2024年3月11日月曜日

(5) 東日本大震災から13年

 

今年は能登の大地震から始まった地震大国、日本だが、被災地の復興は遅々として進んでいない。我が家でもかつて経験した水道をはじめ電気やトイレの不都合な状態は13年も経ったのに一向に改善されていないように見える。あのあと簡易トイレや簡易ベッドなど便利なものが出来たはずなのに、報道で知る限りほとんど役に立っていないのではないか。昨年から何回も地震に見舞われていた能登地方なのに、ほとんど近くに用意してなかったみたいだ。石川県や国はまるで防災にお金をかけてこなかったのではないか。東日本のときに比べ津波で亡くなった人は少なかったものの、その後の生活環境があまりにも酷い。政府の初動も頼りないもので、この国は本当に国民のことを大切にしないボロい国になってしまった。これでは出生率が減っていくのも当然のように思う。

 政治家たちは裏金をつくり、それがバレても議員をやめない。庶民にはより不便で危険なカードのマイナンバーカードを持たせようとし、インボイスを導入して貧しい事業者からも税金をとろうとする。そして、危険な注射を反省鳴く続ける。いまこの国を動かしているのは、日本人ではないのかもしれない。恐ろしいことだ。

 文鳥たちの鳴き声が聞こえて少しばかり心がなごむ。

2024年2月25日日曜日

(4) 春が来たと思ったら

 

きょうは雨模様の曇り空で寒い。気象情報によると最高気温が5度だそうだ。数日前はポカポカ陽気で早くも春になったと思い、そのちょっと前には最高気温が20度を超えた日もあった。寒暖差が15度以上というのだから体調が崩れるのも自然なことかもしれない。年のせいか運動不足のせいか膝を中心に足が痛む。

 そして文鳥のことを考える。彼らも年寄りだから、足が痛くなったりしないだろうかなどと。立っていることが多い文鳥たち。11歳を超えたメグなどはかなり前から鳥かごの下に下りて隅っこにしゃがんでいた李する。ツボ巣に入っていることも少なくない。やはり足が痛くなったりするのだろうかなどと、急に心配しだす。9歳2か月で亡くなった白文鳥のマイも11歳7か月で亡くなったシナモン文鳥のチーも最後は足を引きずって床を移動していた。どちらも飛べなくなってからのことだったけれど、あのとき彼らの足は痛くなかったのだろうか。そんなことを思う今日この頃。

 そういえば拍文鳥のフーも晩年は飛び上がれなくなっていた。満身創痍で7歳半まで頑張った。そのフーの命日が2月22日だった。ついこの間のように思えるが、フーが亡くなってから9年も経った。あやさんも年を取るはずだ。

とにかく、いまいる文鳥たちはみんな元気そうにしているから、心配することもないだろう。まず、あやさんは運動不足の解消から始めなければ。

2024年2月10日土曜日

(3) ピヨちゃん、大丈夫?

 

おとといのことだった。夕方、居間に行くとソファーの前のカーペットの上で動くものがあった。よく見ると灰色の体をしているピヨだった。ピヨの鳥かごを見ると入り口の扉が開いている。夫が出かける前に閉め忘れたのだろうか。夫が出かけてからもう3時間にもなる。すぐに鳥かごから出たとしたら3時間も何も食べていないことになる。ピヨは鳥かごまで飛び上がれないからこんなことになってしまう。捕まえようとしたら逃げたものの飛べないので間もなく捕まえると手の中でおとなしくなった。急いで鳥かご内に入れたが止まり木まで跳び上がれない。下にえさと水を用意してしばらく様子をみた。このまま床での生活になりかねないと心配していると、上部に上がっていたのでホッとした。ピヨはもうすぐ7歳4か月になるシルバー文鳥でメスにしては体が大きいがこの家に来た時から飛び方がうまくないほうだった。パピもそうだったけれど、幼いうちに飛び回っていないと器用には飛べないのかもしれない。

 いずれにしても、ピヨは元通りになったようでよかった。それでも夫は念のため鳥かごの中にもう1本幅を付けた止まり木を入れることにした。重要なのは鳥かご内を自由に動き回れることである。

 鳥かごから出て飛べるようになったクリーム文鳥のモカは、あれから何度か失敗して鳥かご近くでUターンをしていたけれど、鳥かごの外側につかまって自軍で中に入れるようになった。目が良くなったから自信もついてきたのだろう。

 いろいろ心配事はあるけれど、みんな年寄りの割には元気そうな声で鳴き、明るい春を待っている。

 

2024年1月22日月曜日

(2) モカちゃんが鳴いている

 

新年は元旦から大地震があり、能登を中心に家を失ったたくさんの人々がまだ寒さに震えている。映像で見る高速道路は隆起したり崩れ落ちたりしていて、それでも工事でどうにか道路をつないで車が通れるようになったのだと聞くと、この地震の恐ろしさがうかがえる。海岸線も数メートルも隆起し、砂浜はなくなって以前とは全く違う光景が広がっている。映像でみただけでも圧倒される様相にこれからの復興への長く難しい時間が思いやられる。

 それなのに政治の世界では「裏金」だの「脱税」などと、復興の中心とならなければならない政治家たちが酷い有様。もっと国民が賢くならなければならないと思う。

そんな中、ジャクサが打ち上げたロケット「スリム」の月面着陸のニュースはうれしいものだった。なんでも小型車くらいの大きさのものがピンポイントで月面に着陸したという。それもおもちゃの技術が使われたと聞く。素晴らしい世界だ。

