2024年12月27日金曜日

(24) スーちゃん、さよなら

 

 今年もあとわずかになった。

 今月16日のことだった。夫が鳥かごを掃除しているとき、白文長のスーが元気がないようだといった。朝、鳥かごの覆いの布を外したら、いつものようにスーとフユがピピピとげんきな声で鳴いたので、その後におかしくなったのかもしれないと思いながら、スーを抱きかかえて温める。スーはしばらく手の中でおとなしくしていたが、そのうちに手から出ようと跳びはねて白い糞をだした。それから少しえさを食べたので、フユも呼ぶと2羽で手に乗って仲良く一緒にえさを食べた。鳥かごにもどすといつものようにスカイカフェの上に2羽で仲良く乗ってこちらに向かってさえずったので、ひとまずホッとする。

 翌朝も布を外すと、いつもどおり元気に鳴いた。けれどもまた午後になるとスーは具合が悪くなった。ヒーリングをしてから床暖房のマットの上に寝かせて布で覆って温める。

やがて少し元気になり、水っぽい糞をした。そのあとフユと鳥かごに戻ったスーはえさを食べだしたので、鳥かご内の暖房器をふやして様子をみることになった。あまり飛べなくなっているため、止まり木から落ちても大丈夫なようにと下にも水とえさを置いた。

そして、翌18日の朝、鳥かごの布を外したとき、恐れていたことが起きた。鳴き声がしなかったのだ中をのぞくとスカイカフェの上にいるフユだけが見える。フユはだまっている。もしやと思い、鳥かご内に手を入れて床をさがすと、スーの身体が水を入れた皿のそばにあった。まだ暖かったものの、死んでしまったとわかった、9歳8か月の一生だった。

 ケガも病気もほとんどなく、人懐こくて賢い文鳥だった。この家で生まれて外に出たことは一度もなかった。残されたのは外からもらわれてきたメスの2羽だけになった。

 フユはモカがミーを亡くしたときのように、スーを呼んでときどき鳴いている。文鳥には「死」は理解の外なのかもしれない。

 年初には5羽いた文鳥が2羽になってしまった。寂しい年の瀬。そして、今年も間もなく終わろうとしている。。

 先ほど庭のほうで小鳥の鳴き声がした。フユが鳴くので外を見ると、2羽の小鳥が飛んで行くのが見えた。小鳥の種類は分からなかったが、文鳥によく似た鳴き声だった。

2024年12月12日木曜日

(23)今年もあと半月余り

 

 急に日照時間が短くなってきたが日中は毎日、明るい日差しが注がれている。文鳥たちも昼寝をしているのかおとなしい。鳥かごの中をのぞくと、鳥かご内に吊るした暖房器の近くにいる。モカは独りでブランコに乗り、スーとフユは並んでツボ巣の上に載っている。ツボ巣の上は狭いから2羽でくっついているという感じ。日中は家の暖房を消しているから、やはり寒いのだろうか。まあ、鳥かご内の暖房のそばにいれば心配はないだろう。

 きょう12月12日はピポとチーの最初の子であるシナモン文鳥のメス・ルミの生まれた日だった。ルミはフーとパピの最初の子だった白文長のマイと一緒になったが、子孫は残せなかった。それでもルミはこの家のメスでは一番長生きをした。メスで9歳以上生きたのはルミだけだった。夫のマイが亡くなってから半年後にルミは天国へ行った。

マイは優しい夫だったので、ルミは平和に暮らせたようだ。文鳥はデリケートな生きものなので心持が寿命に関係するような気もする。

 家の中は陽射しで明るく静かな時間が流れているが、社会は目まぐるしく変化し、戦争も続いている。世界中に明るく平和な社会が広がることを祈るばかりだ。

2024年11月27日水曜日

(22) コンポにさよなら

 

この家に引っ越してきてからずっと本棚の一角を占めてきたオーディオセットが片付けられた。もう何年も使っていない。主にCD用に使っていたがそのほかにもいくつかの機能があった。どれかが壊れてしまってからCDもかけなくなったような気がする。

昔、ピーちゃんとフーちゃんがこの家に来た頃、よく音楽をかけていた。頭の良い子に育つようにとモーツアルトのアイネクライネを聴かせていたら、オスのピーちゃんがいつの間にか歌い出した。

「ピーがアイネクライネを奏でだした。すごい!」といって喜んだものだが、それがオスとしてのピーちゃんならではのさえずりだったのだ。なつかしい日々が浮かぶ。でも、ピーはフーを残して短い一生を終えてしまった。そんな思い出のあるコンポがなくなり、本箱の一角はすっきりした。あと、鳥かごを3つたためば居間は広く感じるはずだ。スーとフユ、そしてモカのいる鳥かご2つだけが机の上にそびえるだけになる。そうしたら、もうすぐお正月。あっという間の1年間。そして年初に5羽いた文鳥たちは3羽になってしまっている。それでもモカの目が見えるようになったことは、うれしいことだった。昨年9月に夫のミーが亡くなってしまってから、寂しそうなモカだけど、時にはフユがモカの鳥かごに入って行ったりする。そのうちモカが怒ってフユを追い出しているらしいけど、隣にそんな仲間がいるというのも悪くはないだろう。フユはいたずらっぽいところがあるから、メスにしては珍しく他人の鳥かごに入ったりする。夫のスーは9歳7か月を過ぎたおじいさんなので、フユも退屈しているのかな。

