2015年4月27日月曜日

(八)パピ奮闘の日々①

 それでもきのうの留守中に、パピも新しい環境に少し慣れたようで、今朝は鳥かごの下のえさ入れまで下りた。止まり木を下りるのは、けっこう難しいのかもしれない。
 とにかくえさと水の容器までは移動できるようになったので、上部のえさ入れは要らなくなった。とはいえ、まだほとんど動かない。それにフーとピポが鳥かごから出ても、自分も出たいという感じでもない。だけど、パピだけずっと鳥かごに閉じ込めっ放しというわけにはいかない。いちどは出してみなければと、あやさんは鳥かごの出入口を開けた。
 そして待つけど、パピは相変わらず高い位置の止まり木でじっとしている。とても出てきそうにない。出入口から出るには下の止まり木に移って、そこから短い止まり木まで行くのが普通だけれど、パピはまだそれどころではないらしい。たいした距離じゃないのに、下りるのが恐いのだろうか。
 それでも、とにかく出してみなければと、夫が鳥かごの上部をあけた。この鳥かごは幸い上ブタがついていて、大きくあく。
 すると、パピが急に飛び上がって、ついに鳥かごから出た。
「やっぱり、飛びたかったんだわ」
 あやさんはそういったものの、パピのヨロヨロした飛び方を見て、慌てた。出るには出たけど、それからが大変。飛ぶには飛んだものの、バサバサとぎこちなく羽ばたいて、正面の壁にぶち当たった。とてもまともな鳥の飛び方とは思えない。
「羽が切ってあるのかしら?」
「いや、それはないと思う」
 パピがそのまますぐ下のサイドボードに落ちたので、夫が慌てて助けに行く。するとパピも大慌てで飛び上がって逃げる。おぼつかない飛び方で、こんどは反対側にある本棚のふちに当たり、また落下。あやさんはハラハラどきどきし、フーとピポも離れた所に止まったまま、じっと見ている。
 パピは、これまでほとんど飛んだことがないようだ。ヒナのときから飛んでいれば、こんなことにはならないだろうに、その不器用な飛び方に、みんな呆気にとられ、息を飲んで見守った。
 鳥は、ちゃんとした羽さえあれば飛ぶのが当たり前のように思っていたあやさんにとって、パピの醜態は驚きで、飛ぶにもそれなりの練習が必要なことがわかった。
 パピは、できそこないの鳥型ロボットのようにバサバサと大まかに羽ばたいて不安定に飛びながら、ピポとフーの止まっているカーテンレールの上まで行った。2羽のいる場所とは少し離れているけど、やはり荒鳥だけあって、人よりも文鳥仲間のほうが安心できるようだ。
 さて、鳥かごに戻す段になると、フーとピポは夫の手に止まって、それぞれの鳥かごに入った。
 そして、いよいよパピを鳥かごに戻すことになったけど、手には止まらないし、自分でも戻れないから、捕まえて入れなければならない。これがまた、家をあげての大騒動になった。何しろ人の手が怖いのだから、そばに行って手を伸ばすと逃げてしまう。
 高い場所に止まったパピを捕まえようと、夫が踏み台を持ってきて手を伸ばすけど、すぐにそこから逃げてしまう。仕方なく、次に止まった場所に踏み台を移動していると、そのすきにバサバサと飛んで、こんどは額縁の上に上がってしまう。
 そんな具合で夫とパピの追いかけっこが始まった。パピも必死で、家の中を逃げ回る。そして、何とか高い場所に止まるものの、人が近づくとヨロヨロ飛び上がる。追いかけると逃げまどって、天井の照明にコン、食卓の上に下がっているペンダントライトにガシャッとぶつかる始末。
「危ない! 怪我をするわ」
 あやさんは、もう見ていられない。
 夫は追いかけっこで、ヘトヘトになった。それに、危なっかしい飛び方のパピを、あまり追い回すと、怪我をさせかねない。夫はあきらめて、暗くなるのを待った。暗がりで動けなくなったパピを、捕まえる作戦だ。
 夕方になり、外がうす暗くなってから、部屋のカーテンを引き、家の明かりを消す。鳥はこうなると見えないから動けない。カーテンレールの上でじっとしているパピを、夫が両手を伸ばして挟み込むようにして捕まえる。
「大丈夫?」ときくあやさんに、夫はパピの頭をなでながら、いう。
「おとなしくしているよ」
 パピは暴れることもなく、素直に鳥かごに入れられたから、鳥かごに入るのが嫌というわけでもないらしい。けれども自分で入ることができないのに、人の手が怖いという困った状態にあった。
 あやさんは、大変な鳥を飼うことになってしまったと、これからが心配になる。とはいえ、みんなで何とかして行かなければならないから、これから毎日、パピも放鳥することにした。
 そして、大変な数日を過ごしたが、毎日の放鳥の成果が表れて、パピも目的の場所に真直ぐ飛んで行けるようになった。
 ふたりはきょうも、パピを鳥かごから出す前に、フーとピポを放鳥した。すると2羽は競うようにしてドレープカーテンの上のプラスチック板に飛んで行く。そこからならパピの鳥かごがよく見えるから、これから始まるパピの練習風景を見学するつもりらしい。
 夫が鳥かごに行くのを2羽がじっと見ている。上ブタがあくとバサバサと飛び上がったパピは、そのままフーとピポのそばまで飛んで行く。もう着地点がはっきりしているから、壁にぶつかるようなこともなさそうだ。見ているほうもハラハラしなくなったけど、相変わらず、出来損ないの鳥ロボットが飛行しているようだ。
 飛んでくるパピを特等席から黙って見守っていたフーとピポが、このときついに声を出した。
「チュチュチュッ」
「 チチチチチチ」と、愉快そうに顔を見合わせて鳴いたのだ。
「笑っているわ」と、あやさんはすぐに思った。パピのあまりにドジな飛び方を見て、思わず笑ってしまったのだろう。あやさんも、クスッとしたほどだから、無理もない。
 けれども、パピは真剣なのだ。女の子たちに笑われたとあっては、気の毒だ。そこで一応、2羽に注意することにした。
「パピちゃんは練習中なのよ。笑ってはいけません」
 これまでは、鳥かごから出たパピは、いつも飛ぶのに必死だったから、見ていてもハラハラしどうしだった。だから、おかしな恰好で飛んでいても、笑うどころではなかったのだ。それが、笑えるようになったのだから、飛ぶほうだけでなく、見ているほうにも少し余裕が生まれたらしい。
 それにしても文鳥が、そんなときに笑うなんてと、あやさんは、びっくりしている。
 パピは、いつも2羽のいる近くに飛んで行き、少しずつ近づいて止まるようになった。それでも2羽についてソファーまで下りることはできない。飛び上がるよりも下りるほうが難しいらしい。まだコントロールがうまくつかないようだ。
 それでも日に日に距離感が備わって、1週間もするとコントロールも利くようになった。いまは筋力がないせいか、飛び方はぎこちなく、いかにも羽ばたいているというふうだけど、とにかくピポやフーについて行けるようになってきた。それにつれ、鳥かご内の移動もかなりスムーズになっている。
 それにしても、鳥かごに戻すときの夫とパピの追いかけっこは、いったいいつまで続くのだろうか。   (つづく)

0 件のコメント:

コメントを投稿