2015年4月16日木曜日

(七)荒鳥(あらちょう)のお婿さん

 あるときまで、あやさんは、ピポがオスだとばかり思っていた。フーのように優しい目ではないし、活発で自我の強い行動は、フーにというよりピーに似ている。それに期待もあったからだけど、多分、フーもそう思っていたのではないだろうか。
 ところが、ある日、夫が巻き上げカーテンの中に小さな卵があるのを見つけた。それはあまりにも小さくて、明らかにフーのものではなかった。
 オスにしては、なかなかぐぜらないし、オス特有のさえずりもしないから、もしや? と思い始めていた矢先だった。カーテンの中に卵を見つけたとき、あやさんはさすがにがっかりしたけど、フーにはそのことがどう理解されたのだろうか。。ピポがメスだとわかったら、一番がっかりするのはフーのはずだけど、その後もピポに優しくしていて、嘴でちょっかいをかけられても、怒ったりはしない。
 ピポにすれば、いい迷惑だろうけど、みんなピポに〝ピーちゃんの代わり〟を求めていたようだ。
 年が明けて、発情期が巡ってくると、フーにはピポが同じメスだと理解できていないとわかった。フーがピポのそばで、頭を低くして尾羽を震わせるようになったのだ。
 けれども幼いピポは、何でもフーの真似をするから、同じような声をあげて尾羽を震わせる。ピーなら、そばでチョンチョンダンスをして、すぐにフーの背中に乗るのに、ピポはメスだから、そうはいかない。
 思いどおりにならないフーは、首を振って不満げな声を出し、また尾羽を震わせるけど、ピポも同じ格好をするばかり。
 そのうちにフーがじれったそうに、首を振ってイヤイヤをすると、ピポはキョトンとして、どうしたらいいかわからない様子。これではピポも気の毒だ。
 見かねたふたりは、フーにお婿さんを迎えなければと思い、どこかに、ちょうどいい年頃のオスがいないかと探し始めた。
 数日後、ネットを見ていた夫が、生後1年のオスの文鳥が里親募集中だという。フーは、もう2歳半になるから、1年半ほど年下の相手になるけど、それくらいの違いは問題ないと思われた。
 問題なのは、その文鳥が手乗りになっていない〝荒鳥(あらちょう)〟だということで、荒鳥は人に寄りつかないから、放鳥して遊ばせても、鳥かごに戻すときがやっかいだ。
「人が近づいたら逃げちゃうんでしょ。それは大変だわ」
「フーやピポと暮らしていれば、そのうち何とかなるんじゃないかな。ペットショップの観賞用よりは、個人の家で飼っている文鳥のほうがいいと思うけど」
 あやさんは、いろいろ想像すると不安だったけど、ほかに適当な文鳥が見つからなかったので、荒鳥のシナモン文鳥をフーのお婿さんに迎えることにした。
 それが、どれほど大変なことなのか、このときはまだ、よくわかっていなかった。とにかく早くフーにお婿さんを迎えたかったのだ。
 さて、そのシナモン文鳥を譲ってもらえることになったものの、受け取り日を決める段になって、相手方の都合に合わせるのは難しいとわかった。あやさんたちは近々、ふたり揃って出かけなければならない用事が控えているので、その日を過ぎてから引き取りたいと思っていた。知らない家にきたばかりの文鳥を残して、長時間外出するのは気が進まない。ピポとフーだけなら、それほど心配はないけれど、なんといっても不慣れな荒鳥だ。
「今回は諦めたら?」と、あやさん。
「でも、そんな機会が多くあるとは思えないからな」と、夫は諦め切れない様子で、ふたりはどうしたものかと頭を抱えた。
 それでもやはり、その荒鳥を引き取ることになり、引き取り日は2月12日になった。2日後のバレンタインデーには、ふたり揃っての遠出が控えているけど、夫はこの機を逃すまいと、ひとりで車に鳥かごを積んで他県まで引き取りに行った。そして、2時間ほどかかって帰ってきた。
 赤い目をして頭と尾がこげ茶色、ボディはグレーがかったシナモン色のカラフルな文鳥が、鳥かごに入ったまま到着した。
