2015年6月8日月曜日

(十二)ピポとチー

 ピポがあやさんちにきてから、もうすぐ1年になる。文鳥の数も8羽に増えたけど、ピポはまだ独り暮らしのまま。
 7月3日はピポの誕生日。朝、鳥かごにかけてある布を外しながら、あやさんがいう。
「ピポちゃん、おはよう。1歳のお誕生日おめでとう」
 するとピポがツボ巣の中で頭をクックルックと振り、体をブルルンブルルンとする。
「ピポちゃん、かゆいの?」ときくと、またクルックルッ、ブルルンと換羽で羽軸ののぞいている頭を振って、かゆいことをアピールする。そのおどけた仕草に、つい笑ってしまうけど、お茶目なピポは、そんなサービス精神も持ち合わせている。
 ピポはいまでも、鳥かごから出ると、真っ先にフーのそばに飛んで行き、フーのことを母親のように思っているようだ。
 フーのほうもそれでいいようで、ピポとフーはずっと仲良し。ピポがフーに嘴でちょっかいかけても、フーは怒らない。それがいたずらだとわかっているからだろうけど、フーからピポにそんなことはしない。
 ところで、このごろでは、フーに近づくチーを追い払っているのは、もっぱら、いたずら盛りのマイになっている。そのせいか、ピポがチーとぶつかっている場面を見ない。それどころか、ピポはチーに優しくなった気さえする。
 手のひらのプールで水浴びをするときなど、これまでならチーが近くにくれば、必ず追い払っていた。それも、まるでカタキを見つけたように、すごい剣幕で怒って。それがいつのまにか、そんなこともなくなって、むしろチーが近くにくるのを待っていたりする。自分の水浴びを見せたいのだろうか。また、ときにはチーがあやさんの腕にくるのを待ってから、水に入ってプールの半分を空けていたりもする。ピポは見せたいだけでなく、チーと一緒に水浴びをしたいのかもしれない。
 ところがチーのほうは鈍くて、それには気づかないのか、いまだにフーが好きでたまらないせいなのか、ピポの好意には反応しない。もしかしたら蛇口から出る水が恐いのかもしれないが、理由はともかく、あやさんの腕までは下りてくるものの、手のひらのプールには入らない。そして、フーを見ると、追いかけて行く。 
 チーはピポに対して、相変わらず不満そうに「ぐるるうー」と鳴いているから、その鳴き方をどうにかしないとまずいだろう。とはいえ、ピポの変化は日に日にはっきりしてきた。
 近ごろでは、ピポがマイに怒っていたりもする。これまではどちらかといえば仲良しで、喧嘩などしたことがないのに、ピポがマイに向かって唸ったりする。ところがチーに対して怒るところは見なくなった。そのうち、いくら鈍いチーでも、ピポについていれば、周囲との摩擦が少ないことに気づいたようで、しだいにピポをきらわなくなり、以前よりチーがピポのそばにいることが多くなった。このまま行けば2つ目のカップルができそうだと、ふたりの期待は高まった。
 それでもチーはまだフーに気があるようで、チャンスがあれば追いかけている。ひとたび好きになったら、頭のどこかにインプットされてしまうのだろうか。なかなか忘れられないようで、いまのところチーにとってピポは、まだ女友だちといったところか。
 とにかく、ピポのチーに対する変化は明らかで、間違いなくいまはチーに気がある。このままの状態が続けば、ピポが可哀想だと、ついピポに肩入れしてしまうあやさんだけど、その反面、チーにピポはもったいないような気もする。
 とはいえ、当初の予定どおり、ピポとチーを一緒にするなら、いまがチャンス。早速2羽を同じ鳥かごに入れてみる。
 隣り合わせてあった2つの鳥かごのうち、チーの鳥かごを片づけて、ピポのほうにチーを入れる。本来ならチーの鳥かごのほうが新しいから、そちらを使いたいのだけど、メスの鳥かごにオスが入るほうがいいらしい。オスのチーやパピは、フーやピポと違って、ふだんからほかの鳥かごに平気で入って、えさを食べたりしているし、ときには、ゆうゆうと昼寝までしていて、あやさんに追い出されるくらいだから、チーがピポの鳥かごに移るほうがよさそうだ。そもそもチーは遠慮というのを知らないのだから。もし、反対にピポがチーのところへ入るとしたら、デリケートなピポが遠慮するだけでなく、落ち着かないで不安定になりかねない。
 そんなわけで、ピポの鳥かごに入ったチーだけど、まんざらでもない様子で、夫がチーのために移し替えたブランコに乗って、しつこく鈴を鳴らしていた。
 想像していたとおり、チーはピポに遠慮する様子もなく、けっこう威張っているけど、頭のいいピポは、そんな我儘なチーを適当にあしらっていて、ときには鳥かごの中で逃げ回っている。とにかくピポは機敏で、チーの何倍もすばやい。あやさんが、えさ入れの〝文鳥専科〟を新しいのに替えると、サッときて、いち早くお好みのえさを探し出している。チーは食が細いけど、ピポはそのすごい運動量に見合って、ごまの実などの高カロリーでおいしい部分をすばやく食べる。それでもチーがそばにくると、食べる場所を譲って、一応、夫を立てるなど、かいがいしい面も見せている。
 
