2015年3月13日金曜日

(三)カーテンの卵

 生後3か月を過ぎたころ、ピーがぐぜり出した。そして、小枝でできた3センチほどのボールのおもちゃを与えると、そこに乗って遊ぶ。フーはといえば、これまでならすぐに真似をしたのに、ボールに乗るピーをただながめているだけ。
「ピーは、やっぱりオスらしいな」と夫がいった。
 そのうちにピーが歌のように長いさえずりをするようになったので、オスだとはっきりした。一方、フーは相変わらずチュンチュン鳴くだけなのでメスのようだ。
 偶然ながら2羽がツガイになっていたので、ふたりは喜んだ。振り返ってみれば、たしかにピーはフーに比べて体も大きく、威張っていて、人間への関心も強いという、オスの特徴を示していた。
 いずれ、この賢いピーと可愛らしいフーの子どもが生まれると思うと、あやさんはうれしかった。
 さらに、あやさんを喜ばせたのは、ピーの長いさえずりが楽曲のように聞こえることだった。どこかで聞いた曲に似ていて、
「チュルルンポピポピブルグルル― ピチュピチュチュチュチュンポピブルルンー」といった感じだけど、ちゃんと曲想の変化があり、とても長い。それが毎日のようにかけていたCDの曲・モーツアルトの「アイネクライネ」だと気がついて、あやさんはびっくりした。文鳥がこんなにもすごい鳥なのかと、うなってしまうほどだけど、友人にそのことを話すと、
「身びいきで、そう聞こえるんじゃないの?」などと、笑われてしまった。
 それでも、ピーのさえずりは変化に富んでいて、あまりにも長々と続くから、あやさんには、どう聴いても「アイネクライネ」にしか聞こえない。

 それから少し経つと、ピーの背中を覆っていた濃い灰色部分が、換羽で小さくなり、チョッキの形が旗のように四角に変わった。それもその中央辺が白い丸になったので、まるで背中に日の丸を背負っているように見える。そんなピーが部屋の中を猛スピードで飛び回るので、あやさんが、
「ピーちゃん、まるで日の丸飛行隊だわ」というと、夫は笑って見ていたけど、ピーは可愛いプロペラ機のように、格好よく旋回もする。後を追って飛んでいるフーも真似をして楽しそうだ。
 そのフーの背中は、元々数本の筋だった灰色部分が少なくなり、1本の筋を残すだけになっている。白い体に濃いピンク色の嘴とアイリング、アイリングの中の黒くて丸い目と、フーは見るからに可愛らしい。 

 やがてピーがチョンチョン跳ねてダンスをすると、フーが傍で尾羽をふるわせるようになった。ピーはそのままフーの上に乗ったものの、かなりいい加減で、あやさんは、つい、
「ピーちゃん、それは逆さまよ」と、いってしまった。するとピーが黙ってやめてしまったので、あやさんは少し後悔した。それでもそのうちには、ちゃんとした向きで乗っていたから安心したけど、ピーの場合、半分は遊びのようにも見え、うまく交尾ができているのか、わからなかった。
 あるとき、あやさんは、ピーの独占欲がかなり強いことに気がついた。ピーは、あやさんに止まっているフーを押しのけて、自分が一番いい場所を取ろうとする。フーより自分が可愛がられなけれは、と思っているらしい。ピーに追い出されて居場所を失ったフーが、夫の手に移動すると、こんどはそこへ行って、またフーを追い出す。遊びのようにも見えるし、もしかしたら、それもオスの習性なのかもしれないけど、とはいえフーが気の毒なので、ピーを叱った。
「ピーちゃん、フーちゃんにそんなことしては、いけません!」
 するとピーは、気まずそうにおとなしくなったものの、場所を譲り返すようなことはなかった。ピーにも意地があるらしい。
 近ごろでは水浴びのときにも、ピーが手のひらのプールを独占して、フーを入れなかったりする。これまでは、あんなに仲良く交代したり、一緒に入ったりしていたのにと気をもむけれど、そういう成長の段階なのかもしれない。
 そんなとき、フーが思い切った行動に出た。水浴びの好きなフーは、なかなか水に入れないので、いよいよ怒ったらしく、ピーに飛び乗って両足キックを喰らわしたのだ。何でもこれを〝文鳥キック〟というそうだが、いきなりのお見舞いに驚いたピーは、水から飛び出してあやさんの頭に乗った。そのすきにフーが忙しく浴びる。珍しい出来事だったけど、そんなときピーは、静かにフーの水浴びを見ていて、やり返すようなことはなかった。
 そしてフーの水浴びが終わると、2羽が競争して居間のイーゼルまで飛んで行った。
 そのうちに、フーが居間の巻き上げカーテンに、もぐっていることが多くなった。たまには威張りん坊のピーから離れて、リラックスしたいのだろうと思っていた。
 そんなときピーは、フーにカーテンの中に入れてもらえず、あやさんの部屋にきた。手に止まったピーの背中に鼻を近づけると、メープルシロップのような甘い香がする。フーもときどき同じ匂いがしたから、それは文鳥特有の匂いかもしれない。もっともインコもそんないい匂いがすると聞いたような気もするけど。
 またピーは、あやさんが口笛を鳴らすと、「ピイッ」と、同じ音で鳴いて、大きな目を輝かせて飛んでくる。そして、そばで紙切れをいたずらしたり、パソコンに止まったりして遊んでいる。
 パソコンに疲れたあやさんがベッドにゴロンとして目を閉じると、ピーが顔の上に飛んできて、いたずらを始めた。足踏みをしたり跳ねたりして眠らせまいとする。それがダメらしいとなると、こんどはあやさんのまつ毛を嘴で引っ張って、目をあけようとする。自分の遊び相手が眠ってしまっては、つまらないから、何とか起こそうというのだろう。そんなピーのいたずらに、あやさんは昔のことを思い出していた。
 それは息子がまだ1歳くらいの赤ん坊のときのことで、昼寝をさせようとして一緒に寝転んで目を閉じると、眠りたくない息子は、あやさんの目を開けようと、まぶたに触ったり、まつ毛を引っ張ったりしていた。ピーも同じだと思うと、なつかしさと重なって、可愛さが何倍にも膨らんだ。 

