2015年3月9日月曜日

(二)2羽のヒナ②

 10月半ば、ピーが初めて水飲み容器で水浴びをした。すると、フーもすぐに真似て水飲み容器に入り、カラカラと音を立てる。水飲み容器は水浴びには少し狭いようなので、バードバスを購入して水飲み容器の外側に取り付けると、2日ほどして、ピーが入って水浴びをした。でもフーは、まだバードバスには入らない。
 2羽は、ふたりを見るとブランコを揺らして鳥かごにぶつけ、ガシャンガシャンと騒音を立てて、ここから出せと騒ぐ。あやさんは、なるべく見つからないようにしたかったけど、狭い家のこと、どこへ行くにも鳥かごのある居間を避けるわけにはいかない。困ったものだと思いながら、ちょいちょい鳥かごから出して遊ばせる羽目になった。
 ピーは鳥かごから出ると、いたずらっぽい目であやさんを見て、ホバリングをしながら鼻に止まろうとしたりする。フーもすぐに飛んでくるけど、いつもピーのほうが先で、フーはピーの真似ばかりしているように見える。ピーは体も大きくてしっかりした感じだから、やはりペットショップの女性店員がいっていたように、フーより数日早く生まれたような気がする。
 2羽は、フンをあやさんや夫の手にするとほめられるので、わざわざふたりのところに飛んできて、自慢げにフンを落とす。そして、ふたりの首筋や腕などに止まって、噛んで親愛の情を示すようになった。ところがフーは、愛くるしい目の可愛い容貌に似合わず、カルシウム不足かと思われる尖った嘴でギュッと捻るように噛む。だから痛くてたまらない。初めのうちは我慢していたものの、あまりに思いがこもりすぎているので、ついにあやさんが叱った
「フーちゃん、ダメよ。痛いわよ」 
それでも、やめるどころか、しつこく余計に強く噛む。跡が傷になって紫色のあざができた。あやさんは、ときには痛くて、思わずフーを払いのけたけど、夫は感心なことに我慢して、親愛の情を受けとめていた。
 フーに比べてピーの嘴は厚みがあって、「痛い!」といえば、すぐに緩めて甘噛みになったから、あざができるようなことは、ほとんどなかった。ただ、ピーにはホクロのようなものがあると、突っついて取ろうとする習性があり、夫は、首筋にぽこんとできていた小さなイボをピーに食べられてしまったといって、痛がっていた。やはりピーの嘴の力のほうが、フーよりも強いらしい。
 しばらくはフーの親愛の情に耐えていた夫だったが、だんだん季節とともに長袖を着るようになり、首にはタオルを巻くなどの防御をしだした。そのうちフーも気がついたのか、ピーのように甘噛みができるまでになって、ふたりの手に乗って指先などをそっと噛んだ。 