2024年11月11日月曜日

(21) 11月はピポの命日

 

11月になると、ピポのことを思い出す。あの日、11月14日、6歳4か月になった白文鳥のピポはこの家から突然、姿を消してしまった。小雨模様のあわただしい日だった。ピポはいつもどおりにメグに追いかけられて元気に飛び回っていた。人の出入りもある日だったが、ピポは家の中にいると思っていた。何日も近所中を探しまわった。結局、夕方夫が傘を取りに玄関に戻ったときに一緒に外に出て行ってしまったのだろうということになったが、本当のところはわからない。それは2015年のことで、2月にはピポが姉のように慕っていた同じ白文長のフーが亡くなり、その子供のナナが4月に亡くなりと悲しいことが続いていた。さらに12月にはまだ若いチビまでも死に4羽の文鳥がいなくなってしまうという年だった。けれども、チビが4月には3羽のヒナを産み、小さな体で3羽のヒナを育て上げた年でもあった。夫が無理やり口にえさを入れてやっと育ったチビだったのに、3羽のヒナを必死で育ててあまり飛べないようになっていた。いまそのチビの子どものスーは9歳7か月になった。そしてスーの妻であるシナモン文鳥のフユはこの18日で7歳になる。今この家にいるのはあとクリーム文鳥のモカだけ。つまり3羽だけになってしまった。住まいの鳥かごも2つだけ。

 その鳥かごにいつのまにか暖房器がつきっぱなしになった。小さな床暖房は日中は消すものの鳥かご内に吊るした暖房は一日中点けっぱなし。電気代が気になるけれど文鳥には温かさが必要なのだ。ことに老文鳥たちにはなおさら。

2024年10月28日月曜日

(20) 総選挙が終わって

 

きょうは雨模様、 文鳥たちの鳥かご内の床暖房が入ったのも束の間。そのあとまた暑い日が続いた。あのまま寒さに向かって行くかと思ったら、まだ夏のような日があった。そしてこのまま「秋の長雨」というように雨模様の日が続きそう。やはり秋らしい日が少ないことには変わりがない。文鳥たちは元気だけれど、彼らも変だと思っていることだろう。

きのう衆議院選挙があった。与党が過半数割れして、これからの政局は流動的になりそうだ。金まみれの自民党にはさすがに多くの国民が怒りを覚えている。しかも国民は年々貧しくなっている。それでも利権をむさぼる連中うは自民党政権を支えている。国民の大半は仕事に追われ貧しさに追われ、政治のことなど考えている暇もないくらい。税金が払えなくて押し込み強盗をしたり、会社を閉じたりしている。いくらおとなしい日本人でも、あまりのひどさにようやく目覚めてきたようだ。このままでは、孫たちの時代が思いやられる。。

 

2024年10月10日木曜日

(19)そこらじゅうでデモが起きている

 

きのうなどは最高気温が17度という涼しいというより寒い一日だったので、鳥かご内のパネルの暖房が点けられた。ほんとうに秋らしい日がなくなってしまっている。夏の次に来るのはいきなり冬という感じ。日本の四季はどこへやら。穏やかな春や秋がなくなってしまって日本人の心も穏やかさが失われたのだろうか。とにかくあまり歓迎できない世の中になっている。人々におおらかさも細やかさもなくなってきた。生きにくい社会だ。この国では自殺者も多く、危険だと思われている注射がワクチンと称して平然と撃たれている。そのことはマスコミもほとんど報道しない。恐ろしいことだ。人類は不幸な歴史を繰り返してきたが、また同じ道を辿ろうとしている。孫たちにどんな社会が残せるかと心配になるこの頃。日本各地で大小のデモが起きている。たとえば「マイナカードへの保険証の紐づけ反対」「WHOから国民を守る」「緊急事態条項に反対」「イスラエルの虐殺止めろ」などで、人権に関することが多いが、これらのデモも大手マスコミが取り上げているのを見たことがない。この国はますますおかしくなっている。なぜだろうか。

 文鳥たちを見ていて、気が付くことがある。彼らは必要以上のものを求めたりはしない。欲張ったとしても、せいぜいそのときの食べるものくらいだ。それに、恐らく仲間より自分だけがよい環境にいたいなどと思ってはいないだろう。ひとりぼっちは寂しいから。

2024年9月27日金曜日

(18)暑さ寒さも彼岸まで

 

あれほど暑い日が続いていてこの先どうなってしまうのだろうと心配していたのに、お彼岸を境に急に涼しくなった。本当にお彼岸を境にこれほど気温が変わるなんて、驚いてしまう。突然、秋風が吹いてきて冷房もいらなくなった。鳥さんもびっくりしていることだろう。そして多分、秋はとても短くて、気が付いたら冬になっているのだろう。近ごろの気象は以前とは違って激しく変化する。数十年前の穏やかな気象はどこかに行ってしまったようだ。

 もしかしたら、そのせいで人心も穏やかでなくなってしまったのかもしれない。いや、穏やかでない人心が激しい気象を生んでいるのかもしれない。などと、暇に任せて考えたりする日々。

文鳥たち3羽はみんな元気で、毎日、居間のテレビから流れる野球中継を聴いている。ときにはあやさんや夫の歓喜の声にびっくりしているかもしれない。きょう大谷翔平のいるロジャースが地区優勝を果たした。みんなの喜ぶ顔が聴衆をなごませてくれる。その空気感が文鳥たちにも伝わっているようで、彼らもおとなしく聴いていて、平和な時間が流れていく。

2024年9月13日金曜日

(17)スーちゃん、大丈夫?

