2015年10月23日金曜日

(一)ナナのかわいい目

 7年半の間、ともに暮らした白文鳥のフーが2月22日にこの世を去ってから、まだ間もない3日後に、大変なことが起きた。
 その日の夕方、あやさんが外出から帰ると、夫が、
ナナが大量の出血をした」という。すでに血は止まっていたものの、嘴がまっ白で貧血状態だとわかる。ナナは桜文鳥で、フーの第二子。一緒に生まれた妹のココとずっと同じ鳥かごで暮らしている。
 夫の話では、ナナの左足に大きな腫瘍ができていて、それを自分でつっついて出血したらしい。そんなものが足にできていたなんて知らなかった。そういえば、最近は、ココが卵を産んでもナナは産まなくなっていたし、このところ手のひらの水浴びも積極的ではなかった。。フーのことがあったので、ナナの変化に気づかなかったのだ。
 翌日、夫が小鳥の病院に電話して、その次の日に、ふたりで連れて行った。 

医師の診たてでは、その腫瘍はかなり大きなもので、悪性の可能性もあるようだった。断脚という方法もあるらしいが、あやさんは望まない。それに、医師がいうには、腫瘍が悪性の場合は、切り落としても、そこでおさまらない可能性が高く、また体力的に手術に耐えられないかもしれないようなので、足はそのままにすることになった。とにかくひどい貧血を治すことが先決だ。抗生剤や増血剤などの入った薬と、栄養剤をもらって帰宅。
 それから2週間、ちょうど薬がなくなるころ、嘴の色が少しピンクを帯びてきた。ところがナナがまた腫瘍をつっついたのか、再び出血。嘴が真っ白になったものの、出血はすぐに止まり、夫が次の薬をもらってきた。
 ナナは出血するたびに、暖房を入れた療養用の鳥かごに移動しているけど、翌日の夕方には元気な声で、ココを呼んでいた。。
 そしてナナは、水飲み容器に入れた薬をちゃんと飲んでいるが、腫瘍が肉腫と呼ばれる悪性のものだったりすると、かなりな痛みをともなうらしいから、これからどうなるか心配だ。

 3月末、ナナの嘴の色が淡いピンク色になってきた。極度の貧血状態は脱したようで、もう自分の鳥かごに戻っているけど、足のできものはますます大きくなっていて、飛び方もぎくしゃくしている。そのため、止まる場所にうまく移れなかったりする。
 夫が鳥かごの掃除のためナナとココを放鳥したときだ。ナナが体の片側が重いため変な飛び方で、パピの鳥かごの上に止まり損なって落ち、そのまま飛べなくなった。そして、ナナは、あやさんの手の中で変な格好で羽ばたくと、ぐったりした。
 ナナが人の手の中で眠るのは初めてで、よほど具合が悪いのか、首も定まらないようすで20分ほど静かにしていた。それから目をあけたので、ソファーに置いたら、まだ少し首がおかしい。それでも、ちょんと跳ねてフンをした。落ちたときに頭を打ったのかもしれない。ナナは暖かい手の中にいたら、痛みが和らいで、久しぶりに楽になったのだろう。とにかく飛べるかわからないので、また療養用の鳥かごに移して様子をみることにした。
 夫によると、その夜、ナナは夜中に痛がって暴れていたらしい。昼間はときどき手に抱いて温めると静かに眠るから、なんとかやりすごせたものの、また今夜が心配だ。腫瘍が大きくなって痛みが増してきたようだが、きょうは土曜日。月曜日まで病院に薬を頼めないから、それまで少しでも痛みを抑えてやらなければならない。家にあったバッファリンを水で溶いてうすめ、それを飲ませることにした。
 素人の思い切った決断で、不安だったけれど、このさい苦しむナナをそのままにしておけない。飲み水がわりに与えると、30分ほどして効果があらわれた。痛みが和らいだらしく、おとなしくなって眠り、少しすると目をさまして、えさを食べた。
 もう、完全に飛ぶどころではなくなっていて、片側が腫瘍で重いから、ちょっとした動きでこけてしまう。気がつくと背中を下にしてひっくり返っていたりして、直してやると、手につかまって、抱き上げて欲しそうにする。
 けれども、あやさんは、ナナを抱いたままでは何もできないから、仕事を済ませては抱いて、えさを食べさせたり薬の水を飲ませたりする。

 月曜日になったので、病院に電話して薬を頼んだ。ステロイドの入った薬だそうだけど、医師もこんなケースは初めてらしく、薬がどう効くのか不安そうだった。薬はつぎの日に届いて、さっそく水に溶かして飲ませたけれど、どうも痛み止めにはならないようなので、寄るからまたバッファリンに切り替える。 
 ナナはバッファリンの入った水を飲むと、手の中でフンをしてえさを食べ、眠った。そのまま鳥かごに戻したら、すぐにひっくり返ってしまい、バサバサ羽ばたくので、起こして丸めたタオルに寄りかからせる。夫にいうと、
「夜は逆さになったまま眠っているから、大丈夫だよ」と平然というので、あきれたけど、その方が楽なのかもしれない。ふたりは、ただナナだけの世話をしているわけにはいかないから、もう、かなり疲れてきている。
 それでも、苦しむナナを放ってはおけないから3、4時間するとバッファリンの入った水をなめさせた。ナナは痛みが治まって、えさを食べると、ココに向かって元気そうに鳴いた。
「ここにいるから、大丈夫だよ」とでもいっているように。

 そして、木曜日の朝、あやさんが早く起きると、夫はまだ寝ないでソファーでナナを抱いていた。
「ナナがバサバサやって痛がっていたから、いま薬を飲ませたところだ」といったので、急いで着替えてナナを受け取る。すると、ナナがえさを食べたそうに首を振る。昨日の朝は栄養剤をまぶしたむきえをかなり食べた。朝はお腹が空いているはずだ。手の中で食べさせていると、ナナが急に動かなくなった、薬が効いて眠ったと思ったけれど、何か静かすぎる。
「ナナちゃん、眠っているのかしら? 死んじゃったのかしら?」
 そういったけど、やはり眠っているのだろうと、あやさんは思っていた。夫が「どれ」といって、ナナを抱き上げるまでは。
「死んでいる。もう、死後硬直が始まっている」という夫からナナを受け取って触ってみると、左半身は固くなっていて、足から体の内部にかけて大きな固いものがあった。悪性の腫瘍なのだろう。ナナは最後まで痛みと闘って頑張った。死んだのは可哀想だけど、少しホッとした面もあった。このまま痛み止めが効かなくなったら、どうなるかと心配していた矢先でもあったからだ。
 せめて、あやさんの手の中で眠るように死んでいったことが慰めだ。あやさんはナナに少し負い目を感じている。ナナのお婿さんを見つけてやれなかったことだ。けれども、病院で医師がナナの子どもはいないかと心配していたように、もし遺伝的な要素もあるとしたら、子どもがいなくてよかったのかもしれない。それにしても、こんなに急に大きくなる腫瘍は珍しいようだ。かなり悪性のものだったのだろう。ナナは4月2日朝、4歳9か月の生涯を閉じた。
 ココがそれからしばらく、ナナを呼んで鳴いていた。

翌日、夫に、
「夕べ、ナナの夢を見たわ」というと、
「そういえば、俺も見た」といった。ピーが死んだときも、フーが死んだときも夢を見た覚えはないけれど、夢の中のナナはかわいい目でほほえんでいた。

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