今回、フーは4つの卵を産み3つがかえった。それでも元気に育ったのは1羽だけで、2羽はせっかく殻を割って出てきたのに、すぐに死んでしまった。そんな狭き門をくぐり抜けてきたヒナの誕生に、ふたりは感激した。
それにしても、フーはこれまでに、いったいいくつの卵を産んできたのだろう。30~40個くらいは産んでいる。卵を抱えてつらそうにしていたこともある。産むのもときには大変そうだった。
そうして、やっと生まれたヒナだった。この世に生を受けるとは、なんと奇跡的なことか。この第1子には、生きられなかった子の分も、元気に育っていって欲しいと願う。
ヒナは、午前9時ごろから10時にかけて何回か鳴き、そのあと鳴くのは昼ごろだった。最初のうちはフーがヒナに食べさせていたようだけど、3日目辺りから、パピも交代でツボスに入って食べさせている。
2週間ほどすると、夫がヒナをツボ巣から出して、フゴに移した。ヒナを手乗りにするために、これからさしえを始めるという。それにしても今回のさしえは長丁場になりそうだ。
一方、親鳥は、この時点で、えさやりというハードな仕事から解放されるわけだけど、夫がフゴを取り出して、さしえを始めようとすると、フーとパピが騒ぎ出した。
あやさんが2羽を放鳥すると、まっすぐにフゴのそばに飛んで行き、フーがヒナのいる夫の手に止まる。夫はそのままさしえを始め、フーも一緒にヒナに食べさせる。
ヒナは〝育て親〟が口元にきても、緊張しているのか、あまり口をあけない。それにお湯で湿らせた〝むきえ〟は、いつもと違う感じがするのか、喜んで食べているふうではない。けれども親鳥の嘴がヒナの口に当たると、うれしそうに鳴いて口をパクパクさせるから、さしえはスムーズに運ぶ。フーは、夫のさしえの合間に反すうしたものをヒナに食べさせ、パピがそばで鳴いてヒナの口をあけさせる。そんな具合で、えづけは夫と親鳥の共同作業になった。
初めのうちは、フーだけが夫の手に乗り、パピは近くでウロウロしていたけど、徐々に夫の胸からヒナのそばに下りられるようになった。そしてフーと手に乗って、ヒナに食べさせている。
フーがパピに場所をゆずって、夫の手からあやさんの手に移る。
「ピピピ。もっとたくさん食べさせなくちゃダメよ」
フーがパピの懸命のえさやりを見て鳴くと、
「フー、やっぱりお前が食べさせろよ」なんてパピが鳴き返す。
「あら、でも、まだパパが食べさせるみたいよ」
フーが夫のさしえを見て、そんな感じにチチチチ。
「そうか、だけど、パパよりお前のほうが、チビは喜ぶぞ」
パピがまたピピッと鳴くと、フーが、わかったとばかりに、夫の手に戻りヒナに食べさせる。親鳥の嘴が触れると、ヒナは元気に鳴いて大きく口をあけるから、かなりたくさん食べる。ヒナによっては親でないと、口をあけなかったりするらしいから、その点、フーとパピのように、親鳥もさしえに参加すれば、万全といえるだろう。
日に日にヒナの食べる量が多くなり、親鳥はヒナがせがむたびに反すうしようとするものの、ほとんど出てこない。苦しそうに反すうを試みる健気なフーの姿に、あやさんは胸を打たれた。
ヒナはだんだん夫のさしえに慣れてきて、パピとフーはそばで見守るだけになった。ヒナのえづけの時刻が近づくと、親鳥が鳥かごから出せと騒ぐので、うっかり忘れるようなことはない。
さしえは、もっぱら夫の役目で、朝8時半から始めるため、朝寝坊の夫は途中で起きて、またベッドに入るという途切れ途切れの睡眠の日々。
パピにとって、夫の手に乗るのは大いに勇気の要ることだったはずだけど、子どものために頑張ったのだろう。見上げた父親ぶりだ。そして、パピはこれを機に、人にぐっと近づいた。フーと一緒なら、苦手な手にも止まれるまでになったのだ。
とにかくパピは子育てを通じて、大進歩をとげた。人への恐怖がだいぶ薄れてきているようだ。それに、最近では盛んにフーとしゃべっているから、言葉も覚えたのではないだろうか。家にきたときには、「ホチョチョン」としか鳴かなかったことを思うと、パピもすっかり、あやさんちの鳥になったような気がする。