 

白文鳥のメグが去ってから20日が経った。その間、大谷翔平はさらに7本の本塁打と8つの盗塁を重ね47-48として50-50の大記録にせまっている。メグがいなくなった寂しさも忘れるほどの大活躍に救われる思い。

 一時は居間に鳥かごが溢れ、14羽もいた文鳥が、今は3羽になり、2つの鳥かごが使われているだけになった。1つにはクリーム文鳥のモカが入り、その隣の鳥かごにはシナモン文鳥のフユと白文鳥のスーのペアがいる。

 きのうのことだ。夫がスーがリンゴジュースを飲まないと心配そうにいった。なんでもスーは水を換えてリンゴジュースを入れてやると、すぐにそのスカイカフェに来て、待ってましたとばかりにリンゴジュースを飲むらしい。ところが今日は違うという。去年、スーの兄弟のミーが亡くなったとき、その前日にリンゴジュースを飲まなかったから心配だというのだ。どうも食欲がないらしいので、鳥かごから出してみると、あやさんの手の中にしっかりと立って、それから少しして高く飛び上がった。巻き上げカーテンの上には上がれなかったものの、まだそれなりには飛べて、そのあと床に落ちた。スーも何といっても9歳5か月の老鳥だ。あまり飛べなくても不思議ではない。その後に鳥かごに戻されたスーはえさを食べていたのであんしんした。便秘だったかもしれない。

 そして今朝は元気そうに見えたものの、いつもと違ってフユがツボ巣の上にいるスーに並んでいて、気遣っているようにも見えたので、まだ少し心配だったが、

 その後、夫がリンゴジュースを与えると、スーはいつもどおりに飲んだ。夕方になっても、フユと元気に鳴いているから大丈夫だろう。

2024年8月24日土曜日

(16) 老齢なメグ

 

 8月22日、朝からメグの具合が悪かった。朝、ツボ巣からなかなか出てこないので、ツボ巣に手を入れてメグを取り出すと、ぐったりした様子だった。鳥かごから出して手で温めてからえさを食べさせる。けれどもあまり食べずに手の中で眠った。リンゴジュースをなめさせてからまたツボ巣に戻し、様子をみることにした。

 1時間半程経ってから鳥かごをのぞくと、自分でツボ巣を出て、いつものように鳥かごの床にいたので安心したものの、何しろ高齢なので気にかかる。

 メグは昼頃になっても元気がない様子で、えさもあまり食べていなさそうだった。ぐったりしている。、手の中で眠らせて時々リンゴジュースを指に付けてなめさせたが、食欲はないようで、えさはあまり食べなかった。

 それでも夕方には脱糞し、えさを食べだしたので、また少し安心するものの、なんといっても11歳7か月の高齢だから、このまま天に召されてしまってもおかしくないと覚悟した。

 夜中には夫がメグの面倒を看ていたようだったが、23日の朝になって鳥かごの布を外したとき、メグはツボ巣の中にいた。

 恐る恐るツボ巣に手を入れてメグに触ると、まだ暖かかったので、ホッとシテ手に取り、えさを食べさせることにした。

 メグはリンゴジュースをなめてから少しえさを食べると手の中で眠り、やがて水っぽい糞をだした。脱糞後、またえさを食べさせると、今度はたくさんのえさを食べた。大食漢とはいえ、少し心配したものの、これだけ食べられれば大丈夫だろうと思った。しばらくしてから鳥かごに戻して眠らせた。

 夫が心配して起きてきたので、たくさん食べたと話すと、夜中に固い糞をしたから水にオリゴ糖を溶かして飲ませたといった。それでお腹の調子がよくなって脱糞し、食欲が出たらしい。糞詰まりは鳥にとってよくないことは知っているが、高齢になると、やはりお腹の動きも悪くなるようだ。リンゴジュースとオリゴ糖は整腸には効果があるかもしれない。

 メグの生活は床だけの平面暮らしになってしまったけれど、暖房マットも部分的に入れたから、自力で何とか暮らせるようになった。

 そして24日の朝を迎え鳥かごをのぞくと、ピイピイと鳴いたので、大分元気になったと思った。鳥かごから出して、またリンゴジュースとえさを与えた。その後に鳥かご内をのぞくと、最近いることが多かった鳥かごの床のすみにいた。鳥かご内にはえさも水もあるのであまり心配していなかったが、午後になって、夫が掃除のために床に寝ているメグを抱き起して叫んだ。

「メグちゃんが死んじゃった」

受け取ると、メグはもうすでに冷たくなっていた。こわばった身体をなでてさする。もっと早く温かいうちに抱いてやれなかったことを後悔したが、少し経つと、気持ちが落ち着いた。

