2015年3月3日火曜日

(二)2羽のヒナ①

 ところが、それから半年ほどすると、夫がまた、文鳥を飼いたいといいだした。あやさんはいやだといったのに、夫はしつこく、折あれば「文鳥を飼おうよ」とくり返す。
「それなら、独りで飼えば! 反対はしないから」と、あやさんが突き放しても、夫は、
「それじゃあダメだ。一緒に飼おう」と、うるさい。ついには自分の小遣いで買うからといいだした。少ない小遣いからえさ代も出すという。それには感心したが、とはいえ、夫は自分独りで面倒をみるつもりはないらしい。
 ピッピとの楽しかったときを思い出しているあやさんに、夫がさらに畳み掛ける。
「いまなら気候もいいから大丈夫だよ。ヒナも寂しくないように2羽にしよう」
 まったく諦めるどころか、機会があれば説得に努める。
「とにかく見るだけでも」
 少し脈があると思ったのか、急に元気になった夫は、あやさんを連れ出して、ピッピを買ったペットショップへ向かった。
 しぶしぶ着いて行ったものの、ペットショップに入ると、あやさんはホッとした。クーラーの効いた店内は、にぎわっていたが、小鳥のブースには、あの平べったいケージが見当たらない。辺りを探しても、ヒナのいる気配はなかった。それも文鳥に限らず、ほかの小鳥のヒナもいない。奥のほうの壁際に、前回きたときにはなかった小鳥のショールームのようなものができていた。ガラス窓の向こうに1羽ずつ成鳥が入っている。どの小鳥も、みんな退屈そうにこちらを見ていて、観賞用らしく黄色や銀色のきれいな成鳥ばかりが並んでいる。
「小鳥のヒナは、いないみたいね」
「もう、ヒナを扱うの、やめたのかな」
 あやさんが帰ろうというと、夫は、
「そうだな」といったものの、まだキョロキョロしている。そして、
「残念だな」といいながら着いてきたのに、出口の手前で受付に寄った。
「あの、すみません。文鳥のヒナは、もういないんですか?」
 夫がレジにいる店員にたずねると、小鳥の担当という若い女性店員が出てきた。そして、
「いまはブリーダーさんがヒナをかえす時期じゃないんです。秋になれば、国産の文鳥のヒナが、愛知県の弥富から入りますけど」と、教えてくれた。ピッピを買ったときの男性店員とはだいぶ違って、かなり詳しい。
 夫は喜んで、すぐさま白文鳥のヒナが2羽欲しいといい、入ったら知らせてくれるよう頼んで連絡先を書いた。
「そうか、これから秋にかけて、愛知県産のヒナが入るのか。すると、ピッピは冬だったから外国産の文鳥だったのかな」
「外国産ていうと、台湾とかインドネシアかしら。いずれにしても暖かいところね。それが寒い日本にきたのなら、気の毒だったわね」
ふたりでそんな会話をして、夫は車の中で陽気だったけど、あとで調べてみると、ピッピの背中には黒っぽい羽毛があったから、国産のようだった。
 家に着いても浮かれている夫に、あやさんは、これから文鳥を飼うには条件があるといった。
「夜中にテレビから怖い映画の音が流れたりすると、文鳥さんも安眠できないわ。もっと飼い方を研究しないと」

