2015年4月9日木曜日

(六)ピポは遊びの名人

 ピポがきてから3日になるけど、フーは相変わらず隣の鳥かごを観察している。それも、えさを食べながらそれとなく見ているから、そのえさ入れの〝赤皮付え〟は、すぐになくなる。それほどいつもそこからピポを見下ろしながら、フーは何を思っているのだろう。
 夫がピポにさしえをしたのはここ3日ほどで、ピポはもう、自分でも食べられる。フーと同時に鳥かごから出すと、バサバサとホバリングを始め、すぐにフーのあとを追って飛ぶ。フーはまずピポを従えて、何回かゆっくり短い距離を飛び、高い位置の止まる場所を教えた。
 翌日にはフーがスピードを上げて飛んだけど、ピポはぴったり後ろについて行った。ピポの瞬発力や素早い動きには目を見張るものがあり、フーに比べ見るからに丈夫そうな太い足をしている。
 そのうちには台所のシンクの上にある戸棚の細い取っ手に、まるでターザンか曲芸師のようにぶらさがって、洗いものをしているあやさんに、いたずらっぽい目を向けた。ピポは、お転婆でお茶目だ。 
 そんな芸当は、もちろんフーにはできないけれど、たちまち2羽は仲良しになった。ピポは何でもフーの真似をして、水浴びも手のひらのプールでする。そんなときもふざけていて、フーが水浴びのスペースを空けて待っていても、すぐには入らない。わきから蛇口に頭を突き出して、「グッグッグッ」と声を出しながら首を振って、水を飛ばす。それからフーの横に入って浴びるものの、ピポのすることは、どれも遊びに見える。
 そして水から上がった2羽が、競争して居間のイーゼルまで飛んで行く。以前のような光景が見られるようになった。
 ピポはみんなの心のへこみを充分に埋めてくれ、あやさんちには再び楽しい日々がやってきた。