 なんといっても大往生だ。メグの寿命が尽きたのだと考えた。

 文鳥として威厳のある賢い鳥だった。折しも大谷翔平の40-40という偉業達成のグランドスラムに沸くその中で、メグは天に昇った。ざわつく気持ちの中で、多くの文鳥たちを見送ってきたメグらしい命日になったと考えた。

2024年8月11日日曜日

(15) 文鳥とテレビ番組

 

 外は毎日、灼熱の太陽が注ぎ、窓からの景色もまぶしい。文鳥たちは室内にいてまあまあ快適に過ごしているようだけど、退屈そうにも見える。家の中は平和でも、ひとたびテレビを点けると騒々しい世界が広がってくる。オリンピックの賑やかさは結構なものの戦争や地震の報道には心が痛む。

 居間にあるテレビは当然、文鳥たちも見たり聞いたりしているから、彼らもそれなりに何か感じているかもしれない。もっとも彼らはテレビの画面そのものより、それを見ている人間の反応のほうが気になっているのかも。文鳥たちがよく反応するテレビ番組がある。内容というよりも始まりの音楽だと思うが、気象情報が始まると、たいてい反応してピッピッピとさえずる。こちらに気象情報が始まったことを教えているようにも思う。元々は夕方、彼らの就寝前にテレビの気象情報があり、そのイントロの特徴的なメロディーが自分たちの就寝を知らせるものだと記憶したところに始まったのだろう。彼らには毎日のルーティンが正しく行われることが大切なのかもしれない。それが原因で、昼間に似たような音がテレビから流れても反応するようだ。、やはり文鳥たちは想像以上に手ルビから何かを吸収している。

 そんな彼らがテレビを通じて人間たちをどう思っているのかも興味部会。とにかく彼らはこちらが考えている以上に賢いのだから。

2024年7月25日木曜日

(14) 白文鳥のメグ

 

 文鳥も11歳半ともなると、かなりのおじいさん。飛び上がったりはできなくなる。ほとんどの文鳥が9歳をすぎるとよぼよぼした感じになってくるけれど、メグは11歳半を過ぎても鳥かご内の高いところにも上がってえさを食べたりできる。この家で生まれ大食漢でほとんど病気らしいことをしていないメグは、怪我といっても爪をツボ巣に引っかけたときの怪我ともいえないものぐらいで、丈夫な強い文鳥だ。

 そんな彼でも寄る年波には勝てないようで、最近では鳥かごの床の隅にじっとしていることが多い。鳥かごの掃除のときに声をかけても動かないことがあるので、動かそうと手をだすと以前は逃げていたのに、最近ではおとなしく乗ってきたりする。手に載せて背中をやさしくなでてやると、気持ちよさそうにしておとなしくしているから、かわいらしくて愛おしい。

 もう11年半以上も一緒に暮らしてきたのだ。メグの母親は白文長のピポだった。やはり白文長のピーが事故が元で2歳足らずで死んでしまったため、ペアで飼っていた残されたフーのために生後1か月でこの家にもらわれてきた白文鳥だった。すぐにフーと仲良くなって、頭のいい2羽はいろんな遊びを考え出して遊んでいた。そしてピポは、やがてシナモン文鳥のチーを夫に迎えて4羽の子孫を残した。最初がルミで、その2年後に生まれたのがメグだった。メグはよくピポを追いかけて遊んでいた。ある日、ピポが突然いなくなってしまったとき、夫のチーだけでなくメグもきっとショックだったに違いない。その後、メグは孫にあたるクリーム文鳥のランと暮らしたが、ランのほうが先に旅立ってしまった。しばらくは寂しそうに見えたメグだったものの、元々独り生活になれていたせいか、そのうちに元気になって現在に至っている。メグは誇り高くて威張っている。なんといっても最長老なのだから。

 7月22日は9歳2か月で天国へ行った白文長のマイの命日でもあった。マイはフーの子どもだったが、みんなに愛される優しい文鳥だった。この家ではオス文鳥のほうが長生きのようだ。

2024年7月11日木曜日

(13) きれいな鳥かご

 

 猛暑の日が続いているが、まだ梅雨は開けてないらしい。蒸し暑い日々にうんざりしている。文鳥たちは家の中で過ごしているから空調が効いているのでさほどこたえてないだろうけれど、それでもぐったりしているのか、おとなしい。

 おとなしいといえば、モカが静かになった。このところ夫が鳥かごを順番に洗ってきれいにしていたが、そのさい鳥かごの位置を変えたからだろう。モカの鳥かごはスーとフユのいる鳥かごの隣になった。元々はピヨとクリがいた場所だ。モカはよく隣のスーたちの鳥かごをのぞいている。以前は隣がメグだったため、そんなことはなかった。ひとりでブランコに乗っていることが多く、さびしいのかよく鳴いていた。以前の位置に比べ、年の近いフユたちがよく見えるのでいいのかもしれない。

 もうすぐクリの一周忌になる去年は今頃ダニのような小さな虫が鳥かご内にわいていた。クリはダニに血を吸われてしまった可能性もあった。その後にダニ退治のマットをしいてからは虫の姿は見えなくなったが、去年、夫はもっと早くに鳥かごを洗うべきだったと後悔していたから、今年はもうすでにみんなの鳥かごはリニューアルがすんでいる。

