2015年2月24日火曜日

はじめに

 いま、あやさんちには13羽の文鳥がいる。居間には40センチ角のやや大きい鳥かごが5つと、それより少し小ぶりな鳥かごが3つ置いてあり、大きいほうには文鳥が2羽ずつ入っている。そのうちツガイになっているのが3組で、あとの2組は姉妹である。小さいほうの鳥かごは居間の反対側にあって、そこには子どもの文鳥が1羽ずつ入っている。
 あまり広くない居間に、鳥かごが8つも並ぶという、文鳥たちに囲まれての生活は、にぎやかで楽しいものの、えさやりや掃除に追われる毎日だ。初めは1羽の文鳥をずっと飼うつもりだったのに、予想外の出来事もあり、気がつけば、こうなっていた。

 あやさん夫婦が、いまの戸建て住宅に引っ越してきたのは8年前の夏で、その半年後に1羽の文鳥を飼った。それから延べ17羽の文鳥たちと過ごし、いまは13羽と暮らしている。その間には、思いがけない出来事や発見があり、〝文鳥〟は思っていたよりもずっと賢い生き物だとわかった。
 ところが文鳥についてはあまり知られていないようで、たいていの人は「手乗りになる小鳥」くらいにしか思っていないらしい。たとえば、友人に文鳥の話をすると、
「何羽もいて見分けがつくの?」とか、「文鳥に自分の名前がわかるの?」なんて、不思議がられてしまう。
そこで、あやさんは文鳥のことをもっとみんなに知らせたくなった。これは7年余にわたる、あやさんちの文鳥たちの記録である。
 文鳥はかなり人になつく賢い小鳥で、人とのコミュニケーションもできる。プライドが高くて気難しい面もあるものの、人間のような細やかな感情をもっているから、ペットとして充分に寄り添ってくれる。
 じつは、最近まであやさんは、文鳥には人間の2歳児くらいの知能があると思っていた。結局それは、初孫の成長によって少し買いかぶりだったと気づくのだけれど、それでも文鳥が利口で感性豊かな生き物であるというのは本当で、人間の話すことがかなりわかるようだ。こちらが、
「何々ちゃん、おはよう」と呼びかければ、ちゃんと応える。ただ、オウムやインコのように、「おはよう」といい返すわけではなく、「ポピッ」とか「チチッチチチ」あるいは「ぐるるう」というだけだ。ちょっと残念な気もするけど、それでも文鳥なりに、ちゃんと「おはよう」といっているのだろう。
 もし文鳥が人間の言葉を話したり、童謡を歌ったりしたら、もっとずっと面白いだろうと考えてもみるが、実際にそうなったら、案外うんざりするかもしれない。
 「ここから出せ」とか「このえさはまずい」なんて聞こえてきたら、たまったものではないだろう。相手の要求が、ほどほどにしかわからないから、気遣いや思いやりが生まれて、いいような気もする。
 それにしても、文鳥が、笑ったり、格好つけたり、人に優しく寄り添ったり、相手のきげんをとったり、労ったりして、人間並みの、あるいはそれ以上の、繊細な感性を持っているのには、おどろくばかりである。成り行きでこうなったとはいえ、文鳥たちのおかげで、あやさん夫婦の老後は、毎日が忙しい。



(一)   最初の文鳥

(二   2羽のヒナ

(三   カーテンの卵

(四   ピーちゃん、どうして?

(五   フーの悲しみ

(六   ピポは遊びの名人

(七   荒鳥のお婿さん

(八   パピ奮闘の日々

(九   チーの悲しい恋

(十   マイの誕生

(十一  ナナ、ココ、ミミ

(十二  ピポとチー

(十三  フーが消えた

(十四  パピの戸惑い

(十五  ルミは黄金色

(十六  文鳥たちの大震災

(十七  家の復旧

(十八  トビとユウ

(十九  メグは待望の男の子

(二十  思いがけないヒナ

1 件のコメント:

  1. わたしも飼い犬の言葉がわかるといいのに、と思ったことがあります。でも、このドッグフード飽きたわあ、とか、今日の散歩はえらい短めですやん、とか、こんな遅くまでどこへ行っていたんじゃ、とか吠えられたら、だいぶやっかいですね。

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