2015年9月4日金曜日

(二十)思いがけないヒナ①

 2014年2月末、あやさんちは、また思いがけない出来事で沸き立っていた。それは、2歳になったトビとユウ姉妹のツボ巣をのぞいた夫の奇声から始まる。
 トビ・ユウ姉妹は、いまも同じ鳥かごにいて、2つあるツボ巣のうち夫がのぞいているほうには、2羽が産んだ卵が10個くらい入っている。
「ええっ?」といったきり、しばらくツボ巣をのぞいていた夫が、変な顔をしていった。
「おかしいな。何か、動いているぞ。ヒナでもかえったのかな」
「えっ? まさか? だれの子?」
「多分、トビの子だな」
 あやさんが知りたいのは、ヒナの父親がだれかということなのに、夫がそういう。つまり、トビは白文鳥で、桜文鳥のユウよりモテルから、かえったのは、トビの卵だろうというのだ。
「じゃあ、父親はだれかしら?」
「メグかマイの子じゃないかな。どちらもよくトビを追いかけていたから」
 夫はそういったけど、メグはトビとユウの1年後に生まれた弟だ。マイなら、フーとパピの子どもだから、そのほうがいいように思うけど、マイはすでにルミと結婚している。一緒になって2年以上になるのに、まだルミの産んだ卵がかえったことはない。足先が丸まっているマイに比べて、メグは素早くフーにもつかみかかるほどだから、やはりメグの子の可能性が高い。
「でも、トビたちの卵がかえるなんて、考えてもみなかったわ」
 というのは、同じように姉妹でいるナナとココの卵はかえったことなどないからだけど、考えてみれば、ナナとココはそれぞれ別のツボ巣に卵を産んでいる。だから1羽で温め続けるのは難しい。
 ところがトビたちのように片方のツボ巣にまとめて産めば、交代で温め続けられる。なかなか考えている。
「でも無精卵なら、かえるはずないのに」と、トビとユウにしてやられたようで、あやさんは複雑な気分。
「生まれたのが1羽だけならいいけれど」
 そんな心配をよそに、翌日にはまたヒナが生まれた。2羽なら古い鳥かごを使えば何とかなりそうだけど、これ以上はゴメンだ。
 ところが、次の日にまた1羽かえって、ヒナが3羽も生まれてしまった。1羽だけなら間違いということもあるだろうけど、こうなると確信犯だ。
「やっぱり、トビの産んだ卵かしら」
 メグとトビのあいだの子のようだけど、ユウも懸命に卵を温めていた。ヒナがかえってからも交代でえさをやっている。どちらの子かなど、どうでもいいように協力して育てている。子育ては大変だから、人間のシングルマザーも2人で組んで育てたらどうかと思うけど、それはそれで難しいのだろうか。
 ヒナは生まれて2週間ともなると食べる量が増え、トビとユウの大変さが目に見える。3月半ばに、夫がさしえを始めるためヒナをツボ巣からフゴに移し、暖房器を付けた別の鳥かごに入れる。
「こんどは何文鳥かしら? 白文鳥もいる?」
「白文鳥はいないみたいだな。どれも目が赤いから、シナモンか桜文鳥のようだな」
 以前に比べると、夫もけっこう早いうちから判別がつくようになっている。
 白文鳥の両親なのに」と、またあやさんの疑問が頭をもたげるけれど、そういうものだと思い直す。
 翌朝、いつものようにあやさんが鳥かごの覆いを外すと、トビが突然、暴れ出した。ユウを追い回して、何か怒っているようだ。もしや? と思い、ヒナの入ったフゴを見せようと、トビたちの鳥かごの前に持って行く。
 ヒナがツボ巣にいないので、トビがユウに怒っているようなのだ。トビは意固地で頑固なところがあるから、ユウが犯人だと思い込んだら執拗に追い回す。やはり、ヒナはトビの子で、そのことをトビはわかっているらしいけど、それにしては、ずいぶんの仕打ちだ。ユウにあれほど世話になったのにと思いながら、あやさんはフゴを斜めにして、ヒナが見えるようにする。けれども2羽はフゴが恐いのか、バサバサと暴れ、ヒナを見せるどころではなくなった。
 ユウは気の毒に、この朝、何度も追いかけられていた。
 それが治まったのは、夫が8時半に起きてきて、ヒナのさしえを始めたときで、ヒナをフゴから出すと鳴き声がしたので、ようやく静かになった。ヒナが無事だとわかったらしい。それで安心したのか、その後、トビはほとんどヒナに関心を示さなくなった。
 フゴに移してから1週間、1番大きい「クリ」はもうフゴのふちに立てるようになっている。「マミ」も順調に育っているようだけど、最後に生まれた「チビ」は、発育が遅れている。
「チビは、口をあけないんだ。しようがないから、無理に口の中に押し込んで食べさせないと、死んじゃうぞ」
 チビは口の横のパッキンがおかしいらしく、口を大きく開けられないようだった。
 クリは一番成長が早く、もう羽ばたいている。背中がクリーム色で頭と尾が白っぽくなってきたので、クリーム文鳥らしい。マミはルミがヒナのときのような黄金色をしているから、シナモン文鳥だろう。チビはその名のとおり一番小さくて、発育も遅れている。鳴き声も小さいから少し心配だけど、同じ親から生まれても、ずいぶん違いがあるものだ。
 生後1か月になると、もうクリは飛べるようになって、チビもそれなりに羽ばたいたりする。マミもほとんどクリと同じ大きさになって、2羽で並んで止まり木に止まっていたりするが、チビは一番下の止まり木までしか行けない。それにまだフゴの中が好きなようで、1羽だけでよく寝ている。それでも羽毛は桜文鳥らしい色になってきたから、夫が無理に食べさせている効果がでているようだ。
 ヒナたちに食べさせたあと、手の上にのせてなでてやり、そのまま手を上下して、バサバサと羽ばたきの練習をさせる。クリとマミは2、3日前から少し飛べるようになったものの、そうやってやると、手の上でうれしそうに羽ばたく。特に、チビにこの練習をさせたいと思うけど、チビは、あまり羽ばたかないで、面倒そうだ。
 このバサバサの羽ばたき運動は、事故以来飛べなくなったフー(6歳半)のために、ときどきやっている運動だけど、ヒナのこの羽ばたき運動に刺激されてか、フーもこれをするときには、気張っている。やはり負けまいと思うのかもしれない。この調子で練習してフーもまた飛べるようになるといいと思うけど、あやさんの手に伝わる感触は、ヒナたちとフーではだいぶ違う。フーは重いのだ。
 ヒナたちは、遅れているチビでも、あと1週間もすれば飛べるようになるだろうけど、フーのこの重い体を舞い上がらせるには、かなりの力が必要だろう。 (つづく)
 

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