 クリがいなくなってからしばらくクリを呼んで鳴いていたピヨも今年の4月にクリのところに行ってしまった。そして、やはり昨年9月に未亡人になったモカがその場所にいる。モカとフユはまだ若いほうだけど、メグはもうすぐ11歳半、スーは9歳3か月という老鳥である。これからも元気で過ごしてほしい。

2024年6月27日木曜日

(12) 梅雨の季節

 

 いつのまにか夏至が過ぎて6月も終わりに近づく。今年の梅雨は雨も時々降るもののそうでない日はムシムシと暑苦しい。夜間は窓を閉めるためエアコンが必要だけど昼間は海からの風に助けられる。

 文鳥たちも人間同様にぐったりしているのか比較的おとなしい。それでも鳥かごに近づくとぴっぴとかチュンとか鳴いて挨拶らしい声を出すから、やはり可愛いものだ。

 夫は今年もまた順番に鳥かごを浴室に運んで洗っている。止まり木やスカイカフェを付け替え新しいプチプチを鳥かごの周囲に貼っていく。2週間くらいかけてこの作業を終えるが、今では鳥かごの数も減り簡単になっている。いま居間に並んでいる鳥かごは5つで、そのうちの3つに文鳥たちが住んでいる。あとの2つは予備。以前は居間に所狭しと8つの鳥かごが並んでいた。どの鳥かごにも文鳥たちが入っていて、最多のときは14羽もいたと思う。あのころは毎日が文鳥たちとの時間でにぎやかだった。今思えばよくやっていたと思うものの、活気ある楽しい毎日だった。

 世の中はだんだん不便になって行くようだ。近くを通るお散歩バスの本数も減った。理由は運転手不足だというが、それに加えて燃料代の高騰もあるかもしれない。この国の経済が示す指標は世界でも下の方になった。人口は減少し経済は衰退している。貧しい人が多くなった。1年ごとに契約しなければならない労働者の数が多すぎる。安心してその仕事を続けられないということは、展望を持って仕事の内容を積み重ねて発展させることができないということになり、労働者にとっては勿論、社会にとっても大いにマイナスのはず。そんなことは誰でもわかるだろうに、なんでこの国は、そんな変な国になってしまったのだろうか。これも教育のせいだろうか。そんなことを考えるうっとうしい日々。

2024年6月11日火曜日

(11) リンゴジュースと文鳥

 

あやさんちでは毎日、文鳥たちのためにリンゴジュースを用意している。生協から配達される透き通ったもので甘くておいしい。これを毎日鳥かご内のスカイカフェに1時間ほど入れて置く。メグの場合は床のえさと並べて置くようにしているが、それはメグが以前にスカイカフェに入れて置いたリンゴジュースを水と間違えてそこで水浴びをしてしまったからだ。これでは羽がベタベタになってしまう。そんなことはスーにもあったそうだけど、いまは決まった時間だけスカイカフェに入っているので、それはなさそうだ。それどころか、スーはリンゴジュースを入れるとまるで「待ってました!」とばかりに飲み始めるという。

 夫によると、スーは元々はリンゴジュースはほとんど飲んでいなかったらしい。フユだけが喜んで飲んでいたが、いつのまにかスーがフユよりも先にその場所をとってリンゴジュースを飲みだしたらしいのだ。最近では、スーはまるで自分だけのもののように飲んでいる。「おいしいものは俺様のものだ」といわんばかりに。

 スーの兄弟だったミーもリンゴジュースが好きで妻のモカにはあまり飲ませなかったようだ。そして、クリの妻だったピヨもほとんど飲まなかったらしい。オスにはそんな威張った習性があるのかもしれない。

 昔、この家にピーとフーというつがいの白文長がいたときのことを思い出す。オスのピーは威張っていたけれど、新しいものには案外臆病で、先にフーに試させていた。フーはいわれたようにあまり恐れる様子もなくピーの指示通りにやっていたから、メスのほうが度胸がいいように思った。反対にオスは臆病のくせに威張っている。人間社会にも似たようなことがあるような気がする。ちなみにリンゴジュースは家族みんなで同じものを飲んでいる。

2024年5月27日月曜日

(10) 引っ越し

 

 きょうは数日ぶりの雨模様。たしか昨日辺りに友人の娘家族が千葉から京都に引っ越したはずだ。最近では引っ越し業者の数が減り、連休中に越したかったのに今頃になってしまったという。運送業者も工事職人も減っているというから、これからは不便な社会になっていくのだろう。そういえば昨年秋に導入された消費税のインボイス制度とかで農業をはじめ芸術家や職人など小さな企業が廃業に追い込まれている。そしてパンデミックで大きな人口減があったから、この国は明らかに衰退に向かっている。そんななか国民のほとんどが支持していない政府が続いている。以前のようにマスコミが抑えられ、国民が知らされないままに戦争が起きるのではないかと心配になるこの頃。