 11月に入ると、2羽は紙切れやテレビのリモコンなどに興味を示して、いたずらが始まった。もう、あやさんの腕のあざは薄くなり、夫の首筋もきれいになってきた。
 2羽の行動範囲も居間から洗面所やあやさんの部屋へと広がって、自由に家の中を飛び回っている。ときにはあやさんの頭に乗って、そのまま一緒にトイレに入ろうとしたりする。そんなとき困ったあやさんが、トイレの入口で追い払うものの、ドアをあけると正面の壁にある額縁の上に並んで待っている。そして、また頭に乗ってきて、一緒に洗面所まで行く。邪魔でないといえば嘘になるけど、なんといっても可愛い。洗面台の鏡に映った自分たちを見ても、そのままだけど、そこに見えている2羽の文鳥が、果たして自分たちだとわかっているのだろうか。とにかく、あやさんの頭に乗っていれば安全、と思っているようだ。
 そんなときでも、たいていピーがリーダーで、フーは、あとを追ってくっついている。
 そういえば、バードバスでの水浴びもピーが先に入って手本を示していた。
 ところが、フーはバードバスの手前の水飲み容器に乗ったまま、なぜか先に進もうとしない。そこでピーがうるさく鳴いたが、フーはそのままだった。すると、なかなかバードバスに入らないフーにしびれを切らしたピーが、フーのわきからまたバスに入った。バシャバシャと羽ばたいてびしょぬれになって水から上がると、再びフーに向かって鳴いた。早く入れといっているのだ。そこでフーが仕方なさそうに、おっかなびっくりようやくバスに入って羽ばたくと、ピーはそれを見て、体をブルルンブルルンし、満足げに羽づくろいを始めた。
 けれども、フーがこのバードバスに入ったのは、これっきりで、その後いつ見ても、バードバスの手前の水飲み容器で浴びていた。
「フーは、閉所恐怖症じゃないかな」と、まもなくして夫がいったけど、たしかに茶色い半透明のプラスチック製バスは、水が飛んでもいいようにすっぽり囲んであるから、まさに閉所なのだ。
 そのように、何をするにもピーが率先して手本を示しているようだけど、ピーには、意外に用心深いところがあり、未知のものには、フーが挑戦してから、手を出すこともあった。夫が板切れを貼り合わせて作った、食器戸棚の上などに置いてある止まり木に、最初に止まるのは、いつもフーだった。それも、夫によると、そこに止まってみるようにと、ピーが盛んにフーをあおっていたらしい。
 とはいえ、ふだんから慣れたことをするときは、必ず自分が先で、威張っているから面白い。
 そんなピーに、フーはいつも素直に従っていて、ピーが見えなくなると呼んで探している。
 フーもピーも、名前を呼べば、呼ばれたほうが鳴いて応え、ときには飛んできて手に止まる。それも、どちらかがくれば、もう1羽もすぐにくるという仲の良さ。もし、そばにきたのがピーだけだったとしても、こちらのいっていることが、かなりわかるらしく、
「フーちゃんはどこ?」ときけば、フーのいる場所に飛んで行って教える。
 また、ふたりが外出着になると、出かけることがわかるのか、いつも揃って静かになった。それは、ふたりが食事をしているときも、客人がきているときも同様で、騒ぐことなく静かにしている。別に教えたわけでもないのに、ふたりをよく観察していて、そんなときには遊んでもらえないと、わかっているのだろう。
 特にピーは、観察眼が鋭くて、外から帰ってきたあやさんが、放鳥したままのピーたちを探してキョロキョロすると、必ず、「ピピッ」と鳴いて、自分の居場所を教える。
 やがて、フーが居間の巻き上げカーテンにもぐるようになり、そんなとき独りになったピーがつまらなそうに、あやさんの部屋に飛んできた。
 あやさんが頭にピーを乗せたまま居間に行き、
「フーちゃん、どこ?」というと、フーはカーテンの巻き上げ用のひもをゆすって、その先についている玉を下の棚のファックスにぶつけて、コンコンと音を立てる。ちゃんと居場所を教えているのだ。
「フーちゃん、そこにいるの。お利口ね」
 あまりの賢さに感心して、あやさんがほめると、フーはその場でもぞもぞ動くけど、出てこない。ピーのほうは頭に乗ったままで、何ともいわない。
 結局フーは、しばらく巻き上げカーテンから出てこなかった。柔らかい布のカーテンは、ハンモックのようで気持ちがいいのだろう。
 2羽は人の言葉こそ話せないけど、こちらのいっていることが、かなりわかるようで、
「お水浴びよ」「いい子で待っているのよ」「こわいこわいよ」などを理解している。
「こわいこわい」は、まずカラスの鳴き声が聞こえたときに教え、つぎに2羽が玄関に行ったときに、そういって、玄関は恐いところだと教えた。だから2羽を放鳥したまま外に出るときでも、決して玄関にはこない。そして、しばらくして帰ってきて玄関ドアをあけると、2羽が玄関の見通せる小さな額縁の上に並んで待っている。じつに賢いのだ。裏側がフンで白く汚れてしまっているその額には、あやさんお気に入りのポピーの絵が入っているけれど、絵のほうは無事なのでヨシとしている。とにかく2羽は、決して玄関には行かない。
 水浴びは、だんだんバードバスや水飲み容器より、手のひらのプールのほうを好むようになった。台所で水を細く出して呼ぶと、すぐに飛んできて、蛇口から落ちる水の音を聞きながら、手のひらのプールに入る。そして、歌に合わせて羽ばたいて、バシャバシャと競って水を飛ばす。手のひらのプールは、鳥かごの水飲み容器やバードバスに比べ、開放的で2羽が一緒に入れるから、楽しそうだ。

 3か月ほど経ったころから、あやさんや夫の手の中で、ときどき昼寝をするようになった。左右の手に1羽ずつ乗って眠り、ピーは平目のように平らになり、フーはお菓子のようにちょこんと丸まって、長いときには30分くらい眠る。うっかりベッド役になってしまうと、同じ姿勢を保たなければならないから大変だ。それでもふたりは、2羽がどちらにより安心して眠っているかを、それとなく時間で競っていた。 
 また、あやさんは、よく2羽に子守唄を歌ってやるけど、ときには片手に2羽を乗せてパソコン画面を動かしながら、創りかけの童話を読み聞かせたりもする。 そんなとき、朗読の声が子守唄のように聞こえるのか、静かにしていた2羽が、手の中でくっついて眠っていたりして、その無垢な暖かい息づきが愛おしい。このまま抱いていたいけど、そうもいかないから、そっと鳥かごに戻すと、2羽は目を覚ましたが、まだ眠いのかトロンとした目で静かにしている。それもまた可愛くて、たまらない。
 ピーたちは、ふたりを本当の親だと思っているようなので、あやさんは、ふと不安になった。
「もしかしてピーちゃんは、大人になったら人間になるつもりでいるのかしら」。

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