ヒナの羽毛は茶色っぽくて、まだ何文鳥なのかわからない。雌雄も当分わからないから、どちらでもいいような「マイ」という名前にした。
1週間ほどすると、マイの茶色い羽の下に白っぽい羽が出てきた。目もフーと同じような黒目なので、白文鳥らしい。フゴの中で立ち上がると、雄々しく利口そうなオスを思わせ、その姿が在りし日のピーと重なる。
夫がさしえで疲れ果てたころ、マイは自分で食べられるようになった。生後1か月だから、さしえは2週間くらいしたことになる。
まもなくして飛べるようになったマイは、パピについて居間の中を飛ぶ。パピはまだ人の手は少し怖いようだけど、マイに止まる場所を教えて飛び、マイといるのがうれしくてたまらない感じ。自分の子ども時代には味わえなかった自由を、いま楽しんでいるのかもしれない。
マイは白文鳥だけれど、シナモン文鳥の父親・パピに顔つきと体型が似ている。性格はだれに似たのか、負けん気が強くて、チーにも果敢に向かって行く。チーがうるさがって追い払っても、こりずにしつこく向かって行く。チーが唸るから面白いのだろうか。いまは自由奔放の悪ガキに映るけど、白文鳥ということもあって、どうしてもピーを思い出す。
マイは動きが活発になるに連れ、ピポとも仲良しになった。それでもパピのそばにいるのが一番いいらしく、よく鳥かごの上に一緒にいる。そして、ときどき嘴のわきをぶつけ合って、親しそうに挨拶を交わす。
「やあ、親父」
「マイ、お前、元気だな」なんて感じだ。
マイの誕生により、チーはますます孤立気味になり、みんなで洗面所に飛んで行っても、チーだけがすぐに居間に戻ってきた。そして、あやさんの手の中で、「ぐるるるう」と不満そうに鳴く。ほかの鳥がチーをいじめたり追い払ったりしているわけでもなさそうだけど、フーがチーの手の届かない場所にいるから不満なのだろう。
そんなチーをあやして、あやさんが洗面所に行ってみると、やはりフーとパピが高い場所にかかっている小さな額縁の上に並んで止まっている。ピポがすぐ横の少し低い窓辺の止まり木に乗っていて、マイは、止まる場所がないのか、その近くでウロウロしている。以前は、ピポがフーと並んで小さな額縁に止まっていたのに、いまではすっかりパピにその場をあけ渡して、まるでフーたち夫婦の番兵のように、近づくチーを見張っているようだ。ピポにとってフーは、いまでも大好きで大切な存在なのだろう。
マイは小さいくせに威張っていて、あるときなど、公共のえさ場で、母親のフーを押しのけて食べようとした。公共のえさ場とは、居間の床に布を広げてえさと水を置いたもので、遊んでいるときに食べられるようになっている。
そんなマイを、さっきから見下ろしていたパピが、サッとそばに下りて行き、小声で何かいった。まるで人間の小言のようにブツブツと。
マイは、そのまま黙って食べ続けていたものの、やはりまずいと思ったのか、それとなく少し離れた場所に移動した。もし注意したのがパピでなかったら、あのいたずら盛りのマイが、こうも素直に聞き入れただろうか。
そんなパピはあるときなど、子どもの喧嘩にも出て行った。喧嘩といっても、チーがマイに、「ぐるるるうー」といって追い払っているもので、マイは負けまいと向かって行くけど追い払われる。
それをじっと見ていたパピが、そばに飛んで行き、チーを追い払ったのだ。チーはパピには歯向かわないから、その場から飛んで逃げたけど、この父親は、かなりマイを可愛がっている。
マイが幼い上に、チーは負けそうになると卑怯にも足を狙って突っつこうとしたりするから、親が加勢に行かなければと思ったのだろう。おとなしいパピにしては珍しいことで、かなりの親バカぶりに目を見張る。フーはマイにほとんど関心がないようで、ときには嘴をしゃくって追い払うような仕草をする。ピポにはそんな態度をしたことがないのに、いつもマイを優しく見守っている子煩悩なパピとは対照的だ。そんな親鳥の接し方を見て、あやさんはますますマイがオスのように思えてきた。
0 件のコメント:
コメントを投稿