 家の中の文鳥たちもおとなしい。老文鳥ということもあるだろうけど、あやさんのそんな不安を察知しているのかもしれない。

 とにかく不安な世の中で、娘が京都に引っ越してしまった独り暮らしの友人は、高齢だから心細そうだ。最近、別のやはり恒例の友人は独りでマンション暮らしをしていたけれど、離れて住む息子たちの勧めで近くの老人ホームに入居した。みんなが先々不安になるような暗い世の中が広がっている。世界中が平和であってほしいと祈る日々。

2024年5月12日日曜日

(9)ゴールデンウィークも過ぎて

 

ここ3日とも日中は晴れているが強風のせいかあまり気温が上がらない。朝などは肌寒いので文鳥のところにはパネルの暖房をいれている。みんな年寄りだし換羽のせいもあってか、鳥かご内で静かにしていることが多い。それでも居間に行くと、うれしそうな声で鳴くから、やはりかわいいし、ほっとする。

 先月、ピヨがいなくなってしまった鳥かごは、そのままの位置にあり、隣のスーたちの鳥かごのこともあって、これまでどおりに布がかけてある。いつものようにその布から外して文鳥たちの鳥かごを明るくしていくとき、ときどき間違って「ピヨちゃん、おはよう」といいそうになる。その言葉を飲み込んで黙って布をたたんで、それからスーとフユに覆いを外しながら「おはよう」と声をかける。まだ、ピヨのことを忘れるには時間が足りない。ピヨはあまり飛べなくなって久しかったが、昨年7月に夫のクリが亡くなってからは、やはり元気がなかった。それほど仲がよい夫婦とも思えなかったものの、喧嘩をするほど仲が悪かったわけではないから、寂しかったに違いない。クリがいなくなってから、しばらくクリのことを呼んでいたとき、かわいそうに思ったものだ。そんなクリの傍に行ったのだからと思って冥福を祈ることにしている。ピヨは体は大きかったが、何となく幼い可愛さがあった。シルバー文鳥というのは珍しい文鳥のようだけど、桜文鳥や白文鳥のような在来種だったのだろうか。とにかくピヨはほかの文鳥よりも大柄な鳥だった。生後4か月ほどでこの家に来た時からバサバサと羽を動かして飛んでいた。それは子供のときほとんど飛んでいなかったパピの飛び方にも似ていたから、そのせいだったかもしれないし、別の理由があったのかもしれない。やはり幼いうちから飛んでいる子とは違う飛び方だったと思う。それが身体の大きさによるものかどうかはわからないけれど、とにかくピューンとは飛ばなかった。文鳥は繊細なところがあるから、クリがいなくなってからずっとクリのことを思っていたのかもしれない。いつも隣にあるスーたちの鳥かごをながめていた。

 そういえば5月3日の憲法記念日はこの家で生まれた初めてのヒナ・白文鳥のマイの誕生日だった。あれはパピがこの家に来た都市だったから2010年のことだ。もう14年も経つのかと、光陰矢の如しとは、まさにそのとおりだと思う。

2024年4月26日金曜日

(8) ピヨちゃん、どうしたの?

 

4月14日のことだった。いつものように鳥かごの覆いの布を外しながら文鳥たちに呼びかける。

「ピヨちゃん、おはよう」といって、シルバー文鳥のピヨの鳥かご内をのぞくけれど、ピヨの姿はなかった。いつもはスーたち側

にあるスカイカフェの上に止まっているのに、どうしたのだろうと鳥かごの下を見ても姿がない。おかしいと思ってツボ巣に手を入れると、ピヨが寝ていた。様子がおかしい。えさを食べさせようと思い手に取って温めると、気持ちよさそうに眠った。

そのままヒーリングをしてからえさを食べさせたが、あまり食べずにリンゴジュースをなめただけで、またすぐに眠ってしまった。しばらく抱いて温めていると少し元気になったので部屋のマットの暖房を入れてエサを撒いたタオルの上に寝かせた。

 夫が起きてきたのでピヨの話をすると、夕べ夜中に止まり木から下に落ちたのでツボ巣に入れたとのことだった。

 ピヨは飛べなくなって久しいけれど、鳥かごの中は移動出来ていた。でもツボ巣に入っていることはほとんどない。たぶんツボ巣の上かスカイカフェに止まっていることが多いはず。ツボ巣に入れられたままだということは、動けないのだと思われた。

 そういえば、ちょっと前のことだったが、ぴょが床に落ちていたことがあった。急いで拾い上げてびっくりしたのは、彼女が坂様に転がっていたことだった。夫によると、最近ピヨは逆さになった状態から起き上がれないことがあるという。

 ピヨが鳥かご内の低い位置で生活ができるようにツボ巣を下に置いてえさや水も鳥かご内の床に置くことに下。昼過ぎにはピヨも少しエサを食べてタオルの上を移動するようになったので、鳥かごの床に夫が暖房をセットした。

 夕方には鳥かごの床に戻し、少し安心して寝かせたが、夜中に夫がピヨが死んでしまったと告げた。

 苦手だった人の手の中で、あんなに静かに長い間抱かれていたピヨ。相当具合が悪かったに違いない。7歳半の人生(鳥生)は少し短すぎるような気がした。昨年7月に天国へ召されたクリのもとへ行くことだろう。数日後、雨上がりの庭で土を掘り、クリのそばに埋葬した。お別れはいつも悲しい。

