2015年7月7日火曜日

(十四)パピの戸惑い

 事件後、ひとつも声を出さなかったフーが、少し元気になってきたのか、えさを食べたあとに鳴くようになった。それも、思い出したように、居間のほうに向かって小さな声で鳴いている。どうもパピに会いたいらしい。
 パピもずっとフーのことを心配しているはずだと思い、あやさんがフーを抱いて、パピの鳥かごの前に行く。すると、フーがパピに向かって、
「チュチュチュ」と、弱々しいけど精一杯の声で何か話しかけた。
 ところが、パピは黙ったままで、驚いたようにバサついて、止まり木の上をウロウロする。なんだかオロオロした様子で、フーに声をかけるでもなく、おびえているようにも見える。
 フーは病人だから、たしかに以前のような美しさは見る影もない。だから声を出すまで、それがフーだとわからなかったのだろうか。声を聞いてはじめてフーだとわかり、幽霊が現われたと思ってギョッとしたのかもしれない。それにしてもパピの余りに冷たい反応に、あやさんはびっくりして、腹を立てた。
 パピがこの家にきたとき、あれほどフーに世話になったのに、傷ついたフーに優しくしてやれないなんて、自分勝手なつまらないヤツに思えて、パピが嫌いになった。
 いずれにしても、フーのこの体の状態では、パピのいる鳥かごに戻すことはできないから、夫はフー のために、特別な鳥かごを購入した。
 それは、前から後ろにかけての面が透明なプラスチックでできていて、上部が大きく開くようになっている。えさ入れや止まり木、ツボ巣はもちろん、上からなら飛べないフーの出し入れもしやすい。フーもみんなのいる場所にいたいだろうと考えて、この鳥かごを居間の隅の少し離れた台の上に置いた。
 フーが居間に戻ってきて、喜んだのがピポだった。ピポは鳥かごから出ると、真っ直ぐにフーの鳥かごに飛んで行き、横の金網の部分にしがみついて、うれしそうに鳴く。パピとは正反対の反応に、
「やっぱり、ピポはお利口ね。フーが大好きなのね」と、あやさんは思わずにっこり。
 フーは、しばらくそこで暮らすことになったものの、自分の元の鳥かごに戻りたがった。
「パピに、あんなに冷たくされたのに」と、あやさんは不満だけど、フーは情が濃いようだ。
 それなのに、パピは鳥かごから出ても、フーの近くに行こうともしなかった。どうも、フーが卵をそのままにして姿を消してしまったので、そのことを怒っているようだけど、それにしても、傷ついたフーを労る気持ちはないのだろうか。このままでは、フーが可哀想でしょうがない。
 そして、ピポのほかにもう1羽、フーを見て喜んだ者がいた。フーに振られ続けてきたチーだ。チーは、フーがどんなにみすぼらしくなっても好きなようで、フーを見ると、近づいて求愛ダンスを始めた。 そんな一途な恋心に、思わず感動してしまうものの、これからまた、ややこしくなりそうだと不安な思いがよぎる。
 じつは、フーがあやさんの部屋で療養している間に、チーはすっかりピポに気を向けていた。換羽の終わったピポは、ほとんど真っ白になり、毛並みも揃って女らしさも出てきている。だから、もうフーのことは忘れたように、ピポと仲良くなっていた。ピポと暮らしていて何の不満もないはずだ。
 それなのに、チーは、どんなにフーがみすぼらしくなってしまっても、どんなに嫌われても、まだフーのことが好きなようだ。やはり初恋の人は忘れられないのだろうか。あやさんはピポの気持ちを思うと複雑だった。
 それから数日後、フーはだいぶ元気になった。あまり飛べないこともあって少し早いような気もしたけど、パピのいる鳥かごに戻りたがっているので、昼間だけ戻すことにした。 
 フーを元の鳥かごに入れると、パピがギョッとしたように遠ざかった。あやさんがハラハラしながら見ていると、フーが逃げ腰のパピに向かって、
「チュチュチュチュ、チュチュチュチュ」と、小さな声で盛んに何かいっている。パピは相変わらず不愛想に耳を傾けているけれど、フーのいっている意味がわからないのだろうか。
 フーは、これまでの経緯を説明しているようだけど、パピに通じているのかどうか。パピは戸惑っているようだから、よく理解できないのではないだろうか。
 フーが懸命に話しているのに、パピの反応があんまりなので、フーが疲れてしまわないかと心配になり、予定どおり、しばらく夜は元の特別な鳥かごに戻すことにした。
 パピはフーの変わりように、びっくりしたのだろう。もしかしたら、病気が感染するとでも思ったのかもしれない。
 それよりも、やはりフーが卵を産みっぱなしでいなくなってしまったから、そのことで腹を立てているのだろうか。パピにしてみれば、せっかく幸せになったのに、突然、捨てられてしまったように思ったのかもしれない。
 それにしてもフーは、パピのところへ行くと、とにかく長々と話していた。そのうちにパピにも事情がわかったのか、だんだん以前のようにフーに接するようになった。
 そして、居間に置いてから10日ほどして、フーの特別な鳥かごは、机の下にしまわれた。フーは飛ぶには飛べたけど、足の付け根がおかしいため、コントロールが悪くなり、ときどき着地に失敗した。ピポと遊んでいたころのようなスピーディーな動きは、いまのところ無理なようだ。
 フーの療養などもあって、当初の予定よりだいぶ遅れて、ミミが里子に出る日がきた。もう生後2か月を過ぎている。
 家を出る前に、あやさんに抱かれて、鳥かごにいるフーとパピに挨拶をしたけど、フーたちに、別れ とわかっただろうか。
 ミミは、最近までフーが入っていたプラスチックケースに入れられると、暴れて出たがった。
「やっぱり、連れて行かれるのがわかるのね」
 可哀想な気もしたけど、そのままプラスチッゥケースを抱えて車に行った。
 後部座席に乗り込むと、ミミがいきなりケースの中ブタを突き上げて飛び出し、そのままコンと車のフロントガラスに当たって落ちた。夫が慌てて捕まえてケースに戻したけど、やはり、みんなと別れたくないらしい。あやさんは、ピポをもらってきたときも、プラスチックケースの中で暴れていたことを思い出した。
 ミミの行先は車で5分もかからないマンションの中で、その家には老齢のセキセイインコが1羽いる。だからミミもさびしくないだろうと、あやさんはあまり心配していないけど、当然ながら、ミミは、まだそのことを知らない。
 これまでミミがいた鳥かごには、ナナとココが残り、少し寂しくなった。それでも2羽は鳥かごから出ると、すぐにパピのところに行き、よくカーテンレールや額縁の上に一緒に並んでいる。その光景からは、親子の絆がかなり強そうに見えるけど、それにしては、ミミはパピに着いて行かなかった。フーのそばの高い場所によく止まっていた。フーと同じ白文鳥だし体も小さいから、そのほうが安心できたのかもしれない。ナナとココはミミより先に生まれただけあって体も大きいし、双子のように似ている。不思議なのが、いまだに茶色い羽毛のままでいることだけど、どうも白文鳥ではなさそうだ。

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