家では クリーム文鳥のモカがもうじき6歳になる。いまいる文鳥の中で一番若い彼女だけれど、夫のミーがいなくなってから、大きな声で鳴いてうるさい。もう4か月以上になるのに、まだミーを呼んでいるのだろうか。そうなのかどうかは分からないけれど、ミーはモカの面倒をよくみていたように思う。最近、モカもときどき鳥かごから出て飛んでいるけれど、夫の話では自分で鳥かごに戻れないようだ。ミーがいたときは、いつもミーと一緒に鳥かごに入ったから問題なかったが、今はそのミーがいないので鳥かごに入れないのだという。仕方なく夫がモカを捕まえて鳥かごに戻しているということだった。

「モカちゃん、威張っていたけど、ミーがいないと何もできないのね」と思わず笑てしまうあやさんだった。

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2024年1月9日火曜日

(1) 2024年の文鳥たち

 

新年、明けましておめでとうございます。

。年頭にあたり、今年もまた文鳥たちを年長順に紹介します。

 

1、    メグ・・・10歳11か月、オス、白文鳥

2、    スー・・・8歳8か月、オス、白文鳥

3、    ピヨ・・・7歳2か月、メス、シルバー文鳥

4、    フユ・・・6歳1か月 メス シナモン文鳥

5、    モカ・・・5歳11か月、メス、クリーム文鳥

 

ペアになっているのはスーとフユだけになり、みんなずいぶん年をとってしまったけれど、今のところ元気です。本年もどうぞよろしくお願いいたします。

 今年は元旦から北陸の能登半島で大地震が起き、翌日の2日には羽田空港の海保機と日航機の衝突事故が起きるなど、大きな災害に見舞われている。政界では国会議員が裏金で逮捕され、政府は災害に対して頼りない対応で人命が失われている。この国はこの10年余りで本当に衰退した。ここから新しい希望の光を見つけなければならない。

そんななか白文鳥のメグがもうすぐ11歳になる。この家では2番目に長生きだ。1番長生きだったのはシナモン文鳥のチーで、11歳7か月生きた。あとは長くても9歳台までだったから、11歳を迎えることは大変おめでたいこと。そんなメグをはじめ、文鳥たちにとってももちろん、人間社会においても、平和で良い年になりますように。

2023年12月31日日曜日

(二十四)さよなら2023年

 

まもなく2023年が終わる。といっても文鳥たちには関係ないことだろうけど。今年の初めに7羽いた文鳥たちが今は5羽になってしまった。7月にクリーム文鳥のクリが9歳4か月で、9月にはシナモン文鳥でクリの子であるミーが8歳4か月で天国へ召された。

 それによりシルバー文鳥のピヨとクリーム文鳥のモカがそれぞれの鳥かごに独り残された。いまだにこの2羽のメスは寂しそうに見えるけれど、彼女たちももう若くない。いまペアで生活しているのはシナモン文鳥のフユとクリの子どもの白文鳥であるスーたちだけ。飼い主をはじめあやさんちは老齢世帯。それでも平和に暮らせたことは幸せなことだ。

 今年も戦争や災害で多くの人々の生命が奪われた。特に人が人の命を奪うことは許されない。こんなおぞましいことが兎年と共に去ってほしいと願う年の暮。

今年は日本でも世界でもこれまで世の中を覆っていた黒い霧の正体が露になってきた。来年には霧が晴れて明るい社会が訪れるよう祈るばかりである

 写真は長老のメグ


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2023年12月11日月曜日

(二十三) モカちゃんの目

 

 12月だというのに日中の気温が20度にも上る日もある。それでも朝晩は冷え込んでいるから、冬の気候に違いないのだろうけど、夜と昼の寒暖差が大きいのは過ごしにくい。

 文鳥たちのところには夜になると二重の暖房が入るから、明け方の冷えにも万全だと思うものの、時には暑すぎないかと心配になる。二重の暖房というのはマットの暖房と電球型の暖房両方で、昼間は電球型の方は消している。夜は、それに部屋の暖房も加わるから、二重どころか三重の暖房ということになってしまう。

 文鳥は寒さに弱い。しかも年寄りばかりなのだからこれでいいように思うけど、電気代が気にならないといえば嘘になる。

 そういう点では寒くない冬は助かるけれど、冬の作物への影響などは、ありそうで心配だ。

 12月になって思い出すのは1日に1歳11か月で死んでしまった桜文鳥のチビのこと。やっと育った小さな体で3羽のヒナを育て、あの世に行ってしまった。その子たちがラン、スー、ミーだった。今残っているのはスーだけで、8歳8か月になる。ミーは今年の9月に死んでしまって、残されたのがクリーム文鳥のモカである。そのモカはいまだに寂しいのかよく鳴いているけれど、最近、いいことがあった。モカの目が元通りに見えるようになったようなのだ。

 鳥かごから久しぶりに飛び出したモカは真っすぐカーテンレールの上に飛んで行き、そのあと鳥かごの上にも普通に降りた。鳥かごの中ではブランコに乗っていることが多いけれど、青菜を換えてやると、すぐに近くに寄って来て食べる。そのことからしても、ちゃんと見えるようになったようだ。ミーも天国で安心していることだろう。