 年が明けて、フーが巻き上げカーテンのひだの中に、卵を産んだ。あやさんの小指の先ほどしかない白い卵だ。夫がそれを見つけて、鳥かごのツボ巣に入れた。フーは少し太った感じなので、まだお腹の中に卵を抱えているように見える。
 そして、翌朝、こんどはツボ巣に2つ目の卵を産んだ。夫が早速、インターネットで購入した直方体の白木の巣箱を鳥かごの中に取り付けて、これからそこがフーの産室になるといった。上蓋がスライドする箱で、横には2つの出入り用の穴があり、奥がだれにも邪魔されないような閉ざされた空間になっている。夫はフーの産んだ2つの卵をその中に入れたが、フーもピーもその箱を怖がって、中に入らなかった。
 突然、20センチもある大きな箱が、鳥かごの中に入ってきたのだから、神経質な彼らが落ち着かないのは当然だ。夫が良かれと思ったことだけど、大いに迷惑だったようで、このときフーが産んだ卵は、カーテンとツボ巣に産んだ2つだけだった。
 夫は巣箱を諦めて外し、またツボ巣に卵をもどしたが、もう温めてはいない。結局、この2つの卵がかえることはなかった。フーは巣箱の入口から中をのぞいていたものの、奥に入ろうとはしなかったから、やはり夫がいうように、閉所恐怖症かもしれない。
 

 それから1か月ほどすると、フーがまた卵を産んだ。ピーが卵を産み終わったフーの羽づくろいをして労っている。フーは1週間ほどかかってツボ巣に5つ産み、こんどは真面目に温めている。
「フーちゃんが、ちゃんと温めているから、かえるかしら」
 ピーも交代で、ときどきツボ巣に入ってじっとしているので、ふたりのヒナ誕生への期待は高まった。けれども20日経っても、まだ卵はかえらない。
「全部、無精卵なのかしら」
「わからないな。卵を明かりに透かすと、中が見えるらしいけど」
 夫はそういったけど、卵を透かして見たりはしなかった。
 その後も、フーは5つか6つの卵を産んで交代で温めていたけれど、かえることはなかった。そのうちに気がつくと、いつもフーがツボ巣にいるようになった。どうもピーは中に入れてもらえないようなのだ。ピーも卵を温めたいらしくツボ巣に入ろうとするけど、フーに追い払われている。フーは、自分が産んだものだから、ピーには触らせたくないという感じで、2羽の間に何があったかわからないが、張り合っているようだ。まだ幼い2羽には、親になることより、競争心のほうが強いのだろうか。
 2羽とも遊ぶことに気が向いていて、フーもツボ巣に入って温めるのが気ままになった。朝になって鳥かごの覆いを外すと、いつもそれぞれのブランコに止まっている。この様子では、夜はツボ巣に入っていないらしい。ブランコで眠るのが2羽の習慣になっていたから、卵を産んでも、そのままのようだ。
 だからまた、3週間経っても卵がかえることはなかった。
 夫は何とか卵をかえそうと、鍋に板を浮かせたような温める仕掛けを作ったりしていたけど、フーの産んだ卵がかえることはなかった。かえらなかった卵を割ってみたら、途中まで育ったような形跡が認められるものもあり、うまく孵化さえできればと、夫が残念がった。
 あやさんも少し残念だけれど、ピーとフーが元気ならば、それだけで充分だし、そのうちに卵がかえることもあるだろうと、呑気に構えていた。 けれども、突然、予想外の出来事に見舞われる。あやさんはそのときになって初めて、ピーの子が残せなかったと悔やむのだ。

2 件のコメント:

  1. 文鳥が、こんなに繊細なこころを持った、個性豊かないきものだったなんて、全く知りませんでした。
    あやさんを起こそうとまつ毛を引っ張るシーンが生き生きと目に浮かびます。卵を孵化させようと「夫」さんがいろいろ工夫する様子も、とても微笑ましいです。
    次の展開がとても気になる…

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    1. これからいろんな個性の文鳥たちがでてきます。人間社会みたいで面白いですよ。

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