2024年4月13日土曜日

(7) 春爛漫

 

4月も半ばに近づき、桜の花も散り始める、この季節は強風が吹いたり雨がよく降るから桜の見ごろが難しい。それでもきょうは良く晴れて春爛漫の外出日和になった。そして、気温もぐんぐん上がって、あっというまに日中の気温は夏のようになる。春爛漫と思ったら、家の外は夏のようで、また春が短くなってしまったことを思い知らされるようだ。

 4月10日は白文長のオス・スーちゃんの誕生日だった。久しぶりに妻のフユとの写真を撮ったので、1年前の8歳のときの写真とともにアップする。やはり9歳ともなると老鳥の外観はまぬがれないけれど、フユとともに相変わらず元気に飛んでいる。一緒に生まれたミーは昨年9月に天国に行ってしまい、ランももっと以前に夫のメグを置いて天国に召されてしまった。だから3兄弟のうちでスーが一番長生きということになる。父親のクリも昨年7月に9歳4か月で天国へ行ってしまったから、いまこの家にいるオスはスーとスーの祖父のメグ(もうすぐ11歳3か月になる)の2羽だけ。メスはフユが6歳5か月、ピヨが7歳半、モカが6歳2か月になった。

 夫が加湿器をしまいながら、残りのフィルターが3年分になったといっていたが、もう3年後には、文鳥のための加湿器は必要なくなっているかもしれないと思ったりする。


  上が8歳



2024年3月27日水曜日

(6) 春はこれから

 

3月も終わりに近づき久しぶりに朝から明るい陽光が輝いている。これから本格的な春になるのだろう。今年は桜の開花も大分遅れていて満開は4月になるようだ。

 あやさんちでは5羽の文鳥たちも元気に春を迎えている。先日のお彼岸は11歳7か月生きたシナモン文鳥のチーの命日だった。彼は3年前に眠るように大往生した。いまいるオスは2羽ともチーの子孫だ。

 白文鳥のメグは11歳2か月を過ぎた。今も元気で鳥かご内は自由に動ける。彼の強みはよく食べることで、自分が大事にされていることもわかっているらしい。

 この穏やかな春の気候とは裏腹に、いま世界のあちこちで信じられないような悲しい出来事が起きている。いや、起こされているというほうが当たっているような気がする。人類は愚かな人々によってやがて滅びてしまうのかもしれない。それでも文鳥たちはかつて恐竜から進化したように、また新たな進化を遂げて生き残る? 賢い文鳥たちは、きっと生き延びるはず。そんなことを考える春の日。

2024年3月11日月曜日

(5) 東日本大震災から13年

 

今年は能登の大地震から始まった地震大国、日本だが、被災地の復興は遅々として進んでいない。我が家でもかつて経験した水道をはじめ電気やトイレの不都合な状態は13年も経ったのに一向に改善されていないように見える。あのあと簡易トイレや簡易ベッドなど便利なものが出来たはずなのに、報道で知る限りほとんど役に立っていないのではないか。昨年から何回も地震に見舞われていた能登地方なのに、ほとんど近くに用意してなかったみたいだ。石川県や国はまるで防災にお金をかけてこなかったのではないか。東日本のときに比べ津波で亡くなった人は少なかったものの、その後の生活環境があまりにも酷い。政府の初動も頼りないもので、この国は本当に国民のことを大切にしないボロい国になってしまった。これでは出生率が減っていくのも当然のように思う。

 政治家たちは裏金をつくり、それがバレても議員をやめない。庶民にはより不便で危険なカードのマイナンバーカードを持たせようとし、インボイスを導入して貧しい事業者からも税金をとろうとする。そして、危険な注射を反省鳴く続ける。いまこの国を動かしているのは、日本人ではないのかもしれない。恐ろしいことだ。

 文鳥たちの鳴き声が聞こえて少しばかり心がなごむ。

2024年2月25日日曜日

(4) 春が来たと思ったら

 

きょうは雨模様の曇り空で寒い。気象情報によると最高気温が5度だそうだ。数日前はポカポカ陽気で早くも春になったと思い、そのちょっと前には最高気温が20度を超えた日もあった。寒暖差が15度以上というのだから体調が崩れるのも自然なことかもしれない。年のせいか運動不足のせいか膝を中心に足が痛む。

 そして文鳥のことを考える。彼らも年寄りだから、足が痛くなったりしないだろうかなどと。立っていることが多い文鳥たち。11歳を超えたメグなどはかなり前から鳥かごの下に下りて隅っこにしゃがんでいた李する。ツボ巣に入っていることも少なくない。やはり足が痛くなったりするのだろうかなどと、急に心配しだす。9歳2か月で亡くなった白文鳥のマイも11歳7か月で亡くなったシナモン文鳥のチーも最後は足を引きずって床を移動していた。どちらも飛べなくなってからのことだったけれど、あのとき彼らの足は痛くなかったのだろうか。そんなことを思う今日この頃。

 そういえば拍文鳥のフーも晩年は飛び上がれなくなっていた。満身創痍で7歳半まで頑張った。そのフーの命日が2月22日だった。ついこの間のように思えるが、フーが亡くなってから9年も経った。あやさんも年を取るはずだ。

とにかく、いまいる文鳥たちはみんな元気そうにしているから、心配することもないだろう。まず、あやさんは運動不足の解消から始めなければ。

2024年2月10日土曜日

(3) ピヨちゃん、大丈夫?