「ずいぶんきれいな文鳥ね。いい声で鳴くわ」
 あやさんが、初めて見るシナモン文鳥に少し違和感を覚えながらいう。
「向こうの人がこの小さなケースに入れるとき、『いて! こいつ噛んだな』なんていっているのが、聞こえたぞ。やっぱり荒鳥だからかな」
 前面が柵になっている20センチ角の平べったい木箱を見せて、夫がいった。その狭い入れ物では気の毒なので、車の中で文鳥を鳥かごに移して連れてきたらしい。だからといって広い鳥かごが、必ずしも居心地がいいとは限らない。荒鳥は、人になついていないせいもあってか、鳥かごの上部の止まり木の隅に貼りついている。元気そうな鳴き声だけがときどき、
「ホー、ホー、ホチョチョン、ホチョチョン」と、その場所から響く。まちがいなくオスだとわかるものの、ほとんど人には感心がなさそうで、観賞用か繁殖用の文鳥のように見える。荒鳥というくらいだから、やはり動きも荒々しいかもしれないと心配していたあやさんは、鳥かご内の一か所に止まったままの文鳥に、少し拍子抜けした。暴れるようすは全くない。
 それどころか、シナモン文鳥は、しばらくしても、そのままの位置にいる。知らない場所に連れてこられたので、緊張しているのだろうか。それとも様子をみているのだろうか。それにしても、ペットショップで見た観賞用の小鳥たちのように、1か所から全然、動かない。鳴き声は、まだ「ホチョチョン」だけしか聞こえないが、「チュンチュン」とか「ポピ」とかとも鳴くのだろうか。
 最初のうちはそれほど気にしなかったものの、いつ見ても同じ場所にいて、ときどきその場所で、「ホチョチョン、ホチョチョン」と雄叫びをくり返すだけなので、あやさんはだんだん不安になってきた。えさと水入れは鳥かごの下のほうについているから、下の段の止まり木まで下りなければ、水も飲めない。
 夫も心配して、とりあえず小さなえさ入れと水入れを鳥かごの高い位置に取り付けた。高さのある鳥かごの中で、どう動けばよいか、わからないようにも見える。しかも名無しのゴンベイだというので、これから幸せになるようにと、「パピ」という名前にした。そして、
「パピ、パピ、下まで下りてごらん」と、ふたりで何回も呼びかけたけど、パピは恥ずかしそうに目を伏せるだけで、相変わらず定位置に留まっていた。
 2日後、甥の結婚式に出席するため、予定通りふたり揃って朝から家を出た。家から松本市までは車で3時間以上かかる。文鳥を飼うようになってからは、ふたり一緒の外泊は避けてきたから、この日も日帰りに決めていた。。披露宴が終わってから急いで帰ってきたものの、家に着いたのは真夜中だった。
 玄関を開けると、フーとピポの声がして、目を覚ましたらしい。暗い部屋で布もかけてもらえないまま、フーとピポは、それぞれのツボ巣に入っていた。そして、明かりをつけると喜んでツボ巣から出てきた。1日中、鳥かごの中にいたので、ちょっと出して遊ばせると、部屋の中を飛び回る。
 パピはといえば、ツボ巣にも入らないで、相変わらず止まり木の定位置にいたが、明るくなると、大きな声でさえずった。
「ホッホッ、ホチョチョン、ホチョチョン」
 それでも、まだ鳥かごからは出せない。パピもふたりを見て、それなりにうれしそうなのでホッとして、そのまま鳥かごに布をかけて眠らせた。
 3羽は、それぞれの鳥かごの中で、不安なときを過ごしていたに違いない。とりわけパピは、不慣れな環境で、さぞ心細かっただろう。それでも案外、女の子たちと〝鬼の居ぬ間〟とばかりに、いろいろ情報交換をしていたとも考えられる。
 もっとも、その場合は言葉が必要だろうけど、パピは言葉(文鳥語)が話せるのだろうか。まだ「ホチョチョン」としか聞いていないあやさんは、情報交換なんて、とても無理だと思い直した。
 いよいよあすから、パピとふたりの挑戦が始まる。

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