2015年6月15日月曜日

(十三)フーが消えた①

 文鳥が8羽にもなると遊びも変化して、追いかけっこのような単純なものが目立ち、以前にピポとフーが楽しんでいた「かくれんぼ」はもう見られなくなった。チーやマイが女の子たちを追いかけている。
 チーは、幼いナナ、ココたちにも「ぐるるうー」や「ウギャア」を連発して、相変わらずみんなから敬遠されているけれど、いまはピポがいるから落ち着いている。チーはパピに向かって「ぐるるるうー」と唸ったりしないけど、パピはほかの鳥ともあまり敵対しないし、チーにしてみれば、自分より体の大きい先輩には歯向かいたくないからだろうか。
 そういえばパピは、太って貫禄も出てきた。鳴き方と飛び方が、以前よりスピーディーになっている。飛ぶことによって、全身に筋肉がついたからだろうけど、さえずりのスピードまで増したのにはちょっとびっくり。 
 公共のえさ場でフーと赤穂を食べながら、
「ウォッ、ウォッ、ウォッ」と、こんなにうまいものがあったのかとばかりに歓声をあげるパピは、巡ってきたバラ色の人生(鳥生?)を心から喜んでいるようだ。
 パピとフーの間には、あやさんにはわからない文鳥言葉が飛び交っている。子育ても、よく相談しながらやっているけど、きたばかりのパピには言葉がなかったような気がする。あったのかもしれないけど、とにかく、「ホッホッホ、ホチョチョン、ホチョチョン」と雄叫びをあげるだけだった。言葉の違う場所にきてしまって話せなかったのかもしれないけど、ピポやチーは、きたときから「チュンチュン」「チチチ」「グルルル」などと鳴いていた。フーもピーもそうだし、この家で生まれた鳥は、もちろん初めから普通に鳴いている。
 パピが言葉のようなさえずりを始めたのは、フーと一緒に暮らすようになってからで、最初はフーが一方的に話していたように思う。それにしても、いったいだれがフーに言葉を教えたのだろうと、ふと考える。ピーなのか? では、だれがピーに?
 すると、文鳥は人間の言葉をまねているような気がしてきた。