 

おとといのことだった。夕方、居間に行くとソファーの前のカーペットの上で動くものがあった。よく見ると灰色の体をしているピヨだった。ピヨの鳥かごを見ると入り口の扉が開いている。夫が出かける前に閉め忘れたのだろうか。夫が出かけてからもう3時間にもなる。すぐに鳥かごから出たとしたら3時間も何も食べていないことになる。ピヨは鳥かごまで飛び上がれないからこんなことになってしまう。捕まえようとしたら逃げたものの飛べないので間もなく捕まえると手の中でおとなしくなった。急いで鳥かご内に入れたが止まり木まで跳び上がれない。下にえさと水を用意してしばらく様子をみた。このまま床での生活になりかねないと心配していると、上部に上がっていたのでホッとした。ピヨはもうすぐ7歳4か月になるシルバー文鳥でメスにしては体が大きいがこの家に来た時から飛び方がうまくないほうだった。パピもそうだったけれど、幼いうちに飛び回っていないと器用には飛べないのかもしれない。

 いずれにしても、ピヨは元通りになったようでよかった。それでも夫は念のため鳥かごの中にもう1本幅を付けた止まり木を入れることにした。重要なのは鳥かご内を自由に動き回れることである。

 鳥かごから出て飛べるようになったクリーム文鳥のモカは、あれから何度か失敗して鳥かご近くでUターンをしていたけれど、鳥かごの外側につかまって自軍で中に入れるようになった。目が良くなったから自信もついてきたのだろう。

 いろいろ心配事はあるけれど、みんな年寄りの割には元気そうな声で鳴き、明るい春を待っている。

 

2024年1月22日月曜日

(2) モカちゃんが鳴いている

 

新年は元旦から大地震があり、能登を中心に家を失ったたくさんの人々がまだ寒さに震えている。映像で見る高速道路は隆起したり崩れ落ちたりしていて、それでも工事でどうにか道路をつないで車が通れるようになったのだと聞くと、この地震の恐ろしさがうかがえる。海岸線も数メートルも隆起し、砂浜はなくなって以前とは全く違う光景が広がっている。映像でみただけでも圧倒される様相にこれからの復興への長く難しい時間が思いやられる。

 それなのに政治の世界では「裏金」だの「脱税」などと、復興の中心とならなければならない政治家たちが酷い有様。もっと国民が賢くならなければならないと思う。

そんな中、ジャクサが打ち上げたロケット「スリム」の月面着陸のニュースはうれしいものだった。なんでも小型車くらいの大きさのものがピンポイントで月面に着陸したという。それもおもちゃの技術が使われたと聞く。素晴らしい世界だ。

家では クリーム文鳥のモカがもうじき6歳になる。いまいる文鳥の中で一番若い彼女だけれど、夫のミーがいなくなってから、大きな声で鳴いてうるさい。もう4か月以上になるのに、まだミーを呼んでいるのだろうか。そうなのかどうかは分からないけれど、ミーはモカの面倒をよくみていたように思う。最近、モカもときどき鳥かごから出て飛んでいるけれど、夫の話では自分で鳥かごに戻れないようだ。ミーがいたときは、いつもミーと一緒に鳥かごに入ったから問題なかったが、今はそのミーがいないので鳥かごに入れないのだという。仕方なく夫がモカを捕まえて鳥かごに戻しているということだった。

「モカちゃん、威張っていたけど、ミーがいないと何もできないのね」と思わず笑てしまうあやさんだった。

2024年1月9日火曜日

(1) 2024年の文鳥たち

 

新年、明けましておめでとうございます。

。年頭にあたり、今年もまた文鳥たちを年長順に紹介します。

 

1、    メグ・・・10歳11か月、オス、白文鳥

2、    スー・・・8歳8か月、オス、白文鳥

3、    ピヨ・・・7歳2か月、メス、シルバー文鳥

4、    フユ・・・6歳1か月 メス シナモン文鳥

5、    モカ・・・5歳11か月、メス、クリーム文鳥

 

ペアになっているのはスーとフユだけになり、みんなずいぶん年をとってしまったけれど、今のところ元気です。本年もどうぞよろしくお願いいたします。

 今年は元旦から北陸の能登半島で大地震が起き、翌日の2日には羽田空港の海保機と日航機の衝突事故が起きるなど、大きな災害に見舞われている。政界では国会議員が裏金で逮捕され、政府は災害に対して頼りない対応で人命が失われている。この国はこの10年余りで本当に衰退した。ここから新しい希望の光を見つけなければならない。

そんななか白文鳥のメグがもうすぐ11歳になる。この家では2番目に長生きだ。1番長生きだったのはシナモン文鳥のチーで、11歳7か月生きた。あとは長くても9歳台までだったから、11歳を迎えることは大変おめでたいこと。そんなメグをはじめ、文鳥たちにとってももちろん、人間社会においても、平和で良い年になりますように。