 夫もうなずいて、これから文鳥のサイトや本で飼い方を調べようということになった。
 

 そして、それから1か月半ほど経ったころ、入荷の連絡があり、ふたりは心を弾ませてペットショップへ向かった。ピッピのときとは違って、秋晴れのさわやかな明るい日。
 受付で話すと、ちょうどヒナのえづけの時間だといわれ、少し待たされた。店の裏のほうからは、ヒナのにぎやかな鳴き声が聞こえてくる。
「あの鳴き声、全部、文鳥のヒナかしら」
「さあ、わからんが、ずいぶんたくさんいるようだな」
 小鳥のブースに行って待っていると、まもなく鳴き声が止み、この前の女性店員が現われた。小さな箱とえさの容器を抱えている。箱の中から2羽のヒナを取り出して片手に乗せると、彼女がいった。
「この子たちは、少しだけ食べさせておきました」
これから、えづけの続きを見せてくれるという。
 ヒナはまだお腹が空いているらしく、彼女がえさのついた棒を口元に持っていくと、手の上で元気よく鳴いて大口を開ける。そこにえさを入れ、えさやりの手本を示す。
「この〝そのう〟が膨らんできたら、もうお腹がいっぱいってことですから」
 夫は、見とれながらうなずいて、
「オー、オー、たくさん食べる。すごいすごい」と、はしゃいでいたが、黙ると、自分もヒナになったつもりか、口を開けている。そして、急に気がついたようにたずねた。
「これはツガイですか?」
 すると女性店員は、ちょっと困ったような顔をしたが、すぐに、あっさりいった。
「まだ性別はわかりません」
 夫は少しがっかりしたように黙ってうなずいて、また質問した。
「生まれたのはいつですか」
「8月の下旬ですね。でも、こっちの小さい子のほうは、末かもしれません」
 前回の男性店員に比べ、かなり自信ありげにいったけど、正確な誕生日はわからなかった。あやさんは2羽の誕生日を8月25日と、その場で決めると、女性店員からヒナの入った箱を受け取り、夫とレジに向かった。
 車の中で箱をあけると、背中がまだ灰色のヒナたちは、おがくずに体を半分沈ませて、1つの丸になって眠っている。マシュマロのようにホワホワと頼りない感じだけど、互いに温めあっているようなので安心した。
 2羽のヒナは家に着いても、静かだった。おがくずを敷いたプラスチックケースに移しても、されるままになっている。まだ眠っているのだろう。見るからに可愛い。
 それが、いきなり、にぎやかに鳴き出して、あやさんはびっくりした。ちょうどペットショップで聞いていたえさの時刻だ。体を揺らして、ペットショップのときのように大口をパクパクさせている。お腹が空いたようだ。
 もう、鳴き出すころだろうと、夫が先ほどから用意していた〝むきえ〟を急いでお湯で湿らせてさます。あやさんが2羽をプラスチックケースから出して、夫の左手に乗せると、慣れない手つきの夫が〝育て親〟という透明な棒を使って、それぞれの口にえさを入れてやる。
 ヒナたちはまだおぼつかない足どりで体を揺するせいか、手から落ちそうになりながら、ギャアギャア鳴いて口をパクパクする。ヒナの口はえさが入りやすいように、わきに膜のようなものがついているから、かなり大きく開く。
 2羽で競うようによく食べ、自分の口にえさが入ったときだけしか鳴き止まないので、かなり騒々しい。夫はその鳴き声にせき立てられるように、交互に口に入れてやる。やがて、ペットショップで教わったとおりに、そのうが膨らむとピタッと静かになった。また眠るらしい。そっとケースに戻すと、2羽は再び円をつくり、そのまま3時間眠った。まるで目覚まし時計のように正確に、えさの時刻になると起きて鳴きだすのには、びっくりするけど、これは多分、ペットショップの開店時間に合わせて、躾けられているせいだろう。
 2羽のヒナは、白文鳥といっても、まだまっ白ではない。背中に灰色の部分があり、その灰色がチョッキのような形をしている頭の四角っぽいほうを「ピー」と名付け、灰色が筋のように入っている小ぶりなほうを「フー」にした。「ピー」は昔、マンションで飼っていた文鳥の名前で、彼のように長生きして欲しいという願いがこめられている。フーは、ピーに比べてきゃしゃでおっとりした感じだから、そんな名前になった。
 ヒナたちはすでに見えるようになっていて、夫やあやさんを親だと思っているのか、ふたりの顔を見ると喜んだ。
 10月に入ると、足がしっかりして、自分でえさを食べられるようになったので、夫が鳥かごをセットして、中にツボ巣とブランコを取り付け、ヒナたちを移した。ブランコは、どちらも好きなようなので、2つに増やす。(つづく)

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