 7月28日は、ピーの1周忌。この1年は忙しかった。ピーのあとにピポがきたけれど、ピポがメスだとわかり、パピがフーのお婿さんとしてやってきた。そして、ピポの相手にとチーを迎え、そこから文鳥が増え出して、いまでは8羽もいる。フーとピーがきたときには想像もしなかったことだ。
 フーは来月には、もう3歳になる。人間の年齢でいえば20代の後半というところだろうか。4羽の母親になったものの、パピのように子煩悩でもなさそうだ。それでも、また次の卵を産み始め、8月に入った。
 8月5日、あやさんちは朝からにぎやかな文鳥たちの声に包まれていた。家の中は涼しいものの、外は、まだ早朝なのに夏の太陽がじりじりと照りつけている。
 あやさんは早く家事をすませて、文鳥たちの世話をしようと、まず洗濯機のスイッチを入れる。ところが、数日前から調子の悪かった洗濯機が、さらにおかしくなり、いつもの時間になっても洗濯物が干せない。そこで先に文鳥たちの世話をすることにした。
 こういうことは初めてではないけど、洗濯物を干す前には文鳥たちを鳥かごに戻したい。
 あやさんの役目は、鳥かご内に敷いてある新聞紙を取り替え、下のえさ入れの〝文鳥専科〟と水、それに菜さしのサラダ菜を新しくすることで、そのとき、4つある鳥かごを順番にあけて、放鳥する。
 ちなみに夫は起きるのが遅いので、たいていブランチを食べてからの作業となるけど、鳥かごの上部にあるスカイカフェとかスカイツリーという名のえさ入れの中身を替え、止まり木についたフンをウエットティッシュで拭いている。スカイカフェにはボレーや皮付え、あわ玉子、カナリーシードといったえさが、分別して入っていて、文鳥たちはどのえさも、万遍なく食べている。
 いつもより少し早いけれど、いまからみんなを放鳥しても、お腹が空けば素直に戻るだろうと、あやさんは考えていた。
 放鳥してから1時間ほどして、ようやく洗濯が終わり、居間のサッシを開けて、外側の物干竿に干せる段階になった。
 さて、文鳥たちを鳥かごに戻そうとすると、いつもより早くから遊びだしたせいか、みんな喜んで遊びに熱中している。そろそろお腹が空くはずなのに、遊びが面白くてそれどころではないらしい。捕まえようとすると、それも遊びの1つになってしまうようで、喜々として逃げ回り、手にくるどころではない。
 それでもナナ、ココ、ミミ、マイの子どもたちは捕まえて鳥かごに戻す。けれども大人の文鳥は、高い場所に止まったまま下りてきそうもない。あやさんは諦めて、4羽をそのままにして、レースのカーテンを背負ってサッシを少しあけた。
 突然、バリアーになるはずのレースのカーテンが巻き上がる。この辺は海が近いから、ときどき強い風が流れ込むのだけれど、居間に出ているのは大人の文鳥だけだから、外に出る心配はないはず。網戸も少しだけあけて、物干竿に身を乗り出す。次にまた反対側を少しあけて、何とか洗濯物を干し終えた。サッシを閉め、
「こら、みんな、鳥かごに入りなさい!」と、大人の文鳥たちを叱ると、その剣幕に恐れをなしてか、残りの文鳥も、こんどはすごすごとそれぞれの鳥かごに戻った。
「でも、何かおかしい」
 みんながバラバラに鳥かごに入り、真っ先にお手本を示して入るはずのフーの姿を見なかったような気がする。
 確かめようと、フーたちの鳥かごをのぞくと、パピがツボ巣の中から出てきて、また中に入った。そして卵を温め出す。
 まるで、あやさんにツボ巣の中を見せるために出てきたようだ。
「パピが卵を温めているってことは、フーがいないのかしら」
 フーは、お腹に卵を抱えているはずだ。不安な思いで、もういちどツボ巣をのぞくものの、やっぱりパピが出てきて中が見えるようにする。けれども、あやさんにはツボ巣の奥は見えない。
「フーちゃん、フーちゃん。中にいる?」といっても、返事はない。ツボ巣の奥のほうで4つ目の卵を産んでいる可能性もあるけど、それにしては静かすぎる。それでも、フーが卵を置いて、どこかへ行くはずがないと思い、少し待ってみる。
 そして、また鳥かごをのぞくと、パピがさっきのようにツボ巣から出てくるけど、フーの気配はない。
 夫を起こして見てもらうと、寝ぼけ眼でツボ巣をのぞいて、
「フーは、中にいないぞ」という。
「やっぱり。どこへ行っちゃったの?」
 ほかの文鳥に、たずねてみるけど、黙っているから、みんなもフーの居場所を知らないらしい。
 慌ててふたりでフーの名前を呼びながら、家中を探し回る。ほかの文鳥たちもシーンとしているけど、フーの声はしない。
 フーは卵を抱えていて飛び方もいつもとは違う。集団で動いたり、逃げ惑ったりしたら、うまく止まれないで落ちてしまったかもしれない。以前ミミが迷い込んでいたテレビの後ろや、洗濯機の裏側まで調べて回るけど、フーの鳴き声も姿もない。
 夫が、フーのいなくなった経緯をきいて、
「鳥を出したまま、サッシをあけたのか」と咎めるようにいう。フーが自分から外に出るはずがないと思っているあやさんは、心外だけど、これだけ家の中を探してもいないとなれば、外に出てしまったかもしれない。強い風がカーテンを煽ったとき、フーがさらわれた可能性も否定できないような気がした。
 夫は、ピーに加えてフーまでいなくなってしまったので、かなりショックな様子で自分の部屋に入った。
 少しして出てくると、あやさんにカラー写真入りのチラシを差し出して、近所に配るのだといった。チラシにはフーとピーが並んでいる写真が印刷されていて、見かけたら知らせて欲しいという迷子チラシだ。よその人には、どちらがフーかわからないだろうけど、2羽いるのは急いで作ったからだろう。どこかの家の庭先に白文鳥が迷い込んでいたら、知らせてもらえるかもしれない。
 外は真夏の太陽が照りつけ、風もなくひたすら暑い。人けのない住宅街を、ふたりはフーの名を呼びながら、周辺の家のポストにチラシを配って回った。
「フーちゃん、フーちゃん、どこー?」
「フー、フー、どこへ行ったー」
 近くで野鳥の声がすれば、フーもそこに紛れていないかと、近づいて行き、大声で呼びかける。フーは卵を抱えているから、そう遠くへは行けないはずだと思いながらも、遠くの小鳥の声にも、フーが一緒でないかと、名前を叫ぶ。
「フーちゃん、フーちゃあん、こっちだよ」
 あまりの暑さに、ときどき家の中に入って水分補給をしながら、何度も外に出て探し回った。
 日も暮れかけて、フーがいなくなってから7時間近くになろうとしていた。フーは、もう、どこかで保護されていない限り、生きていないかもしれない。   (つづく)

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