 8羽の文鳥が一斉に居間の高い場所を移動すると、天井に扇風機があるようで、涼しい風が降りてくる。そのこと自体はいいけれど、そんなふうに、みんなが高い場所で楽しみ出すと、いつもやっかいなのが、鳥かごに戻すときだ。いくら下で呼んでも、なかなか下りてこない。
 仕方なく踏み台を持ってきて手を伸ばすと、ますます興奮して逃げ回る。汗かきの夫は頭にタオルを巻いて、捕まえようと孤軍奮闘するものの、頭のタオルが恐いのか、全く近づかなくなり、鳥かごに戻すどころではなくなる。何しろ、ちょっと変わったものが現われると、敏感に反応するから、それも1羽が驚いてパサパサすればみんな逃げるから、始末が悪い。
 とにかく集団で飛び回ると、手に負えなくなるけれど、そんなとき、夫との緊張した空気を察知して、最初に行動するのがフーだ。
「パパが怒ってる。このままだと、まずいわ」と思うのか、タイミングを見て、自分の鳥かごの入口に行く。鳥かごに行かないまでも、夫やあやさんの手に飛んできて、鳥かごに入る。すると、ほかの文鳥たちも見習って、自分の鳥かごに戻って行く。そろそろお腹が空くころで、遊びをやめるちょうどよいきっかけができたのかもしれないけど、フーはみんなのリーダーで、そんなときには大きな声で鳴いて、鳥かごに戻るよう呼びかけている。
 全員が鳥かごに戻ったか確かめると、ミミの姿がない。まだ幼いミミは、飛び方も頼りないから、どこかに落ちているかもしれない。ふたりでミミの名前を呼びながら家中を探し回るものの、こんなときには、文鳥のほうもパニックになっているから返事はない。
「落ちて、どこかに入っちゃったのかしら。脳震盪でも起こしてないといいけど」と心配するあやさん。  夫も、
「困ったな」といって立ち止まった。じつは、ミミは、もうすぐ里子に出ることになっていて、引き取るのを楽しみにしている名付け親がいる。いなくなってしまったら一大事。洗面所や玄関に行って見ても 額縁の裏をのぞいても、どこにもいない。
「おかしいわね。外に出るはずはないし。やっぱり、どこかに入り込んだとしか思えないけど」
怪我をしていないにしても、あまり長い時間、何も食べないとなれば、生命にかかわるから、何としても見つけなければならない。
 ふたりは居間に戻って、再び机の後ろやテレビ台の裏を探した。
「いたいた。こんなところに入ってる」
 夫が、突然、明るい声を響かせる。
「本人も、どこにいるのかと、戸惑っていたのだろう」
 夫がテレビ台を動かしながらいう。
「さっきのぞいたときに、鳴けばいいのに」と、あやさんは不満だけど、とにかく無事に見つかりホッとする。ミミがいたのは、テレビ台の裏ではなく、そのすきまから台の中に入ったらしく、2段棚の上段にちょこんと乗っていた。というより、狭い場所に閉じ込められて身動きできない状態でいた。ふたりがかりで、テレビ台を大きく動かすと、いきなり中から飛び出してきたミミが、そのまま真っ直ぐ飛んで、向かいのカーテンにセミのように止まる。
 そんな芸当は体の大きいナナやココにはできそうもないけれど、ミミは小ぶりだからできたのだろう。

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