2015年5月3日日曜日

(八)パピ奮闘の日々②

 パピがフーやピポの近くに飛んで行っているうちに、互いの警戒心も消えて、3羽はかなり仲良くなった。少し筋力のついてきたパピはフーたちと一緒に飛んでいる。正確にはパピが2羽のあとに着いて飛んで行くという具合だけど、止まる場所もかなり近づいてきた。ちゃんと仲間になったようだ。
 そして、パピがそばで、
「ホッホッホ。ホチョチョン、ホチョチョン」と、いい声で鳴くと、フーが反応するようになった。パピに気があるというように、鳴いて応える。それに比べ、ピポのほうは、まだ子どもで、相変わらずフーの横にいて、すましている。
 フーもパピも互いに気に入ったようなので、夫が早速、パピをフーの鳥かごに入れた。さて、どうなるかと、興味深く見ていると、パピがフーの真似をして、鳥かご内を動いている。フーが止まり木の移り方など教えているらしい。
 もともと面倒見のいいフーのことだから、えさを食べる位置から、水浴びまで手本を示す。
パピは決して器用とはいえないまでも、たちまちフーたちのような日常生活がおくれるようになった。戸惑いながらも、突然降ってきた新生活を楽しんでいるようにも見える。
 鳥かごのツボ巣が大いに気に入ったようだけど、ブランコに乗るのは難しそうで、ときどき挑戦しているものの、すぐに落ちている。ヒナのときから乗っていれば、夜にもそこで眠るほどだけど、あの飛び方から想像すれば、そんな環境にあったとは思えない。
 ブランコに乗れなくても何も問題はないはずだけど、何回も挑戦していたから、やはりみんなのように乗ってみたかったのだろう。
 ブランコのことで、フーに感心したことがある。フーはパピを気遣って、いっさい乗らなくなったのだ。あれほどいつも止まっていたのにと、あやさんは思うけど、パピを立てるフーは優しい。
 そして、そのことを知った夫は、フーたちの鳥かごから、ブランコを外した。
 さらに、パピに水浴びを教えているフーの先生ぶりに、あやさんは目を見張った。
 パピの最初の水浴びは、やはり鳥かごの水飲み容器だったけど、もう水道の蛇口でしか浴びなくなっていたフーが、手本を示すために水飲み容器に入った。それは、かつてどこかで見た風景。ピーがフーに教えていたのとそっくりで、水から上がったフーは、パピに向かって、
「こんどは、あなたの番よ」とばかりに鳴く。するとパピが水飲み容器に入って浴びる。パピは、気持ちがいいのか、水に入れたという達成感からか、得意げに羽ばたく。そして水から出てもうれしそうにブルルン、ブルルン。フーも満足げにパピを見守り、〝幸福なふたり〟を思わせる。
 パピにとって、この1週間は、まるで別世界に紛れ込んでしまったような、緊張と戸惑いの連続だったに違いない。それでも、よくフーに従って、いくつもの新しいことに挑戦してきた。このごろでは、ときどきツボ巣に入って昼寝をしているから、これまでの疲れが出たのかもしれない。
 暗くなるのを待ってパピを鳥かごに戻す日が続いていたけど、ある日、また進展があった。
 それは、3羽を放鳥したばかりなのに、急にふたりが家をあけることになった日だった。フーとピポだけならすぐに鳥かごに戻すという手もあったけど、パピだけ出しておくのは心配なので、3羽を放鳥したまま家を空けた。
 そして、2時間ほどして帰ってみると、フーとピポは、お腹が空いたのか、すでに自分の鳥かごに入っていた。
 さて、パピはどこへ行ってしまったのやらと、家中を探し回るけれど、見当たらない。
 あやさんはフーにきいてみようと思った。鳥かごの前に行き、フーを見ると、落ち着いた様子で、えさを食べている。
「フーちゃん、パピ……」
 そういいかけたとき、鳥かご内で何か別の色のものが動いた。パピだ。
「パピちゃん、自分で戻れたの? すごい!」と、あやさんがうれしくなってほめると、パピは賢そうな顔を向け、そっと目を伏せた。
「パピがこんなに早く、鳥かごに戻れるようになるなんて!」
「フーやピポの真似をして、なんとか入ったんだろうな」と、ふたりはパピの意外に早い進歩を喜んだ。
 ところが、翌日、ある光景を目にして、あやさんは納得した。
