりとも目の悪いおばあさんだから、残された日々を仲良くしていくほかないだろう。

2025年10月1日水曜日

(十七) モカちゃんとふたり

 

きょうは久しぶりの雨でやっと涼しい日がやってきた。というのも束の間らしい。最近は 朝晩の気温は少し下がってきたものの日中は30度を超える日がまだほとんどでエアコンなしでは過ごせない。暑さ寒さも彼岸までというお彼岸も過ぎたというのに。

 そのお彼岸の9月23日秋分の日にフユが天国へ旅立ってしまった。あれほど元気だったフユの最期はあっけないものだった。昼頃から外出していたあやさんが夕方、フユを発見したとき、フユは鳥かごの下に落ちていた。そして死んでいた。まだ少し温もりはあったものの、もう死んでいるとわかった。フユの誕生日は11月18日で、あと2か月経てば8歳になる。メスの文鳥で一番長生きしたのはルミで9歳1か月だった。ほかのメス文鳥で8歳以上長生きした子はいない。オスは11歳以上も生きた文鳥もいるが、メスは総じてオスより短命で人間とは違うような気がする。

 フユの急な死は思いもよらないことだったので、いろいろ考えてしまうけれど、元気で活発だったフユらしい最期のようにも思え、命日がお彼岸だったこともあって、パパが迎えに来て旅立ったのだろうと考える。寂しくなったのはあやさんだけではない。モカはフユの鳥かごの中をのぞき、ときどきフユを呼んで鳴いている。フユが自分の鳥かごに入って来ると、あんなに怒っていたモカだったけでど、やはり寂しくて鳴いている。モカもあと4か月もすれば8歳になる。そう気が付いて不安になった。

 庭のフユが埋められたお墓の脇で白い彼岸花がまるでフユのように溌溂と雨の中で咲いていた。。

2025年9月15日月曜日

(十六)孫になついた文鳥たち

 

 夫が文鳥の面倒をみられなくなってから3か月余りになるが、いまではあやさんに加えて小学6年生の孫が世話をしている。当所は孫になつかずに近づくと暴れて手を出すと突っつかれたらしいが、今ではすっかり孫になついて手を出せば乗って来る。特にフユは積極的で孫がやってくると大いに喜んで鳴いている。やはり自分たちの世話をしてえさを換えたり可愛がってくれる人にはなつくものだ。

 そんなわけで今のところ文鳥たちのことで困ったことはないけれど、この先が思いやられる。まず、そのうちにえさがなくなるだろう。これまでは夫がネットで注文をして配達に頼っていたが、さて、これからどうしたものかと思う。さらに、鳥かごはずっと洗っていない。夫はプチプチを外して鳥かごそのものを風呂場で洗った。そして、きれいになった鳥かごにあやさんと二人で新しいプチプチを張ていた。孫にいわせると、プチプチ内側がよごれてきているそうだ。鳥かごだけをあらうならそれほど大変ではなさそうにも思えるが、実は電球型の暖房器も夫が取り外さないままになっていたのだ。取り外しは簡単かもしれないが、再び取り付けるとなると、うまくできるかどうか不安である。このまま冬に向かって行っていいものか、鳥かごを洗うべきか、考えどころになっている。

2025年8月17日日曜日

(十五) 未亡人ばかり

 

猛暑の日が続いている。あやさんちではフユとモカに加えあやさんも未亡人になってしまった。8月13日、お盆の入りの日のことだ。そしてパパは盆送りの16日に埋葬されて天国へ昇った。残されたフユとモカの面倒はあやさんに加え孫がみているが、孫はじいじ(パパ)の夢を見たといったから、文鳥の世話を託されたのかもしれない。そのせいか、文鳥たちはここ数日で、すっかり孫に慣れて、手に乗ったりしている。パパは天国で先に昇った文鳥たちに囲まれて目を細めているように思うけれど、フユとモカには何かわかっているのだろうか。

2025年7月28日月曜日

((十四) お泊りごっこ

 

先日のことだった。フユとモカの鳥かご内の掃除をしたときに、いつものようにモカの鳥かごにフユが入って行った。あやさんがフユの鳥かご内をきれいにし終わってつぎにモカの鳥かごを掃除するためにフユを元にもどそうと手を入れると、フユが止まってきた。そのままフユを自分の鳥かごにもどしてから、いつもどおりモカの鳥かごも掃除。無事に終わって、就寝前にバードバスとスカイカフェの水を換えようとしたときになにか変だと思った。よく見ると鳥かごに入違っている。どちらもすましていて、まるであやさんをからかっているよう。あやさんは彼女たちを元にもどそうとするけれど、それぞれすっかりおさまっていて動こうとしない。仕方なくあきらめたあやさんは、翌日の掃除の時まで、そのままにした。それにしても、モカがまるでフユのようにしてあやさんの手に止まり、フユの鳥かごに移ったのは不思議だった。文鳥さんもたまにはいたずらをしてみたいのかもしれない。

 久しぶりにパパが帰ってきた。鳥かごをのぞいてふたりに声をかけると、すましている。それでも静かにしていたから変な気がしてもパパと分かったのだろう。他の人が鳥かごに近づくとフユなどはいつも大暴れするから。