 そんなピポは、どちらかといえば、あやさんたちにというより、フーのほうになついている。フーのことを母親か姉のように思っているのかもしれない。とにかくフーがいろいろ教えて、よく面倒をみているから、あやさんたちがピポに教えることは、ほとんどなかった。このときになってようやく、フーがかなり賢いことに気がついたわけで、これまでは、ピーがリーダーだったから、その陰に隠れてしまっていたようだ。
 ピポは、さっぱりした性格でお茶目だから、フーにというよりピーに似ている。フーのようにおっとり橋ていないし、いたずらっぽい目は、愛らしいというより、キリッとしていてピーの目のようだ。そして、ときどきデリケートな面ものぞかせるけど、、ピポは、ピーやフーほど素直にあやさんに従わない。手に止まって鳥かごに入るふりをして、入口にさしかかると逃げてしまう。そんなことをくり返して遊んでいる。こちらの出方を見ていて、叱られそうになると、まずいと思うらしく、また手に乗ってきて、機敏に鳥かごに入る。ピポにとっては、どれもこれも遊びのようで、あやさんは、
「ピポ、ダメよ。もーお、フーちゃんを見習いなさい」と、うんざりするものの、本気では叱れない。先生としてのフーが優秀なこともあり、ピポは元気で賢く育った。そして、いくつかの遊びを考え出した。
 ピポがきてから3か月ほど経ったある日、居間からピポとフーの争うような声がした。急いで見に行くと、2羽がサイドボードに置いてある木彫の弥勒菩薩像に乗っている。もう鳴き声は止んでいて、ピポがヒョイッと横にあるテレビの上に飛び移った。
 フーは弥勒菩薩像の頭に乗っていて、まるであのけたたましい鳴き声が嘘のように、それぞれの場所で羽づくろいを始めた。一汗かいたから休憩! といった感じだ。
「ピポとフーが弥勒像の上でギャアギャア騒いでいたようだけど、あれ、喧嘩じゃないのかしら」
 不思議に思って夫に話すと、
「あれは喧嘩じゃないさ。陣取り合戦のようなものさ」という。
 次の日、あやさんが確かめようと、ピポとフーを鳥かごから出して見ていると、2羽はすぐにサイドボードの反対側にあるイーゼルに飛んで行った。そこから示し合わせて4メートルほど先の弥勒像の頭の上に飛び、その場所を取り合い出す。 
 ピポが頭から落ちそうになりながら、ギャアギャア鳴いて羽ばたき、フーと嘴で争っている。1羽がやっと止まれるくらいの平らでない狭い場所を取り合っているのだ。
 それでも、足などは狙わないから、やはり喧嘩ではなく遊びのようだ。双方とも卑怯なことはしないで、ただ真剣に競っている。どちらかが弥勒像の頭から追い落とされれば、一応の決着のようだった。負けたほうは、弥勒像の肩や膝などの低い位置にそのままいるのは、いやなのか、横にあるテレビの上に飛び移る。それから、それぞれの場所で羽づくろいを始める。やはり、弥勒像の頭にいるほうが誇らしげに見えるのは、気のせいだろうか。
 ところで、きょうはフーのほうが弥勒像の頭の上で、得意げに羽づくろいをしているけど、いい勝負のようだったから、もう少ししたら、ピポと逆転しそうな気がする。
 けれども、この弥勒菩薩像の攻防は長くは続かなかった。日の暮れが早くなったいまでは、あのけたたましい喧嘩のような鳴き声を聞くことはない。多分ピポの成長とともに、フーが勝てないようなことが続いたのだろう。つまらなくなったフーが、その遊びをやめてしまったと充分に想像がつく。
 近ごろでは、2羽が弥勒像のところにいても、静かに頭や肩などに止まっている。どちらが頭でもかまわないようだ。それに寒くなってきたせいか、テレビの上に並んでいることも多くなった。そういえば、水浴びの前にも、台所の電気ポットの上に乗っていたりするから、季節とともに温かい場所が好まれているようだ。
 テレビの上だけでなく弥勒像の膝などにもフンがついていることがあるので、とんでもないと思って、あやさんはウェットティッシュで拭いている。これだとフンの跡も残らないので、とても便利。
 暗くなるのが早くなったいまでは、ピポとフーがドレープカーテンの上にいることが多くなった。あやさんちは夕方の4時半ともなれば、居間の明りを点けてカーテンを引く。すると鳥かごから出て遊んでいたフーとピポが、長いドレープカーテンの上部に飛んで行く。そういえばピーがいたときも、よくフーと一緒にカーテンレールの上にいたけど、そのときとは少し様子が違う。カーテンレールの上には、フンがカーテンに付かないようにと夫が工夫して、プラスチックの細長い板を取り付けてあり、以前、フーはそこにピーがくると追い払ったこともあった。自分の陣地のように思っていたフシもあり、いつも2羽が仲良くそこにいたわけではなかった。それがピポとは気が合うのか、それとも相手が子どもなので競う気も起きないのか、理由はわからないけど、いつも仲良くくっついている。
 それに違うのはそれだけではなく、ときどきピポだけがソファーにやってくる。活動的なピポのことだから同じ場所にじっとしていられないのだろうと、あやさんは思っていた。
けれどもソファーにきたピポはわりあい静かにしていて、少し経つと必ずドレープカーテンの上に戻って行く。ほかの場所へは行かないのだ。そして、その間にフーがドレープカーテンから離れた様子はないから、ドレープカーテンのどこかにいるようだ。
 そのうちに、カーテンのほうから楽しそうに鳴き合う2羽の声がする。まるで、はしゃいでいるようだ。
すると、またピポがソファーにやってきたので、カーテンのほうを見ると、フーがいない。カーテンレールに乗っていたはずなのに、姿がない。
「と、いうことは……」と思い、よく見ると、ドレープカーテンが動いている。どうやらフーはそこにいるらしい。レースのカーテンとの間にもぐって下りているのだろう。
 ピポがソファーにいる間に、フーがカーテンの中を移動して、もぞもぞ動くのがわかる。その動きが止まって少しすると、ピポがソファーからドレープカーテンに飛んで行った。そして、カーテンレールの上を移動しながら下をのぞいている。
「フーを探しているんだわ」
 そのほほえましい光景は、まさに人間のする〝かくれんぼ〟そのもの。2羽のあまりの賢さに、あやさんは感動した。
 ただ、鬼の役は、いつもピポのようだった。ピポが、レースとドレープカーテンの間にいるフーを探して移動する間、カーテンが揺れるようなことはないから、フーはしっかり布につかまっているらしい。
また、ピポがソファーにきている時間が、ちょうど、かくれんぼの鬼が10数えて、「もういいかーい」というくらいの長さなのには恐れ入る。その間にカーテンのすきまに入ったフーが、カーテンにつかまってモゾモゾと移動してから止まる。そして、カーテンに飛んで行ったピポは、思った場所にフーがいないので、あっちのひだをのぞき、こっちのひだをのぞきして、ついに、「みーつけた」となるわけだ。2羽でうれしそうに鳴き合って、フーが上に出てくる。それからまた、ピポがソファーに行き、同じことをくり返す。そんな遊びを思いつく鳥なんて、ほかにいるだろうか。
 フーがカーテンにつかまって、ごそごそ移動すると、カーテンが揺れるから、見ていれば隠れた場所がだいたいわかる。ところが、鬼になったピポは、あやさんの陰で遊んでいて、カーテンのほうを見ないようにしている。決してズルなどしないから、その遊びがよくわかっているのだろう。
 ピーがいたときにはなかった遊びだから、ピポが考え出した遊びと思われるけど、一緒に遊ぶフーの頭のよさにも改めて寒心した。
 お茶目で活発なピポは、悲しみの中にいたフーやあやさん夫婦を、どれほど慰めてくれたことか。フーにはそのことがよくわかっているようで、ピポのことをずっと大切にしている。
 フーにいろいろ教わって育ったピポだけど、遊びではフーを抜いているようだ。それにしても、文鳥が〝かくれんぼ〟をして遊ぶなんて、みんなに信じてもらえるだろうか。

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