 パピが鳥かごの出入口にある短い止まり木に止まったまま動けないでいると、鳥かご内からフーが出てきた。そして、パピの横に並んだかと思うと、嘴でパピのお尻を押しているではないか。
 パピはフーに無理やり押し込まれて中に入ったのだ。パピは中の止まり木に移るのが恐いらしい。 そうやってきのうも、フーが鳥かごに入れたのだろう。フーは本当にすごい世話女房で、パピは、こうして何度かフーに押されて鳥かごに戻っていたものの、少しすると、自力で入れるようになった。
 その後、フーが鳥かごに戻るとき、出入口の止まり木でパピを待っていることが何度かあったけど、パピがそこに並んで止まることはなかった。そんなフーの姿を見て、あやさんが思い出したのは、ピーとフーが鳥かごに戻るとき、よく出入口の止まり木に並んでから、揃って中に入っていたことだ。フーは本当はそうしたかったのだろうけど、いまのパピにそれを望んでも無理なようだ。
 それにしても、パピほど、こちらの心配を裏切ってくれた鳥は、いないと、あやさんは喜んでいる。
 パピは、短期間に目覚しい進歩をとげた。同じオスでもピーとは違って穏やかな性格で、フーと何かを争うようなことはない。フーのほうが1年半も年上で、先生だから、頭が上がらないのかもしれないけど、パピは何といっても苦労人なのだ。
 パピがフーの鳥かごで暮らすようになってからも、ピポとフーは仲良しで、鳥かごから出ると、くっついている。鳥かごに戻ればピポだけが独りになってしまうけど、それはこれまでどおりなので、あまり問題はなさそうだった。けれども、フーといままでのような遊びができないから、つまらなそうにも見える。
 そんななか、ピポが気の毒なことが起きた。いつものように居間の床に広げた布の上で、フーとピポが仲良くえさを食べていると、カーテンレールから下りてきたパピが、ピポを追い払おうとしたのだ。パピは飛び方は相変わらず下手だけど、もう高いところから床まで一気に下りられる。
 2、3日前までは、フーとピポのそばにきても、遠慮がちに食べていたパピなのに、フーと仲良くなるにつれ、自信がついたのだろう。それと同時に、いつまでもフーにくっついているピポが、目障りになってきたらしい。
 でも、ピポはフーといるのが当たり前だから、あっちへ行けといわれても、従わない。パピが嘴で追い払おうとするけど、少しよけただけで、そのままえさを食べている。
 ピポにすれば、後からやってきたよそ者に、追い払われるのは心外だから、うなずける行動だけど、何とかピポを追い払いたいパピが再びピポのそばに行き、小声で「ブルルー」と威嚇した。
 そのとき、フーが動いた。2羽の間に割って入り、パピにグチュグチュと何かいった。
「この子は、一緒にいていいのよ」
 そんなふうに、あやさんには聞こえたけれど、やはり、パピはそれっきりピポを追い払おうとしなかった。ピポは当然のように、そのままフーのそばで食べ続けたものの、デリケートなピポが傷ついたことは容易に想像できる。
 それからもピポは、鳥かごから出るとフーにくっついているけど、フーとパピが親密になるにつれ、どうしても浮いてしまう。それに、これまでとは、いろいろ勝手が違うから、ときどき寂しそうだ。
 そんなピポを見るにつけ、ふたりは早くピポにも相手を見つけなければとあせった。それでも、もう荒鳥はパピでこりごりだったから、手乗りになっているオスを探さなければならない。ペットショップで買ってきたのではダメなのだ。はっきりオスとわかるには、生後4か月くらい必要だし、オスとわかっていても観賞用では手乗りは望めない。だから家庭で育てたオスの成鳥を探さなければならないわけで、そう簡単ではなさそうだ。
 やはりネットの里親募集を見て、待つしかないのだろうけど、果たして、これまで可愛がっていた鳥を手放す飼い主が現われるだろうか。いるとしても少ないだろうから、近々、そんな機会に恵まれるとは限らない。そう考えると、あやさんの気は重かった。

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